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2014年12月29日 (月)

今年もお世話になりました-年末のご挨拶

もうすでにお休みに入っている方も多いと思いますが、当事務所も29日で仕事納めです。今年は不正調査と経営者の支配権争いに関連する事件で大忙しでした。本も3冊出版しました。ちょっとストレスがたまりすぎて10月には生涯初めての入院生活を経験しました。良い事と悪い事が入り混じった1年でした。

このブログも、来年3月で10周年となります。なにか10周年記念でも・・・と思いましたが、すでに3月も予定が詰まっておりますので、ただなんとなく10周年を迎える・・・ということになりそうです。ただ、多くの方に支援していただいたからこそブログを書き続けてこられたので、感謝の気持ちを忘れないようにこれからも継続していきたいと思っています。

ここ2年ほど「内部統制に再び光が当たる年になる」と言い続け、現状はそのとおりになりました。来年はどうかといいますと、少しテーマが変わりまして、「公益の番人、市場の番人に光があたる年になる」と予想しています。アベノミクスによる第3の矢(企業の成長戦略)の真価が問われる年になりますが、各企業のROEや売上高営業利益率に注目が集まれば集まるほど、組織ぐるみの企業不祥事は間違いなく増加します(いや、急増するかもしれません)。しかし、「小さな政府」化(規制緩和)がますます進む中、投資家や消費者に自己責任を求めるには時期尚早であり、投資家や消費者のリテラシーはそれほど向上しているとは思えません。そこで、ここ2,3年ほどは、誰が(投資家や消費者のための)市場の番人、公益の番人としての役割を果たすべきか・・・ということが、ハードロー、ソフトローの世界で論じられるのではないか、と予想しています。ちなみにまるか食品さん、不二家さんの虫・カビ混入事件では「第三者機関」による調査結果が極めて重要なポイントになっています。

Img_0365_640残念ながら、5本ほど、書きたいエントリーを書けないままに年を越すことになりました。先日、講演をさせていただいた監査懇話会のことについてもお話したいと思っておりましたがそのままとなってしまいました(そういえば土曜日の朝日「法と経済のジャーナル」に監査懇話会の会長さんのインタビュー記事が掲載されていましたね。創立60周年、おめでとうございます<m(__)m>)また来年早々にでも少しずつ話題を広げていきたいと思っています。

写真は帝塚山4丁目にあるフレンチの美味しい料理です。ご存じ、リタとマッサンの舞台である帝塚山に、日曜日、妻と二人で食事に出かけました。クリスマスはずっと本業で東京出張が続きましたので、少し遅めのクリスマスディナーです(*^-^*)

来年もまたよろしくお願いいたします。どうかよいお年をお迎えくださいませ。

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2014年12月26日 (金)

木曽路社メニュー偽装事件報告書-「ないことの証明」はむずかしい

昨日(12月24日)、木曽路さんのブランド牛偽装事件に関する第三者委員会報告書が公表されました(株式会社木曽路におけるメニュー表示の適正化に関する第三者委員会報告書)。3名の第三者委員会委員ならびにアドバイザー、補助者の方々の労作であり、興味深く拝読させていただきました。

先日もブログで書かせていただきましたが、最近の第三者委員会報告書は、「ないことの証明」に苦心するものが多く、本件も「偽装が特定された3店舗以外の店舗では同様の偽装が行われていないこと」、「本件偽装が組織ぐるみで行われたものではないこと」をいかに説得的に報告できるか…という点が重要だと思われます。こういった「ないことの証明」(存在する蓋然性が低いことの証明)は、弁護士よりも会計士さんのほうが得意だと思いますので、会計不正事件ではなくても、本件のように会計士の委員の方が含まれます。委員会の調査スコープも、自ずとそのあたりに絞られます。

さて本件報告書では、「特定された3店舗以外において、同様の偽装がないこと」については社内調査の範囲をさらに深堀した調査がなされたことが示されており、牛肉の仕入管理のずさんさ、という点が強調されています。この点については委員の方々の丹念な調査内容が読み取れます(偽装を繰り返していた4人の料理長の方々はすでに社内処分も終わり、退職されてしまったようですね)。

ただ、当ブログにおけるエントリー「木曽路・メニュー偽装事件-安全よりも安心を提供すべし」で書かせていただいたとおり、「組織ぐるみで行われたものではないこと」を証明するための調査としては、私ならば別の視点から調査をしてみたいです(もちろん私個人の感想です)。同報告書では、店長の偽装への関与は認められなかったと結論付けられていますが、まずどの範囲の店長のヒアリングを行ったのか明らかにされていないので、この点を明らかにするところです。ヒアリングができなかった店長がいれば、そのことを明示したほうがよいのではないかと(たしか事件発覚後の社長会見では「偽装当時の店長のうち2名はすでに退職している」とのことでした)。現店長さんにヒアリングをしても、店長と料理長との一般的な関係についての情報を得ることはできても、事件当時の個々の関係については明らかになりません。仮に「組織ぐるみではないこと」を証明するのであれば、店長へのヒアリングが困難であったとしても、3店舗間の店長に関係性はなかったのか、大阪、神戸、刈谷店の店長の履歴程度は明らかにしたいところです。

つぎに大阪消費者センターと農水省担当者による臨店調査が7月17日に開始され、その後店舗から本部に報告がされたのが8月5日ということですから、その間2週間以上の空白があります。したがって、この調査は定例調査だったのか、それとも非定例調査だったのかという疑問が湧きます。定例であれば本部への報告に時間を要したこともわかりますが、非定例調査であればすぐに本部に連絡は行くはずです。はたして内部告発があったのか、顧客による通報があったのか、それとも定例による臨店調査によって「たまたま」発見されたのか。いずれにせよ企業の自浄能力が発揮されたのか否かを見極めるためには重要なポイントだと考えます。

また、この報告書を読んでも、料理長という立場の人たちが「牛肉偽装」に手を染める動機がよくわかりません。原価管理が優秀な料理人には賞与で反映される、ということが書かれていますが、木曽路のトップクラスの料理長(北新地店のケース)が、指揮命令系統の異なる店長の期待に応えるために偽装に手を染めるのでしょうか。今回の社内調査のように、本部が調査すればあっという間に容易に判明するような偽装を「お客様に喜んでもらうため」にやってしまうものでしょうか。さらに、そのような動機で偽装をする料理長が、北新地店に来る前の名古屋の店舗では、なぜ偽装をやっていなかったのでしょうか(むしろ、私はそっちのほうに興味があります。4人の料理長の人たちが、3店舗以外では松坂牛や佐賀牛に関する偽装をなぜ行わなかったのか、その理由を突き詰めるほうが、再発防止策を考える上でヒントになるのではないかと)。北新地店の料理長が二代続けて偽装を継続していた、という点についても、単純に「料理長に取引先との強い人脈があったので無理を聞いてもらえた」ということでは(なぜ二代目の料理長も偽装ができたのか)十分に説得力のある理由とは思えません。

仮に報告書が認定しているように、4人の料理長による単独不正によるものとするならば、今後は店長による料理長に対する監督体制を確立しなければ、いくらコンプライアンス研修をやったとしても再発を防止することは困難ではないでしょうか。経営本部から(上下関係のない)店長と料理人に別々のミッションが飛んでくるのであれば、コンプライアンスの最終責任者を決めておかないかぎり、ミッションが優先されるものと思います。

店長は「できるだけ営業に出向いて売上を伸ばすこと」、料理人は「できるだけ原価管理を徹底すること」にまい進すれば、どんなにコンプライアンス研修をやったところでコンプライアンスは「二の次」であり、秤にかけてしまいます。家族を支えなければならない社員にとって、これはやむをえないところであり、人はそんなに強い存在ではありません。社員にとって大切なのは、せめて「木曽路」の社員としての看板を背負っている8時間(24時間中)は、個々人の倫理観よりも会社の品位を優先できるだけの誇りをもてるかどうかだと思います。

