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2013年5月20日 (月)

企業はどこまで不祥事を公表すべきか?-ダスキン事件を参考に

先週金曜日(5月17日)、関西で開催されたスタートアップエンジン2013におきまして、「法の世界からみた上場会社の悲喜こもごも」と題する講演をさせていただきました。たくさんの起業家の皆様、起業家の方を支援する皆様が熱心に聴講しておられましたので、こちらもたいへん気持ちよくお話することができました。また私自身も、クックパッド社の元CFO成松淳さん、シナジードライヴ社の板倉雄一郎さんのお話をお聴きできて、たいへんラッキーでした。

講演の最後に会場から三つほどご質問を受けたのですが、そのひとつにブログのエントリーでも書かせていただいたトリドールさんの「ざるうどん事件」における会社対応に関する質問がございました(たぶん、私のブログをお読みになった上でのご質問だったと思います)。今回のトリドールさんの「ざるの裏にカビが残っていた」という問題は、現場対応で済む話ではないか、果たして公表までしなければならない問題だったのか、そもそもあの程度であれば、社長は不祥事すら知らなかったのではないか、そのあたりの意見を伺いたい、とのことでした。

企業不祥事が発生した場合に、その不祥事から更なる消費者被害、取引先損害が発生する可能性がある場合には、これは公表(当局への報告を含む)しなければならないことは明らかです。これは経営者の法的責任(善管注意義務違反)につながるところです。問題は、すでに不祥事に起因する損害が拡大するおそれはないけれども、当該不祥事発生が消費者を含むステークホルダーの関心事である場合です。ここが結構判断がむずかしいところではないでしょうか。

たとえばトリドールさんの例では、会社が公表したのは「衛生面で不行き届きがあった。申し訳なかった。今後は安全面で十分に配慮します」というものです。しかしマスコミの報道は、別のところに関心があり「4月に苦情があり、社内調査の結果他にもカビが残っていた事例があったことが判明していたのに、フェイスブックで写真が公開されて話題になるまで公表しなかった」というところにあります。いわば、会社は「一次不祥事」を起こさないことに関心が向かい、マスコミは「二次不祥事」の可能性に関心が向いています。

では、違法添加物の入った肉まんを(違法だと知りつつ)売り切ってしまい、この事実を公表しなかった取締役や監査役に多額の損害賠償責任が認められた「ダスキン事件」を例にとって考えてみたいと思います。あの事件では、過去の不祥事を公表しないという方針を決定した取締役らの善管注意義務違反が認定されたわけですが、「では、どこまで公表していれば善管注意義務を尽くした、と言えるのか」は明らかになっていません。

具体的には、①違法添加物の混入した肉まんを消費者に販売したこと、②違法添加物の混入した肉まんを、違法と知りつつ消費者に販売したこと、③違法添加物の混入した肉まんを、違法と知りつつ販売し、後日、これを知った外部の第三者に口止め料6300万円を支払って隠ぺいしたこと、の三つの選択肢があるかと思います。いわば一次不祥事だけを公表するのか、二次不祥事まで含めて公表すべきなのか、というところです。もちろん大阪高裁の判決文にも明記されているとおり、会社役員の法的義務として議論する前提として、「後日、隠しきれない可能性がある」場合を想定しています。

有事に直面した企業担当者の方々であれば、おそらく①で済まそうと考えるものと思います。上記大阪高裁の判決文にも出てきますが、人間は有事になると「たいしたことではない」と思いたくなるものです。なので「公表するといっても、この程度で十分」と軽めに判断することもやむをえないかもしれません。

