いよいよ監査等委員会設置会社に移行する上場会社が登場!
日経ニュースの記事を読むまで知りませんでしたが、1月28日、29日と相次いで監査等委員会設置会社に移行することを取締役会で決議した企業が出てきたのですね(すでに適時開示もなされています)。いずれも監査役会設置会社からの移行だと思いますが、「どこが移行第1号になるのか?」と私の周辺では話題になっておりました。
巷(ちまた)では私がネガティブキャンペーンを張っているものと噂されておりますが(笑)、いえいえ、ほんとに監査等委員会設置会社の趣旨を理解されたうえで「ガバナンス強化」を社長が決心されておられる会社であれば、素晴らしい決断だと思いますし、決して「やめたほうがいい」とは申し上げません。そもそもコーポレートガバナンスはもはや「仕組み」ではなく「運用」が評価される時代です。うまく運用されれば取締役会の権限の多くを執行者に委譲してスピード経営を実現し、企業価値向上に資する機関形態だと思います。
ただ、監査等委員である社外取締役(2名以上)の方々にとっては、これまで経験してこなかった未知の領域の職務が待っている・・・ということがなかなか興味深いところです。
監査等委員である取締役さんは、これまでの監査役さんと同じような「監査職務」(正確には監査権行使への関与)、そして取締役なので、取締役会構成員としての「監督職務」、そしてもうひとつ「監査等職務」をこなすことになります。監査等委員である取締役さんは、直接株主総会から選任されますので、指名委員会等設置会社の監査委員の方々よりも独立性が強く、またかなり責任も異なります。この「監査等職務」というのが、まさに会社法改正のグレーゾーンでありまして、社長さん達の人事や報酬について監査等委員会には意見陳述権が付与されています(ほかにも利益相反取引に対する承諾権限など特有のものがありますが、取締役会構成員としての「承諾」とはどう区別して承諾権を行使するのか、いまだによくわかりません・・・)。この指名・報酬に関する意見陳述権というのが曲者(くせもの)でして、組織的権限行使なので各委員は意見陳述権行使に「関与」することになるわけですが「権利なのだから、別に意見がなければ何も言わなくてもいいのではないか?言わないことで責任を問われることはないのでは?」とも思えます。
しかし著名な会社法学者の先生方のご意見をみると、そんな生易しいものではないようです。たとえば東大のT先生は、監査等委員会の意見陳述権の法的性格として「条文上は「意見を述べることができる」とあるので(改正法361条6項)、必ず意見を述べなければならないというわけではない。しかし、条文上、意見決定は監査等委員会の「職務」と明記されているので(法399条の2、3項3号)、この「職務」を強く読めば義務のようにも思える」(旬刊商事法務2045号18頁)と述べておられます。
また法制審議会会社法制部会長のI先生も、「意見陳述権というのは、与えられた権限である以上、適切に行使する義務もある。意見がない、というのは本来ありえないはずであり、特に意見を述べないというのは、取締役が提案した人事・報酬議案について異論がないということ。株主総会で『そこはどう考えているのか』と株主から質問があれば、監査等委員はこれに対する説明義務がある。」と述べられ、同じシンポにおいて会社法改正に携わった法務省の方も「取締役会の議論において、監査等委員である社外取締役らが人事・報酬に関する協議の中心的役割を果たすことが期待されている、という点に大きな意味があります」と語っておられます(旬刊商事法務2040号22頁以下ご参照)。
こういったご意見、ご議論に触れるにつれ、私自身「監査等委員という職務はタダモノではないぞ・・・ぶるぶる」といった気持ちになってきましたので、この機関設計は社長さんだけでなく、監査等委員である取締役に就任する方々にも並々ならぬ決意が必要なのではないか、と考えるに至ったわけです。いえ、再度申し上げますが、その決意をもって機関移行を行うのであれば(もちろん法的には株主さんが決めることですが)、これはまさにガバナンス強化への熱意が伝わってくるものであり、機関投資家からも、また議決権行使助言会社からも好感度アップとなるのではないかと思います(たしかISSさんも推奨されていましたよね)。
そして、もし(仮にですよ!)、「監査等委員会設置会社って、社外役員が節約できる上、常勤が要らないとなれば経済メリット十分。そのうえ任期2年で役員の肩たたきもせずに人事に柔軟に対応できる。おまけに独任制と言う恐ろしい制度が廃され、コンプラおたくの原理主義者を排除できる。これに乗らない手はないよね!」と思って機関移行される社長さんがいらっしゃるとしたら、正直にそう開示してくださいね(笑)。ホンネで株主と建設的に語り合うことがまさにコーポレートガバナンス・コードのいう「株主との目的ある対話」なのですから。
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コメント
