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2015年4月28日 (火)

ステークホルダーが真剣に悩む景表法コンプライアンスリスク

断熱効果をうたう窓用フィルムの表示に根拠がないとして、消費者庁は2月27日、あるメーカーとその子会社の販売会社に対し、景品表示法違反(優良誤認)で再発防止などを求める措置命令を出しました。これに対してメーカー側は命令を不服として、国を相手に措置命令の取消しと損害賠償を求める訴訟を提起し、併せて措置命令の執行停止申立てを行いました。そして、4月20日付けで、東京地方裁判所より措置命令の執行停止の決定がなされたそうです。つまり、地裁は決定で、命令の正当性については判断しないまま、「申立人の重大な損害を避けるため、緊急の必要がある」として、取消し訴訟の一審判決が出るまで命令の効力を停止したことになります。

従業員30人の企業が消費者庁を相手に裁判で真っ向から対決するというのは「闘うコンプライアンス」の典型であり、これまで商品の価値に喜んでいただいた消費者の方々のためにも、断熱効果があることをきちんと証明していくべき責任があります。コンプライアンス経営のためにあえて行政を相手に闘うことにも正当性があります。また、消費者庁から質問状を受領して以来1年半もの間、消費者庁に全面的に協力しながら実証作業を行ってきたメーカー側の姿勢なども、この執行停止という裁判所の判断に影響を及ぼしているのかもしれません。ちなみに損害賠償請求額である3億円は、(このたびの措置命令によって)取引先からの納品キャンセルによる損失だそうです。

景表法違反を争う裁判が継続する間、その宣伝を継続してもよい、というのは企業にとってはありがたい一方で、悩ましいのが断熱フィルムを仕入れて販売する小売業者ではないでしょうか。上記メーカーの専務さんが記者会見で述べておられるように、消費者庁から措置命令の対象となった商品については納品がキャンセルされたそうですから、すでに仕入れた商品は売り場から撤去される可能性もあります。たとえ断熱フィルムが売れ筋商品だとしても、小売業者としては売りたいけれども売れないということになります。そうなりますと、いくら製造会社が宣伝を継続できたとしても、自社で販売する以外に方法がないため、製造会社は裁判が長期化すればするほど打撃を受けることになります。こういったことがあるため、そもそも製造会社は(泣く泣く)消費者庁の措置命令に従った行動を余儀なくされるというのがこれまでの実情のようです。

では今回のように(判決が下りるまでの間)宣伝を継続してもよいとされた場合、はたして小売業者はこれまでどおりに断熱フィルムを仕入れて販売も継続すべきでしょうか。これはメーカーを取り巻くステークホルダーにとっては極めて悩ましいと思われます。コンプライアンス経営(社会の要請への適切な対応を重視する経営)という視点からみた場合には、消費者庁から措置命令は出されたけれども、裁判所が宣伝をしてもよいとお墨付きを与えたのだから(裁判所の最終判断が出るまで)小売業者としては販売を継続してもよいはずです(いや、むしろ裁判所の執行停止命令の趣旨からすれば、これまで通りに取引を継続すべきともいえます)。

しかし法的視点からみた場合、表示に優良誤認のおそれがある商品について、そのような疑惑があることを知りながらあえて店舗で販売に関与するとなると、これは景表法上の「事業者」として、景表法規制の主体として扱われることはないでしょうか。つまりメーカー側が敗訴した場合、小売業者も表示の適正性について関与した者と法的に評価されるか否か、という問題です。たとえ小売業者が景表法上の「事業者」に該当しないとしても、そのような商品を消費者に販売することの違法性からみて、たとえば売買の無効を消費者側から主張されて返品に応じなければならない、といったことも考えなければなりません。このあたりは極めて難しい問題ですが、後日裁判において措置命令が有効であると判断された場合、小売業者と消費者との民事的な紛争リスクは否定できないように思われます。

機能性表示に関する制度が4月1日から施行されましたが、こちらは届出制ということで、かなり性善説に立った運用が予想されます。仮に消費者に迷惑をかけてしまうような業者が現れたとしても、その機能性表示に問題があるとすれば、消費者庁側が立証責任を負うことになります。そうなりますと、今回のような消費者庁と事業者との訴訟がさらに増え続けるのではないかと。そうなりますと、今後さらに小売業者(販売者)の有事対応が問題となることも予想されます。平時から個々の小売業者もしくは事業者団体において、このように製造会社が裁判で争ったケースにどのように対応するか、検討を要するものと思われます。

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2015年4月27日 (月)

東洋ゴム免震不正事件-空白の3か月に何が起きたのか?

