食品偽装事件と役員の法的責任(善管注意義務違反)
そのうち食品偽装事件を起こした企業の役員に法的責任が認められるか・・・という点にスコープした記事が出てくるのではないかと予想していましたが、案の定、読売新聞(関西版)に登場しました。関西の名門リーガロイヤルホテルを運営するロイヤルホテル社(東証2部)の食品偽装事件をテーマとして、食品偽装表示事件の公表に消極的だった企業の役員について、法的責任(善管注意義務違反)が認められるかどうかを検証するものです(読売新聞ニュースはこちら)。
ロイヤル社では、今年6月、コンプライアンス担当の専務さんが、同業他社の偽装事件をきっかけとして「自社でも同様のことが生じているのではないか」と思い、社内調査を実施。その結果、案の定、メニュー偽装が発見され、専務さんは社長さんに事実を報告されたそうです。しかしその時点で取締役会への報告は一切されずじまい。その後、10月の阪神阪急ホテルズさんの事件をみて、公表を決意。今年11月14日の取締役会で初めて全役員に報告され、11月18日に消費者庁へ報告、その後ただちに公表するという予定も報告されたそうです。その際、他の取締役の方々からは「なぜもっと早く報告しなかったのか」と質問があったようですが、専務さんは「社内調査が済んでいない状態で公表することはできなかった」と回答されたそうです。
さて問題は、その11月14日の取締役会の後ですが、中間決算の説明を行う際、記者さんから「おたくのホテルでは(メニュー偽装は)大丈夫か?」との質問があり、専務さんは「以前からチェック体制はとっている」と回答し、偽装の存在を否定しました(実際にはその5日後に偽装の事実を公表することになります)。11月19日の偽装公表時には、専務さんが「公表に対する認識が甘かった」と説明。
上の読売新聞の記事では、企業法務で著名な弁護士の方が、中間決算の記者会見の様子を問題視され、担当の専務さんがあえて事実に反する答弁を行ったのであれば、取締役の善管注意義務違反の可能性が高いとされています。たしかに積極的に虚偽の答弁を行ったとすると、世間がメニュー偽装事件に関心を抱いていた時期だけに、この時期における虚偽説明は法的責任に結びつく可能性もありそうです。ただ、専務さんの法的責任がどうであれ、私が疑問に思うのは、今年6月の時点で、なぜ専務さんは取締役会に報告をしなかったのか、さらに会社法357条で取締役は会社に対して著しい損害を及ぼすおそれのある事実を発見したときは、ただちに監査役に報告しなければならないとあるにも関わらず、どうしてメニュー偽装の事実を監査役に報告しなかったのか、という点です。コンプライアンス担当役員ということであれば、全貌が判明していない時期であったとしても、せめて監査役と他の取締役との間で、事実を共有しておく必要があったのではないでしょうか。
さらに問題は、この11月14日時点で、偽装を知った他の取締役、監査役さん方の法的責任問題です。もはやこの時期は、阪急阪神ホテルズさんの事件を含め、食品偽装事件が世間で注目されていた時期です。中間決算報告で、記者さんから質問が出ることは想定できたのではないかと。取締役会終了後の会見で、もし聞かれた場合にはどう回答すべきか・・・ということは議論されなかったのでしょうか?消費者庁への報告までは黙っておこう・・・ということで合意されたのでしょうか。「すぐにでも公表せよ」といった意見はどなたからか出たのでしょうか。このあたりの事実関係については(ダスキン事件の株主代表訴訟判決との比較で)とても関心を持つところです。むしろ、「この程度の食材とメニューの不一致程度なら、とくに問題視する必要はないのでは?との「リスク感覚の乏しさ」があったのではないかと思います。
もちろんこのたびの公表に消極的だったということで、単純に会社の損害が発生したとみるのは早計です。ロイヤル社のレピュテーションが毀損されたといえるためには、第二、第三の不祥事が発生しなければ顕在化していない、ともいえそうです。ただ、11月14日の時点で、ロイヤル社の役員さん方は、明らかに有事になっていたものであり、もはや経営判断の裁量の幅は著しく狭くなっていたことは間違いありません。阪急阪神ホテルズさんの一連の経過があったので、後出しじゃんけんではなく、有事の対応が求められていた時期だと思います。したがって、たとえ訴訟リスクは乏しいかもしれませんが、偽装が判明した時点における取締役、監査役の行為規範について検討しておくことは有益かと思います。このあたり、他社さんでも公表に消極的だったところが散見されましたので、食品偽装事件と役員の法的責任の関係を、それぞれの会社でお考えいただいたほうがよろしいのではないかと。
| 固定リンク
コメント
どこまでが取締役会に報告するべき事項か、どこまでが外部公表するべきか、どのタイミングで公表するべきか、の判断は、非常に難しいのだと思います。その発見事項が社会的にどれくらいインパクトのあるものかの判断も想像力の範囲で決まるかと思います。
メニュー偽装でいえば、1品でも発見されたら「こりゃ大変だ。まずは、1品で発見されたという公表をして、あとは調査中です。」と発表するのか、調査をして、偽装の規模と度合いを把握して、公表の仕方を検討するのか。そして、後者にすべきだと判断している中の深層心理として「余分な公表はしたくないなぁ」というのが混じり込んでいないか?というのは本当に悩ましいのだと思います。
