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2013年9月13日 (金)

カネボウは自浄能力を発揮したとは言えない-第三者委員会報告書より

カネボウ化粧品社の白斑様症状事件(まだら美白事件)について、9月11日、第三者委員会報告書が公開され、ロドデノール配合化粧品の厚労省承認申請から自主回収決定までの経緯が詳細に明らかにされました。同報告書は、時系列に沿ってたいへん事実関係が明確に記されており、事件の概要を理解する上で、とても参考になります。

同事件は、内部告発等によって外部から暴露されたものではなく、商品自主回収を自ら公表したものであることから、いわゆる「自浄能力」が発揮されたものではないか・・・と期待していたところもありましたが、残念ながら自浄能力を発揮したとは言えない状況であったことが報告書で明らかになっています。また、同報告書を拝読してゾッとしたことは、このカネボウ社の不祥事は、カネボウ社独特の事情によって発生したものではなく、どこの会社でもボタンの掛け違えによって発生してしまう典型例だということです

9900名以上の白斑様症状被害をもたらした今回の事件ですが、カネボウ社はどうすれば被害を未然に防止または最小限度に食い止めることができたのでしょうか。この報告書を読み、私は「平時のリスク管理」と「有事の危機対応」に分けて検証すべきものと思いました。

平時のリスク管理として問題とされたのが、「エコーシステム」という、化粧品使用者の声を社内に集積するシステムの運営に関するものです。親会社である花王社が導入しているシステムをカネボウ社も利用することになったのですが、「窓口対応による全件集約」を原則とする花王社に対して、カネボウ社は窓口を一本化せず、さらに「相談」と「問題案件」を分けていたので、いわゆる「ヒヤリ・ハット事例」が集約できなかったということです。これはすでに当ブログにおいて述べたとおり、問題事案を集約するシステムとしてはお粗末です。

窓口担当者は何かイレギュラーな事態に直面したとしても、必ず平時対応で済ませたいと思うわけで、決して有事だとは思いたくありません。心のバイアスが働く以上、情報を共有しなければならない問題、問題案件として処理しなければならない情報といった認識は現場に期待できず、結局情報は集約されないことになります。これは社内の空気を読むのが上手で、真面目で誠実な社員であればあるほど、こういった事態に陥ります。その結果、ヒヤリ・ハット事例が集積されないために「どこに問題があるか」後日別の部署が審査することもできなくなるわけです。ヒヤリ・ハット事例をどこまで集積するか、という点は、効率性の点から判断せざるをえないわけですが、国民の生命・身体の安全・安心に配慮すべき化粧品会社としては、「費用がかかるだけ」という理由で雑な運用をすることは許されないものと思います。

もう一点、平時対応で要求されるのが「技術者コンプライアンスの思想」です。私がいろんな会社からお招きいただき、コンプライアンス研修をさせていただくときに、意外に思うのは技術社員の参加者の少なさです。研究所が離れているから、不正リスクに直面しないから、普段の業務には参考にならないから、という理由で参加者が少ないのですが、そのような理由はあくまでも個人的な不正に関する理由であり、「組織としての構造的欠陥」が発生するリスクは、むしろ技術社員の集まる場所のほうが高いのです。そのあたりの技術者コンプライアンスの要請こそ、平時に必要なリスク管理ですが、カネボウ社において、そのあたりが不十分だったのではないか、との懸念が残ります。

そして第三者委員会の委員やマスコミが最も関心を抱くのが有事の危機対応です。カネボウ社の担当部署に、ヒヤリ・ハットではなく、本当の被害らしき事例、つまり「この白斑様症状は化粧品によるものではないか」と疑われる事例が次第に集積されていきます。そこでカネボウの社員は厚労省申請までの同僚の苦労をみてきたからでしょうか、「いままで製品に問題は発生してこなかったのだから苦情を言ってくる利用者の病気が原因だ」と思いこむことになります。これは決して悪気があってのことではなく、本当に社内の常識として「これは病気である」と思いこむわけです。そしてカネボウ社が普段からお付き合いのある医師に相談に行くわけですが、そこでも「白斑様症状の原因は、化粧品によるものではなく個人の病気によるもの」との意見を、医師から引き出すために都合のよい資料だけを持参して意見をとるわけです。このあたりは、おそらくどこの組織においても「いまは平時だ」と思いこみたいがために、やってしまうのではないでしょうか。決して隠ぺいしたいというわけではなく、有事に至って面倒な状況になるくらいなら、専門家のお墨付きをもらって一件落着にしたい、これですべてが丸く収まるのならばそうしたいという気持ちの表れだと思います。

カネボウの社員らは、被害者が診察してもらった医師の技量を疑い、「大きな病院で診てもらってください」と勧め、また化粧品の成分に疑惑を抱いた医師に対しては「発表するときには、学会での常識どおり、化粧品の名前は伏せてください」とお願いして済ませています。つまり、まじめで誠実なカネボウの社員らは、「ストレスや病気によって白斑様症状が出ると、お客様たちは、どうしても化粧品が原因だと思い込みたくなるものだ。そんな利用者に我々は辛抱強く対応しなければならない」といった気持で対応を続けていたところが窺えます。しかし、担当者は次第に集積される症状例に「何かおかしい」と思うところはあったはずです(このあたりは、第三者委員会の委員も詳細に検討されています)。

