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2015年3月16日 (月)

免震偽装-守るべきステークホルダーの優先順位を考える

3月27日に予定されている定時株主総会といえば大塚家具さんが注目されていますが、もう一社、注目されるのが東洋ゴムさんの総会ではないでしょうか。すでに大きく報じられている東洋ゴムさん(子会社)の免震偽装事件ですが、発生経緯等は現在弁護士らによって調査中とのことだそうです。東洋ゴムさんの3500億円の年間売上のうち、免震事業はわずか7億円程度ということですから、やはり不祥事が企業経営に及ぼす影響は大きいことを痛感します。

本件は典型的な性能偽装(データ改ざん)事件のようですが、謝罪会見時の社長さんの発言によれば「不正行為に及んだ担当者は顧客への納期を間に合わせたいために行ったのではないか」とのこと(たとえばWSJニュースはこちら)。おそらく社長さんの推測は当たっているのではないかと(私も)思います。いわゆる「まじめな企業で発生する不祥事」の典型例です。取引先に喜んでもらいたいという気持ちで普段は仕事をしているはずで、その気持ちが有事(納期に間に合わないおそれのある状況)となればさらに強くなります。専門性の強い職場の社員であればあるほど、「たとえ行政の安全基準があったとしても、自社の安全審査を通過していれば問題ない」といった自信(過信?)が高まり、顧客の信頼を維持することがもっとも大切という倫理観が優先するようになります。

しかしこれは、東洋ゴムさんの技術社員の方が有事において守るべきステークホルダーの優先順位を誤っているものと思います。申し上げるまでもなく、まず守るべきステークホルダーは免震構造を施した建物の居住者の生命の安全です。いくら高度な技術を有する社員が「国の安全基準に達していなくても実際の免震構造には何ら問題はない」と判断していたとしても、それは国民からは見えないものであり、「基準をクリアした製品が使われているから安心」といった国民の信頼を裏切るものとなります。「今期は最高益を出したそうだが、結局のところ自社の利益のほうが国民の安心よりも大切と思っているのではないか」と批判されてもしかたないと思います。ステークホルダーへの適切な対応というのは、どこの企業でも当然に要請されるところですが、時としてステークホルダーの要望は両立しないことがあります。その際に、誰の利益を最優先とするか、その優先順位の考え方こそ当該企業の「企業倫理」であり、平素から社内に周知徹底する必要があります。

もうひとつ気になりましたのが「彼(担当社員)しか技術のことがわからず、高い専門性ゆえに上司も(性能偽装に)気づかなかった」とした社長さんの発言です(たとえば毎日新聞ニュースはこちら)。これも技術社員による不正はブラックボックスで発生するために大きな不祥事に発展してしまう場合の典型例を示すものです。しかし実際には昨年2月、つまり技術社員の職場が変わった直後に不正疑惑が判明していたようなので、決して不正チェックが困難だったというわけではなかったように思います。要はダブルチェック等の監視体制が適切にとられていたとすれば、もっと早期に不正を発見できたのではないでしょうか。前にも述べたとおり、全体の売上規模からすればわずかであり、事実上は子会社が担当している免震事業ということですから、社内におけるリスク評価としての優先順位は低かったのかもしれません。ただ発生可能性(発生確率)はいくら低いとしても、いったん発生した場合のリスクの重大性は今回のマスコミ報道のとおりです。とりわけ東洋ゴムさんは2007年にも性能偽装事件を起こしていますから、このあたりのリスクの重大性に関する「気づき」をどの程度社内で共有されていたのか、今後の調査結果に関心が寄せられるところかと思います。

関係建物の調査や修復、関係者への民事対応、そして事業再開に向けての国交省対応など、今後東洋ゴムさんが取り組むべき問題はいろいろとありますが、まずは何といっても国交省には安全を、そして国民には安心を提供することが最重要課題です。全社一丸となって安全対策の「見える化」に取り組まれることを期待しています。

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コメント

担当者が感じるプレッシャーは、作り直していたらお客様の納期に間に合わないということもあるのでしょうが、コストも倍増するわけで、事業の損益を考えたらできなかったのでしょう。10年以上も性能値をごまかさねばならなかったということは、作り直してもまた許容値を外れる可能性があったということでしょうし。本来なら製品設計や製造技術を見直すべきところ、担当者は言い出せなくて一人で抱え込んだ。言い出せなかった要因は何だったのか。この会社の主力事業はタイヤでしょうから、免震や2007年に防火認定を不正取得した断熱パネルは、傍流といえます。断熱パネルは事件後子会社に移管され、今回の免震は本体の製造部門を子会社に移管する形で、2013年に設立された子会社で製造販売していたのですね。傍流事業+子会社という、不正危険度の高いケースのようです。担当者一人に罪を負わせるのは、酷なように思いますが。

投稿: jibanyan | 2015年3月16日 (月) 13時05分

新聞を見て、典型的な「不正のトライアングル」だなと思っていたら、自分の居住する建物が該当していました。

住民目線で言えば、会社の対応は「お粗末」の一語に尽きます。再度構造計算をやり直すとか、何をウダウダ言ってるのか。責任感も当事者意識も伝わって来ません。18日に山本社長が表明した「全て交換」を最初に打ち出し、居住者には「公共施設を優先したいので、お宅様はいついつ頃になります」と説明すれば、居住者だって納得するし、企業のイメージアップに繋がったのに。

全国で55棟なんだから、そんなにスケジューリングが難しいとは思えず、要はやる気の有無なんじゃないでしょうか。

投稿: skydog | 2015年3月19日 (木) 21時40分

jibanyanさん、skydogさん、ご意見ありがとうございます。私が想像していた以上に深刻な不祥事になってきまして、実は私のよく知っている方が社外取締役なのでちょっと続編がかきづらくなってきました。なにか意見がありましたら、こちらのコメント欄で書こうかと思っています。しかし55棟のひとつに居住されているとは・・・。50億程度で処理可能ということであれば「二次不祥事」を発生させる前に対応したほうがよさそうですね。ただし国土交通省への対応を誤るとまだまだ積み増しが出るものと予想しています。

投稿: toshi | 2015年3月19日 (木) 22時40分

今朝の地元紙によると、東洋ゴムさんが御前崎市の消防庁舎の件で市役所へ謝罪に訪れ、構造計算の結果で安全性が確認できたら国土交通大臣の認定を取り直す意向を示したとのこと。分かってないですね。市の防災監が「データを改竄して国の認定を受けたものをそのまま使うのは難しい」と述べ、他社製品を含め免震装置の取り換えを求めたというのも当たり前です。

法令違反には経営判断原則が適用されないこと、有事には経営判断の裁量の幅が著しく縮まることをご理解いただかないと「二次不祥事」が発生してしまうかもしれませんね。

数年前、日本監査役協会のセミナーで葉玉匡美先生が「お役所を味方だと思っていると、ある時点で背中から弾を撃ってくる」と仰っていて、「凄いこと言うなぁ」と思いましたが、こちらも気を付けませんとね。

投稿: skydog | 2015年3月21日 (土) 09時34分

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