私の感覚では、118店舗中わずか3店舗だけで偽装が認められたとするならば、そしてそれが技術者(本件では料理長)のみによるコンプライアンス違反ということであれば、それはむしろ上場会社としてコンプライアンス意識の高い企業であり、未然防止のための施策はこれ以上は不要ではないでしょうか。むしろ重要なのは1年半も偽装が続き、消費者センターや農水省の調査がなければ気がつかなかった本部の体質です。売上や利益が個人成績と結び付く外食の世界では、どんなにコンプライアンス研修をやったとしても不正は防げない、というところからリスク管理を見直すべきです。どうすれば不正を発見できるのか・・・という点こそ、今後の再発防止の肝心なところではないでしょうか。

以上、野次馬的に勝手に書き連ねてきましたが、私自身、木曽路の大ファンであり、両親の法事の際には親戚をたくさん連れて、いつも堺泉北店を利用させていただいています。これからも外食の雄としてのブランドを築いていただくためにも、自浄能力を十分に発揮していただきたいと願ってやみません。

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2014年12月24日 (水)

具体と抽象の狭間に横たわるコーポレートガバナンス・コードの妙味

12月17日に公表され、来年1月23日までパブコメに付されている「コーポレートガバナンス・コード原案~会社の持続的成長と中長期的な企業価値向上のために~」ですが、その原案の「経緯及び背景」に登場するのが「中長期保有を目的とした株主との関係」、「プリンシプルベース・アプローチ」、「コンプライ・オア・エクスプレイン」です。スチュワードシップ・コードでも同じく「経緯と背景」に登場しており、これらはまさに「ガバナンス改革の車の両輪」といわれる二つのコードを結び付けるキーワードです。

いろいろなところでこのガバナンス・コード(企業行動原則)に関する議論を拝聴する機会が増えましたが、企業経営者が「これはたいへんなことになった」と嘆いておられる(23日の日経新聞「一目均衡」ご参照)のは、ガバナンス・コードの「~すべきである」、「~することが望ましい」といった行動規範性ばかりに注目が集まっているからではないでしょうか。「~すべきである」か否かは、個々の企業の置かれている経営環境によって異なるのであり、それは「具体」の世界の話です。しかし二つのコードは「抽象」の世界の話です。コードの話をするときには、この「具体」の世界で話をするのか、「抽象」の世界で議論をするのか、あらかじめ決めておかないと(コードが「ひとり歩き」してしまって)会話がかみ合いません。

そもそも今回の企業統治改革は、これまでのような「仕組み」だけの問題ではなく、「目的ある対話」という時間軸を持った「運用」の問題も含まれています。企業と株主がいったい何を話せばいいのかわからないので、とりあえず「コード」を作って、時間軸を持った会話を成り立たせましょう、ということだと私は理解しています。また、個々の株主だけでは企業との力関係が均衡しないので、企業に対する投資家の対話力を増幅するために、株主どうしで連携する際の会話のテーマにもなりえる便利なツールです。

Cfduy889会話を上手に進めるためには、具体と抽象との往復運動が大切であることは、すでにいろんなところで語られていますが、左に紹介する本書はこの「具体」と「抽象」を巡る思考の活用について、非常にわかりやすく解説されていて、今回のガバナンス改革への企業対応にも役立つものと思います。まさに企業と株主との目的ある対話では、この具体の上に抽象があること、対話にはこの往復運動が求められることを認識しておくべきだと考えます。

本書はビジネス書ともいえますし、哲学書ともいえそうな一冊ですが、立場の異なる者のコミュニケーション能力を上げるためには、双方がこの具体と抽象の概念を理解することが求められるという主張には納得します。まさに今回のガバナンス改革を支える「目的ある対話」を考えるにはピッタリではないかと。

「具体と抽象-世界が変わって見える知性のしくみ」(細谷功著dZERO社 1.800円税別)

コードを「~しなければならない」と読んだり、「他社では~しているのがあたりまえ」といったことばかりにとらわれていると、コードに従うことが目的化してしまって、コードが策定された趣旨を見失ってしまいます。たしかに、ガバナンスコードには、独立社外取締役を2名以上選任すべきである(原則4-8)と記されていますが、とくに従わなくてもペナルティはありません。改善に向けた運用などが不十分であれば議決権行使による経営責任が問われる、ということです。むしろ独立社外取締役を導入しなくてもガバナンスがしっかりしている、という企業側の理由にこそ投資家が関心を寄せるのではないでしょうか。社外取締役の数の問題を具体の世界における「二者択一」の問題と捉えるのではなく、抽象の世界における「二項対立」の問題と捉えることが、まさにプリンシプルでありコンプライ・オア・エクスプレインの考え方ではないかと思いますが、いかがでしょうか。

コードはプリンシプルですから、人事・報酬・資本政策・配当政策など、およそ株主と利益相反が生じやすい課題にモニタリングが発揮できる仕組みや工夫(これこそ具体)を示すこと大切かと。条項によっては一見ルールベース・アプローチのようにも見えますが、コードの目的は「中長期的な企業価値向上」にあるのですから、株主との対話において「努力義務に優先順位をつける」ということも行われるのではないでしょうか。要は企業側から株主の資本コストを下げることに配慮している姿勢が重要だと思いますし、コードを目的化しないで個々の企業の環境に落とし込む努力をすることがまさに企業価値の向上につながるものと思います。

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2014年12月23日 (火)

日経「ビジネス弁護士ランキング(危機管理部門)」で6位になりました-御礼

毎年恒例の日経「ビジネス弁護士ランキング」が22日に公表されました。日経新聞の紙上では各部門5位までが掲載されていますが、電子版には10位までが掲載されています。朝からメッセージをいただいて初めて知りましたが、なんと当職が「危機管理部門」で6位に入っておりました。

私には組織票がありませんので、おそらく当ブログにお越しの法務担当者の方々に投票していただいたものと思います。この場を借りて御礼申し上げるとともに、皆様のおかげでランキング入りを果たしたことをご報告いたします。本当にどうもありがとうございました!

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2014年12月22日 (月)

他社の食品事故対応から学ぶ「経営に活かす不正リスクマネジメント」

12月20日土曜日の日経新聞夕刊(関西版)社会面に、椿本興業さんの幹部社員による不祥事事例が特集記事として報じられ、私のコメントも掲載していただきました。「不祥事はどこの組織でも起きる。起きることを前提とした対策を検討しなければならない」といった趣旨のコメントです。同様のコメントは、12月12日の当ブログエントリー「まるか食品事例に学ぶ食品事故の危機対応の在り方」でも述べておりますが、上記エントリーにおきまして、私は以下のように書きました。

もうひとつ、まるか食品さんがなぜ全操業を停止し、全商品を回収しなければならなかったのか、という点について考えるべき課題があります。食品事故が発生した場合を想定したリスク管理の在り方です。未然防止のための安全対策に加えて、発生時の被害を最小限度に食い止める対策を講じることで、たとえ製造過程で虫が混入していたとしても、その混入ルートを突き止められるために、「この食品ルートの○○月から○○月の分だけ回収します」といった説明が可能となります。この説明を消費者や当局が納得できれば全操業を停止する、といったことは回避できます。安心思想による危機管理が求められる時代になればなるほど、「決して起こしてはいけない」といった発想でのリスク管理だけでなく「起きたときにどうすべきか」といった発想でのリスク管理が会社を救うことを忘れてはならないと考えます。

このような危機対応の重要性を示す具体例が、先週12月18日の日経朝刊記事「食の安心・安全-企業のいま(下)」で取り上げられています。大手スーパーのイオンさんが、食の安心・安全を確保するために、直営農場を全国に整備し、生産から販売まで全工程の責任を明確にしている、との話です。この取り組みが功を奏したのは、2001年のBSE問題が発生したときだったそうで、オーストラリアのタスマニアで育てた独自の牛肉ブランドは、その飼料までも把握していたので、感染の可能性が低いことを表明でき、その結果、販売量は3倍になったことが報じられています。イオンさんの例は決して不祥事ではありませんが、有事対応に関する平時のリスク管理が経営に活かされた好例ではないかと思います。

上記日経記事では「自社農場の展開で約370人の雇用を生み出したが人件費の負担は軽くはない。それでも手を広げるのは、生産工程まで自ら管理すれば安全面に問題が起きた際にいち早く対策を打てるからだ」と説明されています。これはまさに「食品事故は必ず起きる。起きた時にどうすべきか」といった発想でリスク管理に取り組むことの大切さを示すものだと思います。

