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2013年9月30日 (月)

みずほ銀行の反社会的勢力融資と金融検査体制転換の本気度

9月27日、みずほ銀行さんは金融庁より(銀行法に基づく)業務改善命令を受け、これに対して「深く反省している。改善に向けて鋭意努力したい」と発表しておられます。業務改善命令の理由は、①反社会的勢力との取引の存在を知りつつ2年ほど放置していたこと、②そういった取引の存在が担当役員止まりとなっていて銀行として解消に向けた抜本的な対策をとっていなかったこと、だそうです(9月27日付けの金融庁リリースはこちら)。

ところで9月の上旬に日経新聞等が報じていたように、このたび金融庁の銀行検査体制が大きく変わります。従来の不良債権処理を目的とした定点的な検査から、企業への貸し出しを増やすために金融機関に一部融資先の審査を委ねる方針に検査方針が転換されます。「(融資審査ついては)金融機関の判断を尊重する」と検査方針に明記されます。今回の検査方針の転換が安倍首相のもとでの成長戦略に合わせて、成長企業への融資を増やすことに寄与することは間違いありません。

しかし、銀行が融資判断を自由にできるとなりますと、そこで問題となる点が「融資先の反社チェック」の甘さ、ということになります。当然のことながら、金融庁としては銀行の自浄能力の向上に期待することになるわけでして、今回のみずほ銀行さんに対する反社会的勢力チェックの甘さについては、まさにこのタイミングでの「金融機関に対する警鐘」としての意味が強いのではないでしょうか。とりわけ「担当役員止まり」「経営責任の明確化」という点は、ガバナンスや内部統制システムの甘さを指摘しているところであり、当局が、組織として反社会的勢力排除に向けて取り組むことを強く求めていることのあらわれかと思います。

ちなみに金銭消費貸借契約としての問題案件は合計230件、金額にして2億円程度、ということで、個々の案件はとても小さな金額です。しかし金融庁がなぜ大きく取り上げるかといえば、ひとつは反社会的勢力との癒着が極めてフィナンシャルグループのレピュテーションリスクを毀損するからということでしょう。反社勢力との接触という事実だけでも大きな信用問題となりますが、それだけではなく、反社会的勢力との接触問題はさらに多くの「二次不祥事」の温床となります。オリンパス事件において、最初に海外のマスコミが大きく取り上げて大騒ぎになったのが反社会的勢力問題だったことは記憶に新しいところです。これだけ大きく取り上げられる不祥事である以上、隠したり、裏取引をしたり、利益を供与するといった更なる不祥事につながることになります。したがって額の多少に関わらず、断絶の努力は必要になります。

それともうひとつが「公益の番人」たる銀行の地位です。規制緩和の時代が進む中で、ますます金融機関は公益性の発揮を求められることになります。たとえば口座開設時のチェックだけでなく、取引先が反社会的勢力と取引を開始しないよう監視することなどが期待されます。そういった取引先企業を監視すべき立場に立つ銀行が(しかも今回は国際決済を業務とするメガバンク)反社に寛容となってしまえば規制緩和の制度基盤が揺らいでしまうことになります。公益の番人たる金融機関には、一般企業以上に厳格な反社会的勢力排除のための体制整備が求められます。

反社会的勢力との癒着問題は、(一般的に)社内における自由な情報流通の確保と情報管理の厳格性という二つのジレンマと戦う経営判断が求められることになります。また、反社問題特有の「担当役員止まり」といった、明らかに会社法違反(たとえば会社法357条2項違反)が認められることから、役員らの法的な責任も問題になります。いろいろと本件でも検討すべき法律問題がありそうですが、まずなんといっても、今回の業務改善命令の発出は、金融検査体制の転換は、単純に金融機関に甘いものではなく、金融機関に自浄能力を強く求める、という厳しい面もあることを示したものとして留意すべきではないかと考えます。

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2013年9月27日 (金)

「社外取締役ガイドライン」の解説本が出ました(商事法務)

4785721190最近の日経新聞による「社外取締役の義務付けは必要か?」というアンケートでも64%の方々が「社外取締役の義務付けは必要」と感じておられることが報じられています。ただ、社外取締役の義務付けが必要だと感じる方が多いことと、上場会社において社外取締役の必要性はどこにあるのか、という議論が少し違うわけでして、「個々の企業がなぜ社外取締役を必要とするのか」という議論と「なぜ制度化すべきなのか」という議論は整理しておく必要があります。

理屈の問題はさておき、すでに上場会社の約6割の会社が一人以上の社外取締役を導入しておられるわけで、会社法改正を控えて、この傾向は、今後ますます強まることは間違いありません。そこで日弁連の司法制度調査会社外取締役ガイドライン検討チームが中心となって、この3月に日弁連の社外取締役ガイドラインを策定しました。そしてこのたび、そのガイドラインの解説本が商事法務より出版される運びとなりました。本日(9月26日)の日経朝刊の第一面にも広告が出ました。

「社外取締役ガイドライン」の解説(日本弁護士連合会司法制度調査会社外取締役ガイドライン検討チーム編 商事法務 3,200円税別)

詳細の目次は、上記リンク先をご覧いただきたいのですが、本書はガイドラインを作成するにあたり、法律に必ずしも精通されていらっしゃらない一般の方々にも、ガイドラインの内容がわかりやすく理解できるよう工夫されたものです。そもそも本ガイドラインは、経営者の方、取引先の方が社外取締役に就任する際に留意すべき点を中心に執筆したものであり、決して法律家の社外取締役だけを想定したものではありません。したがいまして、実際に就任されていらっしゃる経営者、元経営者の方々にこそ、「社外取締役のベストプラクティス」としてお読みいただければ幸いです。

一応の確認のために申し上げておきますが、本書は決して上述の「社外取締役制度」の推進を主張するようなものではありません。現実問題として社外取締役の導入の必要を感じておられる会社があれば、どう受け入れ態勢を整えて、社外取締役を企業価値向上につなげていくか、そういったことを検討するにあたっても参考になるよう工夫されています。ただ、取締役会の在り方については色々な議論があることは否めません。社外取締役が経営執行部にとって経営指南を行うような「業界に精通したプロフェッショナル」を求める考え方もあろうかと思います。しかし本書は、欧米の主流であるモニタリングを重視した取締役会を念頭におき、社外取締役がモニタリンスシステムの取締役会において果たす役割を明確にしています。このあたりは、会社法改正における審議の流れとも合致しているものと考えています。

また、この本は、共栄火災さん、東京海上日動さん、AIUさんのご協力を得て、各社の現時点におけるD&O保険の基本約款を参考資料として掲載しています。これは、役員賠償責任保険の内容を就任時もしくは就任後にできるだけ知っておいていただきたい、との意向によるものです。社外取締役への就任において、それぞれ責任限定契約を締結されることが多いと思うのですが、役員賠償責任保険がどこまでをカバーするのか、どういったケースではカバーされないのか、ということをあらかじめ確認していただきたい、といった趣旨です。

ちなみに私も検討チームの一員として、かなりマニアックな部分ですが、「監査・監督委員会における監査・監督委員たる社外取締役の行為規範」について解説をしています。会社法改正によって新たな機関設計として「監査・監督委員会」(仮称、監督委員会という名称になる可能性あり)が新設されますが、この監査・監督委員会設置会社の社外取締役には、制度上の特殊な役割がありますので、あえて監査・監督委員会の構成メンバーである社外取締役にフォーカスをあてて解説を試みた次第です。

