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2013年11月29日 (金)

日本版パックマン・ディフェンス(敵対的買収対抗策)について

アメリカで、紳士服小売業者どうしによる買収合戦が一部の話題になっています。敵対的買収を仕掛けられた相手の上場会社が、逆に仕掛けた上場会社を対象に敵対的TOBで対抗するという、いわゆる「パックマン・ディフェンス」という防衛策です(防衛策というよりも、本気で仕掛けるのであれば、これは買収対抗策、といったほうが適切ですね)。株主は提案価格がつりあがるので歓迎する向きが多いとのこと。詳しい内容は朝日新聞ニュースで紹介されています(ただし有料版)。

ちょうど当ブログを立ち上げた2005年ころ、会社法の話題といえば敵対的買収防衛策の導入でした。いろいろとアメリカの防衛策が紹介されていた中に、このパックマン・ディフェンスも含まれていたので、なつかしい響きです。日本でも2005年、ライブドア(当時)がニッポン放送の買収を仕掛けたときに話題になりました。ニッポン放送のグループであるフジテレビなどが逆に、ライブドア株の買い占めに動くのではないかという噂も出ていました。ただ、アメリカの事例をみても、かなりの元手が必要になるので、費用対効果という意味からすると「?」といった感想を持ちます。いや、これも「サメよけ」としてのポーズが目的であるとすれば、それなりに効果はあるのかもしれませが・・・

ところで、パックマン・ディフェンスといえば、「日本版パックマン・ディフェンス」というのが考えられます。たとえば敵対的な買収を仕掛けられたときに、相手の議決権の過半数を取得しなくても、25%超を取得すれば相手の取得した当社株式の議決権を無効化することができる、というものです(会社法308条1項、施行規則67条1項)。株式を相互保有している場合に、議決権総数の4分の1以上を保有する会社は、その実質支配している会社の有する相互保有対象議決権につき議決権を行使し得ない、という理屈です。

この日本版パックマン・ディフェンスは、25%以上の株式を取得すればよいので、本場アメリカのパックマン・ディフェンスに比べるとかなり費用は割安で済みそうですが、相手方が上場会社でないとむずかしそうなので、SPCなどの非上場会社によるTOBを仕掛けられた場合などには向いていないかもしれません。また、そもそも買収を仕掛けられている会社の株式にプレミアムを付けて買付を行うとなると、一部の株主だけに利益供与を行ったおそれもありすです。たしか弥永先生が「日本版パックマン・ディフェンス」について会社法関連の書籍の中で検討されておられたと思います(どちらの本だったかは記憶しておりません・・・)。

「サメよけ」という意味での防衛策を考えるのであれば、このように相手方取締役の善管注意義務違反や利益相反行為、特定株主への利益供与といった「グレーゾーン」に相手方取締役を追い込むことが(相手がSPCであっても)効果的ですね。なお、最近のファンドの動きをみていますと、こういった日本版パックマン・ディフェンスの発想で、有事になるとひそかに株を買い集めて敵対的買収の流れを窺っている方もいらっしゃるように感じますが、いかがでしょうか。

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2013年11月27日 (水)

社外取締役は辞任することで法的に免責されるか?

11月29日ころに会社法改正案が閣議決定されるのでは?と(まことしやかに)噂されていますが、当ブログへお越しの皆様はご承知のとおり、法務省の会社法見直し要綱は、最終的に自民党政務調査会(法務部会)の強い要望で一部修正されたようです。規則ではなく、会社法の法文へ「格上げ」された項目もあるようなので、今後法律上の課題などもいろいろと議論されると思うのですが、とりあえず社外取締役さんを選任する上場会社が増えることが予想されます。

もちろん任意で社外取締役さんを導入する企業であれば、それなりの導入目的もあるでしょうが、今後も(やむをえず?)社外取締役さんに就任してもらう企業が増えるとなりますと、真剣に考えなければならないのが社外取締役さんの「逃げ道」です。まじめな企業ばかりであれば良いのですが、私のように不正調査などを本業としていますと、たとえ上場会社といっても、かなり問題を抱えている会社さんもあるわけで、そういったことを知らずに社外取締役さんに就任することもあるでしょうし、かりにまじめな会社で就任したとしても、さまざまな国の反市場勢力の方々に知らない間に牛耳られてしまっていた、ということもあります。

少し前ですが、金融商事判例1426号(2013年10月15日号)の巻頭言で、弥永先生が「辞任することが取締役の最後の砦か」という、おもしろい小稿を書いておられました。企業でおかしなことが起きたときに、取締役はどういった行動をとらないと善管注意義務違反(つまり法的責任を負う)となるのか・・・・というもので、有力学説で言われているようなことは、実際の取締役会の場ではなかなかとりえないのではないか?結局のところ、辞任するしか法的責任を免れる方法はないのではないか?と主張されています。ただ、アメリカでは辞任すること自体が(取締役の職務放棄ということで)義務違反にあたる可能性がある、とする判例があるようで、たしかに今後、一般株主(少数株主)の利益保護のために社外取締役の活動が期待されているのであれば、こういったアメリカの判例の考え方もあるかもしれません(このあたりは社外監査役ではなく、社外取締役特有の問題ともいえそうです)。