消費者に「食の安心・安全」を提供する食品メーカー、小売業、外食産業等において、今回のまるか食品さんのように「どの工程に問題があったかは不明だが、安全性に問題あることを否定できない」といった事態になれば、企業経営にとって致命的な損失が発生します。「不祥事が起きる」ことを前提に、食材のトレーサビリティや、生産工程の厳格な管理がなされることで、(100パーセントの安全を保証できるわけではありませんが)ともかく生産の全工程を停止させたり、設備を一新しなければならない、といった事態に至る可能性はかなり低いと考えます。

ただし「消費者の立場でリスク管理を考える」ということに、企業経営の側からひとつ懸念される点があります。それは品質管理部門の方々の「納得」の問題です。品質管理部門の方々は、日夜安全な商品を消費者に提供するためにプライドをもって尽力しています。しかし「安全よりも安心」を重視したリスク管理の発想は、「当社製品に欠陥が認められたわけではないけれども、その可能性があるから対応せよ」とするものです。欠陥が認められたわけでもないのに、品質に問題があるかのような経営トップの物言いは、品質管理部門の志気に影響を及ぼすことはないでしょうか。拙著「不正リスク管理・有事対応」でも述べましたが、企業はたとえ不祥事を発生させたとしても、毎日の商売は粛々と続けなければならないのです。日々の業務をこなす品質管理部門において、(責任が明確にされたわけでもないのに)急きょ対応が求められる有事対応業務にどれほど真剣に向き合うことができるか、というのはひとつの課題かと思います(この点は、私自身が会社側で対応した性能偽装事件を題材に-守秘義務に反しない範囲で-別途ご紹介したいと思います)。

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2014年12月19日 (金)

会社の有事における監査役辞任に潜むリーガルリスクにご注意!

最近は当ブログへ直接お越しの方以外にも、ヤフーニュースさん、楽天ニュースさん、ブロゴスさん、さくらフィナンシャルニュースさん、財経新聞さんなど、さまざまなメディアでエントリーを転載いただいていることから、当ブログも多くの皆様にお読みいただいているものと認識しております(どうもありがとうございます)。誤解を招く言い回しは控える等、それなりに配慮する必要もありますので、本日のエントリーは、すこし柔らかめに書かせていただきます。

最近の適時開示を読んでいたところ、ある上場会社の監査役さんの辞任に関する通知に、やや関心を抱きました。同社では、12月初旬に外部機関から会計処理に関する疑義が呈されたようで、「このままでは四半期報告が出せそうにもない」と判断して、直ちに社内調査委員会を設置することになりました。同社のA監査役さんは、その社内調査委員会の委員として会計処理の適切性を調査する任務を会社から打診されたそうです。

しかし、A監査役さんは、社内調査委員会における職務のボリュームを考慮した結果、その社内調査委員会委員としての役目を果たせないとして就任を断り、さらに監査役としての任務も全うできないとして、辞任の意思を表明し、会社もこれを受理された、とのこと(正式には受理せずとも辞任の法的効果は発生しますが)。同社リリースによれば、A監査役さんの辞任後も、同社には法定数の監査役さんは存在するので、とりあえず会計に精通した社内調査委員候補者を探す予定、とされています。

A監査役さんが辞任に至る経緯は、おそらく諸事情があり、会社も納得のうえで辞任されたものと思います。しかし、開示された情報だけでみると、私は少し危険を感じます。取締役、監査役はいつでも自由に辞任できるのが原則ですが、会社に不利な時期に辞任した取締役、監査役は債務不履行として会社に対して損害賠償責任を負う場合があるからです(江頭「株式会社法-第5版」391ページ参照)。会社役員と会社との関係は、民法の委任に関する法律関係に従うわけですが(会社法330条)、委任契約の解除を規定した民法651条2項では、当事者の一方が相手方にとって不利な時期に委任の解除をしたときは、相手方の損害を賠償しなければならない、と定められています(ただし、やむをえない事由があるときはこの限りではありません)。

同社は今まさに会計不正疑惑に直面している時期であり、これは会社にとって明らかに有事です。しかもA監査役は財務会計的知見を有する会計専門家であり、多忙であるために社内調査委員会の委員に就任できないことは致し方ないとしても、監査役としての職務を全うして、すこしでも会社の損害を防ぐために尽力しなければならないところです。いや、私の見解としては、本業が多忙であったとしても、同社の監査役としての有事の職務は、他の本業よりも最優先で取り組むことが監査役としての善管注意義務の内容になってくるのではないかと。このあたりが(一般論として考えても)有事の監査役の職務として十分に留意すべき点ではないでしょうか。本業が多忙であり、監査役職務を全うできないため、やむなく辞任する、というのは平時では当然のことかもしれませんが、有事に辞任する、という選択は職務放棄ととられかねません。

民法651条2項但書は、たしかに「やむをえない事由」がある場合には会社の損害を賠償する必要はない、と規定していますが、この「やむをえない事由」とは健康上の理由で監査役としての職務を遂行できない、職務を遂行することが、本業における職業倫理に反する、利益相反行為に該当する、といった事由であり、ここに「多忙であること」は原則として含まれないと考えるのですが、いかがでしょうか。

最近のガバナンス改革の中、上場会社には社外取締役や社外監査役の方々が増加するものと思いますが、平時であれば自由に辞任できるものも、有事となれば逃げることはできず、当該不祥事と真っ向から対峙しなければ法的責任を負う可能性が高いことを肝に銘じておくべきです。有事においては、たとえ現経営陣と意見相違が生じたとしても、安易に辞任することはリーガルリスクを背負い込むことになるものと考えます。

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2014年12月17日 (水)

王子HD社の役員人事にみる日本版スチュワードシップ・コードの課題

本日、有楽町電気ビルにおいて、実践コーポレートガバナンス研究会主催のセミナーに参加させていただき、資産運用会社ご出身の著名な方による「エンゲージメントの時代 スチュワードシップ・コードと日本における展開」という講演を拝聴してきました。機関投資家の立場で日本版スチュワードシップコードに対してどのように向き合っておられるのか、私自身も問題意識を抱いておりましたところ、歯切れの良い講演内容に、たいへん理解が深まりました。ちなみに来年2月、機関投資家の方々が集まる「投資家フォーラム」さんが東証ホールにて「模擬『株主との対話』セミナー」(正式なタイトルはわかりません・・・)を開催されるそうです。著名企業数社の方々に参加していただき、株主との目的ある対話というものはどう進めるべきなのか、ロールプレイング方式で学ぶ、というものだそうで、これはおもしろそうです。

本日の講演の中で印象に残ったのが「日本版スチュワードシップの課題」として、日米のガバナンスの在り方の相違というものでした。米国ではCEOの経営に関する支配力が絶大なので、その暴走を防ぐためには社外取締役が過半数を占める取締役会の重要性が説かれます。一方、日本では一部のワンマン経営者は存在するものの、伝統的な上場企業等では、意思決定過程が概してボトムアップであり、外からはどこで意思決定がなされているのかは非常にわかりづらい、ということでした。おもしろいのは、「日本企業では従来、組織内のステークホルダー間の相互チェックに重きを置き、内部者の関心に共鳴させることが重要」とのこと。なるほど、外からは見えづらいですが、日本企業には日本企業なりのガバナンスがあり、組織内の相互チェックということにより、企業価値向上のために管理・運営するための仕組みというものはたしかにありそうですね。

そういえば、本日(12月16日)、王子ホールディングスさんの適時開示によると、役員人事が公表されており、現経営者の方が健康上の理由により代表取締役を辞任され、今後は新しい代表取締役社長、同会長の「ふたりCEO体制」で経営に臨まれることが報じられています。また読売新聞ニュースによれば、「海外事業など、ひとりでCEOをやるのがたいへんなので二人体制にした」とのこと。「ひとりでやるのがたいへんなのでCEOを二人でやることにした」というのが外向けには納得のいく理由かどうかはわかりませんが(笑)、大型合併を繰り返してきた製紙会社の社内力学の結果とみれば、これは日本企業独特のガバナンスかもしれません。たしかに「組織内のステークホルダー間の相互チェック」が機能するはずですし、社員の関心に共鳴するものとして、今後の組織の活性化が期待できるのかもしれません。兄と弟で「ふたり代表取締役社長」という上場会社もありますので、このような体制を敷くことも意外と合理性があるように思えます。

