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2014年4月21日 (月)

コンプライアンス経営に活かせる公益通報制度を目指して

4月18日の福井新聞ニュースに、武生信用金庫における不正融資を巡る労使対立の現状が報じられています(福井新聞ニュースはこちらです)。10年以上にわたり、元役員が迂回融資を繰り返していた疑いがあることから、行員が社内のメールを入手し、これを証拠として監督官庁に不正を告発したそうです。一方、金庫側は、行員の内部資料の持ち出し行為について、不正アクセス禁止法違反により、刑事告訴したうえで解雇処分としています(なお、金庫側は、不正融資の有無について、第三者委員会を設置して調査中とのこと)。

この処分に反発した労組側は、このメール入手行為は、公益通報目的でアクセスしたのであるから行員の行動は正当な行為であり、不正アクセス禁止法違反の違法性は阻却されるものだと反論しています。実際に同金庫では、告発を受けて、監督官庁による大規模な検査が行われたようです。

現在進行形の事件なので、個別案件への詳細なコメントは控えますが、平成18年に施行された公益通報者保護法の存在が労働者の方々に周知されることにより、今度は、このような労使間でのむずかしい問題が増加しています。一般探索型の証拠入手(持ち出し行為)でも公益通報目的といえるのかどうか(合理的な疑いがなければ不正入手になるのではないか)、内部通報に期待ができない状況があるからこそ、外部への証拠流出行為の違法性が阻却されるのではないか(まずは内部へ通報手続きをとらなければ、もしくは内部通報への対応が期待できない合理的根拠がなければ証拠入手行為の違法性は阻却されないのではないか)等、民事法(労働者としての地位保全)と刑事法のクロスオーバーする論点が山積しており、現行公益通報者保護法の課題だと思います。

先週、消費者庁のHPよりリリースされましたが、このたび公益通報者保護法制度に関する有識者からのヒアリングが開始され、当職がアドバイザーに就任することになりました(消費者庁リリースはこちらです)。今年中に5回から6回程度、ヒアリングが実施され、その概要は消費者庁HPで公表されることになります。いろいろなご意見を伺い、消費者庁や消費者委員会における議論のたたき台になるものをご報告できれば、と思っています。とくに公益通報者保護法の制度運用が、企業の自律的行動(自浄能力の発揮)を支援できるような工夫を考えていきたいと思います。

4月13日の夜のニュースで、佐村河内氏のゴーストライターだった新垣氏が、佐村河内氏に妥協案を持ち掛けていたことを知りました。もはや世間をだまし続けることに耐えられない、このまま佐村河内さんが活動を続けることなく、フェードアウトしてほしい、との提案でした。しかし、佐村河内さんは、その提案に応じることはなく、あのような新垣氏のカミングアウトになってしまいました。つまり、佐村河内さんとしては、(妥協案による解決が良いか悪いかは別として)新垣氏の妥協案に応じていれば、このような事態にはなっていなかった可能性があります。

内部通報や内部告発に関与する者として、こういった事例はよく見受けられます。会社側が「内部通報以上のことは、どうせ何もできやしない」と高をくくっているところで痛い目に合ってしまいます。公益通報者保護法が、内部通報や内部告発を行う者の後ろ盾になれば、もう少し経営者についても、内部通報や告発に対する真摯な姿勢が期待できるのではないかと思います。雇用形態の多様化、流動化、外国人労働者の増加など、公益通報が増加する環境が高まる中、公益通報者保護法の制度改革に向けた立法事実の調査は喫緊の課題だと考えています。

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コメント

山口先生へ。
本年度の初投稿となります。
本年もよろしくお願いいたします。

「御用学者」「御用組合」などのラベルが、企業社会の中に不正が蔓延ってしまう原因を作ってしまっている要素だと考えてきました。

(一般的なこととお断りさせていただいて)

「不正は役員一人では出来ない」のであるとすれば、何年にもわたりその融資先案件の稟議に押印してきた者は、何十人の者(ただ転勤で異動して)が稟議にかかわっていたことになります。

