天竜川転覆事故-元社長の内部統制構築義務違反と刑事責任
もう2年半前の事件に関するものですが、本日(2月24日)静岡県警は、天竜川の川下り転覆事故に関する運営会社関係者5名について、業務上過失致死罪で書類送検をした、と報じられています(毎日新聞ニュースはこちらです)。たいへん痛ましい事故でしたが、事故から2年半かかってようやく書類送検に至ったのですね。この間、運輸安全委員会が平成24年12月に「会社は船頭らに対して教育や訓練をしておらず、安全管理上の問題があった」とする調査報告書を公表しており、また昨年2月には全遺族との補償交渉が合意に至っていました。
上記毎日新聞ニュースの記事によりますと、運営会社(天竜浜名湖鉄道)の元社長さんも、船頭さん達の訓練マニュアルを作成していなかった点において、安全管理体制の構築を怠ったとして、業務上過失致死罪で書類送検されているようです。別の朝日新聞ニュースの記事によると、元社長さんは「安全管理体制と安全管理の実態に不備があったのは間違いない。私の立場として現場の実態をしっかり確認すべきだった」と供述しているとのこと。
以前、パロマ工業社の社長さんもガス湯沸かし器の違法改造による死亡事故につき、業務上過失致死罪で有罪が確定しましたが、あの事件ではたくさんの死亡事故が発生していたにも関わらず、抜本的な安全対策をとらなかった点に経営者の過失が認められました。しかし、上記の天竜川川下りの運営会社の社長さんは、重大な事故が繰り返されていたわけでもなく、船頭さん達の訓練マニュアルを作成していなかったことが死亡事故との関係で「因果関係のある過失」の根拠事実とされているようです。
これまでも民事事件においては社長さんの安全管理責任が問われた事例はありますが、刑事事件において社長さんの内部統制構築義務違反が責任根拠となるものは、パロマ工業事件以外にはあまり記憶になく、かなり珍しいのではないでしょうか。安全確認や訓練に関するマニュアルを整備していながら、そのマニュアル通りに運営されていなかった、ということであれば、経営者にもなんとなく結果予見義務が認められそうです。しかし、そもそもマニュアルを作成していなかったということであれば、社長さんに重大事故に対する結果予見性があるといえるのかどうか。結果の重大性からさかのぼって後出しじゃんけんで結果責任を問うことになるのではないか、といった点がかなり微妙であり、検察庁の今後の捜査について議論の余地があるかもしれません。
JR福知山線事故における歴代社長さん達の刑事責任を問う裁判では、ご承知のとおり無罪判決が出ています(現在、3名の被告人について控訴係属)。もちろん重大な事故を発生させた経営責任は重いわけですが、刑事責任となると、結果の予見可能性や回避可能性が厳しく判断されます。本件でも、記事に掲載されていないような事情があれば別ですが、現場の安全責任者とまではいえない経営者について、はたして川下りによる死亡事故の予見可能性、結果回避可能性があるといえるものなのか注目されるところです。
ちなみにJR福知山線事故の遺族の方々は、個人責任追及に限界のある刑法を改正して「組織としての刑事罰」を認めるように勉強会を開始されたそうです。刑事法に両罰規定が存在する場合にのみ法人に刑事処罰が認められる現行法を改正して、法人そのものの不正行為を認めることについては、「組織構造的な欠陥」に目を向けることになり、再発防止という意味においても私は基本的に賛成です。ただそうなりますと、組織への捜査について法人に黙秘権が認められることになるかもしれず、真相究明が今以上に困難になることも予想されます。まだまだハードルは高そうです。
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