ここから先は法律家としての意見ではなく、ほとんど趣味(?)の世界ですが、ダスキン事件株主代表訴訟では、多くの取締役、監査役の方々に6億円近い損害賠償義務が認められました。ただ、社長に「いますぐ不祥事を公表せよ」と手紙で抗議をした社外取締役ひとりだけ、株主原告団は、株主代表訴訟の被告からはずしました。つまり社長に抵抗した社外取締役さんは裁判に巻き込まれなかったわけです。どのような行動をとれば裁判で負けないか・・・ということを研究することは法律家の仕事ですが、(見方を変えて)どうすれば裁判に巻き込まれずにすむか・・・ということを研究することは、コンプライアンスを研究する者の仕事ではないかと思います。辞任する、という行動は、たしかに裁判で負けないためには必要かもしれませんが、果たして裁判に巻き込まれないための行動という意味ではどうでしょうか。ダスキンの元社外取締役の方のように、堂々と社長と対峙するほどの行動があってこそ、裁判にも巻き込まれないような気がします。

このあたりは、以前このブログでも話題にしましたが、株主代表訴訟や会社法429条による取締役への責任追及は、いったいどのような場面において提起されるのか・・・ということを丹念に探る必要があると思います。いくら役員賠償責任保険が締結されているとしても、外からみえる取締役の行動は大切ではないかと。こういった時期だからこそ、社外取締役の行動について真剣に考えてみるべきです。

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2013年11月25日 (月)

内部告発を防ぐための自浄能力発揮は重要-自治労共済内部告発事件

相変わらず本業で忙しくしておりまして、ブログ更新を楽しむ時間的余裕はないのですが、日曜日の夜くらいだったらクライアントの皆様に文句も言われないだろう・・・・・・と思って、こっそりと更新しておきます。(ちなみに、先週、会社法改正法案がこの臨時国会において閣議決定され、次期通常国会で法案が成立する見通し、とのニュースが出ておりましたね。会社法見直し要綱から、実質的にみて重要な変化があったようですが、また後日そのあたりはブログで私見を述べたいと思います)。

さて、今年も多くの企業不正事件が話題になっていますが、とりわけメニュー偽装事件、クール宅急便事件、秋田書店社、ぴあ社などの出版社の不祥事、そして多くの不適切会計事件の特徴は、その不祥事発覚が内部告発(社内から外部への情報提供)に起因する、という点です。ITソリューションの進化に伴い、企業内部の情報共有体制が確立する一方、労働市場の流動化、広がる賃金格差、さらにパワハラ問題などが深刻化する中で、社内不正が外部に漏えいするリスクはますます高まっています。

ところで、10月24日の毎日新聞でも報じられていましたが、自治労共済島根県支部の職員の方が組織の不正を内部告発したのですが、その際に組織の内部資料を外部へ持ち出した行為は違法なものだった、と裁判所で認定されました。広島地裁松江支部は、(職員が社内パソコンから会社情報を持ち出した、という)社内規則違反を根拠とする自治労側の解雇権行使について、「合理的かつ社会的相当性あるもの」と判断したそうです。一審の判決に従って職員に支払った賃金相当分(1270万円)も返還せよ、とのこと。

ちなみに本事件の一審(松江地裁)はまったく逆の判断で、職員が勝訴していました。その理由としては、この職員の方はいきなり内部告発に及んだのではなく、まず先に自治労共済本部へ内部通報を行ったこと、実際にこの職員の行動によって県支部による不正が発覚し、法令遵守が維持されるようになったことなどから、資料の持ち出しはあくまでも公益通報目的であったと認定しています(つまり自治労共済側は解雇権の濫用であり、得べかりし賃金相当の1270万円も支払え、とのこと)。この一審判決に関する詳細は朝日新聞の「法と経済のジャーナル」のほうで紹介されています(ただし有料版)。

高裁でなぜ自治労側が逆転勝訴したかといいますと、先の毎日新聞ニュースによると、職員の方が内部告発をしようとした際には、すでに事件処理はほぼ解決していたのであり、もはや内部告発を必要とする時期ではなかった、にもかかわらず内部資料を外部に持ち出そうとする職員の行為は、組織を困惑させるためのものであり、公益通報目的とはいえない、というものです。自治労県支部における不正(交通事故対応において不適切な処理が複数回行われていた、というもの)はたしかに明るみになっていますが、これが内部告発の前にどの程度明確になっていたのかは報道からはわかりません。

本件はおそらく原告(被控訴人)から上告(上告受理申立)がなされていると思いますので、まだ確定しているものではありません。しかし、これら一審、控訴審判決から理解できることは、まず公益通報目的の社内情報取得行為は、その構成要件該当性は別として、原則としては違法性が阻却される、ということです。公益通報者保護法の保護要件に該当する内部告発のための情報持出し行為については、組織と社員との信頼関係を破壊するものではない、ということが前提となっています。これは当ブログでも過去に何度か申し上げているところです。