東洋ゴムさんの免震不正事件について、24日に外部調査委員会中間報告要旨が公表されました。25日の読売新聞朝刊(10面)に私のコメントも出ましたが、このコメントは3月の取材の際に述べたものです。報告要旨を読みますと、コメントで述べていたことが当たっていたようでして、部下から経営幹部に対しては「東日本大震災でもなんら問題なかった」「影響は軽微であり限定的」「計算方法を変えれば許容範囲に収まり、補正可能」といった社内報告が上げられていたそうです。

企業不祥事対応を支援する弁護士からすれば、このような報告内容になるのは(有事としては)当然だと思いますし、なにも東洋ゴムさん固有の大問題ではありません。社員のみなさんは、自分や自分の家族が大切です。自分が責任をとらされるような問題が発生したときに、上司に対して「これはたいしたことではありません。私の責任でなんとか対処しますから心配しないでください」と報告したくなります。よく情報共有のための報告体制の重要性が指摘されますが、いくら報告体制を整備しても、上司のほうが受け身のままでは「現場で起きていること」が正確に報告されることはほぼ不可能です。

研修を何度も行い「ステークホルダーの生命や身体の安全を第一に考えよ」と言われても、社員は本当にそのとおり動けるでしょうか。みなさん技術に詳しい方なので、たとえ国の基準を逸脱したからといっても建物の安全性が直ちになくなってしまうわけではないと理解しているわけです。したがって「ばれないのであればこのまま隠ぺいしてもよいのでは」といった楽観的なバイアスにとりつかれてしまうかもしれません。不祥事は起こしてはいけない、といった気持ちが強い組織であればあるほど、報告を聞くほうも、報告をするほうもこのバイアスにとりつかれます。

ただ、そのようなバイアスに関係者がとりつかれていたとしても、社外的に許容されるわけではありません。ここからは企業不祥事のなかで、回避可能であるからこそもっともやってはいけない「二次不祥事」の問題となります。不祥事が、いわゆる「組織ぐるみ」「経営者関与」と社会的に評価されてしまうかどうか、という問題です。報告書要旨では、昨年9月に法律事務所の相談し、その結果として国交省への報告を準備します。しかし、他の計算方法で補正することができるという社内報告により、いったんは報告することを撤回し、出荷を継続します。その後、10月末には結局のところ既に設置済の免震ゴムの測定値補正は困難という結論に至ったようです。

ところで、この「補正は困難」と経営幹部が知った10月末から、再度別の法律事務所に相談して国交省への報告を決めた(腹をくくった)2月までの3か月間、いったい東洋ゴムの上層部では何が起きていたのでしょうか。わかっているのはこの3か月の間に社長交代があったことと、1月30日に確定的にデータの補正が困難との報告が上層部にされたことです。しかし、少なくとも10月末には(上層部において)有事に至っていたことは想像に難くないところなので、なぜ別の法律事務所に相談するまで出荷を停止せず3か月も経過していたのか、そのあたりが報告書要旨を読んでも明らかにはなりません。かりに1月末までデータ補正の可能性があるとの認識を持っていたとしても、国交省への報告を止めておくことの理由にはなっても出荷を継続する理由にはならないように思えます。

免震ゴムには構造的に2種類ありますが、いずれにおいてもゴムの成分配合は非常に微妙なものです。また、建物ごとのオーダーメイドなので、たとえ大手のブリヂストンさんの緊急支援を仰ぐとしても、今後の交換作業には多大な時間を要します。したがいまして、まずは国民の生命の安全確保のための作業が第一の優先事項ではありますが、やはり東洋ゴムさんの組織としての構造的な問題を探るためには、どうしてもこの「空白の3か月」については知りたいところです。東洋ゴムさんが「自浄能力を発揮した」と社会的な評価を受けるためにも、また今後の自律的な修復対応への社会的信頼向上のためにも、このあたりが明らかにされるべきではないかと。

25日の読売新聞が報じるところでは、この外部調査委員会報告については会社側が一部納得できない意向を表明されていますし、また国交省が設置した第三者委員会の調査も今後は始まりますので、まだまだ事実関係が明らかになる部分も多いと思われます。売上3500億のうち、わずか7億円の売上にすぎない部門での不正、しかも子会社の課長クラスの偽装問題が、なぜグローバル企業を揺るがす事態に発展してしまったのか、私は個々の役職員の責任よりも、どこの企業でも発生しかねない構造的欠陥に光をあてながら検証されることを望みます。

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2015年4月23日 (木)

議決権行使基準の厳格化は「株主との対話」を促進させる

昨日(4月21日)日弁連ホールにおいて「社外取締役に対する期待と『社外取締役ガイドライン』を活用した職務執行」と題するイベントが開催され、私は(基調講演ではなく)パネルディスカッションのほうに登壇させていただきました。パネリストとしてご一緒させていただいた大和住銀投信投資顧問(株)執行役員の藏本祐嗣氏のご発言は、上場会社が現時点にコーポレートガバナンス・コードへの対応を考えるにあたり、とても有益な内容だったので、私も非常に勉強になりました。やっぱり運用会社が企業の中長期成長のためにどこに着目しているのかを知ることは大切ですね。

ところで藏本氏がパネルディスカッションの冒頭「山口先生のブログで以前、私どもの会社の議決権行使基準を紹介していただき、高い評価をいただいた。先日の打ち合わせの際、そのことを山口先生にお伝えしたところ、完全に忘れておられたようで、たいへんショックを受けた(笑)」と発言されました。昨夜、ブログを調べてみたところ、こちらのエントリー「投資運用会社の議決権行使ガイドラインにみる独立役員への期待」(2010年9月21日)だったのですね。たいへん失礼をいたしました<m(__)m>。昨日、大和住銀さんの最新の議決権行使ガイドラインが参考書類として配布されており、それに目を通しながら「いや、なかなか興味深いなあ」と感じておりましたが、すでに5年ほど前に同様の意見をブログで書いておりました。この過去のエントリーを読み直してみますと、昨日藏本さんが発言されていた内容は、まったく(このブログの内容と)ブレがなかったと感じました。