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2013年9月26日 (木)

シャープの増資決定開示にみる「上場会社に求められる開示統制」

シャープ社の9月18日早朝の適時開示が一部関係者の間で話題になっています(話題の対象とされているシャープ社のリリースはこちらです)。企業の重要な決定事実については、当該企業が正式な公表する前に、マスコミがリークすることが時々見受けられます。そういった場合、通常は「一部報道されている事実につきまして、会社として決定した事実はありません」「当社が発表した事実ではございません」という紋切り型のフレーズで各企業が対応しています。しかし、このたびの「シャープ、最大で1600億円の増資決定」というビッグニュースが新聞朝刊で公表されたのを受けて、シャープ社は当日の午前7時45分の時点で「一部報道されている事実につきましては、当社が発表した事実ではありませんが、本日の取締役会で上程する予定であり、決まり次第公表します」との誠に懇切丁寧な開示を行いました。

このシャープ社のリリースについて、9月24日のロイターニュースは詳細に伝えており、市場関係者からは高い評価を得ている一方で、企業の開示関係者からは「機関決定の前に不用意な開示はできない」との声も出ている、ただ金融庁幹部はこのリリースを今後のモデルケースとしたいと評価し、また取引所もこういったリリースをガイドライン化する方向にある、と報じています。金融庁や取引所の対応が、昨年大きな問題となった増資インサイダー事件や、2カ月前の川崎重工社の適時開示に多くの批判が集まったことに起因することは容易に推測できます。ただ、この話題について、私はちょっと別の観点から考察してみたいと思います。

Keieikanri004一昨日のエントリーで、私が作成した図面を再度ご紹介します。これは経営判断にコンプライアンスの考え方をどう落とし込むか・・・ということを検討するためのものです。ディスクロージャーは企業の透明性、株主への説明責任に関わる課題なので、右下に示しています。企業の重要な経営判断は、スピード経営との関係では根回しリスクがあります。根回しが十分でなければリリースの正確性が欠けてしまい、企業の信用毀損につながりかねない状況に陥ります。またリスク管理との関係ではインサイダーリスクが生じます。ここでも正確性を期したいのですが、もたもたしていると社内に不幸な犯罪者を増幅させてしまい、レピュテーションリスクを高める結果となります。結局のところ、迅速な開示と正確な開示はトレードオフの関係となり、スピード経営やリスク管理からみて、この二つの開示の要請をどうバランスをとるか・・・というところが重要です。ここで失敗しますと、とんでもないコンプライアンス違反という問題を引き起こすことになります。

私は企業がインサイダーリスクを低減させるだけの情報管理能力を有しているのであれば、多少開示情報が曖昧であり詳細ではなくてもリリースとして問題はないと思います。なぜなら根回しに失敗したり、機関決定の前提となる事情に変化が生じた場合に、あいまいな情報しか出さないことで被るレピュテーション上のデメリットよりも、何度もコロコロと開示情報を修正させる企業の信用毀損のデメリットのほうが大きくなるからです。最悪のデメリットは、そういった状況の変化にも関わらず、信用毀損をおそれて開示情報を修正せず、結果的に虚偽情報を放置してしまう「二次不祥事」です。上場会社の情報開示のポイントは、決定事実や発生事実の内容、企業の情報管理体制の整備状況、経営陣の意思決定過程などを総合考慮したうえで、個別具体的な状況に沿ってリリースを簡略化するか、詳細化するかを判断をすべき、ということだと思います。もし開示情報の曖昧さに市場関係者から疑問を呈された場合には、この図表に並べて書いていますように、事後の説明責任を尽くすことで透明性を代替(補完)することも考えられます。つまり、ここで最も大切なのことは、有事になってから慌ててリリース内容を判断するのではなく、平時から開示統制システムをきちんと整備して有事に柔軟に対応する、ということです。

先のロイターニュースでも、シャープ社は機関決定が近づいた時期に、有事を想定して取引所や金融庁に相談していたとされています。案の定、機関決定の直前に重要事実が新聞でリリースされてしまったわけですが、自社の情報管理能力、インサイダーリスクなども考慮したうえでのリリース内容の決定だったはずです。つまり金融庁幹部が「モデルケースのひとつとしたい」と感想を述べたのは、どこの上場会社も同様の開示をすべき、という意味でのモデルケースではなく、平時から開示統制システムを整備運用して有事のリリースに備える、という意味でのモデルケース、という意味かと推測します。また取引所のガイダンス作成についても、こういった平時からの有事のリリースへの取り組み(開示統制室テムの構築)が中心課題になろうかと思われます。

株主との対話が求められる時代、経営者は中期経営計画に基づいて将来のビジネスの進展を株主に説明しなければならないわけですが、その信用性を高めるには、まずは過去の営業成績を正直に開示することから始めなければなりません。最近の海外機関投資家が、しきりに「ガバナンス、内部統制の充実」を企業に求めることも「株主との対話の時代」であれば当然だと思います。開示の迅速性、正確性の両立は、スピード経営が求められる時代、コンプライアンスリスクが重要視される時代になるにつれ、悩ましいジレンマです。その舵取りの巧拙は、平時からの開示統制への取組次第だと考えています。

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2013年9月25日 (水)

JR北海道の安全管理体制と「ほうれんそう」の極意

(9月25日午前 追記あり)

まだ調査結果も報告されていないので、貨物列車脱線事故の調査過程で発覚したレール幅修正放置に関する安全管理問題について、一言だけ感想を述べておきたいと思います。こういった不祥事が発覚すると、現場における人為ミスとして処理されることが多いのですが、今回はどうも経営体質に問題がある、と言われています。JR北海道社側の発表では、上司や補修責任者への連絡や報告体制に問題があったとのこと。つまり経営幹部は知っていながら放置していたわけではない、との弁明です(たとえば産経新聞ニュースはこちら)。

9784569814759私が社外取締役を務めている不動産建設・管理会社の元社長である三鍋伊佐雄氏が今月「弱者が勝つ戦略」(2013年9月4日発売 PHP研究所 1260円)というビジネス書を出版されました。この本の中で、三鍋氏は「報連相(ほうれんそう)」の極意について語っています。「ほうれんそう(報告、連絡、相談の徹底を図ること)」とはなんと上司の傲慢な言い方だろうか、上司が欲しい情報など、ルール化して部下に求めてみたところで、自分に都合の悪い情報を正確に報告してくるわけなどない、俺は聞いてないぞ、というのは、自分が部下に(何を報告すべきなのか)きちんと伝えていない証拠である、というもの。「あれはどうなったのか」と、タイムリーに上司が部下に尋ねる努力は情報共有には欠かせないとされています。

私も全く同感です。ほうれんそう、というのは情報共有の3原則が成立する上での話です。情報共有の3原則とは、①情報の送り手と受け手の間で、「何を伝えるのか」という情報選択に関する合意があること、②選択された情報について、その重要性の優先順位についての合意があること、③発信主義ではなく、到達主義による確認を怠らないことです。安全に関する情報共有は重要でありますが、なんでもかんでも共有するわけにもいかないので、平時のリスク管理として、上記の3原則程度は励行することで、とりあえずリスクを最小限度に抑えておく必要があります。