そしてもうひとつ、企業が内部通報制度を充実させることは、事実として内部告発を防ぐ効果があると同時に、内部告発のための社内情報持出しを防ぐ効果もある、という点です。内部通報を受理した企業が、自浄能力を発揮して社内調査を行い、不正事実を認定し、関係者の社内処分を行う、ということになれば、「この会社では内部通報制度が機能している。通報者は不利益制裁を受けることはない。」と社員に周知徹底されれば、不正を知った社員は内部告発よりも内部通報を選択する確率が高くなります。しかしそれだけでなく、本件の高裁判断からすると、すでに企業の不祥事対応が解決済みとなった場合に、社員が内部告発に必要な情報(証拠となりそうな資料等)を社内から取得して外部に持ち出した場合、その行為は法律によって保護される可能性が少なくなるので、結果として告発を思いとどまる、ということになります。

もちろん企業不祥事がほぼ解決した、というのはどの時点か・・・という問題は残りますし、何を持って「解決した」とみるべきなのかは難しい判断だと思います。しかし、企業が内部告発によって「二次不祥事」を発生させることを極力回避するためには、やはり内部通報制度を充実させることにより、まず自力で不祥事対応を図るということの重要性を改めて感じさせる事件です(たとえば1カ月半ほど前にNHK職員による会社資金横領事件が新聞で大きく報じられましたが、NHK社によって自浄能力発揮型の対応がとられたので、もはやどれほどの皆様がこの事件を記憶しているでしょうか・・・・・)。

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2013年11月20日 (水)

大好きな適時開示チェックすらできない状況でございます

コンプライアンスネタを中心に、書き上げたいテーマは山ほどあるのですが、「そんなブログを書いているヒマがあったら、こっちを先にやってよ!」と本気で怒られそうなほど本業に忙しい状況でございます<m(__)m>。早朝から稼働しなければ時間のやりくりが困難なほど追いつめられておりますので(笑)、少しばかりブログの更新が遅れます。とりあえず元気にしておりますので、引き続きよろしくおねがいいたします。<m(__)m>

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2013年11月18日 (月)

大王製紙前会長が最後まで被害弁償できなかったものがある。

Isbn9784575306026大王製紙の連結子会社から106億8000万円を資金流出させ、会社法違反によって実刑判決が確定した大王製紙前会長井川意高氏による告白書(懺悔録)を読み終えました。

「熔ける-大王製紙前会長井川意高の懺悔録」(井川意高著 双葉社 1,400円税別 なお印税はすべて社会福祉事業に寄付)

意高氏の幼少のころの話から、高校・大学生時代、御曹司経営者としての交遊関係、そして事件の内容まで、かなり赤裸々に綴られています。マスコミから興味本位で報じられたところもありましたので、その報道に対する反論にも力が入っているような印象を受けました。そしてなによりも本題が「溶ける」ではなく「熔ける」とされているとおり、カジノという高熱を発する触媒によって人生が熔けていく様子を語る部分は圧巻です。家族旅行でわずか50万円を賭けて楽しんでいた経営者が、寝食を忘れてシンガポールのVIPルームで20億円をあっという間に失ってしまうギャンブラーになるまでの経過には戦慄を覚えます。

どうして100億円以上ものギャンブル資金を子会社から調達したのか、というところの意高氏の心境については、以前このブログでも推測したところが当たっていたように思います。子会社といっても、大王製紙の保有持分よりも創業家持ち分のほうが大きいわけで(会計上は実質持ち分が大王と創業家合わせての支配率計算)、まさに「自分の財布」という感覚だったそうです。そしてもうひとつは、決して「運転資金」に手をつけたのではなく、(過去の大王製紙倒産の教訓を生かして保有していた)「余裕資金」の範囲で資金調達を指示していた、とのこと。いくら子会社といえども、運転資金にまで手をつけるつもりはなかったと弁明されています。

私個人として、この意高氏の著書を読みたいと思ったのは、意高氏が子会社から多額の融資を受けていたことを取締役会、監査役会、そして監査法人が知っていたにもかかわらず、どうしてもっと早く内容を確認して止めることができなかったのか、ということへの関心からでした。この点について、事件を発生させた前会長がいろいろと意見を述べているわけではありませんが、事実として何もできなかったことが明らかになっています。不正摘発が監査法人の仕事ではありませんので、監査法人が事実を追及しなかったことについてはそれほどの疑問も生じませんが、やはり監査役会そして取締役会において、いくら創業家会長のこととはいえ何もできなかったというのは残念というほかありません。実際、事件発覚後の大王製紙特別調査委員会の事実認定と、この意高氏の告白事実とを比較しますと、重要部分において食い違う部分もあるため、大王製紙事件におけるモニタリングは果たしてどのようなものだったのかは、未だわからないところが多いように感じます。