しかし「株主との対話」が求められる昨今のコーポレートガバナンスの議論においては、結構ややこしい話ではないかな・・・と。事業の長期的なコミットメントを持つ者が組織内において誰であるかは、目的ある対話を進めたい機関投資家にとっては明確であることが必要です。この会社の事業戦略が実行されるためには、誰と対話を進めていけばよいのか、ということが外からはわかりにくいと思います。また、アドバイザリーボート型の取締役会からモニタリングボード型の取締役会への移行を目指して導入される独立社外取締役制度においても、いったい誰の業績を評価すればよいのか、とてもわかりづらいのではないでしょうか。CEO2名において、それぞれ責任分担がなされるものであったとしても、それぞれの担当分野が最終的な業績にどの程度の貢献がなされたのか、明確に区別できるものでもないように思います。

私自身は、機関投資家の受託者責任といえども、やはり短期的利益の追求によって結果を残すことこそ機関投資家の重要な業務であると考えていますので、日本版スチュワードシップコードの実効性ついては若干懐疑的ではあります。しかし、(個々の企業への対話力を強めるための)投資家集団の形成努力、アクティブファンドとパッシブファンドとの役割分担等を通じて、企業の長期的利益向上に向けて尽力している機関投資家の姿勢をお聴きして、「市場の番人」としての機関投資家の側面も重視すべきかもしれない、と認識した次第です。そうなりますと、日本企業に独特のガバナンス(社内力学に由来するガバナンス)というものが、どのように外から映るのか、今後の動向が気になってきました。

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2014年12月15日 (月)

ダイバーシティは「男の約束」を反故にできるだろうか?

本日のエントリーは、あまり真剣に考え込まずにサラっと読み流していただく程度で結構かと思います(笑)。ドイツでは上位100社の大手企業の役員について、その3割を女性で占めなければならない、といった法案が閣議決定されたそうです(日経ニュース)。そういえばコーポレートガバナンス・コード原案にも「ダイバーシティ」に関する原則条項が含まれていますね。

さて、判例時報2232号(11月1日号)に、東京の超有名ホテルの建物賃貸借に関する裁判例(東京地裁平成25年10月9日判決)が掲載されています。原告、被告とも皆様ご存じのたいへん有名な不動産会社でして、原告が事業運営に関わっているホテルも超一流の著名なホテルですが、あえてここでは名前を挙げないことにします。

ホテル事業の運営を委託している原告(建物の借主)が、(ホテル事業の業績悪化を理由に)これまでの月額6120万円ほどの賃料から同5500万円程度への減額を被告(建物の貸主)に求めていましたが、東京地裁の判決では、様々な事情を総合考慮したうえで減額を認めています。被告側は逆に、ホテルの業績は上がらなくなったことが確定したことによって契約時の約束どおり(不確定期限の到来)過去に支払いを猶予していた分を支払えと反訴を起こしていたのですが、こちらは契約締結当時の状況からみて、そのような合意は認められず、請求に理由はないとして却下されています。

ところで、これほど高額な賃料を契約内容とする賃貸借契約であり、しかも原告・被告とも大手の不動産会社であるにもかかわらず、このホテルの賃貸借契約には(驚くべきことに)契約書が作成されていませんでした。もちろんしっかりした法務部がどちらの会社にも存在することは間違いないと思いますが、この判決文には何度も「男の約束」というフレーズが登場します。そうです、これだけのラグジュアリーホテルの運営に関する賃貸借契約が、原告会社の専務、被告会社の社長との間における「男の約束」を前提に成立していたのです。

賃貸借契約書が存在しなかったので、裁判所はもろもろの間接事実から契約の成否、契約の内容を合理的に解釈して判決までこぎつけた、というものです。しかし、現実には上記のとおり、契約内容をめぐって双方一歩も譲らない裁判沙汰になってしまっているわけで(現在も控訴審係属中)、明確な合意書が存在しないことからリーガルリスクが顕在化してしまった一例かと思われます(そもそも莫大なお金が流れる契約について「契約書が存在しない」というのは会計上も問題はなかったのかどうか、疑問もありますが)。

おそらく「男の約束」が結ばれたからこそ、大きなビジネスが進捗したのかもしれません。しかし、いくら社長案件、専務案件でも、このように大規模な裁判沙汰になってしまうというのはなんとも。。。もう少し小さな日常案件であれば、どちらの会社も法務部のきちんとしたチェックが入ると思いますが、なかなか一般社員が触れることのできない聖域(ブラックボックス)がどこの企業にもありますよね。こういった聖域こそ、ダイバーシティの精神にのっとり、「男の約束」で済ませるべきか、案件が進まないかもしれないけど取締役会での十分な審議を求めるべきか、検討しなければならないかと思います。さてダイバーシティは男の約束という「世界」にどう風穴を開けることができるのでしょうか。

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2014年12月12日 (金)

まるか食品事例に学ぶ食品事故の危機管理の在り方

すでにご承知の方も多いと思いますが、まるか食品さんの製造した即席めんの中に虫が混入していたこと判明し、第三者機関による調査の結果「製造過程で混入した可能性は否定できない」との結論に達したそうです。まるか食品さんのHPによると、この結果、市場の商品を回収するだけでなく、工場操業を全面的に停止し、販売もすべて中止することを決定しました。日経ニュースによると、同社は品質管理を強化するため、生産設備の刷新や商品の改善を検討し、その投資額は数十億円にのぼる可能性があるとのこと。設備投資もさることながら、無期限の操業・販売の停止ということは、事業者にとってたいへん厳しい事態です。

拙著「不正リスク管理・有事対応」をお持ちの方は、ぜひ同書233頁以下「第4章有事対応-D顧客・消費者への対応」をご参照いただきたいのですが、近時の食品事故事例は「個別対応からレピュテーション維持へ」と危機対応の手法が変遷しています。以前であれば「虫が入ってますよ」といった苦情に対しては、喫緊の健康被害拡大のおそれがない限り、権利救済を目的とした個別対応で済ますこともできたかもしれません。しかし今回の事例のように、「ペヤングのやきそばに虫が入っていた」とSNS(今回はツイッター)で評判となり、その情報が拡散するなか、企業は社会的信用を維持するための対応が必要となります。まさに経営者による指揮命令が必要な場面となります。同書でも「対面する企業としては、公平な立場にある専門家の意見を添えるなどして対応しなければならない」と書きましたが、まるか食品さんも第三者機関により、製造過程で虫が混入した可能性を否定しようとされたものと思います。

しかし、第三者機関の回答は「否定できない」とのことで、そうなりますと商品選別に賢くなった消費者への対応は同書で述べているとおり「消費者のための」対応では済まされず、「消費者の立場で」対応することが求められます。ここが最も重要なポイントです。当ブログで何度も申し上げているように、安全思想から安心思想へ社内の常識を転換しなければなりません。「消費者のために安全な食品を作る」では消費者は納得しませんし、おそらく行政当局も納得しないと思います。なぜなら「安全」は外から見えないからです。「消費者の立場で対応する」ということは、上記まるか食品のように一旦操業を停止し、設備をとりかえて、商品も改善しなければ消費者は「ああ、今度はだいじょうぶだ」といった意識にはならないでしょう。これは大規模なリコール事件を起こした企業にとっても同様です。

さて、ここからはリスクの重大性ではなく、リスクの発生可能性(発生確率)に関する話ですが、たとえば上記まるか食品さんの事例で、被害者の方が「虫が混入していた」とツイッターで叫ぶことなく、同社の苦情窓口に問題商品を提供していただけならば、同社の対応は変わっていたでしょうか。もちろん被害者の方への個別対応は誠意を持ってなされたものと思います。しかし、それを超えて、全商品回収、操業停止、設備改善という経営判断に至っていたでしょうか。仮に被害者の方がツイッターで叫んだあと、当該問題商品を廃棄して、まるか食品さんの手元に問題商品が返却されなかったとしたらどうでしょうか。もちろん、まるか食品さんの場合には対応は同じだったと思いますが(ただし毎日新聞ニュースが報じるように、当初まるか食品さんは「製造工程で混入することは考えられない」と広報されていたことは気になりますが)、すべての事業者において性善説的に考えることはできないように思います。ただリスク管理の視点からいえることは、まるか食品さんのような対応が当たり前の時代となれば、後日、被害者の方がSNSを活用したり、苦情窓口で対応した社員が通報や告発に及ぶことによって、個別対応に終始した企業は「不祥事を隠した」と評される最悪の結果を将来する可能性が高まっている、ということです。

