トリドール事件から考える集団的消費者訴訟制度の脅威
すでに多くのマスコミで報じられておりますが、「丸亀製麺」を運営するトリドールさんが、かびの残っていた「ざる」によって「ざるうどん」を提供していたことについて正式にHP上で謝罪をされたそうであります(トリドールさんの「おわび」はこちら、またたとえば神戸新聞ニュースはこちら)。マスコミの論調や同社広報の内容からしますと、同社広報はカビの残っていたざるを用いて食品を提供したこと(一次不祥事)を重大だと認識し、いっぽうマスコミは客からのクレームを1か月間公表しなかったこと(二次不祥事)に関心を示していることがわかります(なるほど新聞報道には他の店舗でもカビが見つかったことが報じられていますが、トリドールさんの謝罪文には他店での発見のことには触れられておりません)。
2010年の「日清ラ王事件」をはじめ、SNSによって企業の不祥事が明るみに出る「おそろしさ」や、こういった社内と社外の関心の「ズレ」の問題は、当ブログでも過去に何度もお伝えしているところなので、企業コンプライアンス的には重要な点ではありますが、もはや改めて解説するほど目新しいものではございません。また、同社広報が伝えるとおり、こういった問題は個別対応で足りるものであり、果たして公表しなければならないことなのだろうか・・・という点も、いろいろと意見が分かれるところではないかと思われます。ただし、ひとつ言えることは「食品の安全を守るためには、被害者が存在する可能性がある限りは公表しなければならない」といった社会的な価値観が世間で相当強く存在することは事実として認めざるを得ないと思います。
さて、こういった社会的価値観は、これまでソフトロー(たとえば安全に関わる事故を公表しない企業はブランド価値の低下をもたらす等)によって企業に自律的行動を促してきたわけでありますが、ハードロー、つまり今後成立が予定されている集団的消費者訴訟(集団的消費者被害回復訴訟制度)の運用にも影響を及ぼすのではないでしょうか。
ご承知のとおり、今回成立が予定されている集団的消費者訴訟(被害回復制度)は製造物責任にはそのまま適用されるわけではありません。しかし、たとえば製品の瑕疵に起因するものとは言えないけれども、商品やサービスの提供契約に付随した企業側の信義則上の義務(たとえば安全配慮義務など)に違反した場合の債務不履行責任や、安全な商品を提供すべき注意義務違反による不法行為責任といった構成が可能であれば、おそらく商品損害の賠償請求の範疇に含まれてくる可能性があります。上記のとおり、社会的価値観に変化が生じている、ということであれば、実体法のレベルでもトリドールさんのような事例が集団的消費者訴訟制度に関連して、ソフトローのみならずハードローの世界でもリーガルリスクが拡大する要因になるのかもしれません。
また実体法のレベルだけではく、訴訟法のレベルでも企業側で検討すべき課題があると思います。たとえば企業が一次不祥事の存在を知りつつ、これを公表しなかったという事実が判明した場合、これを企業側が訴訟上で不利益に援用されてしまう(隠ぺいしたということは安全面で問題ありと企業側が考えていたから)、といったことも考えられます。先日エントリーしましたように、公益通報者保護法との組み合わせによって会社内部の資料も含め、有力な内部告発が増えることも考えますと、これは企業にとってかなり重大なリスクになってくるのではないでしょうか。
こういったことは、まだ世間では誰もおっしゃらないことなので、私の理解不足によるところもあるかもしれませんが、とりあえず今回のトリドールさんの事件に対する社会的な反響の大きさからみますと、企業側としても検討しておく必要があるように思った次第であります。
PS
5月10日に公表された自民党・日本経済再生本部の中間提言、なかなかスゴイ内容ですね。コーポレートガバナンス改革について、きわめて興味深い内容が盛り込まれておりますが、また別途エントリーにて。
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コメント
いつも拝見させていただいております。
現在、政府が提出している集団訴訟法案についてですが、
今回のザル問題については、全ての消費者にカビザルが実際に提供されたのかというと証明は困難なはずです。
その場合、支配性の要件を満たさず、この制度には乗らないのではないでしょうか。
カビザルが対象となったとしても、ざるうどんの価格のみしか対象とならないのでしょうが、敷衍して考えると、色々考える問題はありそうですね。
ただ、やはり不法行為が成立しうるのかどうかといった実体法の評価の問題であって、ことさらに集団訴訟制度の脅威を煽るのは違和感がなくはない、という感覚です。
乱文失礼しました。
投稿: 一読者 | 2013年5月15日 (水) 09時22分
一読者さん、ご意見ありがとうございます。共通義務の確認が必要なのでおっしゃるとおり支配性の要件を原告側が立証しなければならないのは原則ですね。でも、そもそも個別性が低いということを、原告がどのように立証するのでしょうか?そのような立証が厳格に要求されて、果たして立証趣旨が実現されるのかどうかはちょっと疑問に感じております。
会社訴訟においても、取締役の責任が認められるかどうか、債務不履行を基礎付ける事実をどちらが主張・立証するかという問題も、理屈は別にして訴訟法的には公平に分配されています。公平の見地からみて、実務ではあまり支配性要件の立証責任が厳格に原告側に求められるようには思えないのですが、いかがでしょうかね。
おっしゃるとおり「脅威を煽る」ことは差し控えるべきでしょうね。ただ、私のコンプライアンスの考え方は拙著の中心課題でもある「事後規制社会から事前規制社会へと変容しつつある中でのリスク管理」ということなので、事後規制リスクの一種である「脅威を煽るもの」とは異なるものであることをご理解いただけるよう、これからも気をつけたいと思います。
またご意見、お待ちしております
投稿: toshi | 2013年5月15日 (水) 14時25分