会社法改正の難問-特別支配株主による株式売渡請求制度のグレーゾーン
毎週楽しみに視ている池井戸ドラマ「ルーズヴェルトゲーム」ですが、来週はいよいよ青島製作所の支配権を争うための委任状争奪戦に突入するようですね。50.1%の株主からの委任をとりつけるドラマが繰り広げられそうな予感がします。
ところで、現在国会で審議されている会社法改正法案において、90%以上の株式を保有する大株主(特別支配株主)が、少数株主を排除するための制度が新設されることはご承知の方も多いと思います。社外取締役制度の導入問題と同様、企業の新陳代謝を図り、キャッシュアウト(少数株主の締め出し)を容易にして日本企業の成長に資するための経済再興戦略(アベノミクス)を支援する制度だといわれています。
この特別支配株主による株式売渡請求制度が、一方的に少数株主の利益を阻害するものであり、どうもこのままでは会社法が成立しないのではないか・・・との疑念も一部で生じているようです(正確には「株式等」売渡請求制度でして、新株予約権についても売渡請求の対象となりますが、ここでは株式売渡請求、と単純化しておきます)。もちろん、このまま国会で採決をすることも十分に考えられますが、先日の参議院法務委員会会議録を読みますと、法務大臣や法務省担当者の方から明確な回答が得られていないように思われます。
株式売渡請求制度は、90%以上の株を保有している大株主(単独もしくはグループ全体で90%以上を保有している株主)が、公正な価格を提示して、他の株主の保有する株式を、一方的な意思表示によって一括して買い上げる制度でして、他の少数株主は、この請求があればこれに従わざるを得ません。企業側(大株主側)にとっては、このスピードがとても魅力です。少数株主側において、大株主の買い上げる価格に問題があると思えば、取得日前に裁判所による価格決定の申立手続きが必要です。しかし、取得日には株式が勝手に大株主に移転してしまうので、その後は大株主の支払義務だけが残ります。きちんと大株主が買取代金を支払ってくれればよいのですが、支払ってもらえる担保は法律上規定されていません。本来、モノの売買では、同時履行の双務性があるはずなのに、モノだけ先に渡すことを強制されて、代金支払いが担保されないということは、少数株主保護に欠けるのではないか…という点が国会でも問題にされています。
この制度は、上場会社にあってはキャッシュアウトの有効策として、また、非公開会社においては、事業承継の円滑化のための方策として、今回の会社法改正の重要なポイントになっていますが、たしかにアベノミクスを支える改正とはいえ、公益と少数株主の利益とのバランスを適切に図っているかどうかはやや疑問があるように思えます。上記法務委員会会議録において、法務省民事局長さんは「支払い義務が尽くされない場合には、少数株主は解除権を行使すればよい」と回答されていますが、少数株主がはたして解除権を行使できるかどうかは会社法の解釈上明らかではなく、売渡株式の取得無効を争う訴訟等との関係も明確ではありません(なお、この問題については、弥永真生教授が「企業法制の将来展望2014年版」に掲載された論文にて詳細に検討されていて参考になります)。また、買取代金を支払うかどうかを会社側が判断する(つまり大株主が信用できるかどうかを対象会社の役員が判断する)ために、事前の対象会社の承認制度がある、とも説明されますが、特別支配株主が存在する会社の取締役が、支配株主の意に反して「承諾しない」と決定することはほぼ考えられないため、これも説得的とは言えません。
つまり、株式売渡請求制度は、特別支配株主の一方的な行為によって、少数株主の財産権が奪われてしまう可能性が残されています。現に2007年、東証マザーズに上場していた株式会社モックは、10株を1株とする株式併合によって、8割の少数株主の権利を一方的に消滅させ、その補償となるはずの(少数株主への)買取代金の支払いを遅延させ、結局、2009年にこれを支払わないままに破産してしまうという事件も発生しています。モックの場合には、会社自身による買取代金の支払義務が問題となりましたが、今回の特別支配株主による株式売渡請求制度は、支払債務者は会社ではなく、支配株主です。かりにM&Aで、ある会社の株式を90%保有したとしますと、これを(言葉は悪いですが)キレイにして、別の会社に高額で売却できるとするならば、とりあえず売渡請求制度を活用して、少数株主を排除して(100%子会社にして)、高額で売却した後は、支配株主たる法人を勝手に清算してしまう・・・ということも十分に考えられます(対象会社の、「承認」を行った取締役の善管注意義務など論じてもほとんど意味はないように思います)。
また、特別支配株主による株式売渡請求制度には、取得日前までであれば、支配株主側から売渡請求を一方的に撤回することが認められています(ただし、対象会社の撤回に関する承認が必要ですが、これも当然承認されるはずです)。なぜ撤回が認められるかといいますと、支配株主が買取代金の支払に支障を来すケースや、予想に反して多数の少数株主から価格決定申立がなされたケースなどにおいては、支配株主に撤回の機会を付与するほうが、積極的な売渡請求権行使に資する、と考えられたからです。しかし、会社法が、売渡請求権を行使する支配株主側の「信用不安」を最初から想定しているのであれば、この信用不安に対する少数株主側の対抗措置を全く考慮していない・・・というのは、あまりにも株主間のバランスを失しており、会社法の基本原則(関係当事者間の権利調整ルール)としての株主の平等的取扱いを無視したものではないでしょうか。ここではむしろ少数株主の保護について、大株主側の信用不安に対する措置を講じなければ、むしろ市場に海外資本を流入するというアベノミクスの施策の方向性にも反するような気がします。
私は「素朴な疑問」を呈するだけの市井の一弁護士にすぎませんので、立法の手当ては優秀な方々がお考えいただくことですが、新設される(株式売渡請求制度における価格決定申立手続きに関する)179条の8、第3項を一部改訂して、特別支配株主が公正と認める価格を仮払いできる制度を、むしろ公正と認める価格の一律仮払義務を認めるような制度にすべきではないかと思うのですが、いかがでしょうか。たしかに取得日直前の少数株主を確定する作業は、短期間にはむずかしいかもしれませんが、その場合にはとりあえず供託制度などを用いて、その支払いを確認することに、対象会社の「承認」制度の意味が出てくるように思います。こういった少数株主保護は、上場会社のキャッシュアウトの場面だけでなく、会社の事業承継に伴う相続争いの場面においても、その紛争を回避するためには必要な措置だと思うのですが。
これまでも全部取得条項付種類株式を活用したキャッシュアウト、略式組織再編を活用したキャッシュアウトなどで同様の効果は認められているから・・・という理由で、このまま法改正をしてしまうことも考えられますが、このたびの特別支配株主による売渡請求は、会社と株主ではなく、株主と株主という利益移動の違いがありますので、現行法と同様に解する、というのは少し乱暴な議論のように思います。むしろ、このたびの会社法改正は、上からのエンフォースメントはソフトロー(コンプライオアエクスプレイン、東証ルール、ガバナンスコードなど)、下からのエンフォースメントはハードロー(差止制度の新設、買取請求権の要件明確化、開示規制の拡大等)という建付けになっていますので、売渡請求権行使時における少数株主保護もこれに沿った形で明確に説明できるようにすべきだと考えます。
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コメント
譲渡制限株式に関する譲渡承認手続のように、供託制度を使うわけにはいかないのでしょうか。
投稿: Kazu | 2014年6月 2日 (月) 11時29分