その間に、当初の末端社員も中堅から幹部となり、その融資が不正なものであることを後から気づいてしまっても、経営企画や人事部の管理部門の本店管理中枢を経験してしまえば、一度リセットしたいと考えても、生涯賃金4億円から6億円もの金額が得られるはずであろうと考えれば、自分からその階段を踏み外してまでも自分以下、先輩後輩を道ずれにすることは困難なのでしょう。
(社外を含め)告発をすれば人生も一転してしまいます。これはメガクラスのお話ですが。

(さて当該事件では)単純な使用者や労働者という括りでは説明がつかない事件です。(もしかしたら家族を背負った?)一人の人間の生き様がそうさせたのではないのか?とさえ思います。労組もガチンコ勝負を挑んでいます。本来ならば普通の企業ならば社長賞(?)なはずなのに、職員の処罰が先になってしまい、やっぱりそうなのかという残念な気持ちになりました。

この「公益通報者保護法」は、告発者自身の身を守るためのシェルター(世界一安全な場所に着地して、以後告発自体を経営者や上司同僚からとやかく言われないで平穏にいつも通りに仕事をする環境)が用意されていないままで産み落とされてしまった「自己完結型」でない欠陥法体系と考えます。一言付け加えさせていただきますと、事件が終息に向かったところで、夫婦で一泊温泉旅行位のねぎらいのプチ褒賞制度などあるともっと早くに問題のウミも出ていたのではないでしょうか?

公益通報者保護法事件としては、従来より加入していた組合の幹部の方がガチンコ勝負に参加されたというのは私の記憶違いでなければ初めての事例ではないでしょうか?元職員の方も、一日も早く復職されることを祈念しております。
 
(最後に)
山口先生が、アドバイザーになられるとのこと、本当に良かったと考えております。
実は、山口先生の著書の内部告発・内部通報 -その「光」と「影」-を拝読
した直後から、改正案に携わっていただく方だと確信しておりました。
会社というハコで、老若男女が知恵を出し合って一人一人が会社の利益に貢献する。各人が各パートで頑張る。
そんな簡単な場所で、なぜ海外で収監される事態をつくってしまうのでしょうか?
常識では、考えられないことを社内では強制させられたりします。
もう、こんなこともう「やめましょう」で我に返れる社内組織を復活させる素地が必要だと思います。
労働者は、6500万人以上います。各人の幸せを取り戻せるのはこの法律の改正にとどまらず、全面改正⇒刷新という視点も必要ではないでしょうか。
また、山口先生には、是非「正直者が馬鹿」を見ないような社会づくりを
お願いいたします。
見落とすような貴重な記事ありがとうございました。
また、投稿させていただきます。
よろしくお願いいたします。

投稿: サンダース | 2014年4月21日 (月) 15時38分

 今回の内部告発は、武生信用金庫側が相当ドラスティックな対応をしましたね。大規模な検査が入られたことなどから、端から見ると逆ギレに見えます。もっとも、役員側から見れば、「トップ・シークレット」でしょうから、これを持ち出すことは役員に対する(信用金庫に対する、ではなく)重大な背信行為なのでしょうね。

 話は変わりますが、内部通報制度に対応し、調査を始めると、通報の対象になった行為を行った者(被通報者といえばいいのでしょうか。)とは関係ない従業員が、通報者捜し(犯人捜し)を始めたり、調査に協力した者を噂の種にする、などといったケースが少なくないのでは、と最近考えています。このように、従業員が、自分の身を守る制度を台無しにする可能性が低くない、ということも考えていただけると幸いです。

投稿: Kazu | 2014年4月22日 (火) 11時41分

サンダースさん、Kazuさん、ご意見ありがとうございます。先日第一回のヒアリングで、私自身が意見陳述をいたしました。公益通報者保護法の法制度としては、異なる二つの考え方がありまして、どっちから法制度を詰めていくか、これから明らかになっていくものと思います。
今後は公開でヒアリングが行われるので、また有識者の方々のご意見なども広く開示されることになります。どうか、また参考意見をいただけますと幸いです。

投稿: toshi | 2014年6月 1日 (日) 10時53分

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