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2014年1月22日 (水)

JR北海道に対する監督命令は国の責任にも光を当てるのか?

JR北海道に対して、国交省は監督命令(JR会社法による)と、業務改善命令(鉄道事業法による)を出しました。データ改ざんやATS破損など、職員の行動をみれば厳しい行政処分が出るのも当然のことかと思います。同社の社長さんも「二度と同じことを繰り返さないよう厳粛に受けとめる」と記者会見で述べておられます。以下のお話は、純粋に利用客の安全を第一に考えるとすれば・・・という趣旨で書いたものであることをご理解ください。

しかし本当に「二度と同じことを繰り返しません」という言葉は信用できるのでしょうか?21日にJR北海道が公表した事故調査報告書によりますと、保線管理従事者のうち、16%もの現場社員が過去にデータ改ざんの経験があると聞き取り調査に回答しています。これは驚くべき数字であり、私からすれば、16%の人たちが自身でデータ改ざんをやるということは、ほとんどの社員が見て見ぬふりをしている、つまり全社的にデータ改ざんを容認する風土だったと言えると思います。これはおそらく現場社員の人たちが不誠実、ということだけで済ませることはできない異常な数字です。

このたび、国の監督命令が出されて、5年間の特別監査、第三者委員会の設置などが実現するようですが、そもそもこの「現場社員の16%がデータ改ざんをやっていた」という風土がすぐに改革できるとは到底思えません(おそらく、このブログを読んでおられる方々も同じ意見かと)。厳罰化といっても、そんな(一般探索型による不正発見のための)費用など、どこからも出るわけではなく、また内部通報制度が機能するほど、「見て見ぬふりはできない」社員が多いとも思えません。

そもそもJR北海道は実質的に国営企業ということですから、経営安定化基金の拠出など、国自身もJR北海道の経営に関与していたといえると思うのですが、今回の監督命令をもって、監督する立場の国の問題は浮かび上がるのでしょうか、それとも国は何も悪くなかったということなのでしょうか。現場の社員の人たちは、そんなに普段から不真面目な人たちばかりだとは思えないわけで、それなりにデータ改ざんを正当化する理由をもっていたはずです。ひとりひとりはまじめな社員でも、ひとたび組織の構成員になると、なんのためらいもなく不正に走る、ということはどこに原因があるのか、むしろそういった視点で考えるべきではないでしょうか。

たとえば、「これはデータの修正であって、改ざんではない」という理由ですよね。厚労省がアルツハイマー研究の成果について「改ざん疑惑」の調査に追われていますが、東大の先生が「たしかに修正はしたけれども、これはデータの改ざんではない」と述べておられます。今回の改ざんの中には、あの論理と同じものもあるのかないのか。誤差の範囲における修正は改ざんとは異なるのか、同じなのか。

また、人的にも物的にもやりくりができないほどの社内ルールは、そもそもルールのほうが間違っているのであり、それを何度も上層部に連絡しても改善されないから、やむをえず自己防衛のために(つまり責任感のあらわれとして)社内ルールを省略し、今回問題となったことから追記したのだ、という主張。もちろん、そのような言い分が正しいかどうかはわかりませんが、他者にも問題があるからこそ、自らのデータ改ざんを正当化できたのではないかと。それくらいに考えてみなければ、到底「16%の社員がやっていた」ことの説明はつかないと思います。(ちなみにアンケートでは7割程度の保線社員の方々が、人員が足りない、業務が多すぎると回答されています)。

国は国民の生命、身体の安全を未然に防止する義務がありますから、安全管理責任者の解任命令を発出することはわかります。また懲戒解雇の5名を含む75名以上の社員が処分を受けたこともわかります。ただ、「安全管理責任者が解任という厳罰を受けた」「改ざんした者が処分を受けた」ということで、なにか組織上の責任がとられたように考えるのが最も危険です。「見て見ぬふりをする風土」はそのまま残るわけですし、誰が責任者をやっても、そもそもの原因究明があいまいであれば、またデータ改ざんは必ず起こります。なぜなら、彼らにとってはデータを改ざんしてでも国民の安全を守るという責任感(国や経営者の言うことを守っていては、かえって事故が発生してしまうから、やむをえないのだ)が成り立つからです。また、不正をやりたい放題やったとしても、絶対にJR北海道という企業がなくなることはない、ということはみんなが知っているからです。

