会計基準の解釈に経営判断原則類似の法理は適用されるか?
青山学院大学大学院会計プロフェッション研究センターが企画編集されている「Aoyama Accounting Review」の第4号(10月15日発売)を入手いたしました。今回の特集は「法と会計:会計判断は法制度を超えられるか?」といった刺激的な内容です。この週末、ほぼすべての論稿を読みました。
まずはBook Reviewのコーナーで拙著「法の世界からみた会計監査」について、過分な書評を頂戴した青山学院大学の吉村教授に感謝申し上げます。「改訂版が出ることを期待する」とのことですが、この本はかなり気合を入れないと書けませんので(笑)、また気力がみなぎった時期に検討させていただきます。
さて本論の特集内容ですが特集見出しをテーマとする八田進二教授と松尾直彦弁護士(西村あさひ)との対談、「裁判所は会計基準をどうみているのか」と題する弥永真生教授の論稿、「会計監査人の監査の方法と結果の相当性と監査役」と題する中村直人弁護士の論稿、「会計基準の法規範上の位置と基準開発」と題する西川郁生教授の論稿、「会計基準等の法規範性と会計実務家のリーガルマインド」と題する尾崎安央教授の論稿等、たいへん興味深いものばかりです。もし企業会計法にご興味がおありでしたら、ぜひとも入手され、ご一読をお勧めいたします。
ところで各論稿を拝読させていただき、三洋電機損害賠償請求事件判決(大阪地裁判決)への評価が高い、ということに気付きました。同判決は、以前、私が日本公認会計士協会近畿会・大阪弁護士会共催のシンポを企画したときも会計士サイドから「裁判所が会計処理の妥当性について過度に踏み込んでいない」として高い評価が得られていました。この三洋電機判決をもとに、①会計基準の選択、会計処理の方法等、会計基準の解釈には高い専門性、技術性が認められ、また②見積りや将来予測といった、経営者でなければ判断が容易ではない事情についても検討を要することから、経営者の判断の合理性を検討するにあたっては、経営判断原則類似の状況が認められる、という見解が主流のようです。これは会計専門職、法律家いずれにおいても意見がほぼ一致しているものと読めました。
ただ、私は拙著「不正リスク管理・有事対応~経営戦略に活かすリスクマネジメント」(有斐閣 2014年10月)の275頁以下(経営者の法的責任と「経営判断原則」~会計処理の決定)にて述べているとおり、経営者の会計基準の解釈に司法判断が及ぶかどうか、という点において、経営判断原則類似の法理が適用されるかどうかは少し別個の検討が必要ではないかと考えています。
詳しくは述べませんが(上記の「不正リスク・・・」も、経営者向けの本なので、それほど詳細に解説しているわけではありませんが)、①経営者の会計基準の選択、会計処理方針の決定は、一般の経営判断原則適用場面と異なり、構造的に利益相反状況にあること(自分に都合のよい会計基準の解釈を行う余地は十分にある)、②会計基準の解釈の妥当性は会計監査人という第三者によって審査され、意見表明がなされていること(合理性については経営者だけでなく、監査法人からも説明することができること)、③上場会社の場合には、内部統制報告制度が施行されており、財務報告の信頼性が担保されていることは経営者が保証していること、つまり、過年度決算を訂正して、内部統制も有効ではなかったと経営者が自認するのであれば(これまで間違いなく訂正されるのが実務慣行です)、経営者の会計基準の解釈の合理性も認められない(少なくとも合理性があると推定されるわけではない)と考えられること、といった理由からです。
こういった理由から、たとえば保守主義、継続性原則、単一性原則といった会計の一般原則に反する疑いのある会計基準の選択、会計処理方針が用いられているような場合には、経営者による合理的な説明が求められるのではないかと。もちろん、その司法判断のために会計士、会計学者の方々の意見書が活用されることも考えられます。いずれにしましても、「会計はむずかしい専門性の高い領域だから」「経営者による見積りや将来予測を伴う会計処理についてはビジネスの世界の判断だから」といった理由だけで、経営者による会計基準解釈の裁量の幅を広く認める・・・という考え方には、私個人としては若干違和感を覚えるところです。
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コメント
会計基準の選択、会計処理の方法等、会計基準の解釈に、経営判断原則が適用されるかについて、三洋電機判決とビックカメラの判決を比較してみることも有意義でしょう。
三洋電機の事案は、関連会社株式を減損するかについて金融商品会計基準をどのように解釈するかが問題となったのに対して、ビックカメラの事案はSPCの会計処理について、会計士協会の実務指針の解釈が問題となっています。ビックカメラの事案では、裁判所は、会計士協会の実務指針を直接判断し、会社の当初の会計処理(売買処理)は実務指針に従っており違法ではないと判断しています。会計士協会の実務指針を会計基準の下位概念とみると、実務指針は会計基準をより具体的に詳細に記述したルールであり、このようなルールがある場合には、裁判所は一定程度の裁判規範としてみていると思われますから、会計基準の選択、会計処理の方法等、会計基準の解釈に、経営判断原則が適用されるかに関するすべての事案について、三洋電機判決のように経営判断原則が適用される、とまでは言えないのではないでしょうか。
①同業他社との比較から、「慣行」を基準に判断する(長銀)
②経営判断を尊重する(三洋電機)
③会計基準、実務指針を直接解釈する(ビックカメラ)
の3類型が考えられます。
一般論でいえば、IFRSだけではなく、日本の会計基準もコンバージェンスの結果、公正価値化していることから、会計数値も経営者の見積に依拠している部分が増加し、経営者の裁量の余地が増加しています。そのため、会社と投資家との情報の非対称性が拡大していますから、エージェンシコストを削減するためには、経営者の説明責任だけではなく、会社の開示情報に信頼性を付与する仕組みとしてのガバナンスが重要となります。投資家は、経営者と直接対話できる機関投資家のような株主を除けば、経営者の情報開示の信頼性を直接知ることはできませんが、会社がどのようなガバナンス構造を持っているかが、その手掛りとなります。
日本銀行金融研究所 『企業のガバナンス構造と会計戦略および企業価値との関連性について』
http://www.imes.boj.or.jp/research/abstracts/japanese/14-J-05.html
投稿: 迷える会計士 | 2014年11月14日 (金) 21時29分
いつもありがとうございます。後半部分は私自身もまだ勉強不足のところがありますので、参考にさせていただきます。やはり会計実務の知見をさらに深めないと「狭間の問題」への言及はむずかしいですね(笑)
投稿: toshi | 2014年11月19日 (水) 01時46分