ディスカッションの後半、会場からのご質問で「顧問弁護士の『社外性』要件該当性」というものがありまして、私は(日弁連主催シンポということからということもないのですが)、見た目と実質面を分けてお答えしたのですが、藏本氏は「原則ダメです。ただ、全部ダメというわけではなく、きちんと説明をして、その理由に合理性があると判断すれば承認する、ということもありえます」と回答されました。(おまえ、5年前のブログで同じこと書いとるやないか!)と怒られそうですが、なるほど議決権行使ガイドラインと「株主との対話」とが、このような形で関連するのかと納得いたしました。最近は大手保険会社の議決権行使ガイドラインが厳格化していると報じられていますが、これがどのように株主との対話重視につながるかといえば、藏本氏がおっしゃるように、「原則ダメ」という看板を掲げておいて、対話の回数を増やすとか、対話の内容を高度なものにする、といった方向性をもたせるわけですね。保険会社さんというと、どうしても「政策保有株式」のことが気になっておりましたが、単なるアリバイ工作ではなく(失礼しました)、真剣に対話を促進させようとのお気持ちから、ということだと思います。

さて、コーポレートガバナンス・コードといえば、その実効性担保は株主との対話によるものであり(東証ルールもありますが、その実効性担保は例外的)、ソフトローといわれる所以であります。しかし本当にソフトローで済むのか、会社や取締役の法的責任とは関係ないのか、というと、そんなことはないのでは?と(最近)思うようになりました。そのあたりを、また二つのエントリーで述べていきたいと思います(たぶん、来週くらいです)。

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2015年4月20日 (月)

企業秘密侵害事件にみるコンプライアンス・プログラムの重要性

家電量販店大手のエディオンの元課長が上新電機社員に転じてから、エディオンの営業情報を不正に取得したとして不正競争防止法違反容疑で逮捕起訴されています。この事件において、大阪府警は、法人である上新電機についても、不正競争防止法上の両罰規定により、同法違反容疑で書類送検したことが報じられています(たとえば 毎日新聞ニュースはこちら)。「書類送検」なので、実際に起訴するか不起訴とするかは検察の判断次第かと思いますが、不正競争防止法違反によって法人自身が書類送検されることは極めて異例(もしくは初めて?)です。

法人を起訴する根拠は不正競争防止法22条1項(21条1項1号で規定されている営業秘密侵害者の雇用主の処罰に関する規定)です。同条では、他人の営業秘密の不正取得者が「その法人の業務に関し」不正取得を行ったことが両罰規定の構成要件とされており、本事件ではエディオン元課長が「(入手しようとした情報は)上新で役に立つと思ったから」と供述しているために、この「その法人の業務に関し」といった要件を満たすと府警側が判断したものと思われます。

もちろん法人に刑事罰(平成10年の法改正以降、3億円以下の罰金に引き上げ)が科せされるわけですから、法人側に過失が認められなければなりません。ただ、両罰規定における法人側の過失は使用者が犯罪を実行した場合には推定されるものと理解されていますので(最判昭和40年3月26日刑集19巻2号83頁以下)、法人側としては、社員に対する監督上の注意義務を怠っていなかったことを立証しなければならないことになります。このたびの事件において、上新側は「会社として情報の不正取得を依頼したことも利用したこともない」とコメントされていますが(上記毎日新聞ニュース参照)、それだけでは免責理由としては足りず、不正競争防止法違反行為を防止するための内部統制システムの整備・運用についての具体的な履行についての立証が必要になります。

ちなみに、不正競争防止法違反(営業秘密不正取得)に関する法人処罰については、社員が起訴された場合だけでなく、社員が不起訴とされた場合であっても法人のみ起訴されることはありえますので、法人自身が内部統制システムを整備するインセンティブは高いはずです。

Naibaswこれまで「コンプライアンス・プログラム」といえば海外カルテル事件等において、量刑評価の対象とされてきたことは有名なので、自動車部品メーカーや製薬会社などではすでに真剣に導入している企業が多いはずです。また日本の独禁法がリニエンシー制度を導入したことにより、プログラム自体への関心も高まりつつあるように思います。

もちろんプログラム実施の本当の目的は重大犯罪を未然に防止することであり、内部統制システムの構築はその手段いえます。しかし、「どんな企業においても社員の不正をすべて止めることはできない。不正が発生したときに、どうやって企業の損害を最小限度の抑えることが大切」だと考えるのであれば、内部統制システムの構築は、(量刑判断や起訴判断など)他人から評価の対象とされるという意味において重要であり、まさに内部統制のシステム構築が目的化しているものとも考えられます。

このたびの上新電機の件のように、法人処罰に「両罰規定」の適用が真剣に検討されるようになりますと、内部統制システムの構築は不起訴処分とされるための有力な証拠になります。また、不正が組織ぐるみでないこと、経営幹部が関与したものではないことを社会に説明するための重要な資料になります。営業秘密保護の重要性が社会的に高まる中、まさにコンプライアンス・プログラムは、自動車部品会社や製薬会社だけでなく、同業他社の営業秘密侵害リスクを抱える多くの企業において自発的に策定する必要があります。

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2015年4月15日 (水)

 企業の法務担当者は「コーポレートガバナンス・コード」がお嫌い?