若くして大王製紙の取締役に就任する意高氏が、年間70億円ほどの赤字に苦しむ同社家庭紙事業部門の責任者になります。そのとき、永谷園や大正製薬のトップリーダーの方々の教えを受けて同社のブランド戦略に心血を注ぐことになります。他社製品と品質に差がないにもかかわらず負け続けている現状を打破するために、宣伝広告に売り上げの10%以上をつぎ込み、同社のブランドを向上させることで、「商品と顧客ではなく、企業と顧客との信頼関係を築くこと」に挑戦します。その結果、意高氏および大王製紙社員の努力が実を結び、その後同社家庭紙部門は50億円の黒字となり、まさに大王製紙のブランドを上げることに成功しました。

意高氏が裁判を振り返るシーンにおいて、被害額のすべてを返済したことで、執行猶予の期待があったことを述懐しています(周囲からもそのような希望的な意見が出ていたようです)。私自身も「全額弁償しても執行猶予がつかない(実刑判決)となれば、高額の財産犯事件において『隠したほうが得』と加害者が考えてしまう風潮を残してしまうのではないか」とも考えました。しかし結果は懲役4年の実刑判決が確定しました。意高氏は、やはり世間を騒がせた事件になったのだから、いくら社会的制裁を十分に受けているとはいえ、裁判所も世間に迎合する判決はやむをえないとしています。

しかし私は(本書を読んだ感想として)意高氏が未だ被害弁償を済ませていないのでは、と考えてます。上述のように、意高氏は自らの努力によって大王製紙のブランドを向上させてきました。このブランドは間違いなく、大王製紙固有の無形資産です。しかしながら、経営トップがカジノで会社資産を流用したというコンプライアンス違反によって、このブランドは毀損されました。残念ながら、いくら流出金額のすべてを返済したとしても、この失われたブランドの損失は返済されていません。流出された金額の大きさということだけでなく、名門企業だからこそ失ってしまったブランドという資産の大きさが、意高氏に実刑判決が下された原因のひとつではないかと思います。

意高氏に逮捕状が執行され、最初に小菅の拘置所に差し入れに訪れたのは、それまでに面識のあった堀江貴文氏だったそうです。厚手の座布団の差し入れがたいへんうれしかったとのこと。本書を意高氏が世に出したことへの意見は賛否両論あることはわかりますが、私も堀江氏が本書の帯に記しているように、意高氏にも復活戦にチャレンジできる日が来るのではないかと、ひそかに思っています。

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2013年11月15日 (金)

反社取引の解消-企業のレピュテーション維持と取締役の善管注意義務

会社法は、法人の営利活動における関係者間の利害調整を図ることにより、法人の永続的成長に資することを目的とした法律です。なかでも株式会社の場合には、株主が経営を取締役に委ねることになりますので、取締役は会社に対して善管注意義務を負うことことで関係者の利害調整が図られています。そして、この善管注意義務の内容は、原則として株主利益の最大化を図ることとされます。

金融機関の反社会的勢力への提携ローンに基づく融資事件をきっかけに、メガバングはすべて自行取引においても反社会的勢力へ融資をしてしまうことがある、と実態を説明しています。そもそも反社かどうかはあいまいな判断基準しかなく、また融資後に反社となってしまう取引先がある以上、「結果として関係をもってしまうことがある」のは当然のことです。どんなに入口でチェックしても、一定程度の反社取引が存在してしまうことを前提として、ではその後にどう解消に向けて対応すべきかと考えなければならないわけです。

誰が判断しても反社だと特定できるようなものであれば、おそらく「取締役の法令遵守義務」として善管注意義務を考えればよいのでしょうね。もたもた放置していれば法令遵守義務違反として会社に対する債務不履行(損害賠償責任)になってしまいます。しかし反社かどうかよくわからない場合(グレーゾーン)のケースでは、暴排条項の有無にかかわらず、解消に向けた措置をとるべきかどうか、その法的根拠がむずかしくなります。とくに行為要件が具備されるようなケースならばわかりやすいですが、属性要件だけで反社だと認定するのは至難の業ではないでしょうか。きっちり返済を継続している相手方であればなおさら「正常債権」を毀損させる行為がなぜ善管注意義務として求められるのか、難しいところがあります。

しかし、解消が困難だからといって手をこまねいていては企業の信用が毀損されてしまいます。世の中で「あそこは反社だ」と噂されているところへ融資を継続していること自体、金融機関の信用は大きく傷つくことになります。そこでこういった会社の評判(レピュテーション)を守ることが会社法上、取締役の善管注意義務の履行といえるのかどうか、というところが問題になります。レピュテーションというのは、時代の変遷によって内容が変わりうるものであるため、「社会の要請への適切な対応」と訳されるコンプライアンスと表裏の関係にあります。コンプライアンス違反≒レピュテーションリスクの顕在化、といえそうです。レピュテーション・・・といえば聞こえは良いのですが、取締役の善管注意義務の内容を判断するために使えるかどうか、ひょっとして「企業の社会的責任を尽くす」と同様に、内容が明確でないために取締役が自己の行動を正当化するために濫用のおそれがあるのではないか、という点も気になります。開示の世界(金商法)ではすでに「利益相反取引の疑いのある行為」について、取締役はレピュテーションに配慮せよ、と言われていますが、行為規範の世界(会社法)でも容易に使えるのかどうかは慎重な検討が必要な気がします。

