会社法改正の難問-特別支配株主による株式売渡請求制度のグレーゾーン(その2)
6月2日の当ブログ「会社法改正の難問-特別支配株主による株式売渡請求制度のグレーゾーン」については、たいへん多くのアクセスをいただき、ありがとうございました。この問題は、前川参議院議員の質問書、そして本日の委員会の審議と、まだまだ議論が続いているわけですが、やはり本日(6月12日)の参議院法務委員会の小川議員と谷垣法相との質疑応答をネット中継で拝見しているかぎり、前回のエントリーで抱いた疑問が解消しておりません。
日本企業の機動的な事業再編を後押しするために、株式売渡請求制度という「これまで会社法になかった」キャッシュアウト手法を認めること自体には、私も賛成します。ただ、少数株主が新たな制度のために受忍しなければならないのは、特別支配株主の一方的な請求意思だけで少数株主たる地位を奪われてしまうことと、一定の日(取得日)をもって株主の地位が移転してしまうことまでだと思います。しかし、新たな制度が認められるからといって、支配株主側の不払い不能のリスクを少数株主側が負うことを正当化する理由はどこにもありません。これまでも会社法はキャッシュアウトを認めてきましたが、これは会社と株主との利益移転に関するものであり(したがって、買収対象企業が支払義務を負担する)、支配株主と少数株主との利益移転という場合とはまったく状況が異なります。
ということで、小川議員は「特別支配株主が株式売渡代金を支払わない場合には、対象会社がその不払いについて法定保証する規定を設けたらどうか」と提案されています。私は前回のエントリーで同時履行関係を確保するために、供託制度のようなものを認めたらどうかと書きましたが、基本的には同じような発想だと思います。これに対して、法務省民事局は会社法の建付けと合致しないということで、提案は採用できない、との結論だそうです(谷垣法相の答弁より)。その理由は、株主と債権者との関係では、債権者を優先するのが会社法のタテマエであり、株主に対して会社が支払保証を行うということを法定することは、この債権者優先というタテマエに反することになるから、とのことだそうです(これも谷垣答弁より)。
しかし、この法務省の拒絶理由については、私はよく理解できません。株主と債権者との優先関係というのは、会社が倒産した場合のことを指すのであり、特別支配株主と少数株主との関係には採用されないのではないか(これが小川議員の反論)といったこともありますが、そもそも取得日をもって強制的に株主の地位が変動するのであれば、支払義務の不履行に関する法律関係では少数株主は「債権者」と同等に扱ってよいのではないでしょうか。(取得日に保証効果が生じるのではなく、一定の支払遅延が生じた場合に法定責任として効果が生じる、とすればよいのでは?)むしろここで債権者と株主との優劣関係を持ち出してくることの合理性がよくわかりません。
また、会社法429条の第三者に対する損害賠償責任規定は、通説判例によると、損害を受けた第三者を特に保護すべきとの見地から認められた法定責任であるとしています。そのような法定責任規定がすでに存在するのであれば、特別支配株主の支払遅延リスクを対象会社側に負担して、少数株主を特別に保護するための法的責任として保証規定を設けることも、これまでの会社法の建付けとは矛盾することはないと思います。これは、特別支配株主による株式売渡請求を会社側が承認する制度設計になっていることとも、とくに矛盾するものではないと考えます(そもそも特別支配株主が株式の売渡を請求しているにもかかわらず、子会社取締役が拒否することは困難ですが、たとえ善管注意義務の問題だと捉えたとしても、対象会社の取締役による特別支配株主の資力確認について、少数株主側が対象会社の取締役の悪意・重過失を立証することは至難の業だと思われます)。
そもそも法務省側が「少数株主側の保護は講じられている」理由として掲げられている「対象会社取締役会の承認」についても、これは特別支配株主側から提案された売渡価格が適正かどうかを判断するために作られた制度だと思いますので、はたして「特別支配株主が支払うつもりがあるかどうか」という内心の問題にまで踏み込んで判断することは想定されていないのではないでしょうか。かりに想定されていたとするならば、今度は資力も十分に存在し、残高証明まで提出しているにもかかわらず、これを承認しない場合には、逆に特別支配株主の側から「会社が企業価値を向上させる機会を奪った」として善管注意義務違反に基づく代表訴訟を提起されることになるかもしれません。しかし、これでは「どっちに転んでも訴訟リスクを背負う」ということになり、対象会社の取締役の行為規範にはなりえないように思われます。
私個人としては、成長戦略を後押しする会社法改正法案は、ぜひとも今国会中に成立させていただきたいのですが、やはりM&Aを推し進める企業側の利益だけでなく、公益実現のための犠牲として締め出される少数株主保護のバランスを図らなければ、むしろ成長戦略を後押しすることにはならないと考えますが、いかがなものでしょうか。
| 固定リンク
コメント
このキャッシュアウトについては、一般株主の多数は価格への異議を訴える機会もないという点も問題だと思います。
http://kaishahou.blog.shinobi.jp/Entry/17/
1)すなわち、上場株式の場合、事前に対象株主の確定は不能 ⇒ キャッシュアウトの通知は公告で代替せざるを得ない ⇒ 一般人はニュースでしか知り得ない
2)売渡の後は価格への文句は付けようがない
というわけで、一般株主の多くは、買取代金が届いて初めて「何だこれは?」になって、不当な安値でも泣き寝入り、ということになるでしょう。
もっとも、一般少数株主は、もし売渡後の価格交渉権が与えられたとしても、価格の不満を訴訟までして争う実益はなく、どうせ泣き寝入りになるとは思いますが。
とはいえ、制度的な不当性が盛りだくさんな制度だと思います。
投稿: S.N. | 2014年6月21日 (土) 08時27分
これを株式だけではなくて、不動産などにも拡張するとわかりやすい。
さらに、慰謝料などにまで拡大して、一方が好き勝手な価格を設定したうえで、文句があれば指定期日前の20日の間に訴訟提起しろという建付けの立法にするとどうなるか?いかにも不公正なのは明らかです。
不法行為債権が20年の除斥期間と3年の時効、一般商事債権が5年と言う比較的長期間の時効を設けているのに比べて、価格決定は指定期日の20日前から前日までの期間のみ申立可能という本当におかしい状況になってます。
同時履行の抗弁すら認めないと言うのでは、立案段階で不正があるとしか思えないんですよね。立案担当者や裁判官までが大手法律事務所に天下っていますし、法を曲げて取引先のハゲタカに利益を誘導したと見ることも出来ます。
投稿: 名無し | 2014年6月22日 (日) 11時35分