4785722609拙ブログを愛読いただいている方々ならばよくご存じのISS(米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ 議決権行使助言会社)日本支局で議案の分析を統括していらっしゃる石田猛行氏編著による新刊書です。編著とありますが、ほとんどが石田氏ご自身による著作だと思われます。ただしISS Japanとしての団体の意見ではなく、石田氏個人の長年にわたる議決権行使助言の経験に基づく意見として述べられています。「日本企業の招集通知とガバナンス」(商事法務 石田猛行編著 3,400円税別)

ひさびさに心躍る一冊です。ひょっとすると、旬刊商事法務の座談会記事や委員をされている経産省の検討会のご意見等をきちんとトレースしていれば石田氏の意見を把握できるのかもしれませんが、普段そこまでフォローしておりませんでしたので、本書で書かれていることは新鮮でとてもおもしろい。総会準備の時期を狙って、株主総会招集通知の正しい書き方を学ぶ・・・といった「ひな型」提案の本ではなく、むしろ招集通知を分析する海外機関投資家の視点から、近時話題となっているコーポレートガバナンス上の諸課題について石田氏の見解が、かなりメリハリが効いた形で展開されています。

剰余金処分や取締役会の責務、社外取締役・監査役選任、報酬関連等、機関投資家としてどのような開示を求めているのか、そもそもの考え方にさかのぼって各企業に期待される招集通知の開示の在り方を追求しておられます。株主とのエンゲージメントの手法、社外取締役と企業のパフォーマンスとの関係、ダイバーシティ、日本企業のガバナンスの隠れた課題など、さすが長年、いろいろなところで揉まれてきた(?)方だけあって、「なるほど!」と唸る考え方が示されていて痛快な思いです。「なぜ監査役選任議案に反対票が集まりやすいのか」といったお話も、なるほど拝読してよくわかりました。買収防衛策における独立委員会というものも、法務からの視点と投資家からの視点ではこうも違うものか、と改めて痛感します。

とりわけおもしろいのが「投資家の視点と法務の視点」。招集通知(参考書類)の抽象化と通知発送の早期化問題について「法務の考え方」が取り仕切っているために投資家の「あるべき招集通知」が実現されていない、今後の法務に期待する、とのご意見です。また取締役の報酬議案の上程理由についても法務と投資家は視点が対立することが詳述されています。詳細な開示を求める投資家と「書きすぎることによる法務リスク」にこだわる法務担当者という構図は、これまであまりクローズアップされてこなかったのではないでしょうか。石田氏が直接言及しておられるわけではありませんが、6月1日から適用が開始されるコーポレートガバナンス・コードについても、「コンプライ」することを最優先に考え、エクスプレイン(説明)するとなると、いろいろと開示しなければならないので、法務担当者としてはなるべく「コンプライ」で済ませたい、という発想になってしまうのではないでしょうかね?(これは私自身の単なる推測ですが)

このたびの会社法改正における「内部統制システムの一部改正」に関しても、基本方針を具体的かつ詳細に開示しようとしますと、「仕組みや運用について、もし対応が不十分だとしたら内部統制システム構築義務違反に問われるリスクが高い」として、なるべく抽象的な書きぶりに修正されてしまうところもあるように聞いています。開示によってガバナンスの改革を図る・・・という最近のプリンシプルベースでの規制については、このように投資家と法務担当者との対立の構図が浮き彫りになってくるのかもしれません。いや、これは実に興味深い点ですし、最近のコンプライアンス経営の発想(法令に違反していなくても、社会の要請に反していれば企業価値が毀損される、といった発想)にもよく似たところがあります。

上場会社の記載例なども豊富なのですが、その記載例に関しては、石田氏が(けっして批判するというものではなく)個別に(機関投資家側からの)コメントを付しておられます。最近、スチュワードシップ・コード遵守を宣言しておられる某ファンドさんから硬軟両面からツッコミを入れられている某社(東証1部)の記載事例などにも「この開示内容ではやや具体性に欠ける」と言及されていますが、「そもそも会計帳簿閲覧請求の仮処分や本訴請求のリスクを未然に解消するためにも投資家視線が法務にも必要なのではないか・・・」と(石田氏のコメントを眺めながら)感じておりました(そういえばソフトロー違反が司法判断に及ぼす影響といったことは、これまであまり法律関係者の間でも議論されていませんよね)。法務担当者には耳の痛いお話が多いかもしれませんが、コーポレートガバナンス・コード対応が喫緊の課題とされている今こそ、投資家視線での株主総会対応を理解するために必読の一冊と思います。

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2015年4月14日 (火)

コーポレートガバナンス・コードの実務対応に関する素朴な疑問

(4月18日 追記・修正)

ひさしぶりの「素朴な疑問」シリーズであります。聞くは一時の恥、聞かぬは・・・と申しますので、あえて今ホットな話題のコーポレートガバナンス・コードの実務対応に関する疑問です。うーーーん、よくわかりません。ホントに素朴な疑問なので、もし前提のところで誤っておりましたらごめんなさいです(訂正させていただきます)。

疑問その1 ガバナンス報告書の提出期限について

東証規則により、ガバナンス・コードの開示事項については(原則として)コーポレートガバナンス報告書に記載することになります。6月定時総会の上場会社の場合、遅くとも今年の年末までにコーポレートガバナンス報告書への記載を済ませばよい、とのことですが、では来年3月定時総会の会社の場合はどうなるのでしょうか?来年の3月から6カ月の猶予期間あるのか、それとも3月総会の後すみやかに提出(つまり4月中に記載)をしなければならないのか?もし3月総会の会社が、総会から6カ月の猶予があるとすると、6月総会の会社が2回目の記載を済ませた後に初めて(適用後の)ガバナンス報告書を提出するということになるので、これはややおかしいのではないでしょうか。ということは来年3月とか5月総会の会社は原則どおり速やかに提出する、ということになるのでしょうかね?「適用初年度のみ猶予期間あり」とみるならば、どんなに遅くとも2016年の5月末までに報告書を提出せよ、ということでしょうか?