サービスの安全性確保のための「ほうれんそう」なので、単純に補修していたものと思っていた、は通用しません。もし形として「ほうれんそう」の体制が整備されていたとしても、報告がされていない場合には、経営者の側から「安全管理体制の運用」についてはきちんと報告を求めていなければ「ほうれんそう」は有効に機能しないはずです。JR北海道が赤字体質であり、北海道の周辺地域における安全管理の人的・物的資源に限界があったとすれば、なおさら経営陣による「ほうれんそう」の率先垂範が求められたはずです。おそらく経営体質が問題視されるのであれば、それは経営者の不作為による法的責任と密接に関わります。

安全管理体制の確保を怠った場合の経営者の責任は、すでにパロマ工業元社長刑事判決(確定)でも明らかです。安全確保に関する経営事項については、「予算が足りなかった」という言訳は通用しません。なぜなら人を危険に晒しながら事業を続けるような企業は社会と共生できないからです。要は、少しの努力で重大事故を未然に防止することができたのに、その努力を怠った、という点に経営者の帰責性の根拠があります(したがって、27日に神戸地裁判決が予定されているJR西日本の歴代社長の方々にとっては、福知山線事故の現場付近にATSを設置することが容易に予見できたかどうかが争点となります)。今回のJR北海道の経営陣にとっても、先の「ほうれんそう不足」も、少しの努力によって報告を受けることが可能だったのであり、もし報告を受けていれば、ヒヤリ・ハット事例を集積することができますので、問題が多い保線区から重点的に補修できたものと思われます。

以上は、未だ調査結果が出ていない段階なので、会社側の説明を信頼したうえでの感想です。しかし、最後にもうひとつだけ感想めいたものですが、社内ルール違反の放置が特定保線区に集中していた、という点は、単純に「ほうれんそう不足」で説明できるものではないと考えています(ほうれんそう不足であれば、全保線区で均等に社内ルール違反が認められる可能性が高いと思います)。なぜ、特定保線区(北海道のかなり周辺地域に集中しているようですが)だけにルール違反が放置されていたのか、それはもっと会社内部における人間力学のようなものが原因ではないでしょうか(たとえば「ほうれんそう」の励行を口に出せなかった事情等)。元社長さんが事故を苦に自ら命を落とした事件のときにも感じたところです。このあたりの不祥事体質(不祥事を発生させてしまう企業風土)は今後の社内調査できちんと理屈が通る形で説明してほしいと思います。※1

※1・・・原稿を書いていたところ、日経新聞の新しいニュースに触れました。そこでは旧国鉄時代からの労使問題が背景にあるのでは・・・といった原因分析が出ていました。しかし労使問題が安全性軽視の社内風土を形成しているということはあってはならないことだと思いますが、こういった(たとえば長年のねじれた労使関係のような)人間力学こそ本当の原因ではないかと私も想像しています。

(9月25日午前:追記)

今朝のニュースを視ておりましたら、更なる基準違反箇所が170か所も見つかり、とんでもない数字になっちゃってます。国交省は経営陣の事情聴取を開始するように報じられています。本当に「ほうれんそう」が原因だったのか、それともほかに主たる原因があるのか、きちんと究明していただきたいと思います。やはり人間力学が原因ということになりそうな気配です。

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2013年9月24日 (火)

社外取締役から見た「コンプライアンス経営とマネジメント」

本日(9月23日)の日経法務インサイドにおいて、委員会設置会社の数がわずか57社止まりであり、その原因は指名・報酬委員会に社外取締役が深く関与することを上場会社が嫌うこと、またそもそも企業経営の基本方針に関わるような重要事項を判断できるほどの社外取締役候補者が限られていることが理由として挙げられていました。

私自身、純粋持株会社や事業持株会社の独立社外取締役として(任意機関ですが)指名・報酬委員会の委員やコーポレートガバナンス委員会、投資リスク審査委員会の委員を務めさせていただいている立場からすると、少し違った意見を持っています。また、「社外取締役は一人でもそれなりに意味がある」と感じる場面もありますので、それらの持論はまた別の機会にお話することにして、本日は、社外取締役に就任して、上場会社のコンプライアンス経営についての考え方が自分の中で少し整理できてきましたので、その点についてオリジナルの図表を活用して若干指摘しておきたいと思います。なお以下のお話は、私が社外取締役を務める会社の具体的な経営判断事実とは何ら関係はございません。

Keieikanri004まず私が社外取締役に就任して痛感しているのは「経営判断のスピードはものすごく速い」ということです。大企業であれ、中小規模の会社であれ、他者と競争するうえで、このスピード経営はもはや否定しようがないです。本業を別に持つ身として、下手をすると、なにも準備もせずに賛成のための手を上げないといけないことになる可能性があり、これは受託者責任を負う社外取締役にとっては絶対に回避しなければなりません。

このスピード経営を頂点として、リスク管理や経営の透明性(利害関係者への説明責任)を置きますと、これらはコンプライアンス経営を語るにあたり「トレードオフの関係」に立つことがわかります。そこに「トライ&エラー」「社外取締役制度」「安全思想・安心思想」とありますが、これらはトレードオフ関係に立つ二者の調和を目指すための調整弁の一例を示したものです(なので、これだけに限るわけではありません)。たとえばスピード経営を重視すれば株主の一般利益の代弁者としての社外取締役制度が重宝されることになるのですが、透明性のほうを重視するのであれば、「株主との対話」という調整弁が機能するために、「開示統制」が課題となります。

リスク管理においても、十分なリスクを検討したうえで経営判断を下していてはスピード経営の実効性が落ちます。平時のリスク管理を有事の危機対応で補う関係を構築しなければ(トライ&エラーの理屈)、競争に負けてしまうという感覚です。みんながリスクをとらないように稟議制を重視したり、社内慣行を重視したりしていては有事の知恵も生まれず、後ろ向きのリスク管理に終始してしまいます。また当ブログで何度もお話しているように、リスク管理は人の能力に左右されます。人的資源、物的資源において他社に負けてしまう企業は、これを企業の自律的行動によって(いかにして外部に安心を提供できるか?)補完しなければなりません。どのように補完するかは頭の使いよう(知恵)です。

以前はコンプライアンスといいますと、管理部門の担当者に任せておけばよかった(「法令遵守」がメインテーマであれば「知識」が幅を効かせていた時代)わけですが、事後規制社会への変遷、グローバル競争におけるCSR経営思想への転換といった中で、「持続的成長に向けた、社会的要請への対応」と言われる時代になり、もはやコンプライアンスは「法令遵守」だけに限られず、「経営者の知恵」にも支配される領域となりました。いわば現場と経営執行部との協働が求められる領域です。

また、コンプライアンスはブレーキではないと私自身は考えていますが、たとえブレーキだとしても、その「ブレーキ」はなかなか踏めない(誰が社長の戦略に「それは間違いだ、中止せよ」と言えるのか?)のが日本の企業だと痛感しています。ブレーキを踏むことも、日本においてはブレーキを踏んだ者がリスクを背負う、立派な前向きの戦略なのです。

競争の中で企業価値を上げる「コンプライアンス」は、上図のとおりトレードオフの関係に立つ問題をどのように処理していくのか・・・、その調和方法を自らの頭で考えなければ「思考停止のコンプライアンス」となります。その弊害は、効率性(費用対効果)、または有効性(社会的信用を毀損させる不祥事の発生)に問題が生じる、という形で現れます。これがマネジメントに関与する立場からコンプライアンスを眺めるようになった者の印象です。

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2013年9月20日 (金)

