もう社内調査では済まされない?-不正リスク対応基準の浸透度
ひさしぶりの「不正を許さない会計監査」シリーズです。本日(12月8日)、清水建設系の日本道路さん(東証1部)が、不適切な会計処理に関する再発防止策を発表されましたが、これは先週金曜日(12月5日)にリリースされた同社不適切会計処理事件に関する第三者委員会報告書の提言を受けてのものです(「粉飾ハンター」の異名を持つあの方が委員長だったのですね)。
ある小さな出張所の元所長らが工事の損失隠ぺい等を目的として「原価付け替え」により工事原価を過少に計上し、また売上の前倒しを行っていた、というもので、建築系企業としては典型的な不正行為が行われていたものです。この報告書を眺めていると「この程度であれば社内調査委員会報告で足りるのではないか」「これは建設会社に独特の事情によるものであり、当社では特に関係はない」といった疑問や意見も湧いてきそうなところです。
ひとつの事業所の多数の社員が不正を認識しながら、誰ひとりとして通報制度を活用しなかったところに私の最大の関心がありますが、本日はそこには触れません。むしろ本日は「不正リスク対応基準が企業の不正リスクの顕在化に及ぼす影響はかなり大きなものになりつつある」といった(どこの上場会社にもあてはまる)ポイントに焦点をあてたいと思います。
たしかに今回問題とされている一事業所内の不正行為だけを取り上げれば、その事実関係を社内調査できちんと把握して会計監査人に報告すれば足り、わざわざ高い報酬を支払って第三者委員会まで設置する必要はないようにも思われます。しかし、同社ではこの5年間に同様の個別案件で担当者が懲戒相当となったものが4件ほど認められます。また2年ほど前の同種事案では、再発防止策なども検討されたようです。そこで会計監査人としては、この会社の「統制環境」を問題にします。なぜなら、ひとつひとつの不正事件は小さなものであったとしても、これを繰り返すことが「重要な虚偽表示リスクの存在を示す状況」だとみなされ、「他にも同様の不正が隠されているのではないか」との疑惑を生じさせます。ここで統制環境(全社的内部統制)がしっかりしていればよいのですが、そこに不安があれば「経営者の陳述を信用するには網羅性を判断できる証拠が必要」ということになります。
そこで、もはや社内調査委員会では対応できず、今回のようにフォレンジック部隊や多数の弁護士が1カ月間の調査を必要とするような「ないことの証明」が求められることになります。この第三者委員会報告書では、「他では同様の不正は起きていない」ということをフォレンジックや多数のヒアリングを通じてステークホルダーに説明しています。
第三者委員会の調査次第では、会計監査人の監査見逃しリスクさえ掘り起こされかねない事態ですが、それでもあえて会計監査人が「第三者委員会調査を必要とする」と会社側に要望するのは、やはり不正リスク対応基準の存在が大きいからではないでしょうか。上記第三者委員会報告書の内容も、監査基準委員会報告書240「財務諸表監査における不正」を意識した書きぶりになっているように思われます。ステークホルダーに向けて書かれたものではありますが、会計監査人の不正リスク監査を横目で見ながら・・・といったイメージがうかがえます。
このように不正リスク対応基準が監査の世界に浸透している以上、上場会社は、たとえ小さな事業者内のごく少数の社員による会計不正行為であったとしても、普段からこれを是正することに注力すべきです。単に担当者の懲戒処分で一件落着とせず、その未然防止や早期発見の具体策を運用に活かさなければ、今回の日本道路さんと同様「この不正は全社で起きているのではないか」との疑惑を抱かれ、高額な第三者委員会費用を支払うリスクが生じることになりかねません。まさに企業の「統制環境」という内部統制の「一丁目一番地」が問われることになります。
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