今後、JR北海道の組織構造上の問題を解明していくのであれば、「いやいや、JRの社員が一方的に悪いのだ。新幹線計画を含め、使われている税金の金額は適正なのだ。不届き者の社員に教育をすれば絶対に不正はなくなるのだ」と言い切ることができるような原因究明がまずなによりも必要だと考えています。「分割民営化以来の根深い労使問題がある」などと、わかったような言い方で済ませてしまうと思考停止を招きます。仮説検証を繰り返し、国や旧経営陣も含めた問題点を深堀りする必要があります。そうでなければ、そもそも監査する側の問題点は今後も浮かび上がることはなく、不正は繰り返され、国民の生命、身体の安全は確保されないのではないか、と考えています。

1月 22, 2014 刑事系 |

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コメント

JR北海道への業務改善命令は、国の監督責任にも光を当てるのか、という問題提起を興味深く読ましていただきました。今まで疑問に思っていた点に、注目した先生に感謝申し上げます。
JR北海道は、取締役会・監査役設置会社であるという点では、会社法上での普通の会社でありますが、国が株主であるという点では、いわゆる特殊法人でもあります。民間株式会社と特殊法人の差異は、業務の執行と監督において、前者(民間)は、執行と監督の両者を取締役会が全て行うのに対して、後者(特殊法人)では、執行は法人(取締役)の責任である一方、監督は国(監督官庁)の責任となり、両者が実質的に分離されていることではないかと思います。執行と監督が分離されることにより、企業の自律的な経営管理サイクル(PDCA)の輪が途切れてしまうことが、問題事象の発生原因ではないかと、私は推測しております。
データ改ざんや機器破損等の社員行動に批判はあるとしても、その原因が、JR北海道の職員の資質や組織構造上の問題であり、安全管理責任者の解任等の厳罰に処すべきと、直ちに結論付けるには、違和感を覚えざるをえません。責任を追及する側の論理では、問題の原因を特定し、予見可能でかつ回避可能を判断する場合があります。予見可能でかつ回避可能な場合、取締役の善管注意義務違反となるという考え方もあります。しかし、このような考え方は、特定の原因のみに、恣意的に根拠をもとめて、責任追及を行うこととなり、公正な判断を阻害する恐れもあると思います。
会社法により規律される株式会社であるJR北海道と、鉄道事業法により規律される国土交通省の関係自体を律する法令等というものは現実には存在しないのですが、裁判以外で、恣意的な責任追及を防止し、公正な判断を確保することが、鉄道輸送の真の安全を確保する上で重要であると思います。JR北海道という組織構造のみに、事象発生原因があると断定せず、鉄道事業運営での会社の業務執行と、監督官庁の監督との関係自体を検討してゆくことが重要ではないかと思います。

投稿: 法律しろうと | 2014年1月22日 (水) 17時56分

「なぜデータの改ざんが起きたのか」「データの改ざんをどうすればなくすことができるのか」という対処療法的視点では全くもって根本解決にはならないということだと思います。
「顧客の輸送の安全=国民の生命、身体の安全の確保」という意識を、どうやって組織に根付かせるか、それを達成するために何をすべきか、何を改革せねばならぬか、必要なルールは何かということだと考えます。つまり「自身の顧客は何か」という問いとそれに対する回答をよくよく考え抜き、実行することが必要なのかなあと感じます。

JR北海道さんが自身の経営理念「お客様の安全を最優先に、安心してご利用いただけるサービスを提供するとともに、お客様の満足と感動の実現(一部抜粋)」を真に達成すること、それの達成のための取り組みを推進することを願ってやみません。

