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2013年7月24日 (水)

有事の企業に求められる開示統制システム-紋切り型はダメ?

昨日(7月22日)のブルームバーグニュースにおいて、企業のディスクロージャーに関する気になるニュースが掲載されています。企業の重大な決定事実、発生事実が未発表の状況において、マスコミのスクープ記事が出た際の紋切り型のコメント「当社が発表した事実ではありません」「未だ決定した事実はありません」は、投資家にとってわかりづらいリリースです。そこで「東証ではこうしたコメントが投資家により有益な情報となるように、上場企業に対して表現を工夫するよう求めるガイドラインを年内にもまとめる方向で調整中」とのこと(ブルームバーグニュースはこちら)。おそらく、先日の川崎重工業社の社長解任劇における開示のドタバタが契機になっていると思われます。

アベノミクスを象徴する6月の成長戦略案でも「日本版スチュワードシップ原則」を年内にもまとめ上げる、とありますので、今後ますます機関投資家と上場会社との対話促進の流れが強まりそうです。経営を監視する機関投資家の選択肢は議決権行使と株式売買(短期的利益の獲得)だけではなく、今後は株主と会社との対話(長期的かつ持続的成長の確保)が要請されます。したがって、有効な対話実現の前提として、株主・投資家に対する正直な情報開示が必須となります。証券取引所としても、企業の情報開示の在り方に、これまで以上に関心を高めるのは政治の流れからみて当然のところであり、このようなガイドラインが検討されることになります。

企業の品質は目に見えるものではないので、投資家や消費者は、開示された情報をもって企業の品質を推測する必要があります。したがって、こういった流れについては私も基本的に賛成です。ただ川崎重工業社の例をみても、企業はそう簡単にマスコミのスクープに対して明確な事実を適時に公表できるものではないと思います。川崎重工業社は、三井造船との経営統合に向けて交渉している事実はない、と(4月の時点で)公表したものの、社長解任劇(代表取締役の解職)が発生して社長が交代した後に、統合に向けて準備をしていた事実はあるが、白紙撤回されたと(6月に)発表し、世間から強い批判を受けています。

しかし、社長解任の本当の理由として、先日当ブログでも述べたところですが、経営統合については、以前から社内が一枚岩ではないのです。賛成派もいれば反対派もいます。そういった中でマスコミのスクープが発生した場合、会社の中ではどう公表するかで揉めることは容易に推測できます。会社の中のゴタゴタは絶対に外に漏らしたくないのですが、かといってリリースは早く出さなければならない。そこで賛成派と反対派はぎりぎりの妥協ラインを探って公表事実の内容を検討することになります。つまり社内力学の妥協の産物として、あのような曖昧なリリースになってしまうわけです。これは、いくらガイドラインが策定されたとしても、会社として速やかに公表しなければならないというディスクロージャーの原則と組織のゴタゴタは表に出してはいけない、というリスク管理の視点が交錯する中で、明確なリリースは到底出てこない場合もある、ということです。

少し事案は異なりますが、元社長辞任要求で揉めた富士通社の事例でも、会社としては元社長の名誉を守り、社内のゴタゴタを表面化させないために、虚偽の辞任理由をリリースしました。「反社会的勢力との密接交際があったから」と素直にリリースすべきだったのかもしれませんが、では、本当にそのとおり辞任理由を書くことができる会社はどれほどあるでしょうか?現に、後日訂正のリリースをアップした富士通社には、「私たちはなんで反社会的勢力なのだ」と名誉毀損の損害賠償請求事件が提訴され、最高裁まで争われることになりました。

紋切り型リリースを禁じるガイドラインが策定されますと、開示しないことや曖昧な開示をすること(不作為)が重要な事実を開示しないという「虚偽記載」に該当するのではないか、という不安も生じます(もちろんただちに金商法21条の2に該当するようなものではありませんが、取締役の善管注意義務が問題となるケースは出てくるかもしれません)。そこで、企業としては①社内のゴタゴタの最中でも適時リリースが出せるような開示統制ルールを決めておく、②公正な開示は企業行動原則に立ち返り、経営陣の倫理意識をもって行う、③不適切な開示となるおそれのある場合には、取締役による説明責任を尽くすことで代替する、といったことを平時から検討しておくべきではないかと思います。

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