追記・ある取引所関係者の方からご連絡いただいたところによると、たとえば平成27年12月に定時株主総会を開催する会社であったとしても、そこから6カ月の猶予期間はあるそうです。

疑問その2 ガバナンス・コードの趣旨・精神の尊重義務について

コードへの対応実務として、コンプライ・オア・エクスプレインの「コンプライ」と「エクスプレイン」は同価値かどうかはひとつの疑問ですが、東証の有価証券上場規程では、445条の3によってガバナンス・コードの趣旨・精神の尊重義務が規定される予定です。この規定をもとに、「いくらエクスプレインでもよいといっても、コンプライすることが大切」との解説が多いようです。しかし、そもそもガバナンス・コードの趣旨・精神というのはプリンシプルベースの規制であることの趣旨を指しているのではないでしょうか。つまり「コンプライ・オア・エクスプレイン」であることが趣旨であり精神だといった理解も成り立つのでは?たとえ「努力義務」であったとしても、ここで東証ルールを持ち出すとルールベースの規制になってしまわないのでしょうか。コードでは対話のための付加価値ある開示が求められているのであれば、何も開示せずにコンプライするよりも、むしろ自社にふさわしいエクスプレインを行うほうがガバナンス・コードの趣旨・精神、つまりコードの趣旨に合致するように思います(つまりコンプライとエクスプレインは同価値とみたほうが自然だと思います)。

疑問その3 コード補充原則1-2②はプリンシプルか?

 

補充原則1-2②は株主の議決権行使に関する(早期の招集通知発送等)環境整備についてのコードですが、その内容はすでに有価証券上場規程446条および同施行規則437条で具体的にルール化されています(「望まれる事項」という、いわば上場企業の努力義務ですが)。そしてこの上場規則はこのたびの改定で変更される予定はありません。しかしいくら努力義務とはいえ、すでに上場規則でルール化されたものは、もはや従わなければならないものであり、説明責任を果たしつつも従わなくてもよいことを前提とするエクスプレインはありえないのでは?つまりルールであるにもかかわらず、プリンシプルベースのコードが併存するというのは矛盾ではないでしょうか?

修正:ここはそもそも「望まれる事項」としてコードが適用されるのですから、私の疑問の前提がどうも論理的におかしいものでありました。なので、いったん削除させていただきます。

疑問その4 第2章「ステークホルダーとの適切な協働」の実効性は担保できるか?

株主との対話によって実効性が担保されるべきガバナンス・コードについて、その第2章ではステークホルダーの利益配慮に関するコードが示されています。しかし株主がいくら中長期的な企業価値向上に向けた対話を行うといっても、株主以外のステークホルダーの利益配慮に向けた企業行動にどれだけ関心を向けるのでしょうか。第2章のコードは経営方針等の開示によって公表されることになりますが、とくに内容にまで踏み込んで東証の審査がなされるとは思えません。スチュワードシップ・コードにも指針3-3において社会、環境配慮に向けた対話ということは記載されていますが、「利益配慮」ということまでは踏み込んでいないと思われます。ではこの第2章はいったい誰がどのような方法で企業のコード遵守の実効性を担保するのでしょうか。

上場会社として、実際にガバナンス・コードに沿った取締役会改革を行おうとしますと、いろいろと疑問が湧いてきます。やはりプリンシプル・ベースであり、コンプライ・オア・エクスプレインであるといっても、たとえば20年の経験をもつ英国の実務などを詳細に調査してみないと対応がむずかしいと感じますね。私の事実誤認や誤解に基づくところがあるかもしれませんが、同様の素朴な疑問を抱いている方も多いかもしれません。もしお詳しい方がいらっしゃいましたらお教えいただければ幸いです。

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2015年4月10日 (金)

「見える化」が進む会社法上の内部統制システムの基本方針

5月1日の改正会社法の施行(適用開始)を見据えて、そろそろ「内部統制システム基本方針の一部見直し」に関する適時開示が増えてきましたね。このたびの会社法改正(施行規則の改正)では、「行為規範」として内部統制システムの基本方針に関する決議義務(構築義務ではありません)がかなり増えましたので、どこも対応に追われている時期かと思います。上場子会社ともなると、「早く親会社のほうで見直しを決めてもらわないと、うちでも決められないよ」と気をもんでおられる会社もあるのではないかと(まぁ、5月1日以降でも可及的速やかに対処すれば問題ないはずですが・・・)。

各社の見直し後の基本方針を一覧しておりますと、「ひな型」どおり、というものではなく、どこも自社で相当の議論をしたうえで決定している様子がうかがわれます。企業集団としての内部統制、監査役監査の実効性確保のための体制、監査役への報告体制など、かなりバラエティに富んでいますので、各社の管理能力を把握するためには内部統制システムの基本方針をご一読されることをお勧めいたします。