もうひとつ、まるか食品さんがなぜ全操業を停止し、全商品を回収しなければならなかったのか、という点について考えるべき課題があります。食品事故が発生した場合を想定したリスク管理の在り方です。未然防止のための安全対策に加えて、発生時の被害を最小限度に食い止める対策を講じることで、たとえ製造過程で虫が混入していたとしても、その混入ルートを突き止められるために、「この食品ルートの○○月から○○月の分だけ回収します」といった説明が可能となります。この説明を消費者や当局が納得できれば全操業を停止する、といったことは回避できます。安心思想による危機管理が求められる時代になればなるほど、「決して起こしてはいけない」といった発想でのリスク管理だけでなく「起きたときにどうすべきか」といった発想でのリスク管理が会社を救うことを忘れてはならないと考えます。

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2014年12月10日 (水)

エアバッグリコール問題-タカタ側の言い分を考える

年末となり、今年一番の企業不祥事に発展してしまいそうな気配が漂うタカタ社のエアバッグリコール問題。ホンダ社も日本で初めての「調査リコール」を実施することを表明していますが、あいかわらず不思議なのがタカタのCEOの方が前面に出てこないことです(アメリカで現地弁護士との対応協議はされたようですが)。自動車メーカーのトップが調査リコールを表明するに及んでも、なぜタカタのトップ(ここではCEOのことを示します)が記者会見をされないのでしょうか。コンプライアンス経営が叫ばれるご時世、私にはどうしてもわかりません。ということで、以下は私が考えた「エアバッグリコール事件に対するタカタ社の言い分」です。なおあらかじめ申し上げますが、私はとくにタカタ社を擁護するわけではありません。あくまでもタカタ社としての「正論」を推察したものです。

事実関係は今年1月23日のロイター記事「特別レポート:米国エアバック事故、優良企業に大規模リコールの代償」を参考にしています。

①そもそもタカタ社はシートベルトの製造で収益を上げていましたが、ホンダ社から「エアバックを作らないか」と持ちかけられました。タカタの先代社長は、あまりにもリスクが高いので断固拒否していましたが、ホンダ担当者が「御社の織物技術を自動車の安全性向上に活かしてほしい」との粘り強く説得したことにより、最後は決意をひるがえして「危ない橋」を渡ることにしました。このような経緯からすれば、今回はリスクが顕在化したものであり、強硬にエアバックを作ってくれと懇願したホンダ社が前面に出るのは当然ではないかと。

 

②自動車部品といっても、エアバッグは人体に触れることを前提とした部品であり、いわば自動車の車体と一体となったものです。多くの自動車部品メーカーは、人体に触れる部品は安全性を保証できないので作らないことをモットーとしています。このような大規模リコールが予想される自動車部品については、自動車メーカーの許諾も得ずにリコールの要否を判断することは自動車部品メーカーには困難ではないでしょうか。

 

③エアバッグの安全基準は他の自動車部品と比べて桁違いに厳しいものです。通常の自動車部品の故障率基準は1000分の1、ブレーキでさえも1万分の1~10万分の1。しかしエアバッグの故障率基準は100万分の1以下でなければならないとされています。しかしそうなると、どうやって強制リコールが必要となる原因の存在や機種の特定を証明するのでしょうか。走行実験や人間による検査では到底困難とホンダ社の関係者も過去に証言しています。つまり、これまでは安全基準を満たしていなかったが、交換することで安全基準を満たすようになった、ということを、安全思想に基づいて国民に説明することは困難ではないでしょうか。

④このような厳しい安全基準のためか、当局も「欠陥」を立証できるような証拠を持っているわけではなく、当局も公聴会においてこれを認めています。欠陥が認められない以上はリコールを強制されることもありません。現地の敏腕弁護士とも相談したところ、欠陥が立証できない以上制裁金を課されることもないとのこと。そうであるならばCEOが前面に出て上げ足をとられるよりも強気の姿勢で臨むべきではないでしょうか。

⑤それでも、これまでにインフレータ内のガス発生剤の成型工程が不適切、ガス発生剤の成型後の吸湿防止措置が不適切など、合計4つの原因を任意で特定し、リコールを継続してきたものであり、そのようなタカタ社の対応について米国のNHTSAは、2010年「タカタのリコールは適切」とお墨付きを与えています。したがって現在は安全だと堂々を主張しているのであり、ではなぜ米国のNHTSAは「タカタのリコールは適切と言ったのは間違いだった」とは言わないのでしょうか。

もちろん事実関係の把握が適切でないところもあるかもしれませんが、タカタ社の言い分としては以上のようなものが考えられるのではないかと。いずれにしましてもホンダの社外取締役の方がおっしゃるとおり「まずはお客様の安心を最優先で考えるべき」とのことなので(朝日新聞ニュース)、各社協調して調査リコールを進めることが大切です。拙著「不正リスク管理・有事対応」の37ページ以下でも述べましたが、リスク管理は安全思想から安心思想へと移り変わりつつあります。ただ、上記で述べたようなタカタ社の事情をよく吟味しておかないと、安易に「タカタの常識は世間の非常識」と言い放ち、企業コンプライアンスの視点からの批判を向けるには「やや情報不足」な気がいたします。

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2014年12月 9日 (火)

もう社内調査では済まされない?-不正リスク対応基準の浸透度

ひさしぶりの「不正を許さない会計監査」シリーズです。本日(12月8日)、清水建設系の日本道路さん(東証1部)が、不適切な会計処理に関する再発防止策を発表されましたが、これは先週金曜日(12月5日)にリリースされた同社不適切会計処理事件に関する第三者委員会報告書の提言を受けてのものです(「粉飾ハンター」の異名を持つあの方が委員長だったのですね)。

ある小さな出張所の元所長らが工事の損失隠ぺい等を目的として「原価付け替え」により工事原価を過少に計上し、また売上の前倒しを行っていた、というもので、建築系企業としては典型的な不正行為が行われていたものです。この報告書を眺めていると「この程度であれば社内調査委員会報告で足りるのではないか」「これは建設会社に独特の事情によるものであり、当社では特に関係はない」といった疑問や意見も湧いてきそうなところです。

ひとつの事業所の多数の社員が不正を認識しながら、誰ひとりとして通報制度を活用しなかったところに私の最大の関心がありますが、本日はそこには触れません。むしろ本日は「不正リスク対応基準が企業の不正リスクの顕在化に及ぼす影響はかなり大きなものになりつつある」といった(どこの上場会社にもあてはまる)ポイントに焦点をあてたいと思います。

たしかに今回問題とされている一事業所内の不正行為だけを取り上げれば、その事実関係を社内調査できちんと把握して会計監査人に報告すれば足り、わざわざ高い報酬を支払って第三者委員会まで設置する必要はないようにも思われます。しかし、同社ではこの5年間に同様の個別案件で担当者が懲戒相当となったものが4件ほど認められます。また2年ほど前の同種事案では、再発防止策なども検討されたようです。そこで会計監査人としては、この会社の「統制環境」を問題にします。なぜなら、ひとつひとつの不正事件は小さなものであったとしても、これを繰り返すことが「重要な虚偽表示リスクの存在を示す状況」だとみなされ、「他にも同様の不正が隠されているのではないか」との疑惑を生じさせます。ここで統制環境(全社的内部統制)がしっかりしていればよいのですが、そこに不安があれば「経営者の陳述を信用するには網羅性を判断できる証拠が必要」ということになります。

そこで、もはや社内調査委員会では対応できず、今回のようにフォレンジック部隊や多数の弁護士が1カ月間の調査を必要とするような「ないことの証明」が求められることになります。この第三者委員会報告書では、「他では同様の不正は起きていない」ということをフォレンジックや多数のヒアリングを通じてステークホルダーに説明しています。

第三者委員会の調査次第では、会計監査人の監査見逃しリスクさえ掘り起こされかねない事態ですが、それでもあえて会計監査人が「第三者委員会調査を必要とする」と会社側に要望するのは、やはり不正リスク対応基準の存在が大きいからではないでしょうか。上記第三者委員会報告書の内容も、監査基準委員会報告書240「財務諸表監査における不正」を意識した書きぶりになっているように思われます。ステークホルダーに向けて書かれたものではありますが、会計監査人の不正リスク監査を横目で見ながら・・・といったイメージがうかがえます。

このように不正リスク対応基準が監査の世界に浸透している以上、上場会社は、たとえ小さな事業者内のごく少数の社員による会計不正行為であったとしても、普段からこれを是正することに注力すべきです。単に担当者の懲戒処分で一件落着とせず、その未然防止や早期発見の具体策を運用に活かさなければ、今回の日本道路さんと同様「この不正は全社で起きているのではないか」との疑惑を抱かれ、高額な第三者委員会費用を支払うリスクが生じることになりかねません。まさに企業の「統制環境」という内部統制の「一丁目一番地」が問われることになります。

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2014年12月 8日 (月)

「攻め」のガバナンスと「守り」のガバナンスの議論はもう古い?