フタバ産業中国贈賄事件と役員の不祥事公表義務

すでにご承知のとおり、フタバ産業さんの元役員さんによる企業不祥事が、また明るみになってしまいました。元専務の方が中国政府の役人に長年にわたり賄賂を提供していた、ということで、公訴時効にかろうじてひっかからなかった2007年の事件が(日本の)不正競争防止法違反被疑事件として強制捜査の対象になりました。なお、外国公務員に対する日本人による贈賄が、日本の国内刑事法違反行為になる、ということはあまり知られていませんが、不正競争防止法の中に規定されているところです。

ところで9月12日の朝日新聞ニュース「賄賂、監査法人が指摘 フタバ産業放置」と題する記事によりますと、今回の贈賄事件については、すでに2008年10月に監査法人から監査役が指摘を受けて、元専務に問いただしていたそうです。元専務も「問題なしとしない」ということで、役員会でも問題視され、また監査役も何度も善処方を取締役らに求めていたようですが、結局その後は何らの措置もされることなく、そのまま放置されていた、と報じられています。ここだけニュースで読むと、勇気ある監査役さん方による「モノ言う監査役さんシリーズ」のようにも思えますが、そもそもこの時期、フタバ産業さんではすでに監査役会と取締役会では不正会計事件に関連して、かなりのバトルが繰り広げられていたようであり(以前のフタバ産業さんのブログエントリーを参照ください)、このたび報じられているところも、そのようなバトルの一連の動きだったように思われます。

ちなみに、今年2月にフタバ産業さんの元社長さん含め役員の方々が逮捕された不正融資事件については、2007年10月の時点で監査法人さんから監査役に対しておかしな点があることが指摘され(「会計ドレッシング」村井直志著 96頁)、その後会計不正事件として広く公表されたのは2009年5月のことでした。ここで疑問を抱くのは、2008年11月に贈賄事件が全役員の知るところとなったわけですから、その後2009年5月に別の不正会計事件が発覚した視点で、この贈賄事件を会社として公表しようという動きはなかったのだろうか?という点です。不正会計事件は「社長案件」事件として組織ぐるみの不正に発展するわけでありますが、そのような有事になってしまった段階で、おそらくこの「中国政府賄賂事件」も公表すべきかどうか、とりあえず役員の皆様方にとっては懸案事項になっていたものと思います。もちろん不正会計事件が大きく報じられることになって、そちらへの対処で精一杯といった状況だったのかもしれませんが、「これはなんとか伏せておこう」ということで済ませてしまったのでしょうか。

取締役の善管注意義務の一環として「不祥事の公表義務」の存否が議論されたダスキン事件株主代表訴訟の大阪高裁判決は、平成18年に出されたものであり、フタバ産業さんで、不正会計事件が発覚したのは平成21年です。したがって、もうこのダスキン事件は世間でよく知られていた時期です。過去の不祥事という点では同じですが、ダスキンさんが「消費者への裏切り行為を黙っていた」のと、フタバ産業さんが贈賄事件を黙っていたのとでは、「公表することへの国民の期待」という意味において異なる(だから公表まで行う必要はない)、という考え方が成り立ちそうにも思えます。しかしもう一方において、自ら公表することなく、後日、第三者の行動によって不祥事が明るみになれば、国民からは「自浄能力のない企業」として大きく企業の社会的信用が低下してしまう(だから法的義務としてレピュテーションリスクの低下を防止すべき善管注意義務がある)という見方も成り立ちそうです。とくに不正融資事件が発覚した時点において、お金の流れを第三者委員会や捜査機関によって調査されてしまえば、使途の不明な資金の流れが把握され、後日捜査機関によって海外子会社の業務拡大のために賄賂が提供されていた、という事実が発覚するリスクというものも十分に考えられたのではないでしょうか。

ダスキン事件株主代表訴訟のご紹介のときにも述べましたが、私は一般的に(被害が拡大しているような場合を除き)過去の企業不祥事の公表義務というものは取締役には認められないものと考えています。しかし、昨今の企業コンプライアンスが「組織への評価」を含む概念とされるようになった以上、「ばれたから公表する」という企業の姿勢は極めて財産的な損害を生じさせる信用失墜であり、不祥事が発覚するかどうかということは取締役が慎重に判断しなければならず、そのリスク管理が甘ければ善管注意義務違反を問われる可能性は高いものと考えています。今回のフタバ産業さんの中国政府贈賄事件の発覚ということから、私は「何もせずに放置していた」取締役、監査役さん方にとって、放置していたこと自体の違法性が問われることよりも、後日、つまり不正会計事件の発覚時に、どのような経営判断が役員会で行われたのか、そこに不祥事公表の必要性判断に「甘さ」がなかったかどうか、そのあたりの経緯についてとても関心を抱くところです。

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2013年9月17日 (火)

ひさしぶりの「モノ言う監査役」と業務調査権限の積極的行使

9月17日夕方:追記あります。

ここのところ経営陣にモノ申す監査役さんの話題に乏しかったのですが、ひさしぶりのモノ言う監査役さんネタです。戦略PR支援企業であるJDQ上場のプラップジャパン社では、本日(9月17日)、臨時株主総会が開催される予定であり、そこでは新たに二人の取締役選任議案、および社長、専務取締役の解任議案が(それぞれ会社提案、株主提案として)上程される予定です。株主提案に関するリリースですが、7月17日付けのこちらのリリースをご覧になると、社長側、大口株主側で支配権争いが生じ、その支配権も極めて拮抗していることがわかります(だからこそ、経営の安定を図るために社長側より新たな取締役選任議案が上程されたものと思います)。※ちなみにプラップ社の社長さんて、あのNHKラジオのビジネス英会話の杉田敏さんなんですね。もうずいぶん長くやっていらっしゃいますよね。

大口株主側は、社長さんらの不適切な行動(おもに利益相反問題のようです)について問題視しており、その事実について監査役が調査すべき、と主張していました。ところが社長側は、そのような必要はないとして審議することを拒否し、結局監査役による調査権行使に関する決議は承認されませんでした。この事実経過をリリースで知った私は、そもそも監査役の業務調査権限というのは、監査役に認められた重要な権能であり、人から言われて調査をするものではなく、監査役会での審議により、自発的に調査権行使の必要性を判断すべきではないか、と思っていました。

その後、プラップジャパン社の内紛劇は法廷に持ち込まれていたようですが、9月13日、つまり臨時株主総会の直前になり、ふたたび株主側からのリリースが出たことで、同社の監査役(監査役会)の動きが新たに判明しました。実は、監査役の調査権限行使に関する取締役会での審議の終了後、直ちに(7月24日)、同社の監査役会は調査権限行使のために自ら動き出していたようです(大口株主による株主提案権行使に関するリリースはこちら)。そして、リリースによりますと、監査役会は第三者委員会(調査委員会)を設置し、現社長、専務らの不適切行為があったことを断定した内容の第三者委員会報告書の受領を取締役会に報告した、とのことです。

現社長、専務、創業家にとって厳しい内容の調査結果を報告したのは第三者委員会ですが、支配権争いという内紛状態の中で、4名の監査役からなる監査役会が自ら調査権限行使に乗り出し、その結果として現社長らに厳しい判断が下されたわけですから、とくに監査役がモノを言った事例とは言いにくいところです。しかし、たとえ監査役自身が有事に突然権限を行使したとは言えない場合でも、普段からの監査環境の整備があったからこそ、有事になるや否や独自の判断で調査委員会を設置して、独立性の確保された中で、厳しい委員会報告が出たうえで、それを現社長にはっきりと示すことができたものと考えています。議決権保有状況では、どうも創業家、現社長さん側のほうが厚みがあるように思えますが、このようなリリースが出され、どのような結果となるのか、本日の総会の結果に注目しておきたいと思います。