会社法の改正点以外にも、情報管理や保存に関する体制、損失の危険の管理に関する体制などにおいても、マイナンバー制度の施行や不正競争防止法における企業秘密保護の厳格化、BCPの徹底など社会の要請に対応して工夫を凝らしておられる会社も多いようです。コーポレートガバナンス・コードとの関連性を見据えてということかもしれませんが、職務の効率性を確保するための体制として、執行と監督の分離や取締役会の権限委譲に関する条項を付加している会社も増えていますね。

その中で、個人的に一番関心があるのは監査環境の整備です。各社が監査役制度をどれほど重視しているのか(軽視しているのか)、この「見直し」を読むとよくわかりますね。しかし、ここまで監査役さんの監査環境が整備されてきますと(たとえば内部監査部門への指揮命令権、監査に必要な費用はほぼ全面的に監査役の言うとおりに出します等)、今後、粉飾等の不祥事が発生した場合に、監査役の善管注意義務のレベルも上がる(任務懈怠が認められやすくなる)のではないでしょうか?またこの点は別のエントリーで取り上げたいと思います。

少し意外だったのが、システムの運用状況の把握をどのようにするのか、という点に関する記述があまり見受けられない点です。もちろん会社法施行規則では「内部統制システムの運用状況」は事業報告に記載することになっていますので、運用チェックの方法自体が内部統制の整備に関する決議義務の対象とされているわけではありません。しかし、どこの会社もこれだけ立派な体制整備をされているわけですから、その運用状況をどのように把握して、説明されるのか、たいへん関心があります。たとえば東鉄工業さんの内部統制システム基本方針では、第10項において運用状況をチェックする方法(取締役会において定期的に「検証」が行われるそうです。スゴイですね!)が決議されており、このような記載が参考になるのではないでしょうか。

コーポレートガバナンスが「仕組み」だけでなく「運用」にも光があたる時代となり、内部統制も同様に運用状況に関心が向くようになりました。整備された内部統制システムの運用は、どのようにチェックされ、誰が責任をもって評価するのか、そのあたりは事業報告では記載されないことになっていますので、運用状況の概要に関する記述の信用性を高めるためにも、基本方針の中で記述することも一考かと思います。

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2015年4月 8日 (水)

証券市場の活性化に向けた「公益の番人論」の急速な進展

公認会計士・監査審査会は、平成27年度のモニタリング基本計画( 「平成27年度監査事務所等モニタリング基本計画(審査・検査基本計画)」の策定について)を公表し、今年度は監査法人のビジネスモデルやガバナンス体制のほか、監査を受ける企業が抱えるリスクを適切に評価して監査しているかなどの項目について、重点的に検証することを明らかにしました(ロイターニュースはこちら)。コーポレートガバナンス・コードの実施などに伴い、監査法人に対する社会的な役割が高まっているため、とのこと。当ブログでは昨年末から「今年の話題は『公益の番人論』です」と予想し、年初から何本も公益の番人論についてエントリーを書きましたが、ここへきて大きな話題になりそうな予感がしています。

すべてはアベノミクスを支える市場の健全化、活性化を図るために、市場関係者が少しずつ公益活動をしましょう、ということです。まず「市場の健全化」という視点からは、3月26日の日経新聞朝刊でも特集記事が盛り込まれていた「不公正ファイナンスのプリンシプル」です。昨年10月に、東証で初めて策定されたプリンシプルベースの規制手法です。当ブログでもご紹介しましたが、日本取引所自主規制法人理事長のインタビュー記事によると、すでに取引所の対話が功を奏した事例もあるようで、プリンシプル規制が証券市場においてグレーなファイナンス手法を用いる上場会社の行動を未然に防止する役割を果たしつつあるようです。そしてなによりも、記事にあるように「プリンシプルにより、疑わしい企業に弁護士や公認会計士、コンサルタントを近づけないことが大切」とのこと。つまり、そういったグレーなファイナンスに関与する専門職自身について公益の番人たる役割が期待されています。

つぎに市場の健全化と活性化のバランスを図るための施策としてIPO企業の審査の厳格化が挙げられます。こちらは3月30日、日本取引所グループから、証券会社や監査法人に対して新規株式公開企業への審査を厳格にするよう要請がなされました。ご承知のように、E社、J社、G社といったところが、不祥事や上場直後の業績下方修正で株価が急落し、このままではIPO市場の信頼性が一気に失われてしまう、といった懸念が生じました。これまで通り企業のIPOを促しつつも、不適切な開示から投資家を保護するという二律背反の使命をなんとか調和させるために、厳しい上場ルールを設けることなく(既存のIPO企業の競争力を低下させることなく)、市場関係者に市場の番人たる役割を期待することで乗り切ろうとするものだと思われます。つまり、ルールベースではなくプリンシプルベースによる規制が活用されるものと予想します(ただ実際には業績予想の開示制度があるかぎりは、同様の問題はなかなか解消されないようにも思えるのですが・・・)。

そして市場の活性化を図るための施策であるスチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードの施行です。企業の資本生産性向上のストーリー、つまりマージン率、資産効率、レバレッジに関する企業のストーリーだけでなく、そのストーリーを実現させるためのガバナンスをもテーマとする機関投資家(保有者および運用者)と企業との対話が促進される、ということで、機関投資家に公益の番人たる役割が期待されます。もちろんコーポレートガバナンス・コードは東証上場規則に含まれるものなので、上場会社の規制違反の有無を審査するのは取引所ですが、その実効性担保の主役は企業と株主とのエンゲージメントにあることは間違いないと思います。つまり、ここでも規制の主役は「コードを用いたプリンシプル」です。