投稿: 会計利樹 | 2014年1月22日 (水) 21時15分

JR北海道はさておき、これが東京電力や他の電力会社でおきると怖いなと思っています。
 赤字に苦しむ中、「今の点検ルールは、原発は絶対安全ですという神話に縛られた厳しすぎる基準でできているんだから、赤字がずるずる出ているのに再稼働させてもらえないなかでは、実質的に十分なレベルまで点検ルールを緩めないと会社は存続できない」といった正当化が出てくると、これもJR北海道と同様に組織的に正当化されることで、点検ルールの緩和が起きてしまうと思います。統計的に検証されたデータに基づいた緩和ならともかく、そういう組織風土ができると、「これも、この程度でいいんじゃない?」的な自己流の緩和がスタートして、結果として事故が起きる。
 おそらくJR北海道は組織が意図したルールの逸脱と現場部門内での自己流ルールの逸脱の混在の中で、事故につながる逸脱が起きてしまったのだと思います。それなら、電力会社で起きてもおかしくはないのではないか?と思う次第です。電力会社への対応は、理性的にやらないと原発で事故が起きたら列車事故の規模ではない被害が出てくると思います。

投稿: ひろ | 2014年1月23日 (木) 10時29分

以下、話題としては大風呂敷の類ですが。

そもそも、不祥事に対する日本社会の反応が大きな問題の一つではないかと思います。
すなわち、応報感情に対する欲求が大きく、原因究明が大事と言いつつも責任者の処分などを求め、原因調査の結果を刑事責任等の追及に用いてもなんらの違和感や異論を唱えない、マスコミや社会がある限り、根本的な解決は「ガラガラポン」という一定の破局が訪れない限り、できないのではないかと思います。

それは、良くも悪くも日本の文化であって、太平洋戦争の敗戦でようやく統治機構の改善が図られたということもその延長線上に思えてなりません。
JR北海道も、国交省も、さらに大きな事故などが生じて、解体される日まで、変わらないのではないかと思います。
そしてそれは、他の企業でも同様で、変えることのできた企業は、結局、自己の破たんのリスクを認識して初めて変わることのできた企業であるにすぎないのでは、という悲観的な見方もできるかと。

もちろん、これらはマクロの視点であって、だから個々の企業での改善努力を蔑ろにしていいという免罪符になるわけではないですが。

投稿: 場末のコンプライアンス | 2014年1月23日 (木) 12時13分

いずれにしても、トップの不正対応意識が不可欠です。
我々社内CFEは、トップに意識改革をもたらせることが重要と思慮します。
山口先生は、私が誰か推測できるかと思いますが、
社内で大胆に行動すれば、いわゆる「いうたもん勝ち」的なところがありまして、それ自体問題でありますが、それを自浄作用で適正化するのが我々サラリーマンCFEの使命と認識しております。

投稿: 社内任侠 | 2014年1月23日 (木) 19時36分

山口先生、今年もよろしく。
なお、本件は、法律論に入る前に、地元の報道機関による
社説などを正確に把握すべきでは。
その意味で:

http://p.tl/ratr!

投稿: snowbees | 2014年1月23日 (木) 21時32分

私は、自分の次のブログを昨年9月29日に書いた時に思ったことですが、根本問題に手を付けないと、解決できないように思いました。
http://aruconsultant.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/jr-6ca7.html

行き着くところは、国鉄の分割が正しかったのかにも立ち戻って考えるべきと思います。JR北海道、JR四国、JR九州とJR貨物の4社の株主は、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構であり、これら4社が補助金を得ているのも独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構からで、この補助金の財源となっているJR東日本、JR東海とJR西日本からの新幹線譲渡に関する収入が2052年で途絶える。一方、今後のJR東海の収益は、中央リニアと在来新幹線の双方で費用発生となるにも拘わらず、収入増はほとんど見込めない。

エネルギー効率の上では、最高であるにも拘わらず、多くの鉄道が失われる懸念を感じます。

投稿: ある経営コンサルタント | 2014年1月23日 (木) 23時19分

皆様、有益なコメントありがとうございます。場末のコンプライアンスさんのおっしゃるように、どうも「企業不祥事」というひとつのわかりやすい範疇に入る事件はいろいろと騒がしいのに、こういった難しい問題については思考停止に陥ってしまう、というのがマスコミのよくあるパターンかと。また、snowbeesさんの指摘されるように、予断を抱かずに、いろいろと仮説検証していくことが求められる問題かと思いました。

投稿: toshi | 2014年1月29日 (水) 21時29分

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