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2013年4月10日 (水)

グーグル型コンプライアンス経営は日本企業に根付くのか?

前から読もう読もうと思っておりましたが、ようやく商事法務NBLの新春座談会記事「持続的成長を支える新しい市場規律とその担い手」(NBL992,993,994号)を読み進めることができました。まだ半分程度ではありますが、いやいや、これは非常におもしろい座談会であり、企業コンプライアンスに関心がある方には必読ではないかと思います(人選もなかなかスゴイ!)。ただ、NBLは一般の書店では購入できないので入手困難なのが難点です。いっそのこと、私が司会をした前年度の新春座談会の記事と合わせて一冊の本にしたほうが良いかもしれません(ずいぶん勝手な物言いですが)。

ひとつひとつのテーマに反応しすぎてしまって、なかなか前に進まないのでありますが、ひとつだけ本日ご紹介したいのは、グーグル型コンプライアンス経営のお話であります。グーグルのストリートビュー判決とコンプガチャ事件に関連した話題の中で、たいへん興味深いお話が花王のコンプライアンス部門統括執行役員の方から語られます。

伝統的な日本企業は、ともすればスピードに欠けるとか、ディシジョンができないなどと揶揄されることもあります。われわれ日本企業は、なにか新しいサービスなりを展開しようというときに、ストリートビューにおけるグーグルのような、トライ&エラーを続けてブラッシュアップしていくという手法ではなく、先に行政に十分時間をかけて確認してから進めていくという手法をとりがちです。・・・きちんと考えた上でトライ&エラーをしていくグーグルの手法と、日本企業の従来型の手法、これらはなかなかおもしろい比較だと思いますし、われわれはそういうところで負けている部分があるのではないかと思いました。

これは私も全く同感でして、いろいろなコンプライアンスセミナーでも申し上げているテーマであります。私はこれを事後規制手法重視に進む日本社会において、これに順応できない日本企業の在り方として位置付けています。なお、ときどき日本の新興企業の中には、経営トップの方針としてグーグル型(トライ&エラー型)のリスク管理手法により、スピード経営を実現しているところもあるように思います。

ただ、私個人の意見としましては、このグーグル型の経営手法を日本企業が実現する場合、以下のような条件をクリアすることが必要ではないかと思っております。ひとつは経営判断の意思決定の前に十分なリスク管理ができていること。この座談会の真ん中あたりでも話題になるのですが、リスク管理というのは経営判断と分離されているのではなく、その判断プロセスに組み込まれているはずです(リスクとリターンは表裏の関係にあるわけですから、むしろ当然のことかと)。そこではガチガチのリスク管理ではなく、経営トップ自身がどの程度の想像力をもってリスクを想定できるのか、というところにかかっているわけで、あらかじめリスクを想定できているからこそ、進みながら修正ができる、ということであります。

つぎにリスクが想定できているとしても、誰が「修正すべき」と口に出すのか?という点であります。リスクを想定しているのが経営トップだとしても、トップは自ら経営判断を決定したのであり、すでに心のバイアスがかかっているわけです。自らの経営判断が間違っていたと認めることは、自分の職業人生を否定するに等しいと感じておられるわけで、これは容易なことではありません。あらかじめ撤退や修正の条件を明確に定めておく、という手法も考えられますが、想定しえない状況が出現する場合にはあまり役に立たないこともあります。そこで、経営者に「これはエラーです。修正しましょう」と誰が口に出して言えるのか、ここがとても日本企業においてハードルが高いのではないかと思います。

そして最後に「トライ&エラーの手法は闘うコンプライアンスである」ということです。おそらくコンプライアンスを走りながら考える、というのは企業のレピュテーションリスクを新たに背負う可能性が否めません。全くの法令違反行為は論外ですが、企業がグレーゾーンをあえて渡るということは「金儲け第一主義の会社」とか「やったもん勝ちという企業風土」といった悪評が立つ可能性があります。世論や業界常識に反する行動は、たしかに企業の社会的信用を毀損させてしまうリスクを伴う可能性があり、だからこそ世論や業界の常識そして行政の伝統的なルールまでをも変えて、自らが世界標準を構築するだけの気概を持たなければならないと思われます。

この座談会でも現役官僚の方が「最近は行政の不作為について責任を問われる時代」と述べています。企業がトライ&エラーによってコンプライアンス経営を実現するためには、この行政規制の実効性を損なわずにいかにトライしていくか、そのあたりが問われるのではないでしょうか(この座談会は、最近のコンプライアンスネタを考えるにあたり、さまざまなヒントが語られておりますので、折に触れて続編を書かせていただこうかと思っております)。

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コメント

「日本社会」、もっと分かりやすくかつ正体不明の言い方であれば「世間」が、トライアンドエラーを認める土壌が無い中では、本当の意味では根付かないと思います。
形式的にはトライアンドエラーになるようなやり方でも、絶対安全地帯の中でしかできないかと思いますね。結果責任が大好きな「世間」が変わらない限り。

投稿: 場末のコンプライアンス | 2013年4月10日 (水) 09時45分

おっしゃるとおりですね。なかなか敗者復活戦を認めてくれないのが世間の風潮のような気がします。でも私は「トライ&エラー」を経験しなければ、本当の意味での有事対応の知恵は生まれてこないと思っています。生き残るための知恵を平時から養うためにはこういった手法も検討に値するのではないでしょうか。

投稿: toshi | 2013年4月12日 (金) 01時42分

いつも勉強させていただいております。

今回の件ですが、基本的な問題点として、グーグルのような新興産業・新興企業と既存の産業を比べてのコンプライアンス経営を論じるのは如何なものでしょうか?例えばアマゾンが良い例ですが、あそこは多くの点でトライ&エラーだと理解しています。つまりアマゾンとグーグルを比べるなら分かりますが。

投稿: ohigo | 2013年4月15日 (月) 08時51分

ご意見ありがとうございます。私は比較すること自体は問題ないと思っていますが、ただ本文に書いたように、かなりの条件がそろわなければなかなかトライ&エラーによる手法は使えないかと。
ところで、グーグルもプリンスホテルも日本の裁判所の仮処分を無視したわけですが、なぜプリンスホテルはあれだけ批判されて、グーグルは批判されないのでしょうかね?

投稿: toshi | 2013年4月18日 (木) 01時29分

toshi先生

ご説明有難うございます。グーグルは先進的な企業で、常に様々な分野でチャレンジしている、つまり方向性を温かく見守っているから多少の問題も見逃す?と思いますが如何でしょう?
勉強不足でこの位の感想しかありません。済みません。

投稿: ohigo | 2013年4月18日 (木) 08時44分

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