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2013年4月 8日 (月)

監査役会の同意なき監査役選任決議の効力と裁量棄却判決

先週木曜日(4月4日)、物言う監査役として毅然と経営陣と闘ったある監査役の方の裁判がすべて終結した旨のリリースが出ておりました。当該監査役と会社との和解内容は、おそらく今後、会社と闘う監査役の方を支援する代理人報酬(監査費用)の相当性にも影響を及ぼすものではないかと思いますし、本当にここまで自身の信念に従って闘ってこられた元監査役の方には敬服いたします。

監査役は独任制機関(ひとりひとりが会社の機関)でありますので、自らの意思で監査権限を行使しうる立場にあります。しかし監査役会が設置された会社の場合、多数決による監査役会意見が会社法上の法的効果を生じさせることがあり、上場会社の監査役会(3名以上で構成)においては、監査役間での意見合意が得られず、全員一致の監査役会意見が形成できない場面というのも想定されるところであります。上記「物言う監査役」さんの場合も、まさに監査役会でも意見合意がみられない状況があったように記憶しております。

ところで、ここのところ、6月総会の準備のために、最近の株主総会対策に参考となる判例の解説が法律雑誌やセミナー等でなされることが多いのですが、この監査役会における意見形成の瑕疵が、株主総会決議にどのような影響を及ぼすのか、参考となる判決が出ております。

各種セミナー等でも紹介され、また月刊ジュリスト4月号特集「会社法の実務」でも採りあげられているイー・キャッシュ社株主総会決議取消訴訟判決(東京地裁平成24年9月11日 資料版商事法務343号42頁)は、監査役会の招集通知を受領していない監査役が存在するにもかかわらず、残りの監査役で監査役会を開催しても、その監査役会の同意は無効であり、株主総会の監査役選任議案の取消事由に該当すると判示しております。会社法では、監査役の選任議案を会社が株主総会に上程する場合、事前に監査役会の同意を得なければならない、とされているのでありますが、その同意が無効である以上は、招集手続等に法令違反があるものとして、当該監査役選任に関する総会決議の取消事由にあたる、というものであります。

但しこの判決では、他の2名の監査役は新たな監査役選任については同意をしており、また決議の取消を求めている原告(元監査役)も、(監査役選任議案上程を審議する)取締役会には出席して、何も異議を述べていない、という事実を認定したうえで、このような状況であれば、招集手続きに重大な違法があるとはいえず、会社法831条2項により裁判所の裁量によって棄却(つまり決議は有効のまま)とされています。この結論については、有識者の方々も、概ね妥当な判断であると解説されているようです。

確かに、この判決も事例判決であり、おそらく先例等を踏襲したものと思われます。また監査役は単独で監査意見を述べることができるにもかかわらず、これを述べていない以上、監査役会の同意がないことについて、裁量棄却で処理することは考えられるところであります。しかし、株主総会参考書類には「監査役会の同意を得ております」と虚偽の情報が開示されているのであり、実際に同意がないことと併せますと重大な違法手続きに該当しない、と簡単に処理できるものかどうかは検討に値するものと思われます。とりわけ会社側の新しい監査役追加選任の理由は「重要性を増した監査役の機能の一層の充実強化を図るため」と記載されており、そのように監査役制度の重要性を会社が十分に認識しているのであれば、監査役会の同意を確認せず、さらに株主に対して虚偽の情報を開示する、というのは全く矛盾した対応だと思われます。

さらに、上場会社の場合、3名の監査役のうち2名は社外監査役であり、意見の異なる社外監査役が適法に監査役会に招集されていれば、その合意内容は覆される可能性があったのではないでしょうか(理念的には、社外監査役にはそのようなことも期待されているのではないかと)。たしかに平時の監査役には、いかなる監査業務を行うかは広い裁量権が付されているものと思われます(最近はリスクアプローチによる監査手法が主流です)。しかし、監査役はいったん有事となると(いわゆる黄色信号が点滅すると)、その裁量権は収縮し、監査役としての善管注意義務を尽くすべき具体的な行為規範も明確になります。たとえば一人の社外監査役から、具体的な問題を指摘された場合、もう一人の社外監査役はその問題を認識することになりますから、その時点で有事に必要な措置をとらなければ法的責任を追及される可能性が平時と比べると格段に高まります。ということは、監査役会が開催されていれば過半数の結論がひっくり返る(1:2→2:1)可能性は十分あるわけで、単純に平時の感覚で二人の監査役が同意していたから実質的には監査役会が開催されて同意があったものと同じ、とは到底言えないものと理解しております。

監査役会での協議は軽視されてはならない、ということを、冒頭の監査役さんの事件で私は学びました。株主のほとんどの方々は、招集通知を読んだうえで、前日までに書面で議決権を行使するわけですが、監査役会の同意に関する虚偽情報の開示は、こういった株主の議決権行使や当日参加のうえでの質問にも影響を及ぼすものと思われます。そう考えますと、有事における監査役会における協議が持つ意義と、その情報開示の重要性に鑑みるならば、この判決のように軽微な瑕疵として裁量棄却にしてよいかどうかは、若干疑問を感じるところであります。

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コメント

会社法改正で監査役の責任と権限が強化されましたが、普通のサラリーマンをやってきたお爺さんが、単独で徹底的にヤレというのも、庶民感覚としては酷なものと思われます。
会社側は顧問弁護士を使って、事後場合によっては名誉棄損で訴える等の圧力を掛けることも可能です。弁護士さんは法人がクライアントなので、法的な準備をしておきたいと頼まれれば対応せざるを得ません。
しかし一部の会社では、それは会社のためでは無くて、取締役会を牛耳っている一部の経営者の保身的自己都合な場合も有りうる訳です。
明確に違法な証拠を確保していれば別でしょうが、一般にはダークな状況証拠や伝聞情報しか入手できていないケースが多いのでは無いでしょうか。
公益者通報もそうですが、なかなか具体的な証拠までは掴めなくて、どうみても経営に合理性が無くてダークだが、身を危険にさらしてまで対抗でき無いという、無念のうちに退任する監査役さんも多いのかもしれません。

投稿: ももんがー | 2013年5月18日 (土) 13時10分

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