反社と断定できないので暴排条項が使えない、けれども世間では「反社と噂されている」のでこのまま取引を継続していると企業の信用は地に落ちてしまう・・・というケース。契約法理において、取引を一方的に解消するための正当理由になるのかどうか、これだけ世間が反社に関心を寄せるようになれば(噂レベルであったとしても)民法95条の錯誤無効の「要素の錯誤」が(動機の錯誤において)認められやすくなるのかどうか、いろいろと考えられるところです。しかし、取締役の善管注意義務の履行という視点からは、調査を尽くしたうえで、なおかつ「反社かどうか疑わしい」という場面においては、たとえ会社に損失が生じたとしても、取締役は解消に向けた行動をとらなければならない(つまり短期的には株主の利益最大化に反する行動だとしても、長期的な視点では株主利益に資するものである)ということになるのでしょうか。

富士通社が元社長辞任の経緯をやむなく開示したことで、反社と噂されていた会社が損害賠償を富士通社に請求しました。今年1月に最高裁で富士通勝訴で確定しましたが、なぜ富士通社が相手方が反社だと断定できなかったにもかかわらず名誉毀損で負けなかったのか・・・、そのあたりの判例法理を学ぶ必要がありそうです。

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2013年11月14日 (木)

会社法改正の話題はどこへ行ったのだろう?-臨時国会では無理?

マスコミの話題が特別秘密保護法や民法改正(民法900条問題)、そして多発する企業不祥事に集中してしまうことは理解できます。しかしこの臨時国会で当然に法案が成立すると(少なくとも私は確信していた)会社法改正がいったいどうなっているのか、ほとんど情報が入ってきません。国民の関心が薄いせいかもしれませんが、マスコミもあまり話題として取り上げてくれないようです。巷の噂では商事法務研究会、経営法友会共催による会社法改正の説明会も開催日程が延期された、とのこと。

震災前の平成22年頃から会社法改正の審議が始まり、昨年8月には会社法の見直しに関する要綱が出され、いよいよ秋の臨時国会では法案が成立するはずだったと思います。しかし、どうも最近の自民党政務調査会(法務部会)での審議状況をみておりますと、会社法改正案が重要な項目において見直されるのではないか?との疑問が湧いてきます(14日には自民党議員による自民党企業改革案の解説、18日には諸団体からのヒアリングが予定されているようですが、これって要綱の一部については白紙に戻す、ということなのでしょうか?)

ここからは私の推測ですが、やはりこの秋以降の多発する企業不祥事が国会議員さん方のガバナンスに対する意識に影響を与えているように思えます。社外取締役の制度化ということが、企業価値向上のため、というよりも不祥事の未然防止のため、といった方向性で語られているように感じます。行政による厳しい監督にも限界があります。したがって、やはり企業自身がコンプライアンス経営に前向きに取り組まなければならない、ということなのでしょうか。取締役会の監督機能の強化や、ディスクロージャー(たとえば会計監査制度)あたりは、見直し要綱よりもさらに踏み込んだ改正が必要との意識が強くなっているのではないかと。

経済同友会さん、日本取締役協会さんからも、ガバナンス改革には前向きの公式見解が述べられており、民主党政権下でとりまとめられた要綱がさらに見直されることがあるのかもしれません。すでに社外取締役ガイドラインを策定した日弁連の委員の一人としては、早く法案が成立してほしいという気持ちと、更なるガバナンス改革が進むことも歓迎したい気持ちとで、非常に複雑な心境です。マスコミもあまり報じていただけないので、どなたか、このあたりの政治事情についてお詳しい方がいらっしゃいましたら、ご教示いただければ幸いです。<m(__)m>

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2013年11月12日 (火)

「組織ぐるみの不祥事」と言われないための役員のリスク管理

(本日のエントリーにつきまして、各種メディアへの転載はご遠慮ください)

メガバンクの経営トップは不適切融資の報告を受けていたか、名門ホテルグループの経営トップは偽装の事実を把握していたか等、企業不祥事は「経営者関与」「組織ぐるみ」と評価されることで企業の信用を大きく傷つけてしまいます。不祥事をトップが許容していたのか(知っていて放置していたのか)・・・・・、という点は第三者委員会による調査の重要な対象事実になります。

ところで、最近名門企業の不祥事が多発しているせいか、私がブログで紹介しても(残念ながら)あまり話題にならないのがNPB統一球問題の第三者委員会報告書です。この第三者委員会報告書は元最高裁判事、元最高検検事、大手法律事務所の大御所弁護士の方々が調査委員となり、きわめて秀逸な内容であるにもかかわらず、どうも話題性に乏しいままです。次々と発生する企業不祥事の話題の中で埋もれてしまうにはたいへんもったいない無形資産です。