そして今年3月、カネボウ社にとって「運命の医師」が登場します。「化粧品を使用して症状が出たという患者さんが複数いる。私のほうで化粧品が原因だということを調べたいのですが、どのような調査をすれば判明しますか?ぜひ教えてください。」との質問が飛んできます。これまでも化粧品に疑惑の目を向ける医師の方が登場しますが、いずれも患者さんの診断結果の回答の中でのことであり、それ以上の要求はありませんでした。しかし、今回の大学病院の医師は、お金にもならないにもかかわらず、(おそらく正義感から)自ら化粧品を調査したい、と申し出たのです。これに慌てたカネボウ社は、この医師との面談までの2週間、いろいろと対応への準備をするわけですが、その準備の段階において各部署における情報が期せずして集約されることになります。ここで初めて社員の人たちは「自分が今有事の中にいる」ことを認め、社長ら経営陣に事態を報告の上、製品の販売停止を申し出ることになりました。

大学の医師論文の信用性が大きく崩れてしまった降圧剤(ディオバン)事件の発覚も、一人の勇気ある京大医学部教授の「おかいい」と叫んだ声によるものでした。カネボウ化粧品社にはたいへん厳しい言い方になりそうですが、今回の事件は、もしこの大学病院の医師の「調査させてもらえないか」というメールが届かなければ、まだ「これは病気です」の一点張りで美白化粧品は販売され続けていたものと推測します。つまり、今回の自主回収の公表は、カネボウ化粧品社の自律的行動に基づくものではなく、早く問題視しなければ手遅れになる、といった後ろ向きの判断によって公表されたものと評価せざるをえない、と考えます。

こういった不祥事が発覚すると「責任者探し」が始まります。しかしこの報告書を読むかぎり、誰が悪い、といった特定の責任者が判明しません。あえていえば内部統制システムの構築義務違反でしょうか。しかし、だからこそこのような不祥事はどこの組織でも起こりうるはずであり、責任追及の光があたらない「組織としての構造的欠陥」が大きな要因だと思われます。カネボウ化粧品社は、今回の報告書を受けて、さっそく原因究明、再発防止に向けた施策について公表していますが、「組織としての構造的欠陥」に目を向けないかぎり、また今回と同様の不祥事は形を変えて発生することになります。そして、最後になりますが、エコーシステムが機能していれば、早期に問題解決が可能だったのではないか・・・と思うと、平時のリスク管理の重要さを改めて痛感するところです。

9月 13, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい |

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コメント

悪質な投稿が増えておりますので、認証画面を導入いたしました。どうかご協力のほどお願いいたします。

投稿: toshi | 2013年9月13日 (金) 20時47分

カネボウ化粧品社の白斑様症状事件の第三者委員会報告書を未だ読んでいませんが、このカネボウ事件が教える一つのことは、事業買収に関わるリスクだと思います。

toshi先生のブログの中に”「窓口対応による全件集約」を原則とする花王社に対して、カネボウ社は窓口を一本化せず、さらに「相談」と「問題案件」を分けていた」”とあります。カネボウの一部門を花王が買収し、それを子会社として花王が経営にあたったが、事業買収なので有形資産・負債のみならず無形資産・負債を含めて買収した。社風を変えるぐらい大変なことなので、無形資産・負債に属する社内制度・慣習・気風の見直しは困難ではあるが、本来は取り組むべきであったと思います。(取り組んでおられたと思います。)そして、そのようなことは、買収時に親会社が取り組む以外の機会は、少ないのであり、買収した事業の価値を上げようとするなら、真剣に取り組むべきであったというのが私の意見です。

蛇足ですが、将来はどうなるのだろうかと。花王は、カネボウ社の事業を継続せざるを得ないだろうと。カネボウ社の業績は悪化し、ある程度の人員削減も避けられないだろうと。白斑様症となった被害者が存在する以外にも、影響が出てしまう事件なのだろうと思います。

投稿: ある経営コンサルタント | 2013年9月15日 (日) 22時17分

カネボウと言えば、2002年度の粉飾会計が思い出されます。あれから10年経っているので、大半の社員が残っていれば、若手は中堅に、中堅は幹部になっているはずです。"ある経営コンサルタント"さんのコメントに有るように社風を花王流に変えられなかったとすれば、依然の会社体質がそのまま残っていると思われます。
オリンパスの場合、会社体質そのものにも厳しい意見が第三者委員会から出されましたが、今回のカネボウのケースで、そのような背景事情の影響は無かったのでしょうか。(もちろん会計では無く、ガバナンスや内部統制の範疇ですね。)
山口先生のご意見では、どこの会社でも起こりうる事ということですが、10年前の事件との関連性に言及した話を聞かないので、コメントしてみました。
社員の入れ替わりが少なく、同じ社風の中で中堅・幹部が養成されていく日本企業独特の要素だとは思いますが。

投稿: ももんがー | 2013年9月16日 (月) 19時01分

ご意見ありがとうございます。ここ一週間ほど、いろんな方のご意見をお聞きしましたら、モモンガーさんと同じ意見や、もし上場してたら違った結果になったのでは?といったご意見をいただきました。ある経営コンサルタントさんが「もっと真剣に取り組むべきだった」とありますが、今朝の新聞では治療法の開発が進んでいるようで、そうであるならばなおさら、もっと早く取り組むべきだったのだと感じました。

投稿: toshi | 2013年9月21日 (土) 09時33分

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