企業の内部統制システムの不備と法人処罰の必要性
JR西日本の福知山線事故から10年が経過しようとしている3月27日、同社歴代社長3人に対する業務上過失致死傷被告事件の控訴審判決が出ました。第一審と同様に無罪判決です。過去に何度か当ブログでも取り上げましたが、やはり経営幹部の刑事責任を問うには、過失犯としての実行行為性(予見可能性、結果回避可能性)を認定する根拠に乏しいように感じます。
ただ、3月28日の朝日新聞朝刊1面(大阪版)の記事によると、指定弁護士(強制起訴事件の検察官役)がJR西日本の安全面における管理ミスを主張したことに対して、大阪高裁は「JR西の法人としての責任を問題とする場合、指定弁護士の指摘の中には妥当なものがある。だが今回の裁判では個人の刑事責任が問われている」と述べたそうです。この判決をきっかけに、改めて(立法論ながら)法人処罰の必要性について考えるべきではないでしょうか。
現在も両罰規定をもって法人の刑事処分を問う法令は多数存在します(そもそも法人に刑事処罰を科すことができるのか、という理屈の問題もありますが、ここでは触れないことにします)。しかし、JR西の事件のように、そもそも役職員の個人責任を追及することが困難であるからこそ、法人の注意義務違反を刑事責任として追及すべき事件があるように思います。このような事件には両罰規定では対応できません。上記の大阪高裁の判断は、おそらくこのような法人に対する直接的な責任追及の困難さを示したものと思われます。
たしかに法人のどのような行為を把握して「実行行為」と論じるかはむずかしいところです。民事責任とは区別して刑事責任を問う意味は、犯罪者に道義的な非難を加えるというところにありますが、そもそも法人自体にそのような非難を加えるべき対象行為を特定することは理屈の上で障碍があるように思います。ただ、最近は組織の内部統制の不備自体が厳しい社会的非難の対象となる事例が増えています。たび重なる飲酒運転による重大事故が社会的批判の対象となり、「飲酒運転」自体への非難のレベルが上がっているのと同じように、たとえ重大な事故を発生させていない場合でも、法人に安全配慮のための内部統制構築上の不備があれば、当該法人に事業停止などの行政上の措置を科される事例もあります。いわば内部統制システムの構築は手段から目的に変わりつつあり、ここに一般予防、特別予防的見地から制裁を加えるべき「組織の構造的欠陥」を論じることはできるのではないでしょうか。
加えて刑事訴訟法改正の中に他人犯罪申告型の司法取引制度が導入されますが、これも法人自身を「被告人」に含むことで企業の自浄能力発揮に役立つものと言われています。組織の役職員に対して刑事免責を付与しながら(黙秘権を解除して)、本当の事故原因を追及し、再発防止策につなげるというために、法人の刑事責任を認めることも有効だと考えられます。国民の安全、消費者被害の未然防止のためにも法人の刑事責任を認めるべき時代が到来しているように思います。列車事故、航空機事故、高度医療センターにおける事故等、誰かひとりの過失を特定できないが、それでも組織としてルールに反する行動があったと認定できるケースこそ、刑事責任を問いうるのではないかと。
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コメント
会社法はともかくとして、刑法については素人の意見です。以前から、福知山線の事故で社長が罰せられないのはおかしいといった意見をちらほら見かけることがあり、違和感を感じておりました。小さなオーナー会社ならともかく、JR西日本の社長が福知山線にどういう安全管理の設備がなされているか、現場として遅延に関して運転手にどういう制裁が加えられているかという情報など把握できないと思っておりました。ただ、大組織の組織的暴走に対して、社長を牢に入れても被害者家族の溜飲を下げるだけの効果しかないような気がします。その点で、会社に刑事罰を適用するというのは、なるほどと思う面があります。半面、そうい部署でもなんでもない従業員まで「前科一犯の会社に勤めているんだ」という感覚を持つのもなんだかなという気もしつつ。内部統制は重要ですが、かなり現場に近い部分でのコントロールまで対象に仕切れるだろうか、そこのすべてが社長の責任というものでもないような気がしつつ、誰も悪くないというのもおかしいだろうという気持ちで悩ましいですね。
投稿: ひろ | 2015年3月30日 (月) 09時06分
責任の所在が曖昧であるために、社長など経営陣が刑事責任を問われないとすれば、あえて適切な内部統制を構築せずに、社長にまで情報が届かないようなシステムにしておき、責任の所在を明確化しないほうが保身の面では有利なんじゃないですかね?
