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2014年12月 1日 (月)

注目に値する第三者委員会格付け委員会のノバルティスファーマ報告書評価

私の本年度の講演を聴講いただいた皆様ならおわかりのとおり、私自身は、今年最大の企業不祥事はノバルティスファーマ、武田薬品工業、協和発酵キリン等で発生した一連の医師主導型臨床研究不正疑惑事件だと考えています。公正であるべき医師主導の臨床研究結果の世界的信用が毀損されたことは、まさに日本の貴重な資産を毀損したことになり、その名誉回復には多大な努力が求められます(ご承知のとおり、いままさに厚労省、文科省を中心に、研究不正を研究者サイドで未然防止するための施策、および研究を支援する製薬業界の自主ルールと事後規制としての厳罰ルールが検討されているところです)。

民間の団体である第三者委員会報告書格付け委員会が、その臨床研究不正疑惑事件に関する第三者委員会報告書、とりわけ「ノバルティスファーマ慢性骨髄性白血病治療薬の医師主導臨床研究であるSIGN研究に関する社外調査委員会報告書」を第3回格付け評価の対象としたことは誠に卓見であり、各委員がどのように評価をされるか、非常に楽しみにしておりました。そしてこの11月28日、評価結果が格付け委員会HPで公表されました。これも講演で何度も申し上げていますが、今年の第三者委員会報告書の中で、私はこの対象とされた報告書が最もレベルの高いものだと思いますが、各委員の評価も、(いずれもAという評価ではないものの)これまでの審査対象を比較して極めて高い評価が得られています(Cという評価の委員3名のうち2名の方は、本件第三者委員会が調査対象としているノバルティスの日本法人との関係でいえば実質的にはB、とされているので、ほとんどの委員の方の評価がBだったと言っても過言ではないと思います)。

みずほ銀行反社融資事件、そしてリソー教育不適切会計事件それぞれの第三者委員会報告書に対して、これまで誰も委員がBランクをつけておられなかったにもかかわらず、ノバルティス事件の報告書にほとんどの委員がBランクを何故つけたのか、この違いこそ企業関係者の方々に研究していただければ、と思います。(これは私の個人的な意見ですが)他社の企業不祥事から不正リスク管理を学ぶ場合、リスクの重大性にばかり目が奪われてしまい、リスクの発生可能性(はたして同種の不祥事は自社でも起きるのか)について思考が及ばないケースが目立ちます。しかし、このノバルティス第三者委員会報告書を読んだとき、私はあらためて「グローバルに競争する製薬会社であれば、どこのMR担当者でも同様の不正の芽は抱えているのではないか。トップのミッションが厳しくなったり、担当部門の業績が悪化した場合には、どこの企業でも起きるのではないか」といった思いを強くしました。なぜなら、この報告書は、製薬会社や日本の研究機関の抱える構造的な悩みや、そこで働く人たちが「背負わざるを得ない」課題にまで踏み込んでいたからです。

第三者委員会報告書、とりわけ日弁連ガイドラインに準拠することを宣明した委員会の報告書は、企業をとりまくステークホルダーの利益保護(損失の回避)のために作成されることが第一義です。公正な企業活動を企業の内外から支えるためにも、適切な原因究明と説得的かつ実現可能は再発防止策の検討は不可欠です。そのためには、丹念に調査確認した詳細な事実をもとに、深く切り込んだ原因分析が求められます。現在までのところ、今回の格付け評価については、みずほ銀行やリソー教育の報告書評価の際のような注目を受けていないように見受けられます。また、この格付け委員会の各委員の評価結果がすべての点において適切というものでもありません。しかし、個別の評価結果よりもむしろ、これまでの2回と比較して、今回の評価がなぜ高かったのか・・・、その差異に注目することこそ、各社が不祥事リスクを学ぶうえでとても大切なことではないかと思う次第です。

最後にもう一言だけ個人的な意見を言わせてもらえば、私は上記報告書を読む限り、どんなに規制当局が未然防止策を検討し、事後規制的厳罰を設定したとしても、「(ごくまじめな社員や医師が巻き込まれてしまう)構造的に利益相反状況を抱えざるを得ない医師主導型臨床研究において不正はなくならない」と確信しています。したがって「どうすれば不正を早く発見すべきか、不正が発覚した場合に研究機関や製薬会社はどう対応して最低限度の信用毀損にとどめるべきか」といった発想のリスク管理が不可欠だと確信しています。事実、すでにそのような発想でリスク管理を進め始めている製薬会社も存在します。

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コメント

今後、親会社の子会社監督責任が問題にされることが一般に多くなると見込まれるので、本件に関してコメントさせていただきます。格付け委員会の評価はBが多数で、Cもありますが、私は山口先生と同意見で、Bが妥当であり高く評価すべきと思います。委員長の久保利先生は親会社の監督責任が調査の対象になっていなかった点をC評価の根拠に挙げておられ、確かにその点は事実です。ただ、それが親会社の責任追及を中途半端に終わらせたとは思っていません。と言いますのも、私の外資系IT企業での勤務経験や外資系製薬企業の外部監査経験からしますと、外資系一流企業での業績追求とコンプライアンス遵守の両立要求は業績連動報酬になっていることもあり、半端ではありません。トップダウンによる予実績評価がグローバルレベルで厳格に行われる一方で、コンプライアンスのトーン・アット・トップの周知徹底もかなり厳しいものがあります。例えば、研修ビデオは上司から昇進を餌に売上粉飾の協力を社員が要請される内容ですし、コンプライアンスの宣誓書署名は社内弁護士を動員してまで、全員に例外なく行われます。内部監査部門の雇用契約やレポーティングラインは親会社直結です。不正発覚時の対応も、グローバル売上高の0.2%に相当する売上と原価の同額過大計上(つまり、利益は影響なし)がなされた不祥事の事例でさえ、アニュアルレポートにその旨が開示され、日本法人のCFOと事業部長が即時解任されました。
したがって、ノバルティスの親会社が即時処分したのは、子会社に責任を押し付けたのではなく、違反行為に対するトーン・アット・トップをグループ全体に対して、広く報知したと考えられます。不正、不祥事が繰り返される構造的要因があるならば、日本のローカルマネジメントがそのリスクを強く意識して監督、監視すべきであり、親会社はそれを厳格にモニタリングしているということです。したがって、第三者委員会が踏み込めたのも、親会社の全面支持があったものと推定されます。

投稿: 森本 親冶 | 2014年12月 1日 (月) 12時43分

森本先生、たいへん有益なご意見ありがとうございます。今後のエントリーの参考にさせていただきます。なんだか私がこのエントリーを書いた後に産経新聞や日経法務インサイドなどで本報告書が取り上げられるようになり、すこしうれしくなりました。ちなみに親会社の全面支持によって子会社不正の調査がスムーズになったのはフタバ産業の件がありましたね。海外の親会社であったとしても、この「第三者委員会制度」への理解があるかどうかが課題かと思っています。

投稿: toshi | 2014年12月10日 (水) 01時16分

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