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2014年5月29日 (木)

誰にも迷惑をかけない粉飾決算のどこが悪いのか?

26126674_1世間を賑わせた粉飾事件をいろんな角度から眺める、というのはたいへん有意義なものと思います。山一證券の飛ばし→破たん事件については、当ブログでも過去にご紹介したように、監査を担当されていた伊藤醇さん、調査委員会の委員でいらっしゃった国廣正さんのご著書が有名ですが、最近はまた清武英利氏が「しんがり 山一證券最後の12人」を執筆されていて、お読みになった方も多いかもしれませんが、たいへん面白い内容です。

同族の名門企業の破たんとして、数年前に話題になりました岡山の林原社の粉飾決算事件についても、昨年8月に同社専務であった林原靖さんの著書を当ブログでもご紹介いたしましたが、同社の社長であった林原健さんの新刊「林原家-同族経営への警鐘」がまた発売され話題になっています。もうすでにいろんな書店さんで「ビジネス書部門ランキング1位」になっているようで、もはや紹介するまでもないかもしれませんが。

「林原家-同族企業への警鐘」 林原健著 日経BP社 1,620円(税込)

私もさっそく拝読いたしました。林原靖氏が書かれた本をご紹介したときにも書きましたが、だれがADR(裁判外での紛争処理手続き申請)の内部資料を新聞社にリークしたのか、という点は社長さんも「今でもわからない」と書いておられますが、もう一点、なぜ林原ほどの大会社が会計監査人を選任していなかったのか、という点については、かなり本書では踏み込んで説明されています(と同時に、なぜ弟さんの書かれた本では説明がされなかったのかが、なんとなく理解できました)。

ところで、上場会社であれば、不適切な会計処理を継続することは、株主に迷惑をかけることになりますので、法的にも、また道義的にも悪いことに異論をはさむ余地はありません。しかし、林原という名門企業、20年ほど前から粉飾を繰り返したことが調査委員会報告書には記載されていますが、非上場会社の場合はどうなのでしょうか。この点、弟の靖氏も、また兄である前社長の健氏も(健氏の場合は、明らかに、というわけではありませんが)100%、ほぼ同族で株を保有している株式会社で、粉飾はしていたけれども、金融機関から借りたお金で事業も順調に推移しており、借りたお金はきちんと返していた、倒産処理で判明したように、取引先にもほぼ100%弁済できていた、同族会社ではどこでもやっている・・・・・、このような状況で、なぜ粉飾決算をすることがそんなに悪いことなのか、このような状況で経営を止めた金融機関は(破たん処理を断行したことについて)どう考えるのか?といった疑問を呈しておられます。

たしかに金融機関を裏切る粉飾決算を行っていたものの、非常貸借対照表に基づく弁済率は(土地をたくさん保有していたこともあって)93%、経営は順調であったがゆえに長瀬産業さんが、同社の事業を巨額の買収費用をもって引き継いだというところをみると、「本当に林原社は破たん処理をやらなければならなかったのか」という(後出しジャンケン的発想ではありますが)疑問は残ります。ただ私が講演や書籍等で繰り返し述べておりますように、上場、非上場会社を問わず、リスク管理の本質は、企業価値算定にあたり、もはや「存在価値」ではなく「期待価値」が重視されつつあります。「何が起きているのか」ということ以上に、「これから何が起こるのか」という点にステークホルダーは関心を持っているのであり、期待価値に資するものでないリスク管理能力しか持ち合わせていない企業は、それだけでマイナス評価を受けてしまうのは、統合報告書(非財務情報と企業価値向上との関係記載)の有用性が議論されている現在において当然のことかと思います。

これだけグローバルに競争を展開しなければ利益が出せない時代において、経営判断のスピードは至上命題です。社長に経営判断および執行の権限を委譲して、トップダウンによるマネジメントを実践していかなければ競争に勝てないわけですから、コンプライアンス経営を担保するリスク管理能力についても、前向きの経営に活かす必要があります。ガバナンスや内部統制を整備することによる不正予防、発見には限界があることを、多くの人たちもある程度は理解しているはずです(リスク管理と企業の存在価値との関係)。国内、国外において、株式会社は激しい競争を繰り返しているわけですから、大きな不祥事は当然どこでも起きるはずです。では、その重大不祥事が発生する確率がこの会社にはどのくらいあるのか?・・・、これこそステークホルダーがリスク管理能力の「期待価値」として関心を向けるところです。

社長の暴走を止める力が本当にあるのかどうか、止める力があるとしても、効きが良すぎてビジネスチャンスまでも止めてしまうようなことがないかどうか、というまさに将来予測(期待価値)のための「リスク管理の見える化」が求められています。したがって、林原社のように、何十年もの間、取締役会が一度も開催されていない、監査役は身内で固められている、会社法上の大会社であるにもかかわらず会計監査人も設置していない、といったガバナンスの欠如が外から垣間見えたり、その結果として会計不正の事実が発覚してしまうと、たとえ現在の経営が順調であったとしても(存在価値に問題がないとしても)、将来にもっと大きな債務超過が発生した場合に、これを認知できない(期待価値)ということが起こりえます。

多額の融資を行っている金融機関にとって、将来の経営に黄色信号が灯る状況ともなると、たとえ結果的には「生かしておくべきだった」と評価されるような場面であったとしても、リスク管理の脆弱性や粉飾決算から、非常手段に出ざるを得ないと思いますし、スピード経営が求められ、社長への権限移譲がますます求められる時代となれば、この傾向はさらに強まるものと思います。ステークホルダーは、外からみえるリスク管理からしか、その企業の本質を洞察することはできないのです。

本書は、ガバナンスや内部統制、コンプライアンス経営に関心のある方にはお勧めの一冊ですが、後半部分には、同族企業ゆえに経営に難しい点に言及されていて、興味をそそります。研究部門と営業部門の対立、同族ゆえにはっきりとモノが言えない組織内力学など、(良い悪いは別として)同族企業が内包する経営リスクのようなものを知るうえで最良の一冊ではないかと思います。

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