こういうのを1度体験した取締役、監査役は、次に体験した時に成果を発揮できると思いますが、多くの役員にとっては、自分の人生で初めてのことなので、判断がぶれてしまうこともあるのかと思います。
投稿: ひろ | 2013年12月 5日 (木) 09時21分
日経新聞(12月5日付第13版、2面)の「偽装ドミノ4 『正確すぎるメニュー』」記事によると、業界では「半製品を仕入れ店内で仕上げた『手作りケーキ』は単なる『ケーキ』に表示替え」「『成型肉』は『成形肉』との表記もあり、印象も違う。どう表記すべきなのか」…と(軽く?)パニックになっているようですね。このままいくと「大盛り」という表現も「当店の普通盛りは100グラム、大盛りは120グラムです」と表示しないと「これはどこが大盛りなのか!?」、表記しても「20グラム増で大盛りと言えるのか!?」などと揉める事態も起きそうな勢いですね。
私個人とすれば、「芝エビ入りのチャーハン」とあった場合、「チャーハン」を注文するのであって、チャーハンが提供されればホテル・レストラン側の債務は履行されたといえる、と思ったりもします。さらに美味しければ大喜びで、エビが何エビであろうと私個人は問題はなく、ホテル・レストラン側の「顧客に喜んでもらう」という意向も達せられるのではないかと。
…ただし、こういう考えの人が会社役員の会社は今回痛い目にあっているわけで、私は会社役員にはなれないなあとも思った次第です。
(もっとも、私が「芝エビが食べたくて」芝エビ入りのチャーハンを注文したのならホテル・レストラン側は債務不履行、となるのだと思いますが。)
※「債務」が法律用語の使い方として正しくないようでありましたら申し訳ありません。
投稿: 会計利樹 | 2013年12月 5日 (木) 19時47分
公表すべきかどうかは会社属性(規模、業種、上場/非上場)、行為の社会的影響や最新の外部環境等によって判断することですし、『時機の裁量』もありますので、ある時点で公表を控えたからといって一概に任務懈怠と断じることは困難です。
企業では日々違法行為が発生しています。それを逐一公表する義務はないわけですので、そもそも公表するレベルの案件なのかどうか、いったん立ち止まって考える(外部環境をよく観察する)時間をくれたっていいでしょう。
タイミングの悪い公表こそレピュテーション毀損に繋がる、という見方もできます。先生も示唆されているように、損害を特定せずに善管注意義務違反を論じることは若干乱暴な気もします。
投稿: JFK | 2013年12月 5日 (木) 21時26分
(いつもたびたび申し訳ございません)
食品の虚偽表示に際し、近鉄系の旅館の返金が計7万人に対し4億円になるとの当該旅館の社長の会見があったそうです(参照記事:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131205-00000090-jij-bus_all)
この人数と金額は実際提供数と整合するのでしょうか?
(記事からは実際支払人数・金額なのか、実際提供数から算定した人数・金額なのか読めないところではありますが…)
もし、実際に食事をしていないのに返金を要求している輩がいるとしたら、それはそれで人間としてどうか、とも思ったりします(食事もせずに返金を要求したら詐欺、「なんで返金しないんだ!」と恫喝したら脅迫、という不正行為になるとも思うのですが…)。
もし、反社会勢力に実際に提供していない返金に応じたら、反社会勢力に対する資金提供、という第三次不祥事になってしまう気がします(食事を提供していてもアウト、なのかもしれませんが)。
虚偽表示したほうが悪いと言ってしまえばそれまでですが、不祥事(の拡大)を防ぐという点では内部統制の整備・運用の徹底、発生時の初動対応が重要だとますます感じる記事であります。
投稿: 会計利樹 | 2013年12月 5日 (木) 21時56分
公表については、JFK三のおっしゃる通りかなと。ダスキン事件の判決でも、非公表自身が善管注意義務違反ではなく、なんとなく非公表としたことが問題とされています。
公表、非公表は類型化しにくいのですが、事案毎の判断によるかなと思います。もっとも、昔と今とでは、その判断の物差しが違っていて、公表よりかなという気がします。
投稿: Kazu | 2013年12月 6日 (金) 13時50分
訴訟リスクが顕在化するのは、レピュテーションが毀損され株価が下落していることが前提となりますから、会社としてはレピュテーションリスクへの対応が第一に肝要かと。
もうすっかり忘れ去られていますが、TDLの発表は「表記に誤りがありました」と、阪急阪神ホテルズの「誤表示でした」と変わらないものでしたが、両社のレピュテーションには大きな差が生じました。(阪急阪神ホテルズはTDLを参考にしてものと思われます)。このように、有事において同様の広報を行ったとしても、メディアの報道次第でレピュテーションが毀損する場合があり、メディアと良好な関係を築くという意味で平時の広報も重要であると思われます。
投稿: 迷える会計士 | 2013年12月 7日 (土) 18時33分
皆様、ご意見ありがとうございます。消費者庁行政につづき、金融庁行政でも内部統制に光があたりそうですね>虚偽開示責任の過失責任化 2014年の通常国会に金商法改正案が提出されるようです。こちらでも内部統制をしっかり整備することが、役員の法的責任に影響することになりそうです。
投稿: toshi | 2013年12月12日 (木) 02時22分