競争するフィールドから「競争するに値しない企業」の参加資格を喪失させつつ、参加企業には思う存分フィールドで競争してもらうためには、市場関係者のほんの少しずつの勇気(公益の番人としての使命感)をもって競技を盛り上げていく必要があります。もちろん、企業の中にも、社外取締役や監査役といった「少しの勇気」を必要とする人たちがいることも忘れてはならないと思いますし、そのような番人が出すサインを見逃さない投資家のリテラシー向上も必要です。今度こそ日本の企業社会にプリンシプル規制が根付くかどうか、いよいよ試される時期が近づいてきました。

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2015年4月 6日 (月)

生損保業界によるスチュワードシップ・コードへ対応はホンモノ?

先週の日経新聞(4月1日朝刊一面)では、第一生命さんが投資先企業のガバナンスへの審査を厳しくすることが報じられていました。社外役員の選任基準を厳格にすることや、対話のための特別部隊を設置するとのこと。また明治安田生命さんや日生さんも議決権行使基準を(対象会社にとって)厳格化するそうです。日経新聞が報じるところでは、(第一生命さんの場合)今年6月から適用されるコーポレートガバナンス・ルールに対応するためだそうで、とくに生損保業界では同じような対応が加速しているのではないでしょうか。

しかし、これは生損保会社がコーポレートガバナンス・コードに対応している、というよりも、すでに遵守を宣言しているスチュワードシップ・コードへの対応といえるのかもしれません。日本版スチュワードシップ・コードでは、「機関投資家は、議決権の行使と行使結果の公表について明確な方針を持つとともに、議決権行使の方針については単に形式的な判断基準にとどまるのではなく、投資先企業の持続的成長に資するものとなるよう工夫すべきである」、さらに「機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たすうえで管理すべき利益相反について、明確な方針を策定し、これを公表すべきである」とされています。

生損保業界といえば、どうしても投資先企業の株式保有について、政策投資ではないかといわれてしまうように思います。「純投資である」と明言しても、投資先企業の保険契約の獲得という政策的目標こそ優先されるのではないかと。また、現経営陣との良好な関係を維持したいがゆえに、どうしても現経営陣に厳しい意見が出せないのではないか、という点も懸念されます。

これまでも、スチュワードシップ責任を果たしているかどうか、ということよりも、スチュワードシップ責任をどのように果たすべきか、その果たし方の説明責任が尽くされていないということで批判を受けていたように見受けられます。そこで、このような批判にこたえるためにも、生損保会社として、責任の果たし方をわかりやすく説明していこう、という意気込みこそ一連の報道された事実にあらわれているように思います。

国策としてのガバナンス改革を企業の持続的成長に活かすためには「インベストメント・バリューチェーンの構築が不可欠」と言われているだけに、企業と運用会社だけでなく、金主である機関投資家の意識改革にも注目が集まっています。年金ファンドは比較的評判が良い中で、いよいよ生損保業界も動き出した・・・といったところでしょうか。

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2015年4月 2日 (木)

三菱重工業社の監査等委員会設置会社移行にみる「執行と監督の分離」

適時開示情報をすべてチェックしているわけではありませんが、会社法改正により新たな機関形態として認められる「監査等委員会設置会社」への移行を表明した上場会社は(本日現在)すでに50社を超えているものと思われます。大規模上場会社の中にも監査役会設置会社から監査等委員会設置会社への意向を表明した会社も出てきましたが、ひときわ目を引くのが3月30日に移行を表明した三菱重工業さんです(監査等委員会設置会社への移行のお知らせ)。

別のリリースによると、同社代表取締役CFOの方が6月総会で退任され、新たに(総会で承認されることを条件に)監査等委員である取締役に就任されるとのこと(なお、現在監査役でいらっしゃる方のおひとりも監査等委員である取締役に就任予定とされています。ちなみにリリースの書きぶりからしますと、取締役会の権限の一部を執行部に委譲する定款変更も予定されているようです)。なんと(!)執行の中枢におられる方が監査等委員である取締役に就任するということでして、少々驚きました。

さて、この話題をあるところでしておりましたところ、私と某団体の代表の方とで意見の相違をみることになりました。この三菱重工業さんの体制について、私は監査等委員会設置会社の理想であり、歓迎すべきと意見しましたところ、その代表の方は「これは問題」とのことで正反対の意見を披露されました。CFOの方がこれまで執行でやってきたことをどうやって監査するのか?独立公正な立場で監査している、ということをどうやって担保するのか?監査役会設置会社とは異なり、広く経営執行部に(取締役会の)権限を委譲するということであればなおさら問題ではないか?監査等委員会設置会社に過半数の社外取締役がいたとしても、それほどの実力者が座っていればモノが言えないのではないか?とのご意見です。