9月17日午後5時35分追記

臨時株主総会の決議に関するリリースが同社HP上に出ております。会社上程議案が可決されたようです。

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2013年9月13日 (金)

カネボウは自浄能力を発揮したとは言えない-第三者委員会報告書より

カネボウ化粧品社の白斑様症状事件(まだら美白事件)について、9月11日、第三者委員会報告書が公開され、ロドデノール配合化粧品の厚労省承認申請から自主回収決定までの経緯が詳細に明らかにされました。同報告書は、時系列に沿ってたいへん事実関係が明確に記されており、事件の概要を理解する上で、とても参考になります。

同事件は、内部告発等によって外部から暴露されたものではなく、商品自主回収を自ら公表したものであることから、いわゆる「自浄能力」が発揮されたものではないか・・・と期待していたところもありましたが、残念ながら自浄能力を発揮したとは言えない状況であったことが報告書で明らかになっています。また、同報告書を拝読してゾッとしたことは、このカネボウ社の不祥事は、カネボウ社独特の事情によって発生したものではなく、どこの会社でもボタンの掛け違えによって発生してしまう典型例だということです

9900名以上の白斑様症状被害をもたらした今回の事件ですが、カネボウ社はどうすれば被害を未然に防止または最小限度に食い止めることができたのでしょうか。この報告書を読み、私は「平時のリスク管理」と「有事の危機対応」に分けて検証すべきものと思いました。

平時のリスク管理として問題とされたのが、「エコーシステム」という、化粧品使用者の声を社内に集積するシステムの運営に関するものです。親会社である花王社が導入しているシステムをカネボウ社も利用することになったのですが、「窓口対応による全件集約」を原則とする花王社に対して、カネボウ社は窓口を一本化せず、さらに「相談」と「問題案件」を分けていたので、いわゆる「ヒヤリ・ハット事例」が集約できなかったということです。これはすでに当ブログにおいて述べたとおり、問題事案を集約するシステムとしてはお粗末です。

窓口担当者は何かイレギュラーな事態に直面したとしても、必ず平時対応で済ませたいと思うわけで、決して有事だとは思いたくありません。心のバイアスが働く以上、情報を共有しなければならない問題、問題案件として処理しなければならない情報といった認識は現場に期待できず、結局情報は集約されないことになります。これは社内の空気を読むのが上手で、真面目で誠実な社員であればあるほど、こういった事態に陥ります。その結果、ヒヤリ・ハット事例が集積されないために「どこに問題があるか」後日別の部署が審査することもできなくなるわけです。ヒヤリ・ハット事例をどこまで集積するか、という点は、効率性の点から判断せざるをえないわけですが、国民の生命・身体の安全・安心に配慮すべき化粧品会社としては、「費用がかかるだけ」という理由で雑な運用をすることは許されないものと思います。

もう一点、平時対応で要求されるのが「技術者コンプライアンスの思想」です。私がいろんな会社からお招きいただき、コンプライアンス研修をさせていただくときに、意外に思うのは技術社員の参加者の少なさです。研究所が離れているから、不正リスクに直面しないから、普段の業務には参考にならないから、という理由で参加者が少ないのですが、そのような理由はあくまでも個人的な不正に関する理由であり、「組織としての構造的欠陥」が発生するリスクは、むしろ技術社員の集まる場所のほうが高いのです。そのあたりの技術者コンプライアンスの要請こそ、平時に必要なリスク管理ですが、カネボウ社において、そのあたりが不十分だったのではないか、との懸念が残ります。

そして第三者委員会の委員やマスコミが最も関心を抱くのが有事の危機対応です。カネボウ社の担当部署に、ヒヤリ・ハットではなく、本当の被害らしき事例、つまり「この白斑様症状は化粧品によるものではないか」と疑われる事例が次第に集積されていきます。そこでカネボウの社員は厚労省申請までの同僚の苦労をみてきたからでしょうか、「いままで製品に問題は発生してこなかったのだから苦情を言ってくる利用者の病気が原因だ」と思いこむことになります。これは決して悪気があってのことではなく、本当に社内の常識として「これは病気である」と思いこむわけです。そしてカネボウ社が普段からお付き合いのある医師に相談に行くわけですが、そこでも「白斑様症状の原因は、化粧品によるものではなく個人の病気によるもの」との意見を、医師から引き出すために都合のよい資料だけを持参して意見をとるわけです。このあたりは、おそらくどこの組織においても「いまは平時だ」と思いこみたいがために、やってしまうのではないでしょうか。決して隠ぺいしたいというわけではなく、有事に至って面倒な状況になるくらいなら、専門家のお墨付きをもらって一件落着にしたい、これですべてが丸く収まるのならばそうしたいという気持ちの表れだと思います。

カネボウの社員らは、被害者が診察してもらった医師の技量を疑い、「大きな病院で診てもらってください」と勧め、また化粧品の成分に疑惑を抱いた医師に対しては「発表するときには、学会での常識どおり、化粧品の名前は伏せてください」とお願いして済ませています。つまり、まじめで誠実なカネボウの社員らは、「ストレスや病気によって白斑様症状が出ると、お客様たちは、どうしても化粧品が原因だと思い込みたくなるものだ。そんな利用者に我々は辛抱強く対応しなければならない」といった気持で対応を続けていたところが窺えます。しかし、担当者は次第に集積される症状例に「何かおかしい」と思うところはあったはずです(このあたりは、第三者委員会の委員も詳細に検討されています)。

そして今年3月、カネボウ社にとって「運命の医師」が登場します。「化粧品を使用して症状が出たという患者さんが複数いる。私のほうで化粧品が原因だということを調べたいのですが、どのような調査をすれば判明しますか?ぜひ教えてください。」との質問が飛んできます。これまでも化粧品に疑惑の目を向ける医師の方が登場しますが、いずれも患者さんの診断結果の回答の中でのことであり、それ以上の要求はありませんでした。しかし、今回の大学病院の医師は、お金にもならないにもかかわらず、(おそらく正義感から)自ら化粧品を調査したい、と申し出たのです。これに慌てたカネボウ社は、この医師との面談までの2週間、いろいろと対応への準備をするわけですが、その準備の段階において各部署における情報が期せずして集約されることになります。ここで初めて社員の人たちは「自分が今有事の中にいる」ことを認め、社長ら経営陣に事態を報告の上、製品の販売停止を申し出ることになりました。

大学の医師論文の信用性が大きく崩れてしまった降圧剤(ディオバン)事件の発覚も、一人の勇気ある京大医学部教授の「おかいい」と叫んだ声によるものでした。カネボウ化粧品社にはたいへん厳しい言い方になりそうですが、今回の事件は、もしこの大学病院の医師の「調査させてもらえないか」というメールが届かなければ、まだ「これは病気です」の一点張りで美白化粧品は販売され続けていたものと推測します。つまり、今回の自主回収の公表は、カネボウ化粧品社の自律的行動に基づくものではなく、早く問題視しなければ手遅れになる、といった後ろ向きの判断によって公表されたものと評価せざるをえない、と考えます。

