代表取締役らの内部統制構築義務違反と金商法21条「相当の注意」の抗弁
判例時報2189号(2013年8月21日号)の129頁以下に、従業員による商品先物取引の営業、委託業務に関する不法行為損害賠償責任とともに、社長以下取締役の内部統制構築義務違反による損害賠償責任が認められた判決が登載されています(名古屋高裁判決 平成25年3月15日)。原審(名古屋地裁判決 平成24年4月11日 判例時報2154号124頁以下)も、結論的には高裁判決とほぼ同じ結論ですが、取締役らの責任については従業員に対する業務監視義務違反ということを責任の根拠としています。以前、当ブログでもご紹介した「貴乃花親方名誉毀損損害賠償判決」と同じように、裁判所は、取締役らの内部統制構築義務違反を善管注意義務違反の具体的内容として、会社法429条(取締役らの第三者責任)を根拠に損害賠償責任を構成しています(つまり取締役には「重過失」があるとしています)。
基本となる事案は、商品先物取引会社の従業員に、(顧客に対する)適合性原則違反等について、民法709条による不法行為が認められ、会社自身は同715条の使用者責任として賠償義務が認められるというものです。では、同社の役員らには個人責任は追及できないのか、というところで「共同不法行為」や「業務執行の監視義務違反」「内部統制構築義務違反」が原告(被控訴人)側から主張されていたところでした。
私は、原審が認めた「業務執行に対する監視義務違反」と控訴審が認めた「法令遵守体制構築義務」とを比較すると、以下のような差異が認められると考えています。ひとつは、監視義務は時間軸を持ちにくい概念であるのに対して、内部統制構築義務は時間軸を持つ概念、ゆえに日常的に誠実な企業行動をとっている会社の取締役は法律上も保護される、という点であり、もうひとつは、監視義務違反は、「監視できる立場」に(たまたま)いなかった取締役は救われることになり、不公平かつ常識に反する結論が導かれるが、内部統制構築義務違反は時間軸を持つ概念なので、そのような不公平がなくなり、常識的な判断を導くことができる、という点です。本件のような事案では、この高裁判決の判断手法を私は評価したいところです。
ところで、内部統制構築義務の内容を、時間軸をもって判断する、という手法と捉えるのであれば、会社法だけでなく、金商法21条2項1号による取締役らの開示に関する民事責任の法理にも応用できるのではないでしょうか。有価証券報告書に虚偽記載が認められた場合の取締役の責任については、特別の法的責任として金商法21条2項1号責任が規定されているのですが、そこでは過失の立証責任が取締役らに転換されています。つまり取締役らが虚偽開示の結果を招来させてしまったことについて、相当な注意を怠っていなかったことを立証できた場合には、その責任を免れるというものです(虚偽記載であることを知らず、かつ相当の注意を用いても知りえなかった場合)。
裁判において、この「相当な注意」が立証されることは役員側にとってなかなか困難なわけですが、だからこそ、内部統制の整備および運用に関する状況こそが相当な注意を怠らなかったことの正当事由の根拠となりうる、と考えるべきではないかと。そう考えますと、企業の自律的な行動のインセンティブにもなりますし、また裁判所における判断事由の類型化、客観化につながり、当事者の予測可能性の向上にも資するものになると思います。
なお、上記名古屋高裁の判決文において、社長の内部統制構築義務違反を根拠付ける事実のひとつとして、「主務官庁から業務改善命令を受け、その行政処分の中で、内部管理体制の向上の必要性が指摘されていたこと」が掲げられています。最近、許認可権限の更新等において、行政裁量が付与され、監督対象企業の内部管理体制の有無が審査対象とされる例が増えています。こういった行政の改善命令等において、内部管理体制の不備を指摘されないことが一番ですが、たとえ不備を指摘された場合であっても、客観的に「視える化」した形で体制の整備、運用を改めたことが、取締役の善管注意義務の履行判断にも影響を及ぼすことになるように思われます。
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