反社取引の解消-企業のレピュテーション維持と取締役の善管注意義務
会社法は、法人の営利活動における関係者間の利害調整を図ることにより、法人の永続的成長に資することを目的とした法律です。なかでも株式会社の場合には、株主が経営を取締役に委ねることになりますので、取締役は会社に対して善管注意義務を負うことことで関係者の利害調整が図られています。そして、この善管注意義務の内容は、原則として株主利益の最大化を図ることとされます。
金融機関の反社会的勢力への提携ローンに基づく融資事件をきっかけに、メガバングはすべて自行取引においても反社会的勢力へ融資をしてしまうことがある、と実態を説明しています。そもそも反社かどうかはあいまいな判断基準しかなく、また融資後に反社となってしまう取引先がある以上、「結果として関係をもってしまうことがある」のは当然のことです。どんなに入口でチェックしても、一定程度の反社取引が存在してしまうことを前提として、ではその後にどう解消に向けて対応すべきかと考えなければならないわけです。
誰が判断しても反社だと特定できるようなものであれば、おそらく「取締役の法令遵守義務」として善管注意義務を考えればよいのでしょうね。もたもた放置していれば法令遵守義務違反として会社に対する債務不履行(損害賠償責任)になってしまいます。しかし反社かどうかよくわからない場合(グレーゾーン)のケースでは、暴排条項の有無にかかわらず、解消に向けた措置をとるべきかどうか、その法的根拠がむずかしくなります。とくに行為要件が具備されるようなケースならばわかりやすいですが、属性要件だけで反社だと認定するのは至難の業ではないでしょうか。きっちり返済を継続している相手方であればなおさら「正常債権」を毀損させる行為がなぜ善管注意義務として求められるのか、難しいところがあります。
しかし、解消が困難だからといって手をこまねいていては企業の信用が毀損されてしまいます。世の中で「あそこは反社だ」と噂されているところへ融資を継続していること自体、金融機関の信用は大きく傷つくことになります。そこでこういった会社の評判(レピュテーション)を守ることが会社法上、取締役の善管注意義務の履行といえるのかどうか、というところが問題になります。レピュテーションというのは、時代の変遷によって内容が変わりうるものであるため、「社会の要請への適切な対応」と訳されるコンプライアンスと表裏の関係にあります。コンプライアンス違反≒レピュテーションリスクの顕在化、といえそうです。レピュテーション・・・といえば聞こえは良いのですが、取締役の善管注意義務の内容を判断するために使えるかどうか、ひょっとして「企業の社会的責任を尽くす」と同様に、内容が明確でないために取締役が自己の行動を正当化するために濫用のおそれがあるのではないか、という点も気になります。開示の世界(金商法)ではすでに「利益相反取引の疑いのある行為」について、取締役はレピュテーションに配慮せよ、と言われていますが、行為規範の世界(会社法)でも容易に使えるのかどうかは慎重な検討が必要な気がします。
反社と断定できないので暴排条項が使えない、けれども世間では「反社と噂されている」のでこのまま取引を継続していると企業の信用は地に落ちてしまう・・・というケース。契約法理において、取引を一方的に解消するための正当理由になるのかどうか、これだけ世間が反社に関心を寄せるようになれば(噂レベルであったとしても)民法95条の錯誤無効の「要素の錯誤」が(動機の錯誤において)認められやすくなるのかどうか、いろいろと考えられるところです。しかし、取締役の善管注意義務の履行という視点からは、調査を尽くしたうえで、なおかつ「反社かどうか疑わしい」という場面においては、たとえ会社に損失が生じたとしても、取締役は解消に向けた行動をとらなければならない(つまり短期的には株主の利益最大化に反する行動だとしても、長期的な視点では株主利益に資するものである)ということになるのでしょうか。
富士通社が元社長辞任の経緯をやむなく開示したことで、反社と噂されていた会社が損害賠償を富士通社に請求しました。今年1月に最高裁で富士通勝訴で確定しましたが、なぜ富士通社が相手方が反社だと断定できなかったにもかかわらず名誉毀損で負けなかったのか・・・、そのあたりの判例法理を学ぶ必要がありそうです。
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コメント
同時に、ある日突然、反社認定されてしまい、反論の機会どころか、そのような立場に置かれていることすら知らされない状況に置かれることの恐ろしさ、並びにネット社会においてはそのような風評が未来永劫ともいえる時間記録され、かつ、広範囲に拡散することに対する救済を考えることも、重要うであろうかと思います。
特に銀行をはじめとするインフラ企業に認定されたときには、被認定者への影響は多大なるものがあろうと思います。
投稿: 場末のコンプライアンス | 2013年11月18日 (月) 10時01分
場末のコンプライアンスさん、おっしゃるとおりですね。旬刊商事法務の10月25日号スクランブルでも、「反社会的勢力に関する権利制限の根源とは」という題で、(せめて)法律家は本件の大局的課題について心にとどめておく必要があるとして、同様の趣旨のことが述べられています。ただ実務家としては現存する法令に則した助言指導を行うしかないのですが。
投稿: toshi | 2013年11月19日 (火) 19時05分