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2014年2月24日 (月)

食材偽装事件にみる企業コンプライアンスと行動経済学との接点

消費者庁の外食メニュー表示に関する指針(ガイドライン)案をみたホテルやレストラン業界から、「制限が厳しすぎてお客様の注文が減ってしまう」と、懸念が示されています(ガイドラインの内容を含め、行政当局の考え方については、消費者庁のこちらのページがたいへん参考になります。なお、企業からの懸念を示すものとして、たとえば2月21日のサンケイビジネスニュースはこちら)。

たしかに「ニジマス弁当」「アブラガニ」といった表示となると私も(いままでおいしく食べていた食材なのに)少し食欲が減退しそうな気がしますし、当局の景表法の解釈がすべて正しい(司法において、そのまま維持される)かどうかはわからないところもあります。したがって、企業側の言い分も理解できます。ただ、すでに農水Gメンの方々の併任発令もなされ、今後は積極的なメニュー表示の調査が行われることになりますので、外食産業としては十分なリスク管理が必要になりますね。

ホテル、レストランといっても、そもそもブランドはお店によって当然に異なるわけで、それぞれの価格帯に合ったメニュー表示の基準があってもよさそうなのですが、同庁のガイドラインをみると、いずれの店舗でも同一の判断基準でメニュー表示の適正性について判断されるようです(景表法上の「優良誤認」にあたるかどうかということは一般人を基準に判断することになるので当然といえば当然ですが)。

もちろんメニューの偽装が不適切な表示であり、言語道断であることは明らかです。しかし一方において、景表法を守りつつも、ブランドにふさわしい「おもてなし」としての演出をメニューに表示することが必要になるホテル、レストランも多いのではないでしょうか。お客様も楽しい雰囲気で食事をしたいはずです。そこでメニュー表示において、消費者庁のガイドラインに配慮しつつも、最近流行の行動経済学の考え方を参考に「おもてなし」の姿勢を前面に出すことが考えられます。※

※・・・これまでの経済学の理解なくして「行動経済学」の理解はありえない、というご主張もあるとは思いますが、まぁ、ここでは「行動経済学の本で一般的に語られている理論」くらいの意味です。

たとえば認知バイアスを利用した「本日のおススメ!」や、「わけあり」(どうして本商品は安いのか・・・という説明)といった表示を付する、現在志向バイアスを活用した「今だけオトク!」「季節限定」といった冠をつける(ただし景表法4条1項2号の「有利誤認」に該当しない程度に)、時間割引率を活用して「寒い冬だからこそ良質の脂をもう一品!」と表示する、決定麻痺という心理的バイアスを利用してメニュー商品をできるだけ絞るか、掲載に優先順位をつける、といった具合です。

要は景表法ガイドラインを遵守する以上、メニュー表示の「味気なさ」を何かでカバーしなければならないわけでして、そこに行動経済学や神経科学における認知バイアスを参考に、メニュー表示と口頭による説明をもって補完することが必要になるように思います。そもそも人によって「偽装」と「演出」の境界線は異なるわけでして、どんなに細かい社内ルールや行政ガイダンスを作ったとしても、現場で迷うことはなくなりません。おそらく現場で迷った社員の人たちは、仕事で忙しいうえに、「おかしい」と手を挙げることはしたくないので、いろいろな理由をつけて「このメニューと食材の差異は、・・・という理由から、たいした違いではない」と自分の判断を正当化するはずです。

ちなみに2月22日の朝日新聞朝刊(関西版)の経済面で、株式会社ロイヤルホテルの社長さんのインタビュー記事が掲載されていますが、エビの偽装を昨年6月に把握しながら、なぜ5か月も公表が遅れたのか?との質問に対して社長さんは「中華料理の慣習だと思い、当時はそんなに重く考えていなかった」と回答されています。社長さんが把握されてもこのような認識なので、今後も現場担当者としては「たいした違いではない」と自身の判断を正当化するはずであり、結果としてメニュー偽装はなくならないはずです。したがって、コンプライアンスの視点からは、ときどき「偽装」の境界線を越えることはあっても、そこから「許された演出」に戻ってこれる力が組織にあるかどうか、というところが大切だと考えています。

私はむしろメニュー表示ガイダンスといった狭い範囲での問題としてとらえずに、社員の応対やサービス・商品の説明、チラシの配布など、もっと広い範囲での広報活動を「お客様の立場で」考える機会とすればよいのではないかと思います。そのような場面で行動経済学の活用がひとつの工夫ではないかと。景表法ガイドラインに反するような表示があったとしても、それを自力で軌道修正できる力を養うほうがよほどリスク管理の面では適切ではないでしょうか。

前にも申し上げましたが、ホテルやレストランで「メニューと食材が異なることで企業の信用が毀損されるリスク」など、今回の事件が話題になる前には誰も考えていなかったわけです。著名なホテルやレストランも、昨年のプリンスホテルなどの偽装事件発覚を契機に調査したことから偽装を把握しているのです。むしろどれだけ「お客様の立場で」物事を考えられるか・・・という企業の基本姿勢の欠如が、メニュー偽装という形をとって顕在化したにすぎないのです。つまり、今後もこの「企業の基本姿勢」が変わらない限り、いまは誰も重大なリスクとは気づいていない問題によって企業不祥事が顕在化する、ということは十分に考えられます。ガイドラインの周知徹底によって何が適法なのか、何が違法なのか、ということをコンプライアンス経営で徹底するという方法も考えられますが、それよりも大切なのは、ホテルやレストランにおける「おもてなし」とは具体的にどのようなマーケティング戦略につながるのか・・・、そこを現場を含めて実践していくことが、最終的には不正リスクに対応できる組織力の向上につながるのではないかと考えています。

