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2014年5月 8日 (木)

住友電工カルテル株主代表訴訟にみるリニエンシーの威力

すでに各紙で報じられているように、ファイバーケーブル、ワイヤハーネスといった二つのカルテル事件に関する住友電工元役員さんら22名に対する株主代表訴訟について、5月7日、大阪地裁で和解が成立したようです。解決金5億2000万円、そして外部委員会の設置、再発防止策の策定といった条件も付せられているようですが、これまでの株主代表訴訟における和解金額としては過去最高とのこと。ちなみに、4年前の本件提訴に関するエントリーはこちらです(ご参考まで)

本件裁判では、原告株主の方々は、リニエンシー(自主申告制度)が機能していれば、総額88億円もの課徴金を納付せずに済んだにもかかわらず、他社に比して活用が遅れたのは、これを機能させるための内部統制システムの構築義務を怠ったのであり、この点において善管注意義務違反があったと主張されていたものと思います。和解金額の高額さに驚き、リニエンシー制度が機能しないとたいへんなことになる、と感じておられる方も多いのではないでしょうか。

私もニュースで知りえた事実くらいしか把握していませんし、和解という解決だったので、推測の域を超えませんが、たしかに経営者を震撼させる結末です。ただ、できればもう少し詳しい裁判の経過などを把握したほうがよさそうですね。内部統制構築義務といっても、おそらくレベルとしては、①公正取引委員会の立ち入りがなされる以前において、(つまり平時において)リニエンシーの運用チェックを含む「カルテル防止体制の整備」を怠っていたこと、②住友電工さんは、本件ファイバーケーブル事件における立入調査の前後に、合計4件ものカルテル調査を受けていたのであり、相当に社内でピリピリしていたにもかかわらず、リニエンシー制度の運用についての相応の注意を怠っていたこと(いわゆる黄色信号における不作為)、③本件ファイバーケーブル事件の立入調査を受けた後、すぐに事後申告制度を活用していれば30%の課徴金減額を受けることができたのに、それすら対応を怠っていたこと(いわゆるクライシスマネジメント上のミス)といったところで分けて考える必要がありそうです。

本件で和解に至った要因が、①の事情にあるとすれば、それこそ他社さんでも今すぐに内部統制の整備運用のチェックをしなければならないでしょうし、②または③の状況にあったとすれば、これは住友電工さん特有の事情に基づくところも大きいように思われます。ただ、いずれにせよ、リニエンシー制度は、普段からその(内部通報制度の改善等)運用チェックをしていなければ、たとえば③のような事態に、速やかに社内調査で事実を把握し、申請に必要な証拠をそろえることもできません。したがって、やはり内部通報制度をはじめ、平時からの内部統制システムの運用チェックが大切であることは言うまでもありません。

以上は、リニエンシー制度と内部統制の問題ですが、本件ではもうひとつ忘れてはならない問題があります。それは、手続法上の問題、つまり公正取引委員会の調査書類について、裁判所が公取委に文書提出命令を出していた点です。住友電工の元役員の方々は、カルテル事件において公正取引委員会でいろいろと供述をしているのですが、その供述調書を、本件代表訴訟で提出するよう、裁判所が公正取引委員会に命じました。どのような証拠書類が本件事件に関連するのかは、裁判所自身がインカメラ手続きで事前に精査し、その結果、段ボール3箱分ほどの書類が原告側に提出されたそうです。住友電工の元役員さんらは、公正取引委員会の審判手続きだからこそ、自由に供述していたことが推測され、後日の株主代表訴訟においても供述調書が証拠として使われるとは思ってもいなかったかもしれません。このあたりは、今後、いろいろなところで議論の対象になりそうです。

リニエンシーの遅延によって、経営者に高額の賠償責任が認められるかもしれない・・・という点が、このたびの和解によって世に示されたことの影響は大きいはずです。たとえ不祥事が発生したとしても、それをどうやって管理部門が早期に発見するか、そして事実関係を明らかにして、申請に必要な証拠をそろえるか・・・、これはまさに内部通報制度の運用上の工夫にかかっていると思います。これは日本における独禁法違反事件に限りません。アンチトラスト法違反事件では言うまでもなく、4月25日に公表された日本交通技術社の第三者委員会報告書18頁から19頁にも取り上げられているように、海外腐敗行為防止のためにも、政府主導の腐敗行為受付窓口の存在が紹介されています。海外のFCPA関連だけでなく、日本の手続きの上でも、こういった自主申告は有利に援用できるものと思います(ちなみに日本交通技術社第三者委員会の報告書では、海外不正行為に限っては、社員に内部通報義務を課すべき、としている点は注目に値します)。

本件カルテル事件の後、住友電工さんは、欧州裁判所主導によるカルテル事件の制裁手続きでは、一番最初に自主申告を行い、その結果、190億円ほどの制裁金を免れています。不正の早期発見にまじめに取り組めば、リニエンシーは機能する可能性が高いはずです。こういった重大裁判については、結果の重大性については知ることができても、では他社にとっての発生確率を知ることはなかなか困難です。先ほど①から③まで、どのような条件で善管注意義務違反が疑われたのか、さらに文書提出命令によって得られた証拠が、原告主張事実の立証にどれほど役に立ったのか、そのあたりの裁判所の心証など、どなたか事件に近い方による解説などもいただければ他社の参考にもなるかもしれませんね(和解の条件として、内容は公表しない・・・となっているのであれば無理かもしれませんが)。

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