なんといっても、コミッショナーが「絶対に統一球仕様変更の事実を私は知らなかった」と首尾一貫して否認されているにもかかわらず、第三者委員会は「たしかにご本人は否定しているけれども、ご本人は知っていたか、あるいは事実を知っていた場合に比肩しうる程度の(知らなかったことに)重大な職務違反がある」と結論付けています。つまり本人は否定しているけれども、証拠から見れば知っているものと同等に扱ってもよい」という評価です。

おそらく一般企業の代表者が、第三者委員会によってこのような評価を受けたとすれば、もはや「組織ぐるみの不正」ということで、訴訟リスクを背負うことになるものと思います。ご承知のとおり、取締役・監査役の不正関与につき故意または重過失あり、ということになりますと、会社法429条1項による(第三者に対する)賠償責任が認められることになりますし、D&O(役員賠償責任保険)の対象からも除外されてしまう可能性があります。

ということで、ここからは単なる「お知らせ」ですが、私、このNPB事件の第三者委員会報告書から、「取締役や監査役は、どのような事実が集積すると不正を知っていた、もしくは知っていたに等しい重過失ありと認定されるのか、を学ぶ」という珍しい研修セミナーを企画いたしました。研修といいましても、一般の方がお聴きになれるものではなく、企業の役員の方からご希望がございましたらプライベートセミナーということで、1時間から1時間半ほどのケースメソッド研修をさせていただこうかと思っています(とりあえず時間が許す限りにおいて、全国の上場会社を対象とさせていただきます)。なお、いくら公開されているからとはいえ、第三者委員会報告書をそのまま教材に使うことは倫理上も問題なので、この報告書をもとに私が教材事案を作成しています。

教材事案をもとに、役員がどのような行動に出れば、また社員がどのようなことを知っていれば、また有事になってどんな慌てた行動をとれば「経営者は不正を知っていた、あるいは知らないことに重過失あり」とされてしまうのかを双方向で学習しよう、というものです。もちろん立証責任や証拠能力、フォレンジックによる証拠収集リスクなどにも配慮した内容になっています。また、有事に慌てないように、スピード経営が求められる平時にはどのような行動をとれば不利な認定を受けないのか・・という平時のリスク管理にも言及いたします。

別に「お金儲け」というわけでもなく、あくまでも私の趣味に近いところでの研修企画ですが、けっこう自分で言うのもナンですが、経営者にとって有益なものに仕上がっております(笑)。もしご興味がございましたら、私宛にメール(toshi@yamaguchi-law-office.com)にてご相談ください。企画案の開示と共にお見積りさせていただきます。ちなみに一般公開のセミナー等でお話する予定は一切ございません。また、(わざわざ私に依頼するまでもなく)皆様方の会社の顧問弁護士さん方に、このようなセミナーを企画していただく、というのも推奨いたします。結構、この報告書はいま話題の企業不祥事を読み解くにあたっても有益ですよ。

経営者関与と認定されることは、単に訴訟に負けないため、ということだけでなく、そもそも訴訟を起こされないために必要です。そういったタイプのセミナーというのはあまり今まで見聞きしたことがありません。役員会終了後、役員会活性化のためにも、みなさんで勉強してみませんか?少しでもご興味がございましたら、ご検討いただけますと幸いです<m(__)m>。

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2013年11月 9日 (土)

金融業界における反社会的勢力排除の実務(お知らせ)

金融庁検査真っただ中の時期ですが、他行との比較が問題とされるモニタリング検査の運用も気になるところです。とりわけ地銀クラスの金融機関の反社会的勢力対応においては、情報収集の不十分性に懸念が残るところも多いのではないでしょうか。

ということで、反社対応で有名なリスクマネジメント会社であるエスピーネットワーク社が、東京と大阪において「金融業界における反社会的勢力排除の実務」というセミナーを開催いたします。すでに東京では満席となり、急きょ追加セミナーが開催されるそうです。大阪はまだ残席があるそうなので、金融機関の皆様におかれましては、ぜひこの機会に排除対応の現状を把握するために受講されてはいかがでしょうか(ご案内はこちらです)。

反社対応ではありませんが、私自身、このたびの虚偽表示メニュー事件において、某社の対応についてコンサルをさせていただきましたが、やはり経営判断の中に外部第三者が関与することが重要であると痛感しました。会社側の経営判断が決定した後に、実務だけにコンサルが関与するのではなく、「社長の覚悟」の場面にコンサルが関与しなければコンサルの経験が活かされないのではないかと感じました。

また、有事になってからのコンサルでは限界があります。有事の知恵は平時のリスク管理あってのことで、たとえば社長のところへ真実の情報が上がってくるのも、平時の情報管理体制の運用次第だなぁと感じます。社長が「洗いざらい公表する」と覚悟しても、部下のミスをおそれて上司がトップに報告しなければ、結局「内部告発のネタ」が社内に残ることになり、たいへん厳しい状況に追い込まれることになるのが現実です。反社対応などは、平時から有益なコンサルタントがリスク管理に関わるべき課題なのではないかと思います。

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2013年11月 7日 (木)

メニュー偽装事件、二次不祥事に発展する要因は?

