公認会計士の「不正との遭遇」と職業的懐疑心
本日(5月29日)の日経新聞ニュースによりますと、粉飾決算で会長らが逮捕されたインデックス社について、実は2007年の段階で、当時の会計監査人が架空循環取引を指摘していた(指摘によって同社は修正をしていた)と報じられています。当時、不適切な会計処理を指摘した監査人(監査法人)は、その年に監査契約打ち切り(正確には任期満了)となったそうですが、契約打ち切りを覚悟してでも、会計不正を許さなかった監査法人の姿勢は素晴らしいと思います。
ただ、この2007年の指摘問題については、当時から監査指摘事項書のような内部資料が流出していたもので、ここではリンクを貼りませんが、結構、業界では話題になっていましたね。なぜ監査法人作成資料が世に流出したのかはわかりませんが、不正リスク対応基準などが施行される以前から、監査法人さんが、指摘事項をきちんと書面にまとめることは「ごく普通に」やっておられたものと思いますし、まじめに不正監査に取り組んでおられた会計士さん方には、あたりまえの対応だったのかもしれません。
さて、このインデックス社の事例のように、会計不正事件が明るみにならなければ、なかなか会計監査人による不正の指摘といった事例には巡り会わないのですが、日本公認会計士協会さんは、5月23日、「監査業務と不正に関する実態調査」と題する会員アンケート調査の結果を公表しておられます。社会一般に対して、公認会計士が不正な財務報告とどのように対峙しているのか、その赤裸々な現実を公表したもので、いわゆる「期待ギャップ」を埋めるための第一歩として、たいへん評価すべき成果品だと思います。その調査結果から結果の評価・分析に至るまで、とても力のこもったものに仕上がっています。本年4月15日に当ブログでも結果概要が公表された段階で、「JICPA不正実態調査の読み方」と題して感想を述べさせていただきましたが、そのときの素朴な疑問に対しても、今回の報告書2頁で詳細に回答していただきました。
この実態調査の中で、なんといっても衝撃的なのは、マスコミでも取り上げられていたとおり、過去10年で、会計監査に携わっておられる中堅以上の会計士の皆様が、平均2件ほど不正と遭遇したと回答されておられることです。「ひとり平均で2件以上・・・、うーーん、結構多いのでは」といった感想を誰もが持たれると思います。もちろん、不正の内容としては、従業員の資産横領・流出という形態も多く、すべてが粉飾事案というわけではありません。しかし、会計監査人は、それほど不正を発見していながら黙っているのだろうか、それとも決算を修正させているのだろうか(たとえば先のインデックス事件のように)、将来の不正の危険については投資家に知らせる必要はないのだろうか、と若干の疑問を抱くところです。
それはともかく、4月の結果概要の公表時とは異なり、今回の正式版公表にあたっては、素直に最後まで読み、不正に立ち向かう公認会計士さんの赤裸々な姿に敬服しようと心に決めていたのですが、またまた(?笑)、どうしてもツッコミたくなってしまいましたので、一言だけ書かせていただきます。
先ほど、「ここ10年で一人当たり、会計監査人は平均2件の不正に遭遇している」との結果をご紹介しましたが、報告書8ページで紹介されている合計件数表を見ますと、一件も遭遇していない監査人が半分以上いらっしゃるのに対して、約3%の方が11件以上もの不正に遭遇していると回答されています(5件以上の方を合わせると、13%以上)。つまり、人数でいうと3分の2の会計監査人の方が、不正との遭遇は0または1回ということになります。また、「どうして不正と遭遇したのか」という、不正発見の端緒に関する質問に対しては、ダントツ(40%以上)で「証憑突合、文書の査閲等の監査手続きによる」ものと回答されています。つまり、偶然の出合い頭に不正に遭遇したのではなく、ご自身の疑惑解明に向けた対応によって不正に遭遇されている方が圧倒的に多いのです。
この結果から生じる素朴な疑問は、「このアンケートは、監査を担当する公認会計士の実力はすべて同じということを前提にしているのではないか?そもそも監査を担当する公認会計士にはそれぞれ実力の差があって、同じ事象を精査しても、不正に遭遇することができる会計士と、遭遇することが実力的に困難な会計士がいるのではないか?」といったところです。私、不正調査を本業としているものなので、ときどき会計士さんとお仕事をご一緒する機会がありますが、「不正調査」という会計監査とは若干異なる分野ではありますが、やはり公認会計士さんの実力の差というものは痛感するわけでありまして、不正との遭遇も、それなりの実力があるからこそ可能なのではないか、実力がなければ不正に遭遇すること自体ができないのではないか・・・とも思えるわけです。
誤解のないように、あらかじめ弁明いたしますが、私は「不正との遭遇が1件もない、ということは実力がない」ということを申し上げるつもりではありません。そうではなく、これほど不正との遭遇回数に差が生じるということは、たまたま財務報告に熱心な会社と、そうでない会社を担当した、という偶然だけでは済まない要素が、不正との遭遇回数には影響しているのではないか、と考えられるからです。そこに焦点を当てた質問がないかなあと探していたのですが、見当たりませんでした。
では、その実力の差とは一体なんだろうか?と考えますと、それは「とても頭が良い」とか「会計的素養に長けている」といった優秀さよりも、もっと泥臭いといいますか、基礎的なところといいますか、いわゆる職業的懐疑心をどれだけ発揮できるか・・・というところなんではないか、と思ったりするわけです(すいません、ここは全く門外漢なので、あくまでも素人的発想です)。優秀な弁護士といっても、それは法律構成が素晴らしいとか、切り返しの鋭い反対尋問で相手方証人をこてんぱんにやっつける、といった「頭の良さ」もあるかもしれませんが、私が訴訟の相手方にしたくない優秀な弁護士というのは、現場に出向いて丁寧に証拠を拾ってくるとか、関連判例をいくつも調べてくるとか、ともかく費用対効果を考えずに事件に勝つために人一倍汗をかくタイプの弁護士です。やはり会計士の方々の中にも、どんな事件でも職業的懐疑心を人一倍高めて、投資家のために熱心に重要な虚偽表示の可能性を検討するタイプの方々もいらっしゃると思いますし、そういった方こそ、不正監査というレベルでは実力者なのではないか・・・と考えるところです。
私の前著「法の世界からみた会計監査」の中でも、「なぜ弁護士には人気ランキングがあって、会計士にはないのか?」といったことを、まじめに検討してみましたが、会計士さんの実力というものは、図るモノサシがたくさんあって、いろんな角度から眺めると、ちがったランキングが出来上がってしまうものではないでしょうか。この実態調査報告書の最後のところで「不正と遭遇して、あなたはどのような顛末を迎えましたか?」という質問に、8%の会計士の方が「不正な会計処理は修正されなかったが、重要性の観点から最終的に無限定適正意見を表明した」と回答されています。これはとても危ないな・・と思います。自らのリスク管理に長けている会計士さんがこれを使うことについては何も言うことはありませんが、重要性の基準で、というのはおそらく経営者に何も言えない(勇気のない)自分を慰めるときにも使えてしまうような気がします。毅然とした態度をとり、たとえ契約を切られても「俺が会計基準だ」と言い切れるほどのかっこよさこそ、公認会計士の社会的使命を世間に印象付けるものではないかと思うところであり、そういったところを不正リスク対応基準が支える役割を果たせたらいいのではないか、と考えています(すいません、ひとこと・・・と言いつつ、また書きすぎてしまいました。今年も会計教育研修機構等でそれなりの貢献を果たしますので(笑)、どうか出入り禁止にはしないでくださいね>JICPAさま)
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