大事故が起こったとき、問答無用で社長を刑務所送りにする制度にしておけば、サラリーマン社長は必死になって問題の芽を未然に摘み取ろうと努力すると思うんですけどねぇ。
投稿: 匿名 | 2015年3月30日 (月) 16時19分
匿名さんの考え方もわかる気もします。しかし、そうなるとサラリーマン社長は、業績よりも自分の身の安全のための内部統制に注力するようになりそうで、そういう会社に勤務する人もかわいそうな気がします。金商法や独占禁止法などの界隈での課徴金みたいなのは、刑事罰への代替品として手ごろだなと思ったりします(すみません、課徴金制度の法律的位置づけのようなものはわかっていません)。というのは、業績を気にして、安全対策を怠ったりすると、いざ事故が起きた時に、その一番大事な業績が落ちてしまう。そうすると、事故=業績低下を防ぐ対策費と事故が起きる確率との兼ね合いを吟味しながら会社の体制を考えるようになるのではないかと思うのですが。となれば、法人に刑事罰を適用するなら社長の懲役とかよりは、法人への罰金がよいのかなと思います。
というのは一般人の発想なので、ぜひ、企業を取り巻く法律を取り扱う法曹人の間で検討をしていただくことをお願いしたいと思います。
投稿: ひろ | 2015年3月31日 (火) 08時57分
法人に対する罰金・課徴金の類は大企業の役員には効果ないと思いますよ。
それが、役員への損害賠償につながるかと言えば、難しいんじゃないかな?役員保険でバッチリ保護されてますし、彼らの懐は痛みません。
業績はともかくとして、大事故が起こったら役員が刑務所入りとなれば、もうちょっと真面目に安全対策するでしょう。安全を無視してまで業績を追う必要は無いですし、安全対策分のコストなんて企業規模からすれば微々たる物です。
特に、鉄道・電力・道路・自動車などのインフラ関係は、起こる確率との兼ね合いで安全対策をするのではなく、絶対に事故を起こさないぐらいの意気込みで対策してほしいですね。
投稿: 匿名 | 2015年4月 1日 (水) 00時59分
初めまして。
調べ物をしていて、ここにたどり着きまして。
さて、この問題――実は、「事故の処理の問題」だけでは、"解決"には向かわない――と感じています。
この事件。
「JR西日本が、何故利益優先に走ったか」の問題があり、そこを突き詰めるべきなのですが。
実は、JR西日本は赤字ローカル線が多く、関西圏や山陽新幹線の収益を北陸&山陰に喰われる――と言われています。
でもそれは、地方程進む車社会化で鉄道の乗客が減り、その存在意義が失われてる問題でもあります。
生活路線として公共性を求められ「地域の為に、鉄道が必要」と言いながら、実情は車社会化で地元の人程鉄道に乗らないのは、矛盾では?
JR西日本の経営姿勢の背景を突き詰めれば、そんな"鉄道の存在意義の喪失"に対する"鉄道会社の被害者感情"の問題でもある為ではないでしょうか?
これはATSに関しても同じで、固定資産税&減価償却の問題が複雑に絡む事も、話を拗らせたと思う。
だからこそ、地方ローカル線の運営に対し、赤字が"公益性"を持つ場合、税制上の"経費"としてある程度認められるように改正するなど、もっと会計上の配慮がなされるべきと思う。
更に言うなら、「地方の鉄道の、利用回復」も必要になると思います。
"具体的な活用例"として、福岡県は筑後に在る甘木鉄道が参考になるでしょうね。
積極的な増便や、小郡駅の移転による西鉄天神大牟田線との接続改善。
大板井(おいたい)駅に隣接する大分自動車道高速小郡大板井バス停での接続改善に、更に甘木・太刀洗・山隈など主要駅で自家用車と乗り換える駐車場を設けたパーク&ライドを実施しています。
これらが功を奏し、ほぼ毎年黒字を計上しています。
でも、匿名さんのように、
> 鉄道・電力・道路・自動車などのインフラ関係は、
> 起こる確率との兼ね合いで安全対策をするのではなく、
> 絶対に事故を起こさないぐらいの意気込みで対策してほしいですね。
……と、"頭ごなし"で批判をするから、"実態"が解決される機会に中々到達しない――と、感じます。
しかも、こうえ言う人たちは、交通機関のあり方に対しても関心を向けないし。
地方の鉄道は、沿線人口の少なさと地方程進む車社会化で打撃を受けてる側面もある――と先に書きましたが、実は、車社会化は都市部でも進み、路線バスの存続問題に発展しているケースもあります。
更に、都市部は元々交通量も多く、道路渋滞まで引き起こすにも関わらず、"道路渋滞の解決=道路整備"の発想が続いています。
その為、主要駅での鉄道と自家用車との乗り継ぎ策であるパーク&ライドの整備に中々進みません。
ローカル線の問題は、その延長線で起きた事でもあるんですね。
匿名さんの発想からは"道路渋滞の解決=道路整備"が見えてきます。
"法の裁き"から問うのは大事ですが、反面、こういった側面も持ち合わせるため、もっと"多面的"に考えて欲しいですね。
投稿: Masaya | 2015年8月10日 (月) 12時51分