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2014年1月 8日 (水)

日立造船特別背任疑惑と会社法改正法案との接点

有斐閣の雑誌「法学教室」の400号(記念号)の特集記事に、東大の神田教授の比較的長いインタビュー記事が掲載されていまして、平成17年改正会社法施行のころから上場会社を当事者とする裁判が激増しているということを指摘しておられます。裁判激増の理由として、上場会社についてもようやく会社法が使われる時代になった、使ってみると、会社法の条文の解釈とか、いろいろとわからないことが出てきて、そこで紛争が裁判所に持ち込まれるケースが多くなってきたことを掲げておられます。上場会社を取り巻く関係者の方々や支援をする方々の中に、会社法を理解する方が増えてきた、ということなのかもしれません。

さて、そのような神田先生の見解を裏付けるような事例が新聞やニュースで報じられています。第一報は、たしか年末の紅白歌合戦の最中だったと思いますが、本日(1月7日)、どこのニュースでも取り上げられているのが、日立造船社の事業譲渡(同社役員の特別背任)疑惑の件です(ちなみに日立造船さんは、私の知人・友人がたくさん勤務しておりまして、この件を取り上げるにあたり、若干テンションは落ちますが・・・・・)。どのような事案かといいますと、

日立造船社から派遣された経営陣によって、自社の独自技術を盗まれ損失を受けたとして、ベンチャー企業の旧経営陣4人が7日、日立造船を相手に約7億5000万円の損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こした。訴えたのは、大阪府泉佐野市の「エヌビイエル」(NBL、すでに破産)の旧経営陣。訴状によると、NBLは石油やシェールガスの採掘に使うプラスチック製高圧管の製造で独自技術を持っていたが、資本参加した日立造船に会社分割制度を悪用され、別会社に技術を移転されたと主張。NBLは破産に追い込まれ、株主だった旧経営陣が損失を受けた、旧経営陣らは、経緯を明らかにするため、造船の会長らへの刑事告訴も行っている

というもの、(たとえば時事通信ニュースはこちらです)。つまり、NBLは日立造船社と資本業務提携を結んで、一部の株式を日立造船さんに持ってもらっていたのですが、時間の経過とともに、NBLの過半数の株式を日立造船社が取得するようになり、子会社化と同時に多数の取締役が日立造船社から派遣されることになりました。日立造船社は会社分割(新設分割)によって子会社を設立して、その子会社の株式と引き換えにNBLの主力事業(独自の技術)がこの新設会社に移転します(この時点では、旧経営陣はNBLの少数株主のままですが、当該新設会社はNBLの100%子会社なので、とくに問題はないかと)。

ところがその後、このNBLの子会社株式が、NBLの取締役(つまり日立造船社から派遣された方々)によって、日立造船本体に売却されてしまいます。その金額が非常に安いために、旧経営陣の方々の保有するNBLの株式価値が極めて低いものになってしまうわけで、そこに怒っておられるものと推測されます。

現行の会社法によれば、会社の重要な事業の一部を譲渡する場合には原則として株主総会で特別決議を必要とします(会社法467条2号)。※ しかし(解釈には争いはあるものの)、重要な資産(事業)を有する子会社の株式を譲渡する場合には、株主総会の承認を要することなく、取締役会の決議のみで可能となります。このたびのNBLの旧経営陣が「会社分割を悪用された」と主張しているのは、本来ならば(NBLの資産のままであれば)株主総会で3分の2以上の賛成がなければ譲渡できない資産を、日立造船社の方々が、わざわざ会社分割制度を悪用して、NBLの取締役会のみで譲渡できるように「法の潜脱」を行ったという点ではないかと思われます。

※・・・もちろん、ここでは報道をもとに、譲渡されたものが会社法上の「事業譲渡」に該当することを前提としてのお話なので、もう少し詳しい内容がわかれば訂正する可能性があります(あるいは、この「事業譲渡」の要件該当性が論点になるのかもしれません)。

1月下旬から始まる通常国会で成立することが予定されている会社法の改正法案でも、この点が問題とされていまして、新しい会社法の467条2号の2で手当てがされています。つまり、会社内部の重要な事業の譲渡と同じように、重要な事業を有する子会社の株式を譲渡する場合には、親会社の株主総会における特別決議が必要となりました。まさに少数株主保護の必要性は同じだからですね。グループ会社内での資産配分の最適化(子会社マネジメント)を極力妨げないように、(少数株主の利益を害さない範囲で)総会決議を不要とする除外事由も規定されていますが、今回の日立造船社の事例では、その除外事由にも該当しないようなので、新しい法律ができた場合には、同様のスキームは困難になるものと思います(ただ、同じグループ企業内での事業譲渡という面からすると、親会社による資源の最適配分という意味でのマネジメントがやりにくくなる、というのは若干問題になりそうですが・・・)。

企業行動の適正性確保の手法について、レギュレーションが事前規制から事後規制へと変遷している中で、最近の司法手続きは「形式主義」よりも「実質主義」を指向しているように思われます。つまり、形式的に手続きを遵守していたとしても、全体としてみた場合に、既存の規則の抜け穴を探しているような行動については、実質的に見て法令違反と判断する、というケースが増えているのではないでしょうか。このたびの日立造船社の件も、新設分割で設立された会社がどのような目的で作られたのか、そのあたりに関心が向きます。会社法が使われることが増えれば増えるほど、会社法を理解する経営者や法律家も増えるわけで、そうなると、裁判で勝てるかどうか(刑事責任を問われるかどうか)ということだけでなく、経営者は、裁判で訴えられるかどうか(告訴されてしまうかどうか)という新たなリーガルリスクに直面することが増えることは間違いないと思います。

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コメント

私も新聞を読み、興味を持ちました。実際、当事者の間でどのような行き違い(?)などがあったか、不案内ではありますが、記事を読んだ印象としては、この会社分割なり株式割当なりという手法というのは、いろいろな使い道があるということを否応なく示唆させる内容でした。平たく申せば、会社の経営権を、いやまた、事業の主導権を得る為の方策として、極めて有効な手法だと、一般の読者に示唆する内容です。会社の経営を握るという眼目は、会社保有の資産を握ることであったり、会社の持つ事業を握ることであったり、組織(役員・従業員)を握るということであって、法人格にとらわれる話ではないわけです。勿論、この法技術に色々な使い方があることは、専門家は先刻ご存じでしょうが。

もっとも、今回の案件がどのようなものか、私は掴んではいません。ただ、企業法務・渉外法務を志す若い人にとり、刺激となる記事であったかなぁ、と感じただけです。

投稿: 浜の子 | 2014年1月 8日 (水) 19時37分

本件エントリーはたいへんアクセスが多いようです。浜っ子さんのおっしゃるとおり、会社法改正を身近に感じていただけるようなエントリーを、これからも時々ですがしたためていきたいと思います。ありがとうございました。

投稿: toshi | 2014年1月21日 (火) 13時52分

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