阪急阪神ホテルズ「食品誤表示」問題をCSRとリスク管理の視点で考える
阪急阪神ホテルズ社の運営ホテルにおいて、約7年間に及ぶ食品偽装問題(念のため、「誤表示問題」といいます)が公表され、大きな問題に発展しています。今年6月に発覚した東京ディズニーリゾートの食品誤表示問題をきっかけに「当社運営レストランでも誤表示問題はないのか?」ということで社内調査を行ったところ、今回の誤表示が次々と発見されたそうです。同社が事実を把握して自ら公表に至ったことは、自浄作用が機能したものとして評価されてもよいと考えていますが、コンプライアンス意識が希薄であったことは否めません(とりあえず自浄能力を発揮したからこそ、24日の社長謝罪会見では大きなツッコミもなく終わったのだと思われます)。
毎度申し上げるところですが、どこの企業でも不正は発生します。要は発生したときに、どう対応するかということであり、このたびの阪急阪神ホテルズの対応の是非について、CSR(企業の社会的責任)の視点と、リスク管理の視点に分けて考察してみたいと思います。なお、念のため申し上げておきますが、企業における昨今のコンプライアンス経営を支えているものは、国民から与えられるレピュテーションです。阪急阪神ホテルズも、東京ディズニーリゾートも、「言語道断」の不祥事であることは確かなのです。だからこそ、そのような声が上がることがレピュテーションリスク時代の企業への「制裁」であることを、以下のお話は前提としています。決して「企業はそれほど悪いことをしたのではない」といった意見であるとの誤解をされませぬようお願いいたします<m(__)m>。
第一にCSRの視点ですが、ホテル側は営業(メニュー作成、活用)と商品担当(調達や現場)との間の情報共有に問題があった、と説明しています。経営トップからは厳しい指揮命令が、別々に営業と商品担当には向けられます。命令が下った担当部署では、それぞれのミッションが異なるわけですから、当然、重視すべき情報も異なります。したがって、情報伝達の際に関心となる情報が、各担当部署において全く違います。単に情報伝達といっても、お互いに関心のある情報が異なること(情報の優先順位が異なること)を理解していなければ、みんな自分が一番かわいいわけですから、このようなミスが何度も発生します。
また、日本の組織における情報伝達制度は、主として担当者の責任回避のためにあります。メールも電話も発信主義であり、到達主義ではありません。「伝達した」という証拠を残すことに重点が置かれ、相手が理解したかどうかまでは伝達者にとっては関心がありません。したがって、この点からも各担当部署の情報の優先順位の違いがそのまま残ってしまい、伝達がうまくいかないのです。これは2009年の日立アプライアンス社冷蔵庫(エコ大賞返上)事件、今年のKDDI社LTE利用区域景表法違反事件と全く同じ構図です。
では、このような情報伝達手法の弱点を克服するために、メニュー担当者が食材を確認する、という手法で対応すれば万全なのでしょうか?帝国ホテルさんや藤田観光さんなどの例を出して、マスコミでも他社の不祥事予防措置が紹介されています。しかし、それでは不十分です。冒頭に掲げた東京ディズニーリゾートの件では、メニュー担当者が食材との不一致を把握しつつも「問題はないと判断した」のが食品誤表示の原因でした(2013年6月3日、4日の朝日新聞ニュースより)。つまり、確認作業を採り入れたとしても、現場担当者が「今の自分の状況は有事ではない」「この程度の違いはとくに偽装にはあたらない」と都合のよいように判断するわけです。しかし現場担当者は、全く悪意があってそのように判断するわけではない、という点に着目しておく必要があります。要するに、現場で食材とメニューの不一致に気付いたとしても、「これはたいしたことではない」と思いこみたいわけで、特に兼務等によって忙しい状況にある現場担当者にとっては、自分の知見に基づく思考回路によって瞬時に判断したくなります。したがって、現場担当者の確認作業を導入したとしても、その確認者を専業にでもしない限りは食品誤表示はなくなりません。
