恫喝されても監査をやりぬくのが「職業的懐疑心」ではないか?
昨年から、ある社会福祉法人のコンプライアンス体制支援をしていますが、この法人が弁護士に支援を求めるに至った要因は、今般の産業競争力強化法の施行に対処することもありますが、なんといっても経理担当者による大きな業務上横領事件が発生したことにあります(もちろん事件の報道もされました)。
同法人の経理担当社員が長年にわたり、合計1億円ほどの金員を横領していた、という事件です。税金の一括納付と集金業務とのタイムラグを利用して、少しずつ着服しては架空の「未収金」を積み上げていたようです。厚労省の定期監査、会計士資格を有する監事さんらの監査もくぐり抜けていました(こういった監査は主に事業所が中心であり、本部は手薄になるようです)。
同法人の内部監査担当者はといいますと、不正の疑惑を感じていたので経理担当者に質問をしてみたものの、「お前は内部の同僚を疑うのか!」と恫喝され、その後は質問できなくなってしまいました。まぁ、厚労省監査でも、また会計士資格を持った監事の監査でも「問題なし」だったので、それ以上には疑わなかった、とのことのようです(実際には疑惑は残っていたものの、これを追及しなくてもよい理由がみつかった、というのがホンネではないでしょうか)。
では、この経理担当者の横領がなぜ発覚したかといいますと、最近、新たに同法人の財務担当理事(監事ではありません)に就任した方の前職が上場会社の常勤監査役でして、「おや?未収金の積み上がり方が異常ではないか。なぜ、ここ数年、これほど未収金が増えているのか、質問してみよう」ということで、経理担当者を呼び出して疑問点をすべて質問されました。経理担当者も、最終的には横領の事実を認めたとのこと。質問の最中は「そんな細かいことまで」とかなり批判をされたそうですが、いわゆる職業上の懐疑心を発揮した好例ではないでしょうか。
そういえば昨年12月4日の日経新聞朝刊に、食材偽装を発表した松屋さんの事件が掲載されていまして、松屋の総務部の社員の方が「うちのテナントにも偽装はないのか、一度調べてみよう」ということで、各テナントさんに「偽装を行っていないことの確認書」に署名するようにお願いに回ったそうです。最初は各テナントさんから「いままでの付き合いがあるのだから、なにもそこまでしなくても」と批判をされたそうですが、断固この要求をまげなかったため、結果的にたくさんのテナントさんが偽装を告白したとのこと。これも監査する者の職業上での懐疑心の発揮事例だと思います。
昨年、ネットワンシステムズ社の第三者委員会報告書が話題になりましたが、あのネット社の不正行為者も、経理部や内部監査部を恫喝し「お前の家族がどうなっても知らないぞ」「地下鉄では用心しろ」などと言われ、やむなく追及の手を緩める、という衝撃的な記載がありました。また、最近のニュース記事では、あの長野県建設業厚生年金基金の24億円持ち逃げした担当者は、保険会社からの質問に対して「そんな質問をするのなら、これから保険会社を変えるぞ!」と恫喝され、その後3年ほど追及の手を緩めています。
こうやって実際の事件を眺めてみますと、不正行為者にとって、「恫喝」は意外と監査担当者が相手だと有効な手法だと言えます(もちろん、そんな行動は絶対にあかんことですが・・・)。恫喝された方からしてみますと、なにも精神的な苦痛を背負ってまで、不正を追及することもない、という正当化理由をどっかで見つけてくるようです。しかし、本当の職業的懐疑心というのは、恫喝を受けたとしても、ひるまずに不正の疑惑を解明する姿勢があってのことではないでしょうか。少なくとも、監査という役割を担っている以上、「ちょっと細かすぎるのではないか、そんなことどうでもよいでしょ」と言われようが、監査に協力するよう相手方を説得しつづける姿勢が求められていると思います。
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コメント
監査でまさか恫喝されるとは思ってもいないので、恫喝の効果があるのだと感じます。私も仕事上で恫喝されればどんな場面でも動転すると思います(上司の恫喝の場合はパワハラの可能性もあるのでしょうが…私の上司は恫喝しません。念のため)。
ただし、一歩引いて冷静に考えれば、恫喝してまで説明しない行為こそアヤシサ倍増の気がします。「お前は内部の同僚を疑うのか!」に対して「同僚に対して恫喝するのか?」です。恫喝に対しては冷静な業務遂行・冷静な職業的懐疑心の発揮が肝要かと。
投稿: 会計利樹 | 2014年1月15日 (水) 08時28分