しかし冷静な判断が可能である平時に考えてみますと、会社の信用を毀損してしまう②や③の事実についても公表しなければならない、という方向で検討しなければ善管注意義務違反になるように思われます。企業価値の喪失を最小限度に抑えることが取締役らの義務だとすると、その「企業価値の喪失」に最も関係のある事項こそ公表すべき対象だと思います。先のダスキン事件の大阪高裁の判決も、明確には示していませんが、取締役会で検討すべき公表事項を検討するにあたり、このあたりを区別して検討されていません。また、①で済ませたとしても、事情を知っている第三者や社員の内部告発によって、公表されていない②や③の事実が追加で公表される可能性というものも否定できないと思われます。

なお、先のトリドールさんの事例に関するご質問に対して、取締役の善管注意義務違反の問題ではありませんが、むしろ不祥事を公表することが企業価値の向上につながる可能性もある、ということを申し上げました。どんな企業でも不祥事は起こすわけでして、消費者の関心は、不祥事が起きた時に消費者の事を最優先に考えた対応をしているかどうか(いわゆる安全思想と安心思想との区別)に関心があります。そこでの対応が適切なものであれば、むしろ企業のファンを増やすことにもつながるのではないでしょうか。不祥事が昔とは比較にならないほど発覚しやすくなった時代、このあたりも有事の経営判断として検討すべきではないかと思うところです。

5月 20, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい |

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コメント

 山口先生。
 ダスキン判決の場合は、「過去の不祥事を公表しないという方針を決定した」と書いてしまうと、公表しないことを機関決定したように読めます。実際の高裁判決は、「そのための方策を取締役会で明示的に議論することなく、「自ら積極的には公表しない」などという曖昧で、成り行き任せの方針を、手続き的にも曖昧なままに黙示的に事実上承認したこと」が経営判断に値しないと判示していたと思います。
 この判決からすると、取締役会を開催して、十分事実関係を検討した上で「過去の不祥事を公表しないという方針を決定した」というのであれば、また違った結論になったかもしれないのではないでしょうか。

投稿: Kazu | 2013年5月20日 (月) 21時33分

Kazuさん、ご意見ありがとうございます。取締役会の決定として、明示的に不祥事を公表しないことを決定したものではありませんね。判決は、半年間ほど、なんら取締役会で審議しなかったことを消極的な不公表の決定があったものとみなしている、ということかと思います。
さて、十分に事実関係を検討したうえで、公表しないとの決定をしていたならば、どうなっていたでしょうかね?なんとも微妙ですね。ここで判決は「取締役らは、公表しないことに賭けたといえる」とされています。もし公表しないと決定した場合に善管注意義務違反にはならない、というのであれば、口止め料を支払った者との関係をどのように考えればよいのでしょうね。私は別の結論にはなりにくいように思います。

投稿: toshi | 2013年5月25日 (土) 21時20分

山口先生
 現代の風潮ならば、確かに「公表しない」選択肢はまずあり得ないかと思います。しかし、本件では、「未認可添加物」であり有害とまではいえないこと、実害が生じていないこと、商品回収の可能性が低く必要性がないこと、恐喝をしてきた取引先は警察に通報して被害届を提出することなど、公表しない選択肢も十分あり得たかと思います。いかがでしょうか。
 敢えて、山口先生のご意見の反対側から考えてみました。

投稿: Kazu | 2013年5月27日 (月) 13時29分

Kazuさん、ご意見ありがとうございます。いえいえ、反対側からのご意見は勉強になりますので大歓迎です!
これも「どこまで公表すべきか」という点と関連してくるように思いますね。たしかに実害は生じていませんし、すでに売り切ってしまって被害が今後発生する見込みはありません。ただ、違法添加物の入った豚まんを、それと知りながら売り切ってしまったことや、第三者に隠ぺいのために口止め料を払ったという点についても公表すべきかどうかを検討する、という視点であれば、やはり当時であったとしてもどうかな、と。ただ、平成18年といえば蛇の目ミシン最高裁判決の出た年なので、そのあたりの最高裁の判例との関係も少し影響しているのかもしれません。このあたりは推測の域を超えませんが。

投稿: toshi | 2013年5月29日 (水) 00時38分

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