密室のクーデターと株主総会での信認手続き(その2)
先週金曜日のエントリー(川崎重工社長解職劇)の続きですが、日曜日(6月16日)の朝日新聞記事には、川崎重工の会長さんが、社長解職劇の前日に社長とひそかに面談し、「このままでは君は解任されてしまう、自分から辞任したらどうか」と社長辞任を勧めていた・・・と報じられていました。つまり、今回の川崎重工社の件は、社内で情報管理が徹底的に守られていたものの、社長(正確には前社長)以下3名の取締役にとってはあらかじめ役員会での紛糾が予測しうるものだったと言えそうです。ということは、昔の「三越事件」のような状況とは異なり、むしろ今年1月の広島電鉄さんの社長解職劇や3年前の富士通元社長さんの辞任劇とほぼ同じ状況だったものと思われます。
こういった一連の社長解職劇からみて、以下のようなことが整理できるように思います。ひとつは「誰だって自社がクーデターとか言われて、お家騒動の状況を世にさらしたくない」ということです。上記朝日新聞の記事も、川重の会長さんは「外部にさらけ出されるのを避けるため」に、社長が辞意を表明すれば、あとは穏便にすませる、と迫ったそうです。これは社長解職劇だけでなく、いわゆる「監査役の乱」の場面でも、役員全員が苦慮するところかと思います。コーポレートガバナンスが機能した事例というのが世に少ないように思えるのは、そもそも社内のゴタゴタは世間に公表せずに済ませる事例が多いからだと思われます。なお、こういった内紛劇が表面化する、ということは結果として適時開示の真実性に問題が生じるリスクが高まります(現に、今回の川崎重工社も東証より厳重注意を受けているとか)。
つぎに新社長さんは「これまで取締役会が軽視されていた、今後はコーポレートガバナンスの健全化に努める」とおっしゃっておられますが、やはり「社長人事は闇の中」というのが日本の大会社の本質ではないかと思います。今回も、会長さんの「穏便にすませる」「役員OBに相談したらどうか」という前社長さんへの説得は、まさに人事権は取締役会の背後にある・・・ということを如実に示しています(これが現実かと思います)。日本には、社長退任後に会長だけでなく、顧問や相談役という形で、会社となんらかのつながりを持つ役員OBの方々がいらっしゃいます。たしかに日常の会社業務からは離れるものの、そういった役員OBの方々は、いざ社長人事となれば大きな存在感を持っているのが実際のところではないでしょうか。取締役会の健全化、ガバナンスの向上といっても、結局は社長の人事権は別のところにある・・・というのが多くの会社の現実ではないかと。
そして最後になりますが、こういった解職劇が明るみにでますと、その原因は「三井造船社との経営統合に対する意見の相違」だとされ、新聞でも「グローバル化の時代に内向きな経営姿勢は今後の課題だ」などと叩かれます。しかし、これは本当でしょうか?私はどうも違うような気がします。M&Aに対する意見の相違というのは、たまたま解職劇が勃発するきっかけではあっても、社長解職劇の本当の要因は別にあると考えています。それは普段からの社内力学の結果です。よくあるのは、社長自身に対する反発というよりも、社長の背後で社長を動かしている役員への反発や、次期社長を狙う(社長派の)役員への反発という傾向が強いように思います。ですから、こういった社長解職劇が発生した場合、今後の社内のかじ取りをしていく上で、これまで社長派だった役職員の動きには気を配ることになり、またそういった役職員の方々にしてみれば、今後の自身たちへの処遇に危惧感を抱くことになります。
なお今回の件に関する法的な問題として、サンケイビズのニュースで、株主総会収集手続きの問題が報じられていました。13名の取締役を選任する議案を会社側は上程し、株主に対して招集通知を発送していたのですが、そのうち3名については取締役に選任しない、という「議案の撤回」を会社側が行ったために、すでに13名の選任に賛成の議決権行使書面を送った株主の議決権行使はどうなるのであろうか・・・という問題です。これは現在進行形のお話なので、あまり深入りすることは避けなければなりませんが、私個人の見解としては、13名の選任議案のうち、10名分の議決権行使については有効と考えて、3名分については(議案が撤回されたのですから)効力はないものと取扱い(集計作業はせずとも)それほど問題はないのでは、と考えます。ただし川崎重工社の場合、定款で総会の定足数が緩和されていますので(よくあるように3分の1で足りるものとされています)、会社側が議案を修正する前に、すでに送られてきている議決権行使書面がこの定足数を満たしている場合どうなるのか・・・という問題はあるかもしれません。これはひょっとして、すでに13名全員が株主から信認を受けているものと評価されてもおかしくないようにも思われますが、いかがなものでしょうか(もちろん、修正時点において定足数以下の議決権行使書面しか返送されていなければ、そういった危惧もないわけですが)。
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コメント
本件で意外?だったのは、経営統合を辞めた、と報道された瞬間、川重側の株価が上がった点でした。
(私の知る限りですが)報道では、経営統合が川重の株主にとってどういうインパクトがあるのかを議論されたようにも感じていなかったので、けがの功名なのか、「現場のプロ」の勘が鋭かったのか…。
尚、当社には12年3期提出の有価証券報告書によると、社外取締役はいないようです。
アドバイザーや第三者機関でも雇って、統合した場合としない場合の比較感があってそれを議論した結果、しない方が良かった、それに反して統合に先走ったので、解任した、ということであれば、もっと見方が変わったのかもしれませんし、そのような手続きを踏むべし、と助言する人も機会もなかった、そのように感じました。
クーデターを起こす場合の現代版大義、でしょうか。
投稿: katsu | 2013年6月18日 (火) 10時51分
新聞等では「解任」と書かれてますが、取締役会の権限(会社法362条)からすると、正確には代表取締役の「解職」ですね。確か、ウッドフォードさんも「解職」でしたが、巨人の清武さんは会社法319条の適用により「解任」された?ということですよね。
投稿: Jay | 2013年6月18日 (火) 17時59分
katsuさん、コメントありがとうございます。本日現在でも、すくなくとも市場は本事件について落胆した、ということはないようです。市場は冷静だと認識しています。ただ、ご指摘のとおり(本日の日本証券取引所のCEOの方のコメントのとおり)株主のほうをまったく向いていない、と言われたらそのとおりかもしれませんし、今後は説明責任を尽くす必要がありますね。社外取締役は不在ですが、独立役員の方はいらっしゃいましたが、監査役の方々なのでどう対応されたのかはよくわからないところです(そもそも、監査役さんに事前の連絡があったのかどうかが報道でも不明なので)。
jayさん、おっしゃるとおり解任ではなく解職ですね。マスコミがずっと社長解任という言い方をしているので、もういちいち指摘するのもあきらめました(笑)。自身のブログでのみ、きちんと「解職」と書くのみです。清武さんの件は株主による信認が得られなかったため「解任」ということになるのでしょうね。
投稿: toshi | 2013年6月18日 (火) 18時45分
マスコミは執行役と執行役員の区別すらつきませんから、解職と解任の区別なぞそもそもできませんよ(苦笑)。でも自分を含めそのマスコミ報道を毎朝読んでる訳ですが(爆)
投稿: 通りすがり | 2013年6月20日 (木) 00時34分