メニュー偽装事件の報道が後を絶たない状況です。ホテルのレストランから始まり、主要百貨店(百貨店が管理している店舗)にまで及んでいますので「メニュー偽装」というよりも「食材偽装(虚偽表示?)」といったほうが正確かもしれません。消費者庁はとりあえず景表法の執行を念頭に置いているそうですが、将来的には(法改正の上)景表法の運用として課徴金で対応することも検討するとのことで、事の重大さに少々驚いています。

多くの企業が偽装を公表して謝罪会見を開いていますが、そのなかで阪急阪神ホテルズ社と近鉄旅館システムズ社は社長さんが辞任(または辞任予定)することになりました。不適切なメニュー表示問題から、不適切な危機対応という「二次不祥事」に発展してしまったのがまずかったようです。

なぜ他の会社では謝罪会見でほぼ終息する状況であるにもかかわらず、阪急阪神と近鉄では逆に不祥事に火がついて「二次不祥事」に発展してしまったのか、冷静に分析しますと、いくつかの課題が浮かび上がります。そのひとつはやはり「内部告発の誘因」だと思います。記者会見ですべての事実を公表していなければ、社員は会社の対応に憤り、その後マスコミに対して記者会見では公表されていない不祥事(メニュー偽装)を情報提供してしまいます。上記2社においてはこのパターンでした。不十分な情報しか公表しない記者会見では、「社長が事実を隠していた」「故意の偽装ではないと言っていたが、実際は現場の意識は故意だった」という評価を受けてしまい、これが典型的な「二次不祥事」になってしまいます。

私の経験からですが、こういったケースでは、社長は必ずしも事実を隠そうとしていたわけではないと想像します。むしろ情報共有体制の不備です。社長がこの際、全部不祥事を公表しようと社員に呼び掛けても、残念ながら責任をとらされてしまうおそれのある社員からは情報が上がってきません。その社員の部下は、この上司の態度に憤りを感じ、内部告発に至るということも十分予想がつきます。

結局、有事に至って情報共有体制の運用にどんなリスクがあるのか、平時から訓練をしていないことが有事に出てしまいます。平時のリスク管理が非常に重要であることの証左です。後から偽装を公表する企業は、このあたりのリスクがなんとなくわかってくるので、情報集約に時間をかける結果、不祥事を公表したとしても「メニュー偽装」という一次不祥事止まりであり、二次不祥事には発展しません。

そしてもうひとつ、社長辞任にまで追い込まれた阪急阪神、近鉄旅館のケースでは、偽装という一次不祥事を、社会の批判が集中する二次不祥事へと発展させてしまった重要なポイントがあります。過去の食品偽装事件等の同種事例でも、企業の社会的信用を大きく低下させてしまうような、不祥事の拡大原因として挙げられる点です。この点に気が付けばどこの会社でも二次不祥事発生を食い止めることができるはずです。この点はまた、追って時間のある時にでも解説してみたいと思います。

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2013年11月 6日 (水)

「モノ言う監査役」が無視された事例-雪国まいたけ粉飾事件

Rtsde今朝(11月5日)の朝日新聞に、某名門企業の常勤監査役の方が「監査役の覚悟」という冊子を自費出版で300冊発行されたことが、特集記事として報じられています(加藤記者「多事有論」)。トライアイズ社の元監査役さんの事例紹介を中心として、監査役は時には社長と対峙しなければならず、またその覚悟をもって監査役としての職務を遂行しなければならない・・・という、著者の強い思いが伝わってきます。本書の登場人物すべての承諾を得ていない・・・とのことで、広く出版というわけにはいかなかったそうですが、平時には黒子に徹し、有事には毅然とした態度で経営陣と接する必要があるという著者の意向がよく反映された一冊であり、私も著者の意見に強く賛同します。

さて、本書で示されているような「有事に毅然とした態度で経営陣と対峙する」姿勢を監査役さんたちが示した事例が、本日の適時開示で公表されています。東証2部の雪国まいたけ社が、過年度における不適切な会計処理により、平成21年3月期から平成26年度第一四半期報告書までの決算訂正を行うそうです。事業用資産の減損処理や広告宣伝費の会計処理等に問題があり、過年度の決算訂正の結果、平成24年3月期においては違法配当が行われている、ということも判明しました。経営トップはこの結果を受けて辞任するそうです(産経新聞ニュースはこちら)。

