サーベラスが西武の内部統制改善にこだわる理由
さて、ひさしぶりの内部統制ネタでございます。日本企業の再生を図るため、最近では(上場会社に制度化されております)内部統制報告制度の一部要件緩和ということが主張されております。しかしいっぽうで今年は「物言う株主・再び」ということで、6月の総会シーズンを前に、ずいぶんと国内・国外の大株主の方々による経営への要望が報じられており、会社の内部統制の強化に関心を寄せるものも散見されるようです。
なかでもサーベラス(サーベラス・グローバル・インベストメンツ)による西武へのTOBはいよいよ佳境に入ってきたようで、今週号の日経ヴェリタス(5月26日号)でも、「経営体制の刷新が再上場の前提」としてダン・クエール会長のインタビュー記事が大きく取り上げられております。ダン会長は、再上場問題が浮上して以来、一貫して「西武のガバナンス改革、内部統制の改善」と言い続けておられます。私は「ガバナンス改革というのはわかるけれども、内部統制の改善」ということをなぜここまで言い続けているのだろうか、そこで語られている内部統制とは、そもそも何を指すのだろうか」とずっと疑問に感じておりました。
昨日、日本企業の米国子会社で長年トップをされていた方と夕食をご一緒させていただいたのですが、なるほど、サーベラス会長のおっしゃっている「内部統制」とはどのようなものなのか、その米国企業のトップをされていた方のマネジメントに関する米国事情をお聴きして合点がいきました。
いえ、そんなに目新しいことではなく、私自身がきちんと理解していなかっただけのことですが、私の頭には「内部統制」というと米国SOX法のイメージが強いために会計不正防止を目的としたシステム、といった印象が強いのであります。おそらく日本の内部統制報告制度のイメージも強く支配しております。しかしアメリカの企業が抱く「内部統制」というイメージは、なんといっても取締役会が責任をもって監視し、雇われCEOの実績を評価することに資するもの、つまり経営の効率性向上のためのシステムだ、ということです。内部統制は企業価値向上のためのシステム、業務執行の一環、まさに誠実に会社が儲けるための仕組みということ。いわば雇われ社長に最大限、忠実義務を果たさせるための仕組み、というものだそうです。だからこそ内部統制の評価結果の報告は、まず第一に監査委員会に対して行われ、経営者に対して報告されるのは二番目だそうです。
日本では社長自身が内部統制システムを構築するイメージがあるのですが、米国ではそうではなく、業務執行が効率的になされるためのシステム、社長の業績を適切に評価するためのシステムということなので、取締役会の監視のもとで、取締役会の責任において構築されるシステムだということのようです。いや、本来は内部統制とは管理会計(予算執行)と密接に結び付くものなのだと思うのですが、どうも「財務報告の信頼性確保」とか「不正防止」といったこと、つまり制度会計との結びつきで考える意識が強かったので、私自身がきちんと理解できなかったのかもしれません。
(追記)もちろん、不正防止のための内部統制という概念も米国には存在するのですが、活用方法としてはそれだけではない、むしろ本文で述べた意味のほうが強いのではないか、ということです。たとえばシャーマン法違反やFCPA違反事件における訴追猶予合意の条件として、本社におけるコンプライアンスプログラムの構築が挙げられますが、そこで用いられる内部統制とは不正予防に重点を置いたものです。
年に数日しか開催されない監査委員会は、この内部統制報告に依拠して監査を行うというものなので、いわば「監査委員会は、内部監査によるチェック状況を監査する」というのが実情だそうです(そりゃ3日間くらいでできることには限界がありそうです)。取締役会自身が厳しく内部統制システムの運用状況をチェックするというものであり、だからこそCEOの業績評価が適切に行われるそうであります。
なるほど、一昨日の役員報酬の課題と同様に、こういった文脈で捉えますと内部統制の改善とガバナンスの改革も、一体でなければ機能しない、ということになりそうであります。果たしてサーベラス社が思うガバナンス、内部統制改革というものが、果たして日本会社のガバナンス、内部統制として根付くものなのかどうか、そもそも、ガバナンスや内部統制の改善に関する双方の認識の差(イメージの差?)はないのか、とても関心を抱くところです。
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コメント
山口先生
確かにその通りと思います。取締役≠経営者という構造のデラウェア法と取締役≒経営者という構造の日本会社法(日本の会社)を単純にリンクさせてはいけないでしょうし、そのまま使っているところは修正しなければと思います(その意味で、監査監督委員会社がきちんと機能するかどうか、難しいハードルがあるような気がします。)。
この意味では、役員報酬制度もまた、業務の効率性や業績向上に関する内部統制の一環なのかもしれませんね。
投稿: Kazu | 2013年5月29日 (水) 11時40分
Kazuさん、ご意見ありがとうございます。
>その意味で、監査監督委員会社がきちんと機能するかどうか、難しいハードルがあるような気がします
昨夜、その点についても言及しようと思ったのですが、長くなるので割愛しました。そのとおりでして、監査役会設置会社が安易に監査・監督委員会会社に変更することは危険だなあと、思います。
投稿: toshi | 2013年5月29日 (水) 11時45分
サーベラスは企業統治の問題と捉えているのに対して、西武は内部管理体制という局地的な視野でみており、議論がかみ合っていないと思います。 サーベラースからすると、西武鉄道が上場廃止になり、財務危機に陥り、事業再生を進めるためにサーベラスや日興プリンシパルの出資を仰いだ。 その上で、みずほから後藤を社長に招いて、事業を再生し、ここまでは物事が順調に進んでいたのに、再上場の段階で、パートナーであった筆頭株主と経営陣の十分な意思疎通が図れず、今の状態を招くこと事態、経営のガバナンス(つまり企業統治)に問題があると見ているかと思います。 内部管理体制を構築するのは一義的には株主から経営を委託された経営陣の責務でそれは、企業統治の道具の一つに過ぎないと思います。
西武の反論である、大株主が再上場のプロセスに入ること自体が利益相反を招くという後藤氏の発言はどうかなと思います。
投稿: HT | 2013年5月30日 (木) 11時26分
HTさん、ご意見ありがとうございます。西武側の「上場企業にふさわりい内部管理体制はすでに備わっている」という主張自体が、本文で申し上げている私の(従前からの)イメージに近いかな、と思いますね。内部統制はまさに企業統治の基本方針の具体化なので、経営者自身をも拘束するところもあるのではないかと。
投稿: toshi | 2013年6月 1日 (土) 12時34分