企業秘密侵害事件にみるコンプライアンス・プログラムの重要性
家電量販店大手のエディオンの元課長が上新電機社員に転じてから、エディオンの営業情報を不正に取得したとして不正競争防止法違反容疑で逮捕起訴されています。この事件において、大阪府警は、法人である上新電機についても、不正競争防止法上の両罰規定により、同法違反容疑で書類送検したことが報じられています(たとえば 毎日新聞ニュースはこちら)。「書類送検」なので、実際に起訴するか不起訴とするかは検察の判断次第かと思いますが、不正競争防止法違反によって法人自身が書類送検されることは極めて異例(もしくは初めて?)です。
法人を起訴する根拠は不正競争防止法22条1項(21条1項1号で規定されている営業秘密侵害者の雇用主の処罰に関する規定)です。同条では、他人の営業秘密の不正取得者が「その法人の業務に関し」不正取得を行ったことが両罰規定の構成要件とされており、本事件ではエディオン元課長が「(入手しようとした情報は)上新で役に立つと思ったから」と供述しているために、この「その法人の業務に関し」といった要件を満たすと府警側が判断したものと思われます。
もちろん法人に刑事罰(平成10年の法改正以降、3億円以下の罰金に引き上げ)が科せされるわけですから、法人側に過失が認められなければなりません。ただ、両罰規定における法人側の過失は使用者が犯罪を実行した場合には推定されるものと理解されていますので(最判昭和40年3月26日刑集19巻2号83頁以下)、法人側としては、社員に対する監督上の注意義務を怠っていなかったことを立証しなければならないことになります。このたびの事件において、上新側は「会社として情報の不正取得を依頼したことも利用したこともない」とコメントされていますが(上記毎日新聞ニュース参照)、それだけでは免責理由としては足りず、不正競争防止法違反行為を防止するための内部統制システムの整備・運用についての具体的な履行についての立証が必要になります。
ちなみに、不正競争防止法違反(営業秘密不正取得)に関する法人処罰については、社員が起訴された場合だけでなく、社員が不起訴とされた場合であっても法人のみ起訴されることはありえますので、法人自身が内部統制システムを整備するインセンティブは高いはずです。
これまで「コンプライアンス・プログラム」といえば海外カルテル事件等において、量刑評価の対象とされてきたことは有名なので、自動車部品メーカーや製薬会社などではすでに真剣に導入している企業が多いはずです。また日本の独禁法がリニエンシー制度を導入したことにより、プログラム自体への関心も高まりつつあるように思います。
もちろんプログラム実施の本当の目的は重大犯罪を未然に防止することであり、内部統制システムの構築はその手段いえます。しかし、「どんな企業においても社員の不正をすべて止めることはできない。不正が発生したときに、どうやって企業の損害を最小限度の抑えることが大切」だと考えるのであれば、内部統制システムの構築は、(量刑判断や起訴判断など)他人から評価の対象とされるという意味において重要であり、まさに内部統制のシステム構築が目的化しているものとも考えられます。
このたびの上新電機の件のように、法人処罰に「両罰規定」の適用が真剣に検討されるようになりますと、内部統制システムの構築は不起訴処分とされるための有力な証拠になります。また、不正が組織ぐるみでないこと、経営幹部が関与したものではないことを社会に説明するための重要な資料になります。営業秘密保護の重要性が社会的に高まる中、まさにコンプライアンス・プログラムは、自動車部品会社や製薬会社だけでなく、同業他社の営業秘密侵害リスクを抱える多くの企業において自発的に策定する必要があります。
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