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2013年8月 5日 (月)

スクープは規範意識を麻痺させる-関西TVインタビュー偽装事件

すでにご承知の方もいらっしゃると思いますが、関西テレビの夕方のローカル番組『スーパーニュースアンカー』が2012年11月30日に放送した「大阪市職員 兼業の実態」という特集企画で、市職員に禁止されている「兼業」について証言した内部告発者のモザイク映像が、取材スタッフを使って偽装した映像であり、さらに新聞報道で発覚するまで3か月余りも視聴者に説明していませんでした。この事案について、放送倫理検証委員会が8月2日に委員会決定を公表しています(BPOのリリースはこちら)。決定報告書はとても読みやすく、コンプライアンス経営を学ぶ上で参考になるところが多いものであり、(それほど長いものではありませんので)ご一読をお勧めします。

同委員会は、社内でのチェックが機能せず問題のインタビュー映像を放送してしまったこと、問題発覚後これを視聴者に伝えない決定をしたことの2点について、放送倫理に違反すると判断しました。そのうえで、今回の問題の本質は、関西テレビがいう「不適切な映像表現」ではなく、テレビを信じてモザイク映像の放送を視ている者の信頼を裏切るような「許されない映像」が放送されたことにあると指摘しています。このあたりはなかなか厳しい決定内容です。

取材スタッフの後姿を(あたかも告発者本人であるかのように)撮影したカメラマンが、この問題を社内で報告した後、報道関係の責任者も交えて公表の有無が議論されたわけですが、結局のところ公表の必要性なし、というのが関西テレビ社内での決定だったそうです。この点は、関西テレビの組織独特のものではなく、こういった有事に至った組織ではすべての関係者の心にバイアスが働くものと思います。平時に冷静な頭で考えれば「これは視聴者の視点であれば裏切り行為だ、すぐに謝罪し、説明のための番組を編成すべきだ」ということになると思います。しかしながら有事に直面し、「これが表沙汰になったら、『あるある大事典事件』の二の舞になってしまう。これまで以上に批判されてしまう」という気持ちが組織の構成員の心を支配するようになると、冷静な判断を欠き、どうしても公表しないでよい理由ばかりに重きが置かれます(どのような正当化理由に重きが置かれたかは報告書をお読みいただければおわかりになると思います)。これは(毎度申し上げるところですが)関西テレビ特有の悪しき組織風土ではなく、有事に至った組織であればどこでも起こりうる集団心理のなせる業です。

さらに、委員会決定の報告内容によると、なぜこのようなインタビュー偽装を現場社員(P記者)が決行してしまったのか、という点について、委員会は以下のように指摘しています。つまり、現場を任されたのは入社5年目の若い社員であり、報道関係者としてのあるべき行動規範や「別人を撮影するこわさ」について、ベテランから十分な知見を受けていなかったがゆえの出来事だったと結論つけています。若さゆえの経験不足に焦点をあてているようです。だからこそ、番組収録から放送日までの社内におけるチェックシステム(社内のサポート体制)を問題視しているようです。

しかし、このインタビュー偽装事件は本当に現場社員であるP記者が経験不足であるがゆえに起きたのでしょうか?私はこの偽装事件が起きた本当の理由は、もっと他のところにあるように感じました。というのも、この「大阪市職員、兼業の実態」という企画は、関西テレビにとってスクープだったからではないかと。だからこそ、番組収録後、報道責任者はこの企画を(ローカル番組だけではなく)全国ネットで放映する価値がある、と判断し、実際に全国ネットで放送されています。

つまり、この若手社員にとっては、日々の普通の取材における普通の収録であれば、「いくら声が本人でも、他人を撮影するのはマズイだろう」ということで、他の手法を考えていたのではないでしょうか(現に、今回もこの現場社員は番組収録直後から悩んでいます)。社会正義に由来するマスコミ人としての気持ちからか、あるいは自分自身の仕事の名声を上げるためだったのかはわかりませんが、自身が手掛けた企画が「スクープ」として大きな価値があったからこそ、心の規範意識が曇ったのではないでしょうか。そうであるならば、これは若いがゆえに、経験不足であるがゆえに、というものではなく、ベテランの社員であっても十分に起こりうる不祥事ではないかと思います。

許される演出と許されない誇張表現・・・・、この境界は極めてあいまいです。現場の記者にとっては、全国ネットで取り上げられるほどのスクープネタであったことが、心の規範意識を緩めてしまい、「許される演出」と「許されない誇張表現」の境界線を超えてしまった・・・というのが本当の原因ではないでしょうか。こういった心の動揺があれば、同じ人間でも、この境界を超えてしまうことは、かつてのあるある大事典事件でも番組制作会社が経験したところです。もし過去の教訓が生かされていなかったとすれば、むしろこういったところにあるのではないでしょうか。

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コメント

レビュテーションリスクを恐れ隠蔽する。当事者の気持ちはどうだったんでしょう。もやもやしたものが残ったままで、組織が健全に運営できるとは思えません。隠蔽はその点でも罪作りだと思います。

投稿: 倫理オタク | 2013年8月 5日 (月) 12時14分

ごぶさたしております。ご活躍のようでなによりです。
ところで、今回の件はどうして新聞社が知るところとなったのでしょうか?やはり関西テレビ内の社員が告発をした、というところでしょうかね?

投稿: halcome2000 | 2013年8月 5日 (月) 12時24分

山口先生、いつも勉強させていただいております。
以前のあるある大事典の事件については、バラエティー番組ということもあり、「許される演出」というのも納得できるのですが、このような報道番組においても「許される演出」というのはありうるのでしょうか?報道番組である以上、真実をありのままに伝えるという意識をマスコミが持たない限り、視聴者は納得しないのではないかと思いますのでこのあたりは少し違和感を覚えました。

投稿: ともき | 2013年8月 5日 (月) 12時29分

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