これは監査役(会)設置会社でも問題とされていた「元取締役による監査役への横滑り問題」と同じようなことなのですが、監査等委員会設置会社が執行と監督の分離を徹底したモデルを目指しているところから、さらに問題視されるところがあるのかもしれません。たしかに経営の実権を握っておられた方に、果たしてモニタリングモデルとして設置される監査等委員会設置会社の監査等委員としての職務が適正に行われるのかどうか、外観的独立性を重視する立場からは異議が出される可能性もありそうです。ましてや監査等委員会設置会社の長所とされる「取締役会の権限委譲」を併せて採用するとなれば、なおさら執行と監督の分離の徹底が求められるはずです。

※・・・・「横滑り問題」は主として事業年度の途中で招集された株主総会で、それまで取締役であった者が監査役に就任するケースとされています。「自己監査」という意味においては本件以上に問題となりそうですが、法律的には「この程度のことは許容される」(江頭「株式会社法」第5版514ページ)とされています。

ただ私の場合、「監査等委員がモノを言う環境整備」という点を重視したいのです。監査等委員会は監査だけでなく監督職務、監査等職務という、経営の効率性や妥当性に及ぶ監督まで含みますので、できるだけ迅速かつ詳細に内部の事情(あるいはグループ会社の事情)を入手しなければなりません。また有事においては、経営執行部が監査等委員会の意見を聴き入れるだけの権威を持ち合わせていなければ機能しないのではないかと思います。そう考えると、過半数を占める社外取締役の役割を十分に果たせる監査等委員会を構成するためには、三菱重工業さんのように経営の中枢におられた方が、退任後に監査等委員に就任するというのも、「モノを言う環境整備」のためには有益ではないかと考えるところです。

なお、こういった意見に対しては、某団体の代表の方は「そのような社内事情が必要であれば、それは委員会に呼べばいいではないか。そういった社内の要人を委員会に呼べることが委員会の権威ではないか」とのご意見です。ひょっとすると私のほうが社外取締役就任者の倫理観や使命感への期待が薄いのかもしれませんし、外観的独立性への意識が乏しいのかもしれません。ただ、やはり「モノを言える環境」はなかなか一から整備することはむずかしいのですよね。本当に執行と監督を分離して、監督機能を重視する覚悟があるのならば、それこそ「副社長クラスが常勤監査役に就任すべき」と考えてしまうのです。今後、監査等委員会設置会社に移行する上場会社は、おそらく「権限委譲の定款変更」とセットで臨むところが多くなると思いますが、そこで「執行と監督の分離」をどのような形で表明するのか、今後とも注目されるところかと思います。

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2015年4月 1日 (水)

中小上場会社の社外取締役が注目すべき最高裁決定(道東セイコーフレッシュフーズ事件)

3月27日、最高裁(第1小法廷)は、非上場会社のM&A(合併・買収)の際、市場で株を売買できないことを理由に株価を低く見積もることが認められるかが争われた裁判で、将来の収益などを基に計算する「収益還元法」を使う場合には認められないとする決定を出しました(判決全文はこちらから閲覧できます)。先日のアートネイチャー事件最高裁判決は「訴訟」でしたが、こちらは会社法786条2項に基づく価格決定申立事件なので「非訟」事件です。

裁判所(第一審)が選任した鑑定人(公認会計士)の鑑定意見理由では、収益還元法を採用したうえで、非流動化ディスカウントを用いて株価が算定されていましたが、決定理由では「収益還元法は将来期待される純利益などを基に現在の株価を算定する手法で、(非流動化ディスカウント採用の前提となる)市場での取引価格との比較という要素はこの手法の中に含まれていない」と指摘して、算定手法にない要素を反映させて株価をさらに減価するのは不当、としています。最高裁は、一審、原審の決定を破棄して「株価をより高く計算すべき」とする株主側の主張に沿った形で株価を高く算定しています。

カネボウ事件(株式買取価格決定抗告事件 東京高裁平成22年5月24日)などでも、収益還元法が採用された場合の非流動化ディスカウント、少数株主(マイノリティ)ディスカウントの採用が理屈の上で否定されていたと記憶していますが、日経新聞の記事によりますと最高裁でこの争点への判断がなされたのは初めて、とのこと。裁判所が鑑定人の鑑定意見を採用するかどうかは自由心証主義のもとで職権で判断されますが、鑑定意見を採用するかどうか、という点だけでなく、鑑定意見の部分的な採用ということを認めた点でも初めてではないかと。

このような決定が出ますと、この決定の射程距離が気になります。非公開会社の株式固有の非流動化の問題に限られるのか(流動性リスクを株式の期待収益率に反映させた場合はどうなるのか)、また少数株主ディスカウントにも適用されるのか(個人的には、最高裁決定の論理からみても、またカネボウ事件などの例からみても少数株主ディスカウントにも適用されるように思いますが)。本件は非公開会社の株式に関する鑑定評価ではありますが、少数株主保護の要請が高い上場会社の社外取締役、社外監査役の方々も、インカムアプローチが採用される株価算定に遭遇した場合には、この最高裁決定の射程距離については配慮しておいたほうが良いと思います。

いずれにしましても、価格決定申立が予想される事業再編の場においては、会社法785条1項等の「公正な価格」の解釈に忠実に従った最高裁決定が出されたことを前提に、鑑定人の算定手法の採用及び算定要素の選択の合理性についての検討が社外役員に求められそうです。場合によっては経営幹部と利害が相反する中で(つまり、誰も社外役員としてのリーガルリスクを教えてくれない中で、自分で情報を入手しつつ)判断しなければならない、ということにも注意が必要ではないでしょうか。

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