昨日(12月7日)発売の日経ヴェリタスでは「眠れるマネー動かすガバナンス改革」と題する特集記事が組まれていました。金融庁・東証によるガバナンス有識者会議が(本来は予備日として確保されていた)12月12日の会議をもって終了するものと思われますので、年内にはコーポレートガバナンス・コード案も公表されるのではないでしょうか(最終的には東証のコーポレートガバナンス原則との調整作業が必要になりますね)。

これでスチュワードシップ・コード(本年2月策定)とコーポレートガバナンス・コードが揃うわけでして、いよいよ来年は企業統治改革も本格化することになりますが、やはり上記ヴェリタスの特集記事では、シンクタンクの調査結果などをもとに「社外取締役の人数とROEは相関が薄い」「政府や市場はコンプライアンスの充実といった守りのガバナンスではなく、手元資金の効率的な利用といった攻めのガバナンスを求めている」といった書きぶりが目立ちます。

ただ、こういった議論は「株主との対話」といったことがガバナンスの課題として議論される以前の状況を前提としたものであり、私は少し違和感を持っています。市場で力を持っている「機関投資家」をひと括りに捉える風潮がありますが、機関投資家の方々とお話をしているとそれぞれトーンが少し違いますよね。なぜ企業統治改革に期待を寄せているかといえば、「企業統治の優れている企業に投資したい」とする人たちもいれば「企業統治に問題を抱えている企業に投資したい(対話ができる時代になったのだから、潜在的価値がありながらそれが株価に反映していない企業のビジネス改革に関与して儲けたい)」とする人たちもおられて、それぞれ「社外取締役に期待するもの」が異なります。

企業統治の仕組みを論じることがコーポレートガバナンスの話題の中心だったころであれば「社外取締役を導入すれば企業価値にどう影響するか」といった検証にも興味がありましたが、機関投資家の受託者責任、つまり安倍政権の経済戦略の下で「株主との目的ある対話」がガバナンスの議論と不可分の関係とされる現在、ガバナンスは「いかに整備するか」だけでなく「いかに運用するか」という点も関心事とされるに至りました。

したがって「良いガバナンスとは?」という前提自体から再定義する必要があります。たとえば社外取締役がどのように機能することが「よいガバナンス」になるのか、報酬や株式持ち合い解消等、どのようなポリシーを開示していれば「よいガバナンス」になるのか、そのあたりの前提を再定義しなければ(パフォーマンスとの関連において)検証してもあまり意味がないと思いますし、まさにヴェリタスの記事にもあるように「外部の声による貢献はこれから」ではないかと。

また拙著「ビジネス法務の部屋からみた会社法改正のグレーゾーン」の第1章でも書かせていただきましたが、攻めのガバナンスと守りのガバナンスは「仕組み」からみればそのような区分も可能かもしれませんが「機能」からみれば表裏一体です。そもそも社外取締役を選任したからといってコンプライアンスが充実する・・・ということ自体が幻想であることはエンロン、ワールドコム、オリンパス事件をみれば明らかです。オリンパス事件ではM&Aの財務戦略、エンロン、ワールドコム事件ではEBITDAを構成する減価償却費の解釈が問題だったわけで、いずれにせよ経営戦略を検討するなかで誰もが違和感を抱くところに声をあげなければ不正は発見できないところです。「何かおかしい」と気づくためには「攻め」も「守り」も必要なわけでして、すなわち社外取締役になられる方には、双方の能力が求められると考えるべきだと思います。

機関投資家と社外役員が直接対話をする・・・という機会がそれほど増えるとは思いませんが、ただ「社外取締役はどのような視点から重要案件に対応しているのか」といったことは説明を求められるかもしれません。実際に社外取締役を経験してみると、社内にはいたるところに「構造的な利益相反問題」が横たわっていますから、これに気づき、社外の目でどのように解釈をしているのか、そのあたりへの配慮というものは常に持ち合わせておく必要があります。私自身の意見としては、社外役員の出自がどのようなものであれ、うまく機能すれば攻めにも守りにも有用なものだと考えています。

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2014年12月 5日 (金)

監査等委員会設置会社のガバナンス(監査等委員会の位置づけ)

東証と金融庁が事務局とされるコーポレートガバナンス有識者会議がガバナンス・コードのたたき台を公表して以来、俄然、監査等委員会設置会社への移行を検討していらっしゃる上場会社が増えているようです。

東証1部上場会社において、すでに75%ほどが社外取締役を一人以上選任しているそうですが、「独立社外取締役」となりますとその数は半減します。ましてや「独立社外を2人以上選任すべき」ということになりますと、なかなか人材を探すのも苦労するところ。私も某上場会社から監査等委員会設置会社への移行に関するご相談を受けておりますが、会社側は現在いらっしゃる社外監査役さんお二人に「横滑り」で社外取締役さんになっていただくことを検討されています。

ただ、最近出版された会社法立案担当者の方々の解説本や旬刊商事法務の座談会記事などを読みますと、監査等委員である取締役の方々って、取締役人事や報酬といった監督機能への期待が極めて高いと思いませんか?いや「期待」で済むならいいですけど、善管注意義務の内容として、かなり厳しい説明責任が含まれるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。そもそもアドバイザリーボード型が主流の監査役設置会社の取締役会ではなく、社長の業績評価を中心としたモニタリングボード型の取締役会に移行する覚悟がないと、これって機能しないように思えてきました。

ところで前から少し疑問に思っていたのが「監査等委員会設置会社の取締役会と監査等委員会設置会社との関係」です。これまで出版された多くの「改正会社法解説本」では、監査等委員会は取締役会の内部機関(下部機関)であり、取締役会から独立したものではない、といった評価がなされています(私の「会社法改正のグレーゾーン」でも同じような説明をしています)。しかし、実際は以下のようなものではないかと。

Kansato001


左は指名委員会等設置会社の指名委員会等と取締役会との関係を示すものです。監査等委員会設置会社でも、同様の関係にあると説明されることが多いのですが、実は右図のように表現するのが適切ではないかと。最近出版された立案担当者の方々の解説も

このような監査等委員である取締役の位置付けに鑑みると、監査等委員会は、指名委員会等設置会社の指名委員会等とは異なり、取締役会の内部機関として位置づけることはできず、むしろ、取締役会から一定程度独立したものとして位置づけられ、監査役に類似した位置づけとなります」(「一問一答平成26年改正会社法」法務省大臣官房参事官坂本三郎編著 商事法務 48頁参照)。

と述べておられます。根拠としては、以下のような図式で表現できるのではないでしょうか。

Kansato002


たしかに監査等委員である取締役も、取締役会の構成員ですから、指名委員会等設置会社と同様な位置づけとも言えそうなのですが、やはり根拠条文等からしますと監査役類似の関係に立つとみてよいと思います(すいません「報告義務」のところは「取締役会だけでなく株主総会にも報告義務を負う」というのが正しいです。根拠条文も399条の5、同条の6ですね ちなみに報告義務を負うのは「監査等委員会」ではなく「監査等委員」です)。

取締役会と監査等委員会との位置づけを議論する実益としては、たとえば任意の指名委員会や報酬委員会を設置した場合、監査等委員の人事、報酬に関する意見陳述権との関係をどう整理するか、といったことに関わってくるように思います。また監査等委員ではない社外取締役にも利益相反審査機能が期待されるわけですが、監査等委員会(または選定監査等委員)の利益相反評価機能とどういった関係に立つのか、といった整理も必要になってくるのではないでしょうか。こういったことを考えてみると、監査役会設置会社の社外監査役さんが監査等委員会設置会社の監査等委員である社外取締役さんに就任されるとなると、やっぱり相当な覚悟が必要になるのではないかな、と思わずにはいられません。

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2014年12月 4日 (木)

海外不正リスク対応に「第三者委員会」は通用するか?