こういった不祥事が発覚すると「責任者探し」が始まります。しかしこの報告書を読むかぎり、誰が悪い、といった特定の責任者が判明しません。あえていえば内部統制システムの構築義務違反でしょうか。しかし、だからこそこのような不祥事はどこの組織でも起こりうるはずであり、責任追及の光があたらない「組織としての構造的欠陥」が大きな要因だと思われます。カネボウ化粧品社は、今回の報告書を受けて、さっそく原因究明、再発防止に向けた施策について公表していますが、「組織としての構造的欠陥」に目を向けないかぎり、また今回と同様の不祥事は形を変えて発生することになります。そして、最後になりますが、エコーシステムが機能していれば、早期に問題解決が可能だったのではないか・・・と思うと、平時のリスク管理の重要さを改めて痛感するところです。

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2013年9月12日 (木)

代表取締役らの内部統制構築義務違反と金商法21条「相当の注意」の抗弁

判例時報2189号(2013年8月21日号)の129頁以下に、従業員による商品先物取引の営業、委託業務に関する不法行為損害賠償責任とともに、社長以下取締役の内部統制構築義務違反による損害賠償責任が認められた判決が登載されています(名古屋高裁判決 平成25年3月15日)。原審(名古屋地裁判決 平成24年4月11日 判例時報2154号124頁以下)も、結論的には高裁判決とほぼ同じ結論ですが、取締役らの責任については従業員に対する業務監視義務違反ということを責任の根拠としています。以前、当ブログでもご紹介した「貴乃花親方名誉毀損損害賠償判決」と同じように、裁判所は、取締役らの内部統制構築義務違反を善管注意義務違反の具体的内容として、会社法429条(取締役らの第三者責任)を根拠に損害賠償責任を構成しています(つまり取締役には「重過失」があるとしています)。

基本となる事案は、商品先物取引会社の従業員に、(顧客に対する)適合性原則違反等について、民法709条による不法行為が認められ、会社自身は同715条の使用者責任として賠償義務が認められるというものです。では、同社の役員らには個人責任は追及できないのか、というところで「共同不法行為」や「業務執行の監視義務違反」「内部統制構築義務違反」が原告(被控訴人)側から主張されていたところでした。

私は、原審が認めた「業務執行に対する監視義務違反」と控訴審が認めた「法令遵守体制構築義務」とを比較すると、以下のような差異が認められると考えています。ひとつは、監視義務は時間軸を持ちにくい概念であるのに対して、内部統制構築義務は時間軸を持つ概念、ゆえに日常的に誠実な企業行動をとっている会社の取締役は法律上も保護される、という点であり、もうひとつは、監視義務違反は、「監視できる立場」に(たまたま)いなかった取締役は救われることになり、不公平かつ常識に反する結論が導かれるが、内部統制構築義務違反は時間軸を持つ概念なので、そのような不公平がなくなり、常識的な判断を導くことができる、という点です。本件のような事案では、この高裁判決の判断手法を私は評価したいところです。

ところで、内部統制構築義務の内容を、時間軸をもって判断する、という手法と捉えるのであれば、会社法だけでなく、金商法21条2項1号による取締役らの開示に関する民事責任の法理にも応用できるのではないでしょうか。有価証券報告書に虚偽記載が認められた場合の取締役の責任については、特別の法的責任として金商法21条2項1号責任が規定されているのですが、そこでは過失の立証責任が取締役らに転換されています。つまり取締役らが虚偽開示の結果を招来させてしまったことについて、相当な注意を怠っていなかったことを立証できた場合には、その責任を免れるというものです(虚偽記載であることを知らず、かつ相当の注意を用いても知りえなかった場合)。

裁判において、この「相当な注意」が立証されることは役員側にとってなかなか困難なわけですが、だからこそ、内部統制の整備および運用に関する状況こそが相当な注意を怠らなかったことの正当事由の根拠となりうる、と考えるべきではないかと。そう考えますと、企業の自律的な行動のインセンティブにもなりますし、また裁判所における判断事由の類型化、客観化につながり、当事者の予測可能性の向上にも資するものになると思います。

なお、上記名古屋高裁の判決文において、社長の内部統制構築義務違反を根拠付ける事実のひとつとして、「主務官庁から業務改善命令を受け、その行政処分の中で、内部管理体制の向上の必要性が指摘されていたこと」が掲げられています。最近、許認可権限の更新等において、行政裁量が付与され、監督対象企業の内部管理体制の有無が審査対象とされる例が増えています。こういった行政の改善命令等において、内部管理体制の不備を指摘されないことが一番ですが、たとえ不備を指摘された場合であっても、客観的に「視える化」した形で体制の整備、運用を改めたことが、取締役の善管注意義務の履行判断にも影響を及ぼすことになるように思われます。

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2013年9月 9日 (月)

反社会的勢力による「漁夫の利」-金融法務自浄?

オリンピック&パラリンピック東京2020開催決定ということで、明るい話題で盛り上がっていますね。大阪も以前、「大阪五輪招致」に尽力しましたが最下位(6票)でしたね。やっぱりIOCの現地視察の車を渋滞に巻き込む・・・というのがまずかったような。あと、滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」のようなパフォーマンスも必要だったのでしょうね。。。

さて、以下のお話は、週末のコーポレートガバナンス・ネットワークの勉強会で学んだところからです。昨日も日本プロゴルフ協会の理事の方が、反社会的勢力組織の幹部とゴルフをしていたことが報じられていました。反社会的勢力との「おつきあい」は非常に(異常に?)問題視される時代となり、細心の注意が必要となるわけですが、最近、反社会的勢力の当事者に関する取引法上の裁判例がしばしば法律雑誌に登載されています。

先日もある上場会社と某団体との建築請負契約の無効(錯誤無効)が争われた判例が登載されていました(上場会社側が地裁では勝訴していました)。しかし、いくつも裁判例が出ていて注目されるのが金融機関と信用保証協会との争いです。反社会的勢力だとは知らずに保証協会が金融機関との金銭消費貸借契約について(反社組織の債務を)保証をしてしまうのですが、後でそういった組織だとわかって錯誤無効を理由に金融機関との保証契約を白紙に戻すことを求める、というもの。裁判では保証協会側が勝訴したり、金融機関側が勝訴したり、ということで、かなり法的安定性に欠けている状況です。

当該組織は金融機関と保証協会のどちらが紹介したお客さんなのか、という点で結論を異にする、という裁判例も、なんとなく理解できるのですが、興味深いのは一生懸命に「反社会的勢力かどうか」を調査すると、そのことが裁判所に「信義則」によって評価されるケースがある、ということ。富士通さんの元社長損害賠償請求訴訟では、会社側としてできる範囲で調査努力をすることが、裁判での勝訴に結び付くことが理解できましたが、こういった金融機関どうしの裁判においても、調査努力が勝訴(厳密には損害金額)に結び付くということは日頃の反社会的勢力排除のための内部統制システムの構築にも関心が向きそうです。

法律家向けのブログではございませんので、民法95条の解釈問題などは語りませんが、こういった金融機関と保証協会が争っているうちに、期限の利益を既に喪失している(一括弁済をしなければいけない状況にある)反社会的勢力は、最高裁で判決が確定するまで、どこからも執行を受けないという状況になるようです。「漁夫の利」とはまさにこのことでして、当事者が徹底的に争えば争うほど、反社会的勢力が美味しい立場になるというもの。さらにこういった裁判を公開の法廷で延々と続けるとなりますと、金融機関がどのように反社会的勢力であることを調査したのか、その調査方法まで公開されますので、手の内をみることができてしまう、というのもちょっと問題ではないでしょうか。

