PCAOB、監査報告書の改革案を可決
8月14日のウォールストリートジャーナルが「米国監査法人監査当局、監査報告書の改革案を可決」として、米国のPCAOBが大幅な上場会社向け監査報告書の改革案について全会一致で可決した旨を報じています(WSJニュースはこちら)。監査手続きの中で発見した事象について、これまでよりも詳細に投資家へ情報を提供するようになる、というもの。これまで監査報告書に加えられた改革としては過去70年の歴史の中で最大のものだそうです。拙著「法の世界からみた『会計監査』」の第4章「事後規制社会に組み込まれる弁護士・会計士」で私が提言していたことが、このたび米国で実現するようです。
リーマンショックの後、米国では職業会計士の会計倫理についての議論が盛んに行われていましたが、まさに市場の番人たる会計士の理想の姿が求められてきたものと理解しています。このたび日本でも監査における不正リスク対応基準が新設され、そこでは「職業的懐疑心」に重点が置かれていますので、「期待ギャップ」を埋めるための方策としては、今後も米国の流れを日本も追っていくのではないかと予想しています。
日本が米国の流れに追随するのではないか、と私が予想する根拠は三つあります。ひとつは拙著でも説明しているとおり事後規制社会への変遷です。本来企業開示規制は行政当局のお仕事ですが、行政による事前規制が撤廃される代わりに弁護士や会計士を「市場の番人」にふさわしい専門職として捉えています。当然に職業倫理が求められるわけであり、さらにリスクをとるにふさわしい活動を期待されます。とりわけ会計監査を担う会計監査人は、企業との守秘義務の問題や、虚偽内容の情報開示のリスクを負いながらも、実質的な依頼者である株主・投資者に対して有益な情報を提供することが求められます。
二つ目は責任回避です。リーマンショックの際には、金融規制当局が大きな批判を浴びましたが、監査法人が「市場の番人」として、行政規制の一部を担うということになれば、万が一問題が発生したとしても行政当局は責任を回避することが可能です(いや、責任を転嫁できるといったほうが正確かもしれません)。良い、悪いは別として、監査法人への監督権を上手に行使しつつ、国民からの監督責任の回避を目論む方策というのは、今後「市場のふとどき者」や「市場外で国民に迷惑をかけているアウトロー」対策に規制の重点を置こうとしている日本の行政当局の考え方としても十分ありうると思います。
そして三つ目は行政当局の国際連携の必要性です。企業活動のグローバル化に伴い、リーマンショックのような事件が発覚すれば、ひとつの企業の信用不安が他国にも飛び火することが判明しました。とくに「取り付け騒ぎ」をもたらすようなレピュテーションリスクへの関心が高まっていますので、企業情報は多少の誤差はあったとしても、正確な情報が早期に投資家へ開示されることが望ましいという点では各国の行政当局で一致しているのではないでしょうか。企業のリスク情報の分析には時間を要するのであり、いち早く正確なリスク情報を提供できるのは、なんといっても継続的に企業情報にアクセスしている監査法人をおいて他にはない、というところかと思います。
オリンパス事件を契機として、今年は監査における不正リスク対応基準が新設されたわけですが、これはご承知のとおり最終案ではなく、あくまでも通過点の施策です。「期待ギャップ」対策の微妙なバランスの上に成り立つものですので、もし今後オリンパス事件と同じような会計不正事件が発覚した場合には、そのバランスは崩れます。つまり、会計士さんに市場の番人たる役割をさらに強く要請する(たとえば不正発見的機能を強化する等)ということになるはずです。そうならないためにも、イマこそ監査法人さんの自律的行動が求められる踏ん張りどころです。
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コメント
仰る通りです。PCAOBの監査報告書の監査基準(草案)は、実施可能で、かつ投資者およびその他の財務諸表利用者に監査の重要な事項の情報開示という画期的な方法は理解しうるものです。
米国では、監査実務を背景にした専門家が深く関与して検討して得られた結論ですが、日本の金融庁の会計審議会は、1~3年の期間しか担当しない開示課長が実権を握る監査・会計の実務を経験したことのない素人です。
ライフワークのように実務経験豊かなプロフェッショナルの米国とは比べ物にならないほどです。監査・会計・情報開示に短期間しか担当しない日本の官僚には限界があり続けます。
法務省の幹部が司法試験合格者で占め、厚生労働省の医務技官が医者の資格者である一方、日本では、金融庁の開示課長は、監査・会計の未経験者です。これでは、いつまでたっても、監査や会計の理解は金融庁からは得られません。
日本の金融庁もPCAOBの監査基準を導入する方向で検討することでしょうが、監査基準という字面だけを導入することになるでしょう。素人でも可能だからです。金融庁の「不正リスク対応基準」の新設は素人の文章です。金融庁は、市場の番人としての専門家集団となる組織改革が必要です。
弁護士さんも、米国同様に、証券の売り出しで目論見書の作成に関与する証券弁護士の参加が必要です。
投稿: AY | 2013年8月19日 (月) 18時46分
ご意見ありがとうございます。目論見書の作成に関与する弁護士というのも、開示制度の重要性が増すにしたがって必要性が高まるように思います。本でも書かせていただきましたが、市場の番人たる専門職はリスクを背負う気概を持たねばならないと思います。我々にも、その覚悟が必要かもしれません。現在、金融庁には150名ほどの任期付き公務員が在籍されていますが、そういった人たちにも、退官後の職務として頑張っていただきたいなあと。
投稿: toshi | 2013年8月20日 (火) 01時23分
我が国の監査基準は、国際監査・保証審議会(IAASB)の策定する国際監査基準を取入れて改訂されてきましたが、IAASBとPCAOBは、現在の紋切型の監査報告書では財務諸表利用者に対する情報提供は不十分で、監査報告書の改善が必要との認識では基本的に方向性は一致しており、IAASBでも監査報告書の改善が議論されており、IAASBの監査基準が改訂されればそれを受けて我が国の監査基準も改訂されるでしょう。
問題は、監査報告書に含められるAD&A(Auditor‘s Discussion and Analysis)において述べられる監査人の見解が、監査に関する情報(監査リスクや監査手続)のみとなるか、それに加えて財務諸表に関する内容(経営者の判断及び見積りや経営が直面する課題)を含めるかで、後者が含められなければ財務諸表利用者の有用性の向上は限定的なものとなるでしょう。
投稿: 迷える会計士 | 2013年8月20日 (火) 21時29分
任期付きの公務員では、権限がなく、期限がくれば離職の運命が待ち受けており不安定な地位にあり、その力は発揮できないことは誰の目からも常識ではないでしょうか。
権限を持った幹部に登用されてこそ専門性を発揮できるのです。そうした時代がくることを皆さんのガバナンスにかかっています。期待しています。
投稿: AY | 2013年8月21日 (水) 08時58分
迷える会計士さん、AYさん、ご意見ありがとうございます。今度は監査法人の業務改善に関するニュースが出てきましたね。
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324562504579024251641752882.html
投稿: toshi | 2013年8月23日 (金) 13時59分