タカタ社のエアバック欠陥問題が「全米リコール対応」を余儀なくされるかどうか、たいへん大きな局面を迎えることになりました。おそらく諸事情あってタカタの創業家CEOの方は姿を見せないのだと推察しておりますが、そういった対応がかなり大きな波紋を呼んでいるようです(たとえばこちらのロイターのニュースなど)。各紙が報じるところでは、タカタ社は現行の製造過程とインフレーター(エアバッグを膨張させるガスの発生装置)の安全性につき調査を行い、その結果を報告するために第三者委員会を設置することを明らかにしたそうです。

この第三者委員会は「現時点では当社製エアバックは安心・安全」ということを証明するための調査が目的です。ただ、たとえ「現時点での安全」を証明するためであったとしても、過去の事故原因まで究明しなければ「なぜ安全なのか」は証明できないと思います。つまり、ある程度は事故が発生した過去の経緯についても調査の対象とせざるをえません。

国内で企業不祥事が発生した場合、ステークホルダーの利益保護のために第三者委員会が設置されるのはごく普通の光景になりましたが、このように海外で重大事故や企業不祥事が発生した際、第三者委員会というのはどこまで通用するものなのでしょうか?先日、ノバルティスファーマの日本法人の第三者委員会報告書について紹介しましたが、日本の第三者委員会が海外の親会社についても調査したいと頑張ったときに、当該親会社は日本の第三者委員会についてどこまで理解を示してくれるのでしょうか?このあたりが以前からどうもよくわからないところです。

2年前、東京大学で開催された法曹倫理に関する国際シンポでこの「日本の第三者委員会制度」について発表させていただく機会がありましたが※、その際、(一方当事者の利益擁護のために忠実に職務を尽くすべき)弁護士が、公正中立な第三者的な立場で公益のために活動できる、ということがなかなか海外の学者の方には理解しがたいということでした。たしかにカナダには類似の制度がありますが、委員は現役の裁判官が就任する、ということで、「弁護士が不祥事企業から報酬をもらいつつ『独立・公正』な職務などありえるのだろうか」との意見をもらいました。

※・・・ご承知のとおり、私は英語が堪能ではありませんので、立命館大学の先生に通訳をしていただきました(^^;

ということで、理念の面からも海外の企業から理解しづらい点があるかもしれませんが、さらに海外での不祥事となると、弁護士秘匿特権やワーク・プロダクトに関する障碍があります。もし調査する委員が本当に独立・公正な立場であれば、その委員に対して企業が語ったこと、語るために準備を行ったことについては証拠開示の要求に応じる義務が発生するのではないでしょうか。

仮に、社内弁護士が企業と調査委員との間に介在している場合でも、当該社内弁護士は秘密特権の主体として取り扱われるのでしょうか(たしか米国と欧州では異なる取扱だったかと)。さらに、調査対象となる社員と所属する企業との利益が常に一致するとは限らず、その場合に誰が証拠開示の同意権を有することになるのでしょうか。このあたりがクリアにならないと、タカタ社に後日襲いかかる(であろう)米国の集団訴訟や民事制裁金訴訟、自動車メーカーからの損害賠償請求訴訟等において、調査委員会が保有する資料はすべて開示の対象になってしまわないでしょうか(私は国際訴訟の経験がないだけに正確なところはご専門家の意見をいただきたいところですが・・・)。

国内の不適切会計処理疑惑が発生し、金融庁から調査が開始されたとなると、自主的に訂正すべきかどうか、その見極めのために第三者委員会の設置がとても有益です。しかし、同じようなタイミングでアメリカの行政当局から「ミスを認めるかどうか」と問われたときに、第三者委員会を設置するという手法がどこまで有益なのか、ひょっとして、調査委員がタカタ社から報酬を得ている以上、それは到底「第三者委員会」とは認められないものなのか、もう少しニュースの行方を見守りたいと思います。

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2014年12月 3日 (水)

内部通報制度の運用-パワハラの背後に企業不祥事あり

佐世保市で発生した同級生殺害事件について、事件前に加害者少女を診察した精神科医から佐世保市に届いた通報を、市が放置していた疑惑があるようです。「少女は危険な行為に及ぶかもしれない」との通報が市に届いたにもかかわらず、幹部職員が「丸投げ通報はほおっておけ」と職員に命じたため、調査はされなかったとのこと。当該幹部職員のパワハラは問題化していたようで、30日の産経新聞ニュースでは、県の有識者委員会が、「パワハラの影響があった可能性が高いというのがおおむね一致した見解」と述べているそうです(産経新聞ニュースはこちら)。

この佐世保市の事件について述べるものではありませんが、この事件のようにパワハラは背後に不正を隠しているケースがあります。中央経済社の雑誌「ビジネス法務」2012年1月号に「自社の内部通報制度改善のポイント」と題する拙稿を掲載いただきましたが、その中で私は

パワハラ通報には十分に気をつけねばならない、なぜならその背後に役職員、組織の不正が隠れていることが多いからである。つまり不正を指摘したことで村八分や個人攻撃など、当該社員にパワハラが行われる可能性があるため、時間軸をもって背後の経緯を知る努力をしなければならない

と述べました。今回の事件は「内部通報」ではなく外部通報ですが、パワハラが市側の「通報の放置」という不正疑惑を明るみに出したことになります(そもそも有識者委員会という独立公正な委員会が立ちあがったからこそ、職員から「パワハラが原因」という通報が出たようなので、やはり第三者委員会の存在意義は大きいと感じます)。パワハラかどうかの判定は、通報窓口担当者にとっても難しい作業ですが、認定作業とは別に、なぜパワハラと感じるような事件が発生したのか、その経過についても十分にヒアリングを行うことが必要です。

以前、こちらのエントリーでもパワハラ通報の取扱いのむずかしさについて論じましたが、近時とくに「匿名性の保障」という面において重大な課題だと痛感します。パワハラの背後にある不正事件を探ろうとすると、調査が本格化するにしたがって通報者の匿名性(窓口は実名を知っています)が確保できないおそれが生じます。「文句があるなら直接言えと言っていたではないか」と更にパワハラがエスカレートする可能性もあります。

私の外部窓口としての経験からいえば、パワハラを受けている社員の方々は、「タレこみ」ということよりも「誰かに相談したい」という気持ちのほうが強いわけで、まずパワハラ通報というものの「性質」を全社員に浸透させる必要があると思います。「文句を上司に直接告げること」で済む問題ではなく、自身のパワハラ被害を自分なりに消化(昇華?)するためのプロセスが必要なのであり、そのためには寄り添って真摯に相談に乗れる人が求められるのだと思います。また、これも私の経験からですが、被害者本人による通報がほぼ100%であるセクハラ通報と異なり、パワハラ通報は本人通報が50%、第三者(通常は同じ職場の同僚)によるものが50%です。したがって加害者とされる人が「タレこみやがって!」と考えるのは早計です。

本来、内部通報制度が企業に求められている趣旨とは少し離れてしまいますが、被害者にとってだけでなく、企業にとっても、加害者と言われる人にとっても有益な解決策を探るために、「人はなぜパワハラ通報をするのか」といった理由を全社員で考えることが、パワハラ通報の匿名性確保のために不可欠です。

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2014年12月 2日 (火)