いつも楽しく拝見しております。
>そもそもコーポレートガバナンスはもはや「仕組み」ではなく「運用」が評価される時代です。
まさにこれに尽きるように思います。
改正法もCGコードも、機関設計がどうだ社外取締役がこうだと仕組みの話ばかりゴリ押しされて、頭を押さえつけられて否応無くあるべき論に従わされるような昨今の会社法事情、正直なところ辟易としております。
今後、社外取締役が機能していると認められない場合は「正しい運用がされていないからだ」などと、まるで他人事のように責任転嫁されるのでしょうかね。
まあそれでも「社外取締役の人数が足りないのだ」という方向に走られるよりも遥かにマシなのですが。
投稿: 無銘 | 2015年1月30日 (金) 13時01分
御無沙汰しています。先生の最後のフレーズには思わず噴いてしまいました。監査等委員会へ移行を検討している会社の隠れたホンネが、そうでない事を祈りたいものです。ところで、早々と移行を決めたアンリツさんのケースは理由が大変分かりやすく、今後の典型例になるかも知れませんね。
今回の改革の眼目は率直に言えば、中長期的な日本の株価対策であり、その為には外人投資家に分かりやすい機関とする事、まさにそうした方向に沿ったものと思われます。今後も海外売上比率、外人持株比率が高い会社は率先して導入する可能性がありますね。ただ、そうした企業以外の会社がガバナンス強化のためと言うだけで積極的に移行する事は考えにくく、経営者へのインセンティブ(?)として経済的コスト他、隠されたメリットを提示したものではないかと言う感じが致します。そうした妥協の結果、曖昧な部分が残り、結果として監査等委員の職責が重くなっているように思われます。
やや勘ぐった見方で恐縮ですが杞憂で無いと良いのですが。
投稿: 彷徨える監査役 | 2015年1月30日 (金) 14時38分
コーポレートガバナンスの議論では社外取締役に焦点が当たり過ぎでいるように感じます。
今流行りのピケティ教授の実証研究では、米国の格差拡大の原因は、『1970 年代以降のトップ1 パーセントの最高所得の上昇の大部分は、トップ1 %の最高賃金の上昇によるものだ。』とされています。経営者報酬の決定方法に問題があり、社外取締役が十分にその機能を果たしていない例と言えるでしょう。
http://cruel.org/books/capital21c/pdf/F8.8.pdf
我が国の実際の監査役設置会社は、会社法の教科書通りのガバナンス構造ではなく、多様な形態が存在しており、指名委員会等設置会社とのハイブリッド型が特に大企業では標準と言えます。具体的には、監査役設置会社で①執行役員制度設置、取締役・執行役員一部兼任②各種委員会設置(報酬委員会を設置している会社はかなりありますが、指名委員会は少数に留まる)、委員構成は、社外取締役中心のものから社内取締役、執行役員で構成されているものまで各種ある③社外取締役は取締役会では少数派④外部有識者によるアドバイザリーボードを設置している会社もある。
一方で、最近民事再生法を申請した某航空会社のように、経営者が大株主で経営者の暴走を止めるために、社外取締役が重要な役割を果たさなければならない会社もあり(同社には社外取締役はいません)、多様なガバナンス構造を持った上場企業を一律に規制することは適当ではないと思われます。
投稿: 迷える会計士 | 2015年1月31日 (土) 16時29分
山口先生
ISSのポリシー2015http://www.issgovernance.com/file/policy/2015japanvotingguidelines-japanese.pdfの8頁では、l監査等委員会設置会社の現況分析において「指名委員会や報酬委員会を設置しない委員会型の企業統治機構は新興国を中心に普及している。」というコメントがありますが、日本のガバナンスがまだ「新興国」並みということなのでしょうか。ISSが監査等委員会設置会社を心の底から推奨しているようには思えないのですが。
また、監査等委員会設置会社に対する懐疑派の著名な方が見つかりました。ご覧いただきたく。
http://diamond.jp/articles/-/66018
投稿: Kazu | 2015年2月 2日 (月) 13時41分
初めて投稿します。内容と関係なくてすみません。
高中の後輩である先生のご活躍、いつも楽しみにしています。ブログも著書も愛読させてもらっています。今日NHKの午後6時台のニュース関西の中で大阪市交通局の監査委員?として緊張した面持ちで映ってらっしゃいましたね。市長肝いりの局長体制・態勢のどこに問題があったのでしょうか。今までの報道を見る限り私物化とは言いませんが、およそガバナンス・コンプライアンス意識の欠如が顕著であったと思われて仕方がありません。是非先生の外部監査委員?としてのお力で立て直してください。
投稿: kihan | 2015年2月 2日 (月) 20時26分