企業の法務担当者は「コーポレートガバナンス・コード」がお嫌い?
拙ブログを愛読いただいている方々ならばよくご存じのISS(米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ 議決権行使助言会社)日本支局で議案の分析を統括していらっしゃる石田猛行氏編著による新刊書です。編著とありますが、ほとんどが石田氏ご自身による著作だと思われます。ただしISS Japanとしての団体の意見ではなく、石田氏個人の長年にわたる議決権行使助言の経験に基づく意見として述べられています。「日本企業の招集通知とガバナンス」(商事法務 石田猛行編著 3,400円税別)
ひさびさに心躍る一冊です。ひょっとすると、旬刊商事法務の座談会記事や委員をされている経産省の検討会のご意見等をきちんとトレースしていれば石田氏の意見を把握できるのかもしれませんが、普段そこまでフォローしておりませんでしたので、本書で書かれていることは新鮮でとてもおもしろい。総会準備の時期を狙って、株主総会招集通知の正しい書き方を学ぶ・・・といった「ひな型」提案の本ではなく、むしろ招集通知を分析する海外機関投資家の視点から、近時話題となっているコーポレートガバナンス上の諸課題について石田氏の見解が、かなりメリハリが効いた形で展開されています。
剰余金処分や取締役会の責務、社外取締役・監査役選任、報酬関連等、機関投資家としてどのような開示を求めているのか、そもそもの考え方にさかのぼって各企業に期待される招集通知の開示の在り方を追求しておられます。株主とのエンゲージメントの手法、社外取締役と企業のパフォーマンスとの関係、ダイバーシティ、日本企業のガバナンスの隠れた課題など、さすが長年、いろいろなところで揉まれてきた(?)方だけあって、「なるほど!」と唸る考え方が示されていて痛快な思いです。「なぜ監査役選任議案に反対票が集まりやすいのか」といったお話も、なるほど拝読してよくわかりました。買収防衛策における独立委員会というものも、法務からの視点と投資家からの視点ではこうも違うものか、と改めて痛感します。
とりわけおもしろいのが「投資家の視点と法務の視点」。招集通知(参考書類)の抽象化と通知発送の早期化問題について「法務の考え方」が取り仕切っているために投資家の「あるべき招集通知」が実現されていない、今後の法務に期待する、とのご意見です。また取締役の報酬議案の上程理由についても法務と投資家は視点が対立することが詳述されています。詳細な開示を求める投資家と「書きすぎることによる法務リスク」にこだわる法務担当者という構図は、これまであまりクローズアップされてこなかったのではないでしょうか。石田氏が直接言及しておられるわけではありませんが、6月1日から適用が開始されるコーポレートガバナンス・コードについても、「コンプライ」することを最優先に考え、エクスプレイン(説明)するとなると、いろいろと開示しなければならないので、法務担当者としてはなるべく「コンプライ」で済ませたい、という発想になってしまうのではないでしょうかね?(これは私自身の単なる推測ですが)
このたびの会社法改正における「内部統制システムの一部改正」に関しても、基本方針を具体的かつ詳細に開示しようとしますと、「仕組みや運用について、もし対応が不十分だとしたら内部統制システム構築義務違反に問われるリスクが高い」として、なるべく抽象的な書きぶりに修正されてしまうところもあるように聞いています。開示によってガバナンスの改革を図る・・・という最近のプリンシプルベースでの規制については、このように投資家と法務担当者との対立の構図が浮き彫りになってくるのかもしれません。いや、これは実に興味深い点ですし、最近のコンプライアンス経営の発想(法令に違反していなくても、社会の要請に反していれば企業価値が毀損される、といった発想)にもよく似たところがあります。
上場会社の記載例なども豊富なのですが、その記載例に関しては、石田氏が(けっして批判するというものではなく)個別に(機関投資家側からの)コメントを付しておられます。最近、スチュワードシップ・コード遵守を宣言しておられる某ファンドさんから硬軟両面からツッコミを入れられている某社(東証1部)の記載事例などにも「この開示内容ではやや具体性に欠ける」と言及されていますが、「そもそも会計帳簿閲覧請求の仮処分や本訴請求のリスクを未然に解消するためにも投資家視線が法務にも必要なのではないか・・・」と(石田氏のコメントを眺めながら)感じておりました(そういえばソフトロー違反が司法判断に及ぼす影響といったことは、これまであまり法律関係者の間でも議論されていませんよね)。法務担当者には耳の痛いお話が多いかもしれませんが、コーポレートガバナンス・コード対応が喫緊の課題とされている今こそ、投資家視線での株主総会対応を理解するために必読の一冊と思います。
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コメント
法務担当者の思考は比較的ニュートラルですよ。開示に消極的なのは経営者自身です。各社横並び、前に出すぎない書類がよしとされる風潮が支配しているだけであって、積極開示の方針ならば、それはそれで、法務担当者は喜んで腕をふるうはずです。お決まりの表現より創作意欲を掻き立てられます。
投稿: JFK | 2015年4月16日 (木) 21時12分