具体と抽象の狭間に横たわるコーポレートガバナンス・コードの妙味
12月17日に公表され、来年1月23日までパブコメに付されている「コーポレートガバナンス・コード原案~会社の持続的成長と中長期的な企業価値向上のために~」ですが、その原案の「経緯及び背景」に登場するのが「中長期保有を目的とした株主との関係」、「プリンシプルベース・アプローチ」、「コンプライ・オア・エクスプレイン」です。スチュワードシップ・コードでも同じく「経緯と背景」に登場しており、これらはまさに「ガバナンス改革の車の両輪」といわれる二つのコードを結び付けるキーワードです。
いろいろなところでこのガバナンス・コード(企業行動原則)に関する議論を拝聴する機会が増えましたが、企業経営者が「これはたいへんなことになった」と嘆いておられる(23日の日経新聞「一目均衡」ご参照)のは、ガバナンス・コードの「~すべきである」、「~することが望ましい」といった行動規範性ばかりに注目が集まっているからではないでしょうか。「~すべきである」か否かは、個々の企業の置かれている経営環境によって異なるのであり、それは「具体」の世界の話です。しかし二つのコードは「抽象」の世界の話です。コードの話をするときには、この「具体」の世界で話をするのか、「抽象」の世界で議論をするのか、あらかじめ決めておかないと(コードが「ひとり歩き」してしまって)会話がかみ合いません。
そもそも今回の企業統治改革は、これまでのような「仕組み」だけの問題ではなく、「目的ある対話」という時間軸を持った「運用」の問題も含まれています。企業と株主がいったい何を話せばいいのかわからないので、とりあえず「コード」を作って、時間軸を持った会話を成り立たせましょう、ということだと私は理解しています。また、個々の株主だけでは企業との力関係が均衡しないので、企業に対する投資家の対話力を増幅するために、株主どうしで連携する際の会話のテーマにもなりえる便利なツールです。
会話を上手に進めるためには、具体と抽象との往復運動が大切であることは、すでにいろんなところで語られていますが、左に紹介する本書はこの「具体」と「抽象」を巡る思考の活用について、非常にわかりやすく解説されていて、今回のガバナンス改革への企業対応にも役立つものと思います。まさに企業と株主との目的ある対話では、この具体の上に抽象があること、対話にはこの往復運動が求められることを認識しておくべきだと考えます。
本書はビジネス書ともいえますし、哲学書ともいえそうな一冊ですが、立場の異なる者のコミュニケーション能力を上げるためには、双方がこの具体と抽象の概念を理解することが求められるという主張には納得します。まさに今回のガバナンス改革を支える「目的ある対話」を考えるにはピッタリではないかと。
「具体と抽象-世界が変わって見える知性のしくみ」(細谷功著dZERO社 1.800円税別)
コードを「~しなければならない」と読んだり、「他社では~しているのがあたりまえ」といったことばかりにとらわれていると、コードに従うことが目的化してしまって、コードが策定された趣旨を見失ってしまいます。たしかに、ガバナンスコードには、独立社外取締役を2名以上選任すべきである(原則4-8)と記されていますが、とくに従わなくてもペナルティはありません。改善に向けた運用などが不十分であれば議決権行使による経営責任が問われる、ということです。むしろ独立社外取締役を導入しなくてもガバナンスがしっかりしている、という企業側の理由にこそ投資家が関心を寄せるのではないでしょうか。社外取締役の数の問題を具体の世界における「二者択一」の問題と捉えるのではなく、抽象の世界における「二項対立」の問題と捉えることが、まさにプリンシプルでありコンプライ・オア・エクスプレインの考え方ではないかと思いますが、いかがでしょうか。
コードはプリンシプルですから、人事・報酬・資本政策・配当政策など、およそ株主と利益相反が生じやすい課題にモニタリングが発揮できる仕組みや工夫(これこそ具体)を示すこと大切かと。条項によっては一見ルールベース・アプローチのようにも見えますが、コードの目的は「中長期的な企業価値向上」にあるのですから、株主との対話において「努力義務に優先順位をつける」ということも行われるのではないでしょうか。要は企業側から株主の資本コストを下げることに配慮している姿勢が重要だと思いますし、コードを目的化しないで個々の企業の環境に落とし込む努力をすることがまさに企業価値の向上につながるものと思います。
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