上記勉強会のご発表者の提言としては、こういった紛争については紛争解決基準のようなものを策定して、できるだけ迅速に、また非公開で処理できるような体制作りが必要になるのでは・・・・とのことでした。金融機関の規模も性格も異なりますし、集約する情報も地域が変われば共有するのが困難なのが現実ですが、上記のような「ちょっとおかしな漁夫の利」状況は回避する必要があると思いますね。

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2013年9月 6日 (金)

会社法の視点による「親子会社規制」と監査役監査

昨日(9月4日)、伝統ある産業経理協会にて監査役さん向けの講演をさせていただきました。当研究会にお招きいただいたのは初めてでしたが、もう40年近くの歴史のある監査役さんの研究会(正式には監査役業務研究会)ということで、250名ほどの監査役の方々がお越しになられてビックリしました。コメンテーターも酒巻俊雄先生が務められて、伝統を感じる研修会でした(コーディネーターは、同じ大阪弁護士会の村中徹先生が務められたので、少し安心できました)。

親子会社規律と企業集団内部統制に関する講演だったのですが、講演の冒頭で申し上げましたとおり、監査役の皆様方が研究されるテーマとしては、最近話題の海外リスクと並んで、かなりハイレベルなものではないかと思っています。

まず、このテーマは論じる方の立ち位置によって、いろんな切り口があります。たまたま私は弁護士という立場なので会社法という視点から語るわけですが、コンサルタント的な立場の方からすると、取引法(企業間契約)という視点から語る方もいらっしゃいますし、また経営者の方であればマネジメント(投資-独立当事者間取引か否か)という視点から語ることになるのではないかと思います。監査役さんは、いずれのタイプの方々とも業務上で接することになるわけで、頭が混乱しないだろうか・・・と思ってしまうわけです。なので、昨日は、まず会社法に基づくお話、という視点を明確にするところからお話させていただきました。

つぎに、ミクロの視点とマクロの視点がありますよね。ミクロの視点とは、会社法上は親子会社といえども別々の法人格がありますし、それぞれに会社の機関があるわけで、これを無視して法律的なお話はできないのです。しかし、経済実態的にとらえれば、企業グループというひとつの完結した組織が存在するわけですから、その実態に沿った形で株主や債権者保護を考えないと妥当な結論が導き出せません。そこで、このバランスをとることを、親会社取締役の行為規範とどう結び付けるのか・・・というところが難問です。

そしてもうひとつは、企業経営の効率性の問題でして、これは私が社外取締役をしていて、最も配慮しなければならない点だと思っています。大きな企業として経営したほうが効率的なのか、それともリスクを分散して分社化したほうが効率的なのか、機関投資家に説明するにはとても重要な視点なのです。とりわけ海外の機関投資家には「日本の会社法ではこうなってるから」という説明は通用しないので、理屈(論理)と数と倫理で企業価値の向上に合致するガバナンスを説明しなければなりません。いわば内部組織的にみたらどうか、グループ間取引の視点からみればシナジーが発揮できるか、というあたりの問題です。

監査役さんは、取締役の職務執行を監視・検証する立場にあるので、取締役の善管注意義務の履行としてのグループ会社経営の執行に配慮するわけですが、どうしても二つ目、三つ目の視点も法解釈の中に顔を出してくるわけで、このあたりは「審議される事項ごとに親会社取締役の指揮監督権を重視する場面や、子会社取締役の裁量に任せる場面などを検討せざるをえないのではないか」とお伝えせざるをえませんでした。(答えになっているのか、なっていないのか、ちょっとわかりませんが・・・・すみません<m(__)m>)。企業集団内部統制についての関心が高まっているところですが、企業集団内部統制を考えるにあたっても、同様の配慮が必要なのが「親子会社規制」のむずかしいところではないでしょうか。

なお、酒巻先生から、平成2年の商法改正のころの、とくに企業会計審議会と法制審議会の様々なやりとりについて、たいへん興味深い話をお聴きすることができました。そのころの法と会計の融和(対立?)に関する問題を理解する参考資料などもわかりましたので、また資料にあたった後に別途エントリーでご紹介したいと思います。

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2013年9月 4日 (水)

公表前のリコール決定の事実は、どこまで知らせておくべきか?

相変わらず不適切写真投稿に関する騒動のニュースが続いているようで、王将フードサービスさんも2件続けて不適切写真騒動に関する事件を公表し謝罪しています(たとえば読売新聞ニュースはこちら)。しかしこれまでの投稿写真騒動と今回の王将さんの例では少し様子が違いますね。これまでは、投稿写真がすでに世間で騒がれた後に会社側が認識し、謝罪をするというパターンでしたが、今回の王将さんの2例は、いずれも騒ぎが大きくなる前に会社側が社内調査や通報によって把握し、騒動になる前に公表した、というものです。いわゆる「自浄能力」が発揮された事例と言えそうでして、これからは、騒ぎになる前に会社側で用意周到に調査をして、その後公表する・・・というパターンも増えるかもしれませんね。

さて、ここからが本題ですが、ひさしぶりのカネボウ「まだら美白」事件に関する話題です。本日(9月3日)の産経新聞ニュースによりますと、カネボウ社は、対象化粧品の回収を幹部会で決定した後、1週間ほど、販売店には何も知らせずに対象化粧品の出荷を継続していたそうです(産経新聞ニュースはこちらです)。つまりこの1週間の間にも、まだら美白の被害者が増えていた可能性があるということで、消費者庁幹部も「消費者を裏切る行為ではないか」と述べている、とのこと。なぜ販売店に速やかに知らせなかったのか、という点について、カネボウ社側は「決定後、苦情窓口体制を整備しなければならず、その間に情報が出回ってしまうと混乱を生じさせるおそれがあったため」と弁明されているようです。

リコール対応という企業の有事において、このリコール決定後に(公表までに)誰にどこまでの決定事実を知らせておくべきか・・・という点は本当に難しい判断です。被害が拡大するおそれがない場合には、決定後に対応が万全に整ってから関係者に事前通知をする、ということも考えられますが、今回は被害拡大のおそれが十分にあった中での発送停止や事前通知が問題となっており、消費者庁の批判もゴモットモかと思います。

一方で、公表すべき内容も明確にならない状況の中で関係者への事前通知を行う、ということは、関係者によるインサイダー取引等を助長することになります。社内や取引先に不幸な犯罪を発生させたくないとすれば、「混乱を避けるために」できるだけ公表内容が明確になってから(関係者にも)公表したいと考える企業側の対応も、なんとなくわかる気がします。ただ、混乱が生じるおそれはあったとしても、被害拡大の可能性が高い中で、カネボウ社が公表すると同時に販売店が対応できるような仕組みにしておく必要性は高いはずです。美白化粧品を購入した顧客の方々が、販売店に問い合わせる可能性のほうが本社に問い合わせる可能性よりも高いわけで、そちらの「混乱」のほうがより重大ではないでしょうか。

