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2014年5月26日 (月)

株主による組織再編等への差止請求とディスクロージャーの進展

本日(5月25日)の毎日新聞ニュースでは、経営統合や増資など重要な企業情報を発表前に報道された際の企業の情報開示が、以前より具体的な内容に変わりつつある、ということが、昨年の川崎重工、三井造船の経営統合を巡るリリースなどを題材にして詳しく報じられています(毎日新聞ニュースはこちらです)。経営統合や増資に関する情報は、とりわけ上場会社の一般株主(少数株主)にとっては投資判断に大きな影響を及ぼすものであり、証券取引所も、熱心に上場会社向けに指導をしているところです。

企業情報の開示制度(ディスクロージャー)は、金融商品取引法や証券取引所の自主ルールによって充実されていくようなイメージを持っていますが、現在国会で審議中の会社法改正との関連においても、今後の進展が注目されるところです。といいますのも、このたびの会社法改正では、現行会社法よりも広範に、株主の会社に対する差止請求権が認められることになるからです。とくに、これまでごく一部の組織再編にしか認められていなかったものが、(簡易組織再編を除き)広く組織再編等について認められることになります。たとえば吸収合併自体に反対の株主にとって、もし合併手続きに法令もしくは定款に違反する事由が認められれば、その差止を請求することができる、というものです。

この組織再編等への差止請求については、監査役による取締役の違法行為差止請求の場合とは異なり、取締役の善管注意義務違反、忠実義務違反を根拠とすることはできないようです(そのような解釈が法務省担当者から示されています)。つまり対価が不当である、といった理由で組織再編行為を差し止めるということはできないことになります。もし対価が不当だとして合併に反対する株主は、これまでどおり株式買取請求権を行使して、会社側と協議が整わなければ、価格決定申立事件(非訟事件)を裁判所に提起しなけれならないということです。

しかし、対価の不当性を、これまでどおり株式買取請求権によって解決せよ、というのが会社法の姿勢であるならば、これを株主が適切に行使したり、裁判所が株式の公正価格を判断する(算出する)ために必要な情報が、会社から適時的確に開示されていることが前提になるはずです。つまり、会社が虚偽の情報を開示したり、出すべき情報をタイムリーに出さない、開示したとしても不明瞭な開示であり誤解を招く表現だった、という事態は、会社法上でも「法令違反」に該当する可能性が高いと思われます(たとえば東証の企業行動規範に違反する開示行為等)。

このように考えますのは、株式買取請求権の行使は、極力、会社と株主との情報の非対称性が排除されなければなりませんし、また価格決定申立事件に関する最高裁の最近の判決・決定に従うならば、裁判所が公正な価格を算定するためには、合併がなかった場合の株価を算定するだけではなく、合併によってどれだけシナジー効果が発生したのか(しなかったのか)を合理的な事情から判断する必要があるからです。

多数決原理によって、もはや組織再編はやむなしとして、退出のための法的ルールに従おうとしている(株式買取請求権を行使しようとしている)少数株主を、一方的に不利な状況に立たせる会社の行動は、事前規制によって(差止によって)排除するしか方法がないと思います。今回の会社法改正では、株主側が機会主義的行動によって株式買取請求権を行使することに、一定の制限を設けましたが、これと同じように、企業側の濫用事例を制御できるような法解釈も必要だと思います。企業再編時に、どれほどの情報開示が求められるかは、今回の毎日新聞ニュースにもあるように、時代の流れをよく見極めたうえで企業自身が判断しなければなりません。

改正法の法文を読みますと、今回の会社法改正で認められる株主の差止請求権の要件として、取締役の法令違反が求められているのではなく、会社自身の法令違反の存在が求められています。これはまさに会社に向けられた情報開示の義務違反を論じるにもふさわしい文言ではないでしょうか。価格決定申立事件が相変わらず急増している現在において、裁判所における(組織再編等における)企業価値算定の判断過程が、企業情報開示の在り方、ひいては株主による差止請求権行使の要件該当性にも影響を及ぼすようになれば、株主による差止請求権の行使についても、会社法における新たなエンフォースメント(少数株主による下からのエンフォースメント)になりうるのではないかとひそかに期待しています。

もちろん、株主の側からは、差止の訴えを本案とする組織再編行為等の差止仮処分命令の申立てがなされるのが実務ですから、裁判所による短時間での審理に耐えうるような「情報開示義務違反」の類型を検討する必要がありますが、株主による差止請求権が広範に認められるようになる今回の会社法改正は、けっしてM&A実務への影響が軽微だとは言えないように思います。

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