王子HD社の役員人事にみる日本版スチュワードシップ・コードの課題
本日、有楽町電気ビルにおいて、実践コーポレートガバナンス研究会主催のセミナーに参加させていただき、資産運用会社ご出身の著名な方による「エンゲージメントの時代 スチュワードシップ・コードと日本における展開」という講演を拝聴してきました。機関投資家の立場で日本版スチュワードシップコードに対してどのように向き合っておられるのか、私自身も問題意識を抱いておりましたところ、歯切れの良い講演内容に、たいへん理解が深まりました。ちなみに来年2月、機関投資家の方々が集まる「投資家フォーラム」さんが東証ホールにて「模擬『株主との対話』セミナー」(正式なタイトルはわかりません・・・)を開催されるそうです。著名企業数社の方々に参加していただき、株主との目的ある対話というものはどう進めるべきなのか、ロールプレイング方式で学ぶ、というものだそうで、これはおもしろそうです。
本日の講演の中で印象に残ったのが「日本版スチュワードシップの課題」として、日米のガバナンスの在り方の相違というものでした。米国ではCEOの経営に関する支配力が絶大なので、その暴走を防ぐためには社外取締役が過半数を占める取締役会の重要性が説かれます。一方、日本では一部のワンマン経営者は存在するものの、伝統的な上場企業等では、意思決定過程が概してボトムアップであり、外からはどこで意思決定がなされているのかは非常にわかりづらい、ということでした。おもしろいのは、「日本企業では従来、組織内のステークホルダー間の相互チェックに重きを置き、内部者の関心に共鳴させることが重要」とのこと。なるほど、外からは見えづらいですが、日本企業には日本企業なりのガバナンスがあり、組織内の相互チェックということにより、企業価値向上のために管理・運営するための仕組みというものはたしかにありそうですね。
そういえば、本日(12月16日)、王子ホールディングスさんの適時開示によると、役員人事が公表されており、現経営者の方が健康上の理由により代表取締役を辞任され、今後は新しい代表取締役社長、同会長の「ふたりCEO体制」で経営に臨まれることが報じられています。また読売新聞ニュースによれば、「海外事業など、ひとりでCEOをやるのがたいへんなので二人体制にした」とのこと。「ひとりでやるのがたいへんなのでCEOを二人でやることにした」というのが外向けには納得のいく理由かどうかはわかりませんが(笑)、大型合併を繰り返してきた製紙会社の社内力学の結果とみれば、これは日本企業独特のガバナンスかもしれません。たしかに「組織内のステークホルダー間の相互チェック」が機能するはずですし、社員の関心に共鳴するものとして、今後の組織の活性化が期待できるのかもしれません。兄と弟で「ふたり代表取締役社長」という上場会社もありますので、このような体制を敷くことも意外と合理性があるように思えます。
しかし「株主との対話」が求められる昨今のコーポレートガバナンスの議論においては、結構ややこしい話ではないかな・・・と。事業の長期的なコミットメントを持つ者が組織内において誰であるかは、目的ある対話を進めたい機関投資家にとっては明確であることが必要です。この会社の事業戦略が実行されるためには、誰と対話を進めていけばよいのか、ということが外からはわかりにくいと思います。また、アドバイザリーボート型の取締役会からモニタリングボード型の取締役会への移行を目指して導入される独立社外取締役制度においても、いったい誰の業績を評価すればよいのか、とてもわかりづらいのではないでしょうか。CEO2名において、それぞれ責任分担がなされるものであったとしても、それぞれの担当分野が最終的な業績にどの程度の貢献がなされたのか、明確に区別できるものでもないように思います。
私自身は、機関投資家の受託者責任といえども、やはり短期的利益の追求によって結果を残すことこそ機関投資家の重要な業務であると考えていますので、日本版スチュワードシップコードの実効性ついては若干懐疑的ではあります。しかし、(個々の企業への対話力を強めるための)投資家集団の形成努力、アクティブファンドとパッシブファンドとの役割分担等を通じて、企業の長期的利益向上に向けて尽力している機関投資家の姿勢をお聴きして、「市場の番人」としての機関投資家の側面も重視すべきかもしれない、と認識した次第です。そうなりますと、日本企業に独特のガバナンス(社内力学に由来するガバナンス)というものが、どのように外から映るのか、今後の動向が気になってきました。
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