IHI粉飾決算損害賠償事件判決が企業法務に及ぼす影響度

すでに新聞等でも報じられているとおり、11月27日、IHI(旧石川島播磨重工業)の工事進行基準の処理方法に関連する不適切会計処理問題について、東京地裁で会社側一部敗訴の判決が出ました(判決要旨はこちらのHPでご覧になれます)。拙ブログでも2008年ころに本件については何度か話題にさせていただきましたが、現(元)株主の方々が、金商法18条1項(発行市場規制)、同21条の2、1項(流通市場規制)に基づいてIHIに「粉飾による株価の下落」を損害として、その賠償を求めたものです。IHI側は「報告書の訂正は会計処理上の問題で、虚偽記載ではなかった」と主張しましたが、東京地裁第31民事部は「企業会計準則の裁量を逸脱していた」として、IHIは虚偽記載を行ったものと認定しました。

三洋電機事件やNOVA事件、ビックカメラ事件等の判断とは異なり、今回の判決では①金融庁の課徴金決定が出されたこと、②それ以前において社内調査でも虚偽記載の重要事実については認定していたこと、③修正額が大きく、その結果として利益が過大に計上されていたことなどを有力な根拠事実として、司法の上でも「虚偽記載あり」とされています。とりわけ先日のシャルレ事件、住友電工カルテル事件の株主代表訴訟と同じく、原告側による文書提出命令申立が認容され、金融庁の検査報告書の内容に裁判所がアクセスできた意義が大きいと思います。なお、(発行市場は法務省管轄の会社法の規制との関係もあるため)流通市場に限られますが、今年の金融商品取引法の改正によって、法人の虚偽記載民事責任は過失責任に変わりましたので(これまでは無過失責任)、今後同様の裁判が係属した場合には法人側からの「相当な注意を尽くしていたこと」の反証が主張されることも考えられます(このあたりはまた別の機会に述べたいと思います)。

損害の範囲がかなり限定されたこともあり、またIHI側にも判決に不服があると思いますので、本件は控訴される可能性が高いと予想します。ただ、逮捕者も出ておらず、またそれほど社会的に大きく報じられることもなかった、IHI社という、いわば「誠実な名門企業」による粉飾事件において、会計処理の裁量を逸脱したことによる虚偽記載あり、と認定されたことは画期的です。会計監査に携わる外部監査人や監査役の方々も、この判決の内容についてはかなり驚いておられるのではないでしょうか。金融庁(SESC)が会計処理に関する調査に乗り出してきた場合、企業側としては自主訂正によって対応することが多いでしょうし、また事実関係は社内調査委員会や第三者委員会によって積極的に調査を行い、その結果、SESCによる課徴金勧告が出された場合には争わないことが大半かと思います。しかし、そういった対応が後日の法人や役員に対する開示違反民事責任を追及する裁判において不利な事情となる・・・ということになりますと、今後の対応についても検討の余地がありそうです。

さて、ここからは私の個人的な推測にすぎませんが、本件判決で会計監査や監査役監査に与える影響もさることながら、もっとドキドキされている方々がいらっしゃるような気がします。つまりIHIと関係の深い株主の方々です。普段はIHIとお取り引きがあるために、今回の損害賠償裁判では、もちろん原告株主にはなっていません。しかし、このように一部でも原告株主側が勝訴して損害を賠償できるとの判決が出た場合、「なぜ●●社はIHI社の粉飾によって損害を受けているのに訴訟に参加しなかったのか」と当該会社の株主から質問を受けることになります。もし合理的な説明ができなければ、訴訟を提起せず、損害を放置したことについて、当該会社の役員の方々は株主代表訴訟を提起されるリスクが顕在化します。たとえ放置していたとしても、株価が回復して損害がなかったとされれば良いのですが、株式取得時期との関係で、多少なりとも損害が発生している、といった場合には「持ち合いの弊害」を突かれて株主代表訴訟リスクを負担することになります。このあたり、今後の控訴審判決の内容にもよりますが、IHIのお取引先企業の方々が、かなりドキドキされているのではないかと。

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2014年12月 1日 (月)

注目に値する第三者委員会格付け委員会のノバルティスファーマ報告書評価

私の本年度の講演を聴講いただいた皆様ならおわかりのとおり、私自身は、今年最大の企業不祥事はノバルティスファーマ、武田薬品工業、協和発酵キリン等で発生した一連の医師主導型臨床研究不正疑惑事件だと考えています。公正であるべき医師主導の臨床研究結果の世界的信用が毀損されたことは、まさに日本の貴重な資産を毀損したことになり、その名誉回復には多大な努力が求められます(ご承知のとおり、いままさに厚労省、文科省を中心に、研究不正を研究者サイドで未然防止するための施策、および研究を支援する製薬業界の自主ルールと事後規制としての厳罰ルールが検討されているところです)。

民間の団体である第三者委員会報告書格付け委員会が、その臨床研究不正疑惑事件に関する第三者委員会報告書、とりわけ「ノバルティスファーマ慢性骨髄性白血病治療薬の医師主導臨床研究であるSIGN研究に関する社外調査委員会報告書」を第3回格付け評価の対象としたことは誠に卓見であり、各委員がどのように評価をされるか、非常に楽しみにしておりました。そしてこの11月28日、評価結果が格付け委員会HPで公表されました。これも講演で何度も申し上げていますが、今年の第三者委員会報告書の中で、私はこの対象とされた報告書が最もレベルの高いものだと思いますが、各委員の評価も、(いずれもAという評価ではないものの)これまでの審査対象を比較して極めて高い評価が得られています(Cという評価の委員3名のうち2名の方は、本件第三者委員会が調査対象としているノバルティスの日本法人との関係でいえば実質的にはB、とされているので、ほとんどの委員の方の評価がBだったと言っても過言ではないと思います)。

みずほ銀行反社融資事件、そしてリソー教育不適切会計事件それぞれの第三者委員会報告書に対して、これまで誰も委員がBランクをつけておられなかったにもかかわらず、ノバルティス事件の報告書にほとんどの委員がBランクを何故つけたのか、この違いこそ企業関係者の方々に研究していただければ、と思います。(これは私の個人的な意見ですが)他社の企業不祥事から不正リスク管理を学ぶ場合、リスクの重大性にばかり目が奪われてしまい、リスクの発生可能性(はたして同種の不祥事は自社でも起きるのか)について思考が及ばないケースが目立ちます。しかし、このノバルティス第三者委員会報告書を読んだとき、私はあらためて「グローバルに競争する製薬会社であれば、どこのMR担当者でも同様の不正の芽は抱えているのではないか。トップのミッションが厳しくなったり、担当部門の業績が悪化した場合には、どこの企業でも起きるのではないか」といった思いを強くしました。なぜなら、この報告書は、製薬会社や日本の研究機関の抱える構造的な悩みや、そこで働く人たちが「背負わざるを得ない」課題にまで踏み込んでいたからです。

第三者委員会報告書、とりわけ日弁連ガイドラインに準拠することを宣明した委員会の報告書は、企業をとりまくステークホルダーの利益保護(損失の回避)のために作成されることが第一義です。公正な企業活動を企業の内外から支えるためにも、適切な原因究明と説得的かつ実現可能は再発防止策の検討は不可欠です。そのためには、丹念に調査確認した詳細な事実をもとに、深く切り込んだ原因分析が求められます。現在までのところ、今回の格付け評価については、みずほ銀行やリソー教育の報告書評価の際のような注目を受けていないように見受けられます。また、この格付け委員会の各委員の評価結果がすべての点において適切というものでもありません。しかし、個別の評価結果よりもむしろ、これまでの2回と比較して、今回の評価がなぜ高かったのか・・・、その差異に注目することこそ、各社が不祥事リスクを学ぶうえでとても大切なことではないかと思う次第です。

最後にもう一言だけ個人的な意見を言わせてもらえば、私は上記報告書を読む限り、どんなに規制当局が未然防止策を検討し、事後規制的厳罰を設定したとしても、「(ごくまじめな社員や医師が巻き込まれてしまう)構造的に利益相反状況を抱えざるを得ない医師主導型臨床研究において不正はなくならない」と確信しています。したがって「どうすれば不正を早く発見すべきか、不正が発覚した場合に研究機関や製薬会社はどう対応して最低限度の信用毀損にとどめるべきか」といった発想のリスク管理が不可欠だと確信しています。事実、すでにそのような発想でリスク管理を進め始めている製薬会社も存在します。

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