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2013年6月10日 (月)

企業不祥事における「成功体験」のおそろしさ・・・について考える

ホワイトカラーによる不正がなぜ起きるのか?ということについて、よくクレッシーの法則が用いられます。クレッシーの法則とは、不正行為の発生に関する仮説をモデル化したものですが、「企業において不正が発生する背景には、動機(強いプレッシャー)、機会、正当化根拠の要素がすべて存在する」というもので、CFE(公認不正検査士)にとってはおなじみの理論です。

ところで、私は以前から、この「動機」というのは、本当にホワイトカラーの人たちが不正に走る要素としてどこまで重要なのか、よくわからないところがありました。たしかに不正に走りたくなるような強いプレッシャーがあったとしても、人は高い倫理規範があればなんとか踏みとどまることができるのではないだろうか?ひょっとして動機の上に、さらに「何か」があって、初めて反倫理的行動を許容してしまうのではないか、との疑問です。

そういった疑問をさらに深めるような事件記事が6月8日の産経新聞ニュースで掲載されています。企業不祥事に関する記事ではありませんが、弁護士である被告人が成年後見人としての預かり金を着服し、業務上横領罪に問われた刑事公判での被告人証言をまとめた記事です。被告人は私と同年代で、20年以上の業務経験を有する中堅弁護士の方のようですが、そこで被後見人の金銭を横領してしまう心の葛藤が詳細に語られています。中でも以下の供述内容が、とても印象に残りました。

左陪席の裁判官に犯行の最大の要因を問われると、沈黙の後、ゆっくりと言葉を紡いだ。被告「…検察官にも何度も聞かれ、自問自答も繰り返しました。交際相手との生活も、金銭にルーズだったところも原因にはある。でも、それらはバックボーンに過ぎない。事情があった、というのでは答えにならない。反規範に行くのは人間の選択。自分はそれを選択する心の弱い人間だった。それだけのことだと思う」
裁判長が質問の最後に、犯行の過程で事態を好転させる努力ができなかったかを問うと、被告は1件の訴訟で800万円超の報酬を得た過去の実例を挙げ、答えた。被告「何とかなる、という甘い気持ちがありました。弁護士をしていると、偶然に大きい報酬が得られることもあるので」裁判長「切羽詰まって対策を立てなくても、『棚からぼたもち』がある、という気持ち?」被告「それはありました」

これは私がヒアリングを行う不正調査の現場でも、ときどき聞かれる内容です。たとえば、この被告人の行動をクレッシーの法則にあてはめると、横領の動機は離婚した妻子への慰謝料の支払いを継続すること、機会としては預かり金の自己管理と経理を他人に委託していない状態、そして正当化根拠は弁護士報酬から、やろうと思えばいつでも返済できる、という事実です。しかし、高額の慰謝料返済によって経営が困窮していたことがプレッシャーになるとしても、それが規範意識を飛ばしてしまうことに直接結び付くのかどうか。正当化根拠も動機のひとつですが、これはすでに規範意識を飛ばしてしまった自分を苦しい精神状況からのがれさせるための言い訳なので、それ以前の段階の「規範意識を飛ばしてしまう原因」がどこにあるのか、を理解する必要があります。

そこで、上記記事内容を読みますと、心の弱い人間になってしまう要因として1件の訴訟で過去に800万円を超える報酬を得た体験というものが出てきます。これについて裁判長は「たなからボタもち」と表現しています。たしかに弁護士の職務上、1000万円を超える報酬を得ることは実際にありえるのですが、普通は何年も苦労して裁判で依頼者が経済的な収益を得たことの報酬であり、到底「タナボタ」と表現できるものではありません。しかし本当にボタもち的な報酬を得た成功体験があるとすれば、これはたしかに規範意識を飛ばす要因になりえるのではないでしょうか。「依頼者の預かり金に手を出してはいけない」という規範意識が極限まで希薄化している中で、「そういえば前に突然高額の報酬を得られたことがあったっけ」といった体験が頭をよぎるのであれば、その実体験が規範意識を一気に解放してしまう・・・ということでしょうか。

そういえば大王製紙の元会長さんの刑事裁判の証言にも似たようなものが出てきました。動機はギャンブルの負けを回復すること、機会は親会社の会長たる地位にあること、そして正当化根拠は「子会社は元会長の財布代わり」という意識です。前にも述べたように、普通は子会社資金は親会社の経営者にとっては財布ではありませんが、あの事件の特殊なところは、子会社の大株主は親会社ではなく、創業家一族会社です(だからこそ、その後は大王製紙子会社の株主総会にて、大王製紙側ではなく、創業家側の提案した取締役が就任する、という内紛に発展しました)。しかし、元会長さんを業務上横領に駆り立てた最大の要因は「以前、1億、2億と負け続けたときに、突然カジノで大勝してすべて返済できたことがある」という成功体験でした。これもタナボタ的成功体験と表現できるものです。

人生のすべての時期において、心の健康が保てるのであれば問題はありません。しかし、いくら弁護士といえども、心の健康を常に保てるとは限りません。心の健康のバランスが崩れたときに、預かり金通帳を眺めながら、「このお金があればなぁ」と規範意識が緩むこともあるかもしれません(もちろん世間的にみれば強い非難に値する行為です)。だからこそ、高い倫理意識を持って行動しなければならないわけですが、規範意識を飛ばしてしまう最大の要因(悪魔のささやき)についても光をあてる必要があると思います。

たとえば私個人の推測では、このタナボタ的な成功体験の他にも、企業におけるコンプライアンス経営軽視の風土(悪いことをやってでも成績を上げることが第一という思想)、「機会」に関するバイアスのかかった状況での誤解(冷静に考えれば不正発覚が容易な状況にあるにもかかわらず、発覚しないと思いこんでしまうこと)、といったものがこれに含まれるのではないかと思います。預り金着服の事例において、被告人が「経済的な困窮やずさんな経理は背景事情ではあっても最大の要因ではない。それは人間としての自分の弱さである」と証言したことは、まことに不正に向けて規範意識が緩む際の偽らざる心境ではないかと思います。

6月 10, 2013 刑事系 |

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コメント

結果がすべてという企業論理がコンプライアンスの大敵であるということがよくわかります。企業論理は不正を誘発するということを肝に銘じなければなりません。コンプライアンス教育を真剣に考えるべき時期に来ているのではないでしょうか?

投稿: 倫理オタク | 2013年7月 7日 (日) 12時45分

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