あけましておめでとうございます。被監査側の問題もありますね。恫喝をする=負い目があると疑ってかかるのが監査人ととらえるのはいかがでしょう。どろぼうに「おまえはどろぼうだろう」ときいても逆切れされるのがおちです。
恫喝や逆切れにひるんだら、監査人失格。ひるまず別の方法を考えるのが本物の監査人といったところでしょうか。
さて、長野県の年金基金も都職員の巨額横領事件は来週21日に長野地裁で初公判を迎えます。坂本被告が果たして起訴事実を認めるのか否か注目されるところです。AIJの浅川被告のように途中で否認に転じる方法は失敗に終わりました。最初から否認していても結果は同じだったでしょうかね。
長野県の監査では、監査資料を被告がずっと作成していました。基金の監事はめくらばんを押していただけ。膨大な資料を前に外部の人が監査するのはなかなか難しいでしょう。
かたや厚生労働省(関東信越厚生局)の外部監査も監査資料を基金側が作成していることもあり、同様に機能しません。同じ問題を抱えています。
私も以前、総幹事がチェックする仕組みが頭に浮かびましたが、総幹事報酬、さらには運用報酬を得ている利害関係者であるため、恫喝されたら、だめでしょうね。法令を守らないやつが悪いのはもちろんですが、法令を守らないやつに制裁を加える仕組みを導入しなくてはなりません。
長野のケースは内部監査、外部監査の失敗の好例です。保険会社が被告の恫喝にあい、被告の上司、すなわち理事長や理事、基金監事らに事務長が言うことを聞いてくれないともっとはやく一言いっていればここまで被害が拡大することはなかったと思います。そんな保険会社もいまや40億円以上の資産を受託していますから、うんともすんともいわないでほくほくしていることでしょう。
投稿: 年金ジャーナリスト | 2014年1月15日 (水) 23時03分
またのちほど!
投稿: 年金ジャーナリスト | 2014年1月15日 (水) 23時05分
監査手続の内容について被監査側が文句を言うのはお門違いですよね。重要性を持ち出すのも然りです。
投稿: こばんざめ | 2014年1月20日 (月) 13時16分
皆様、コメントありがとうございます。「お門違い」ホント、こばんざめさんのおっしゃるとおりですね。
会計利樹さんの言われるように、冷静にと思うのですが、私自身も反省しないといけないことが過去にありました(冷や汗)
年金ジャーナリストさんの後日談、またお待ちしております。ご教示どうもありがとうございました。
投稿: toshi | 2014年1月21日 (火) 13時49分
恫喝の何が怖いのか?私には理解できません。
例え反社勢力といえども所詮人間。
簡単に命取られることはありません。
世の中怖いものといえば"嫁はん"くらい。
相手が、経営層であろうと、や〇ざ屋さんであろうと、
正義は必ず勝ちます。
己の倫理を貫ければ、負けることはありません。
投稿: 社内任侠 | 2014年1月23日 (木) 18時28分
社内任侠さん、コメントありがとうございます(おおよそ、どなたかは見当がつきます)。社内任侠さんと同じくらい胆力がすわっておられる元監査役さんの本をブログでご紹介いたします。今後とも、どうぞよろしくお願いします!!
投稿: toshi | 2014年1月29日 (水) 21時25分
記事と直接関係なくて申し訳ありませんが、恫喝つながりということで質問させてください。
NHKの籾井勝人会長が全理事に辞任届を預けさせていたことがニュースになっています。各理事は日付を空欄のまま署名、押印して提出したそうで、新聞では「理事の任期満了前も罷免できるようにし、会長の人事権を強める狙いがあるとみられる」と論評されています。
会長の行為もさることながら、それに抵抗しない理事は、視聴者やタックスペイヤーの利害の代表として善管義務違反になるのではないかと思うのですが、専門家の立場から見ていかがでしょうか?
投稿: エイハブ船長 | 2014年2月25日 (火) 15時03分
そもそも、「日付も入ってない」「上司から強要された」辞表、なるものが法的に有効であるはずがないですよね。更にそもそも、「上司が部下に辞表の提出を強制する」というのはパワハラもいいとこなわけで。但し、一般のサラリーマンと、重役(理事)とでは異なる解釈もあるでしょうが。
投稿: 機野 | 2014年2月26日 (水) 09時42分
コメントありがとうございました。
「社内任侠」という名前は、山口先生のブログにキズをつけかねませんので、今後、「聖内部監査人」と名乗ります。
こちらこそ、今後ともよろしくお願い申しあげます。
投稿: 社内任侠 | 2014年2月27日 (木) 05時05分