本件に特徴的なのは、今年6月上旬、退任直前の取締役が監査役に「告発文」を提出し、その告発文に従って社内調査が開始されたということ、また社内調査中である8月27日に証券取引等監視委員会による立ち入り調査を受けることになったという事実関係です。ここからは推測ですが、この退任直前の取締役の方は、監査役に告発文を提出すると同時に、CPAAOB(公認会計士・監査審査会)もしくは金融庁に告発文と同じ文書を提出していたのではないでしょうか。監査における不正リスク対応基準が施行され、監査法人としても告発文は重要な虚偽表示を示唆する状況に至らしめるものなので、ひょっとすると監査法人にも届いていたのかもしれません。とりわけオリンパス事件における社長の内部告発と同様、取締役という地位にある者の内部告発は、その信ぴょう性や重要性という意味においても大きな意味があるので、今回の粉飾発覚にとって大きな役割を果たしています。不正リスク対応基準施行後の内部告発の有効性が改めて認識されるところです。

そしてもうひとつ本件に特徴的なのは、平成24年の時点において、監査役会が問題点を把握しており、文書によって社長以下取締役に対して問題点の是正を促している点です。まさに「モノ言う監査役」として活動されていたようです。以下、社内調査委員会から関連部分を抜粋します。

監査役会は、平成24 年4 月に社長、取締役及び執行役員宛に監査役の所見として書面による意見具申を行っている。所見の内容は、当社の実情を的確に捉え、コーポレートガバナンス、組織運営問題、資金繰り、会計処理関係、労務安全など多岐にわたる課題について提言している。所見の中で広告宣伝費の繰延処理は不適切である旨の指摘がなされているが、監査役会の所見は反映されることなく今回の不適切な会計処理に至っている。監査役会が幅広く当社の課題を提言しているにもかかわらず監査役会の意見を真摯に受け止めることができなかった社長や取締役のコーポレートガバナンスの認識不足は改めなければならない。

上記のとおり、残念ながら監査役会の問題提起は無視されてしまったわけで、ここで経営陣が監査役会の提言を受け容れていたのであれば、まさに自浄能力を発揮した事例として大きく社会的信用を毀損する事態に陥ることは回避されたものと思われます。このような有事において、監査役が会計監査人と連携できたのかどうか、社外取締役さんはどのような行動に出たのか、もう一歩進んで監査報告の中で何らかのシグナルを発信することはできなかったのか等、さらに踏み込んで知りたいところです。いずれにせよ、監査役としての毅然とした対応が求められるような事態となったときに、監査役としてどこまで前面に出て善管注意義務を尽くすべきなのか、いろいろと検討したくなるような事案であることは間違いありません。

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2013年11月 1日 (金)

監査判断の実証分析(本のご紹介)

Judgment行動倫理学や行動経済学に少し関心が出てくると、監査人の判断や意思決定がどのようなことに影響を受けるのか、とても興味が湧いてきます。ある会計雑誌で今年の日本会計研究学会における太田・黒澤賞を、本書が獲得したと報じられていましたので、思わず衝動読みしてしまいました。

監査判断の実証分析 福川裕徳著 国元書房 3,800円税別

一橋大学の新進気鋭の福川教授が、会計監査人の監査判断について分析的手法によって研究された成果を発表されたものです。監査の世界において、監査実務の現状を実証的に分析して、監査判断を研究するといった試みは、これまであまり存在しなかったのではないでしょうか。著者も書かれているように、会計士協会や監査法人の協力がなければ実証分析という手法がとられないわけでして、監査における実務と研究との「望ましい協働」を実務界に説得された成果ではないかと思います。

私自身は監査実務に携わる者ではないので、この実証研究を実務に活かす・・・というわけではありません。しかし、監査人がどのような証拠によってどのような仮説を立て、最終的な意見形成に向けての心証を形成するのか、そのあたりの解明についてはとても関心があります。同じリスク・アプローチといっても、監査要点に対してポジティブな設定をするのか、ネガティブな設定をするのか、ということが問題になります。たとえば設定の違いが、当該監査要点に関するリスクの評価にも重要な影響を及ぼすことなどが実証研究で明らかにされています。デフォルトをどう選択するのか・・・ということで、監査人の意見形成にも影響が出る、ということは、とりわけ不正リスク対応基準や内部統制監査、ゴーイングコンサーンの審査などの思考過程を考えるにあたり、とても参考になるところです。

心理学における認知バイアス、確証バイアスが監査人の判断にどう影響するのか、という点も、以前からボヤっとは考えていたのですが、このような実証研究が示されると、ますます関心が高まります。このような研究の成果が、今後のIFRS時代を迎える監査実務に大きな貢献を果たすものになるのではないでしょうか。実務が経験値によって変化することはあったとしても、その変化が理屈の上で正しいものかどうか、このような研究成果によって検証される必要があると思います。回帰分析結果等、仮説立証の有意性を理解することが少し難しい箇所もありますが、専門家以外あまり知られていない監査人の思考プロセスを知るうえで、貴重な一冊です。

ちなみに、今気づいたのですが、アマゾンで本書を引っ張ると、「一緒に購入した本」として、拙著が登場しますね。本書に興味のある方が、拙著にもご興味を抱いていただいているというのはたいへん光栄です。<m(__)m>

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