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コメント

食材偽装問題は難しい問題です。それは「文化」の問題でもあるからです。
じつは仙台地方ではハモというと、通常いうところのアナゴを指します。
ですから仙台でハモの天ぷらと言えばアナゴの天ぷらが出てきます。出された客も何の疑いも持ちません。料理屋のメニューにアナゴの天ぷらを「ハモの天ぷら」と表示すると「食材偽装」になるのでしょうか。また、仙台の料理屋が京都に出店したとき、「ハモの天ぷら」と銘打って、京都人に言わせるところの「アナゴの天ぷら」を出せばどうなのでしょう。
もっとポピュラーなケースでは、蕎麦があります。蕎麦という麺は通常そば粉に小麦粉を混ぜて打ちますが、有名立食い蕎麦屋チェーンではそば粉と小麦粉の割合が45:55だそうです。なかには30:70という店もあるかもしれません。これらは「そば粉入りうどん」と表示されなければならないのでしょうか。
こうしてみると、私たちには料理や食材の呼称について、かなりの幅をもっているという「文化」があるのではないかと思われます。
それを何らかの基準で線引きをして、ここからここまではOKなどと、行政が決めつけるのは無理があります。しかも罰則つきなのですから、承服できない業者が多数出てくるに違いありません。
食材偽装は、本来消費者が偽装と感じるか感じないか判断して対処(不買運動など)すべき問題です。もちろん意図的にウソの食材を表示する業者もいるでしょうから、行政による何らかの取締りが必要であるとの意見もわかります。
そこでこの問題の解決のためには、行政は食品成分表示と同じように、料理にも食材表示を義務付けるだけでよかったのではないでしょうか。もちろんその食材表示に偽装があれば処罰の対象になりますが、仙台のハモのような例になると、供する側は「ハモ」と思い込んでおり、地域的には正しいのですから、「ハモ(全国的には通常アナゴと称される)」とでも是正するよう指導にとどめておくことになるでしょう。
こうすれば、消費者に正確な情報が伝わり、食材と料理名とに違いがあっても買う者は買うし、それで買わない者は買わないということになるでしょう。提供する企業の側も、表示と実際とが異なることが原因で売上が落ちれば、「経営判断が間違っていた」ということになります。行政ではなく消費者から罰を食らうのですから、いやでも「お客様の立場に立」たざるを得ません。
この問題がいつまでも後を引き、企業のコンプライアンスに関わる問題などと大仰なことになるのは、文化に関わる料理名や食材名の呼称について、行政が無理やり是非の線引きをしていることに原因があると思えてなりません。行政がかかわるべきは、呼称の是非ではなく、食材名の情報提供の義務のほうだと思います。

投稿: 茶飲み爺さん | 2014年2月24日 (月) 12時13分

 「むしろどれだけ「お客様の立場で」物事を考えられるか・・・という企業の基本姿勢の欠如が、メニュー偽装という形をとって顕在化したにすぎないのです。」というより、そもそもお客様を欺いて利益を得ようとする者が横行しだしたから行政の介入を招いたような気がしてなりません。
 数字だけを追う経営者、縦割りの内部統制、過度のマニュアル化など、どの会社にも共通する問題が、「食品偽装表示」というものに現れたような気がしてなりません。

 他の種類の事業者さんも、対岸の火事と考えずに、PDCA(特にCA)を回して欲しいものです。

投稿: Kazu | 2014年2月25日 (火) 10時36分

一連の食品偽装と過去の食品卸会社の産地偽装とは類型が異なっています。
メディアの報道で、芝エビとバナメイエビの価格が大きく違うことから、会社は多額の不当な利益を得ていたと思われがちですが、消費者一人ではどの程度の不利益があったのでしょうか?優良誤認は、消費者がそう認識したかどうかですから、消費者一人当たりで優良誤認に至る程度の不当利益があったかどうかを基準にすべきではないでしょうか。
ホテルオオクラが、販売額と販売数の両方を公表しています。これによると「虚偽の表示で販売した総数は計約38万6千食で、販売額は計約8億7千万円」となっており、一人当たり約2200円となります。他のレストランも同様と思われますので、一人当たりの支払額2200円を前提に計算してみると、材料比率は20%と想定すると材料費は440円となりますが、これを表示通りの材料を使用した場合の材料費とみて、一番問題となったエビに当てはめてみると(材料はエビだけではありませんので最大値ですが)、バナメイエビは芝エビより40%程度安価(現在では価格が上昇してあまり差がなくなっているようですが)ですので、一人当たりの不当な利益は、440円×40%÷(1-材料比率)で220円と算定されます。本来であれば、1980円で提供すべき料理を2200円で販売したということとなります。
消費者庁の担当大臣は、材料価格が半値以下であると優良誤認である旨の答弁をしていますが、食品卸会社のBtoBの取引では価格差が即不当な利益になるのとは違い、上記例でわかる通り、外食産業ではたとえ価格が半値以下の材料を使用したとしても販売価格にあたえる影響はそれほど大きくないため、消費者が優良誤認したといえるでしょうか。

投稿: 迷える会計士 | 2014年2月27日 (木) 21時34分

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