シャープの増資決定開示にみる「上場会社に求められる開示統制」
シャープ社の9月18日早朝の適時開示が一部関係者の間で話題になっています(話題の対象とされているシャープ社のリリースはこちらです)。企業の重要な決定事実については、当該企業が正式な公表する前に、マスコミがリークすることが時々見受けられます。そういった場合、通常は「一部報道されている事実につきまして、会社として決定した事実はありません」「当社が発表した事実ではございません」という紋切り型のフレーズで各企業が対応しています。しかし、このたびの「シャープ、最大で1600億円の増資決定」というビッグニュースが新聞朝刊で公表されたのを受けて、シャープ社は当日の午前7時45分の時点で「一部報道されている事実につきましては、当社が発表した事実ではありませんが、本日の取締役会で上程する予定であり、決まり次第公表します」との誠に懇切丁寧な開示を行いました。
このシャープ社のリリースについて、9月24日のロイターニュースは詳細に伝えており、市場関係者からは高い評価を得ている一方で、企業の開示関係者からは「機関決定の前に不用意な開示はできない」との声も出ている、ただ金融庁幹部はこのリリースを今後のモデルケースとしたいと評価し、また取引所もこういったリリースをガイドライン化する方向にある、と報じています。金融庁や取引所の対応が、昨年大きな問題となった増資インサイダー事件や、2カ月前の川崎重工社の適時開示に多くの批判が集まったことに起因することは容易に推測できます。ただ、この話題について、私はちょっと別の観点から考察してみたいと思います。
一昨日のエントリーで、私が作成した図面を再度ご紹介します。これは経営判断にコンプライアンスの考え方をどう落とし込むか・・・ということを検討するためのものです。ディスクロージャーは企業の透明性、株主への説明責任に関わる課題なので、右下に示しています。企業の重要な経営判断は、スピード経営との関係では根回しリスクがあります。根回しが十分でなければリリースの正確性が欠けてしまい、企業の信用毀損につながりかねない状況に陥ります。またリスク管理との関係ではインサイダーリスクが生じます。ここでも正確性を期したいのですが、もたもたしていると社内に不幸な犯罪者を増幅させてしまい、レピュテーションリスクを高める結果となります。結局のところ、迅速な開示と正確な開示はトレードオフの関係となり、スピード経営やリスク管理からみて、この二つの開示の要請をどうバランスをとるか・・・というところが重要です。ここで失敗しますと、とんでもないコンプライアンス違反という問題を引き起こすことになります。
私は企業がインサイダーリスクを低減させるだけの情報管理能力を有しているのであれば、多少開示情報が曖昧であり詳細ではなくてもリリースとして問題はないと思います。なぜなら根回しに失敗したり、機関決定の前提となる事情に変化が生じた場合に、あいまいな情報しか出さないことで被るレピュテーション上のデメリットよりも、何度もコロコロと開示情報を修正させる企業の信用毀損のデメリットのほうが大きくなるからです。最悪のデメリットは、そういった状況の変化にも関わらず、信用毀損をおそれて開示情報を修正せず、結果的に虚偽情報を放置してしまう「二次不祥事」です。上場会社の情報開示のポイントは、決定事実や発生事実の内容、企業の情報管理体制の整備状況、経営陣の意思決定過程などを総合考慮したうえで、個別具体的な状況に沿ってリリースを簡略化するか、詳細化するかを判断をすべき、ということだと思います。もし開示情報の曖昧さに市場関係者から疑問を呈された場合には、この図表に並べて書いていますように、事後の説明責任を尽くすことで透明性を代替(補完)することも考えられます。つまり、ここで最も大切なのことは、有事になってから慌ててリリース内容を判断するのではなく、平時から開示統制システムをきちんと整備して有事に柔軟に対応する、ということです。
先のロイターニュースでも、シャープ社は機関決定が近づいた時期に、有事を想定して取引所や金融庁に相談していたとされています。案の定、機関決定の直前に重要事実が新聞でリリースされてしまったわけですが、自社の情報管理能力、インサイダーリスクなども考慮したうえでのリリース内容の決定だったはずです。つまり金融庁幹部が「モデルケースのひとつとしたい」と感想を述べたのは、どこの上場会社も同様の開示をすべき、という意味でのモデルケースではなく、平時から開示統制システムを整備運用して有事のリリースに備える、という意味でのモデルケース、という意味かと推測します。また取引所のガイダンス作成についても、こういった平時からの有事のリリースへの取り組み(開示統制室テムの構築)が中心課題になろうかと思われます。
株主との対話が求められる時代、経営者は中期経営計画に基づいて将来のビジネスの進展を株主に説明しなければならないわけですが、その信用性を高めるには、まずは過去の営業成績を正直に開示することから始めなければなりません。最近の海外機関投資家が、しきりに「ガバナンス、内部統制の充実」を企業に求めることも「株主との対話の時代」であれば当然だと思います。開示の迅速性、正確性の両立は、スピード経営が求められる時代、コンプライアンスリスクが重要視される時代になるにつれ、悩ましいジレンマです。その舵取りの巧拙は、平時からの開示統制への取組次第だと考えています。
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