監査等委員会による利益相反取引の事後承認
江頭憲治郎先生の「株式会社法(第5版)」を読むまで(恥ずかしながら)気づいていなかったのですが、会社法の見直し要綱から会社法改正法案までの間に、監査・監督委員会設置会社という仮称が監査等委員会と正式変更されたこと以外にも、監査等委員会設置会社に関する条文が若干修正されていたのですね。
会社と取締役との間における利益相反取引について、監査等委員会による承認があれば、利益相反取引に賛成した取締役らの任務懈怠推定条項の適用が排除されるのですが(改正会社法423条4項)、見直し要綱では「事前の承認」となっていたのが、会社法改正法案では単なる「承認」に変わっており、そのまま改正会社法が成立しています。最近出版されている会社法改正に関する解説本等でも、このあたりの修正に気づかずに、そのまま「監査等委員会による事前の承認があれば・・・」と解説されているものもありますので注意が必要です。
なぜ要綱の段階で「事前の承認」が必要とされていたのが、会社法では「承認」とされたのかはわかりません。利益相反取引に対する取締役会の承認に関する会社法356条1項の文言が、単純に「承認」とされていることに合わせたのかもしれません。江頭「株式会社法」では、この356条の取締役会の承認は、事後承認も認められないわけではない、とされているので、監査等委員会による承認にも事後承認の余地がある、ということでしょうか。
では監査等委員会による利益相反取引に対する承認手続きについても、356条の解釈と同様に事後承認を認めてよいのでしょうか。そもそも利益相反取引への承認については、取締役会による場合には取締役の善管注意義務の履行に関わるものであり、また承認なき利益相反取引の私法上の効力(有効か?無効か?)にも関わります。しかし、監査等委員会設置会社においても、取締役会の承認手続きは必要とされており(現行会社法356条に関する改正はありません)、これを前提として監査等委員会の承認に関する規定が設けられているので、監査等委員会による承認がなくても(つまり経営陣が監査等委員会の承認をとらなくても)、利益相反取引に関与する取締役の善管注意義務の履行は問題とならず、また取引自体の効力にも影響はしません。
つまり、監査等委員会の承認の法的効果は、単純に利益相反取引に関与する取締役の任務懈怠の推定を排除するものであり、そのような関与取締役らの行動が善管注意義務違反ではないことを確認させて、関与取締役らの行動に慎重さを求めるにすぎないものと思われます。そうであるならば監査等委員会による利益相反取引に対する承認手続きは事後承認では無意味となり、少なくとも実際の利益相反取引が実行されるまでになされる必要があるのかもしれません。また、仮に事後承認でも可、ということになると、利益相反取引によって会社に損害が発生することが明らかになってから、経営陣が社外取締役らに働きかけえて、免責を得るために監査等委員会による事後承認を得る、という弊害を招く可能性もあるかもしれません。
このように考えると、会社法356条における取締役会の承認と、会社法423条4項の監査等委員会の承認とは、その解釈を異にするものとして、監査等委員会による承認は「事前の承認」に限るとすることにも合理性があるように思います。よくよく考えてみると、監査等委員である取締役は、利益相反取引に関わる取締役(相手方である取締役は無過失責任なので除外されますが)の善管注意義務違反の有無を判断して、関与取締役らの法的責任追及を排除できる立場に立つもので、裁判官に準ずるほどのスゴイ権力の持ち主ではないでしょうか。責任追及訴訟の場面において、株主からの取締役提訴請求を受けて、提訴の可否を判断する監査役以上の強力な権限だと思います。
いずれにしても、毎度申し上げておりますとおり、監査等委員会設置会社の社外取締役に就任するということは、指名委員会等設置会社に移行するくらいにガバナンス改革を覚悟した経営陣の下でなければ、かなりリーガルリスクが高いなぁと感じる次第です。
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