ちなみに私がリコール対応を経験したときには、公表と同時に販売店さんにも顧客説明に協力していただくことが不可欠だと判断し、販売店さんに事前通知をすることに決めました。情報の拡散を極力防止し、かつ各販売店さんに漏れなく正確な情報が届くように、メーカーの販売統括責任者から、全国の販売店の店主会会長さんあてに事前連絡をしてもらい、これが販売店さんの公表後の対応(顧客対応および販売店のメーカーに対する苦情対応)にとても有用でした。ふだんからの会社と販売代理店との信頼関係の構築が、いざというときに役に立った好例でした。新聞で報じられているところだけの情報しか知りませんので、もっと他にカネボウ社が斟酌すべき事情があったのかもしれませんが、公表に至るまで販売店に事前通知をしなかったというカネボウ社の対応については、どのようなバランス感覚での判断であったのか、どうしても疑義が残るところです。

ところで、最近のカネボウ社の事件報道を読んで気になるのが、カネボウ社はこの「まだら美白」被害について公表をした当初、ここまで被害が拡大するリスクについて、どれほど認識していたのだろうか・・・ということです。今回の事前通知の遅れに関する報道を読んでいても、それほどの重大な事件であるという認識が当初あったのかどうか、少し疑問を感じました。このあたり、これから明らかにしてほしいところです。

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2013年9月 3日 (火)

企業法制改革論Ⅱコーポレートガバナンス編

Kigyohouseikaikaku法律が企業社会にどのような影響を及ぼしうるのか、企業法制は会社の行動を変える力をどれほど持ち合わせているのか・・・という疑問は、企業法務に携わる法律家にとっては一度は真剣に考えるテーマではないでしょうか。

こちらも先日ご紹介した「株式会社法大系」と同様に、なかなか格調の高い本ですが、中央経済社より出版されたばかりの「企業法制改革論Ⅱコーポレートガバナンス編」を拝読しました。2011年に出版されたⅠの続編として、コーポレートガバナンスに関連した5つのテーマを、専門家の皆様と武井一浩弁護士の対談で綴る一冊です。

本書の対談集は、すでに中央経済社の法律雑誌「ビジネス法務」に掲載されているので、そちらを購読されている方には新鮮味がないのでは?とお思いの方もいらっしゃるかもしれません。しかし一橋大学大学院の伊藤邦雄教授と武井先生との対談「企業価値評価・会計からみたガバナンス-今、制度作りに求められるのは『知の統合化』」というところは雑誌に掲載されていない対談であり、私的にはとても興味深い内容です。

経営学の立場からコーポレートガバナンスがどのように考えられるのか、具体例を豊富に挙げて伊藤先生が語っておられます(「有能なCFOこそガバナンスの要である」というご意見はなるほど・・・と思います)。また法と会計の知的統合の必要性を、IFRSと会社法の関係などから説得力ある語り口で解説されておられます(この分野で伊藤先生の話を引き出す武井先生の知見もなかなかのもの)。法と会計の狭間に横たわる問題に関心のある弁護士、会計士、企業実務家の方は、たいへん参考になるはずです。以前、江頭先生の記念講演を拝聴して「残された会社法改正の論点はIFRSと会社法会計との関係である」と語っておられたことを当ブログでも紹介させていただきましたが、本書の中で伊藤先生も、やはり会社法会計とIFRSとの問題整理が喫緊の課題であるということを、(これも豊富な例を挙げて)語っておられます。法律家の「IFRSと会社法会計に関する論点への対応-公正なる会計慣行の解釈」について、伊藤先生なりの印象を語っておられるのも興味深いところです。

本書の目次を読むと、すべての対談の内容がとても気になります。それぞれに題名のとおり企業法制の改革に向けた提言(らしいご発言)が盛り込まれており、ガバナンスに関連する会社法上の論点を考えるうえで有用なものばかりです。単なる知識ではなく、企業実務に応用できる「知恵」を求めている方々には必読の一冊かと思いご紹介する次第です。

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2013年9月 2日 (月)

「内部統制」への関心がふたたび高まる時代が到来

拙ブログも立ち上げから8年半が経過しましたが、その間に内部統制ブームが到来しました。2006年から2009年ころ、いわゆるJ-SOX(金商法上の内部統制報告制度)の施行前後の時期でした。しかしながら、最近はめっきりJ-SOXに関連する話題が登場することもなくなり、制度の簡素化ということも検討されています。

しかし20年ぶりのCOSO報告書の全面改訂、リーマンショック以降の世界の企業観や規制手法の変遷、そして安倍内閣による成長戦略の方針といった企業を取り巻く経営環境のなかで、ふたたび「内部統制の時代」が到来しつつあります。アメリカの規制改革の影響を受けていることは事実ですが、私はどうも我が国における行政による規制手法の変遷によるところが大きいものと考えています。

ひとつめは国税庁が今年から大企業向けに進めている「税務に関するコーポレートガバナンス充実に向けた取り組み」ですね。詳しいことは、税務に詳しい大手法律事務所さんの広報にお任せすることにしますが、企業の税務に関する内部統制を整備することによって税務調査が減免される(調査間隔が広くなる)、というのはインセンティブとしては大きいはずです。税務調査に関する説明責任などの問題もあるため、サポートする側にとってもビジネスになります。大手の監査法人さんも法律事務所を開設するところが出てくるようですが、こういった税務コンプライアンスも弁護士のビジネス領域になる、というところかと。

ふたつめは8月9日に施行された東京証券取引所の有価証券上場規則の改訂です。粉飾決算の疑いが強い企業に対して、監査法人は「おかしい」(不適正意見、意見不表明)と、監査報告を出しやすいようにするための取引所ルールが改訂されました。不適正意見が出たらすぐに上場廃止になるのではなく、原則として特設注意市場銘柄に指定され、そこで上場廃止にすべきかどうか、慎重に取引所が判断する、というもの。指定された企業の内部管理体制が有効か否かによって上場廃止か上場維持かが決まるわけですが、これまで3年だった審査期間が1年に短縮されました。つまり目に見える形で内部統制が変わらなければ廃止になってしまう可能性が高いということです。東証は指定銘柄については、救済措置ではない(つまり厳格に運用していく)と述べているので、まさに内部統制の構築が重点項目とされます。

そしてみっつめは消費者庁の動向です。消費者庁にとって、今回の「まだら美白問題」は相当にショックな出来事だったようです。消費者集団訴訟制度の策定がひと段落となった今、つぎの消費者制度としては企業コンプライアンスの向上による消費者被害の防止ということになりそうで、消費者の声、社員の声を企業コンプライアンスの向上にどう生かすか、というところが焦点になろうかと。当然のことながら、公益通報者保護法や企業の内部通報制度の制度運用に関心が向くことになるので、こういった施策に熱心な企業に対して何らかのインセンティブを付与する方向性もありうるかと(これはあくまでも私の推測ですが・・・)。

最後になりますが、不正リスク対応監査基準の施行によって、内部統制報告制度(J-SOX)の評価方法が見直されることもありますね。株主が短期的利益よりも持続的成長を重視するようになったことから、株主エンゲージメント(企業と株主との対話)が中心となってきた上場会社と株主との関係にとって、リスク管理の方法も株主の対話項目のひとつになりました。経営者と監査人とのコミュニケーションツールとして内部統制報告制度が活用されるようになることが予想されます。

企業の自助努力(内部統制)を活用したい行政当局のホンネとタテマエの内容、さらに、行政当局では、どういったインセンティブが考えられているか、といったことは追って検討していきたいと思います。また、本日は、とりあえず項目だけを列挙しただけですが、今後ふたたび内部統制関連のテーマが登場するときに、それぞれの項目について詳説していく予定です。最後になりますが、本文中で意見にわたる部分は私個人の意見にすぎず、どこかから公表されたものではないことを申し添えます。

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