検討すべき改善策としては、忙しいときであっても、「おかしい」と冷静に判断できる体制作りが考えられます。平時から「有事とはどういう状況なのか」という点についてルール化しておく、食材の一致、不一致の判断基準を明確にしておく、判断基準によってわからない場合のための原則をバスケット条項として規定しておく、わからない場合に一人で考えないことを原則化する、内部通報制度を充実化するといったことが考えられます。問題が発生したら自社で解決する姿勢を社員ひとりひとりが持つ必要があります。そしてなによりも、食材とメニューの一致、不一致の判断は、お客様の視点で考えるということが大切だと思います。誤表示の発生した原因がどこにあろうとも、それは顧客第一主義が浸透していないからであり、そのことへの批判が同社に集中してもやむをえないところかと思います。
第二にリスク管理の視点からは、なぜ東京ディズニーリゾートの食材誤表示事件はそれほど大きな話題とならず、阪急阪神ホテルズはここまで大きな企業不祥事になってしまったのか、という点への考察です。食品誤表示の悪質さの違いや誤表示の数の違い、ということによるのでしょうか?私はそうではないと思います。それは後だしジャンケンの考え方であり、私はまったく別のところに原因があると考えています。結論からいえば、企業コンプライアンスの重要論点である「行政を本気にさせてはいけない」という鉄則です。
税務署、警察、検察、消費者庁、金融庁など、いずれも本格的に動けば(担当記者がいますので)マスコミにも情報が入ります。つまり行政の本格始動によって国民はマスコミから大量の事件情報が入ります。企業としては、監督官庁に恥をかかせないように、当初からきちんと正確な情報を提供して、行政権限(国民に生命、身体、財産上の侵害を未然に防止するための規制)が適正に行使できる体制をとれるように配慮すれば、情報コントロールのイニシアチブをとれます。しかし行政に不正確な情報を提供する、もしくは必要な情報を提供しない、という企業行動をとると、行政は本気で怒ります。本気で怒るということは、調査権限を含めて、企業に規制行政で臨みます。行政が表舞台で動くわけですから、担当記者のところにも毎日新しい情報が入ります。したがって、(ここは推測ですが)同じような食品誤表示が事件化されたとしても、東京ディズニーリゾートの場合には企業側からの情報提供しかマスコミは入手できないことになります。
阪急阪神ホテルズの場合、世間に公表する2週間ほど前に消費者庁に情報を提供していますが、そこで提供した情報と、マスコミが騒ぎだした後に出てきた情報に食い違いが生じたとするならば、なぜ正確な情報を提供しなかったのか・・・と消費者庁が本気で対応を検討するようになります。消費者庁が動けばマスコミも動き、その結果としてたくさんの不祥事らしき事実が報じられ、結果として大きな不祥事になってしまいます。不祥事から生じる企業の損失を最小限度に抑えたい・・・というリスク管理の視点から考えるならば、事件発覚当初における行政当局への対応という点に、本事件が大きな不祥事に発展していったポイントがあるのではないかと考えています。
いまのところ阪急阪神ホテルズ社では、本事件において目だった「二次不祥事」は出ていません。したがって、このまま事件報道は終局に向かうものと思います。ただ、行政を本気にさせてしまったがゆえに、次から次へと関連事実がほじくり返されて、その中にとんでもない「二次不祥事」が眠っていたという事件が過去にも数社ほど見受けられます。今後、そのような二次不祥事がほじくり返されないことを祈念しています。
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コメント
「消費者庁が動けばマスコミも動き、その結果としてたくさんの不祥事らしき事実が報じられ、結果として大きな不祥事になってしまいます。」という下りですが、消費者側から見ると、「その結果、小さな問題が数多く掘り起こされ、時には大きな問題が掘り起こされるため、消費者の大小様々な不利益が明らかになる可能性があります。」と言うことになる可能性も大きいと思います。
一つの不祥事単発ですむ事件ばかりではないですから。
投稿: Kazu | 2013年10月25日 (金) 11時36分
Kazuさんのご指摘のとおりかと思います。消費者側からの視点も大切ですね。
このブログを書いた翌日、私の危惧があたってしまったようで、系列のリッツカールトンホテルでは内部告発によって不正が発覚してしまいました。これは明らかに「二次不祥事」にあたると思います。当分、阪急阪神ホテルズの不祥事はいろいろと話題になってしまいそうです。
投稿: toshi | 2013年10月27日 (日) 00時08分