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2015年5月29日 (金)

コーポレートガバナンス・コードが大王VS北越紀州バトルに及ぼす影響

子会社出向社員による24億円の業務上横領事件、子会社統合破談に関する三菱製紙社への損害賠償請求等、いろいろと騒動が勃発している北越紀州製紙社ですが、本日は、さらにもうひとつの騒動に関するお話です。5月27日の朝日新聞ニュースによりますと、大王製紙社の6月総会において、筆頭株主である北越紀州製紙社(21%保有)が、大王製紙社現社長の再任議案に反対する方針を固めたそうです。反対理由は、6月1日適用開始の企業統治指針に基づく、というもの。「株主との対話に消極的な点が、上場会社の経営者として問題」と判断されたようです。

北越紀州側が、「株主との対話に消極的である」として否決票を投じることは、コード原則1-4(いわゆる政策保有株式)に忠実な行動といえるのかもしれません。北越と大王は、それぞれ株式を持ち合っているので、北越紀州の機関投資家からすれば、原則1-4に従い対話に基づく(政策保有株式に関する)積極的な議決権行使を要求するところです。議決権行使の前提となる対話を大王側から拒否されたとなりますと、北越紀州としては「大王製紙の社長再任議案に否決票を投じる」ということに合理的な説明がつきます。

しかし一方で、大王製紙側にも対話を拒否したことに相応の理由が立ちそうな気がします。東洋経済社が伝えるところでは、北越紀州及び三菱製紙社の販売子会社統合の話が白紙に戻ったことについて、大王製紙側に何らかの関与があったとされ(本当のところはわかりませんが)、M&Aに関連する憶測が飛び交う状況の中で、両社トップのみによるスモールミーティングを開催するとなりますと、コード補充原則5-1②の(ⅴ)により、大王側のインサイダー情報を管理できる状況にないとして対話を拒否することもできそうです(また大王側としては、基本原則1による株主の平等性確保との関係にも配慮したものと言えそうです)。

かりに北越紀州側が大王製紙の社長さんに反対票を投じるとなりますと、今度は大王側においてコード補充原則1-1①が課題となります。同補充原則は、株主総会の議案について反対票が多かった場合には、その反対理由や原因の分析を行い、株主との対話の要否について検討を行うべきである、としています。大王側が、この補充原則をコンプライするのであれば、おそらく20%という数字は「反対票が多かった場合」になりますので、コードに従った行動が求められそうですね。

以上のお話は6月1日時点において、両社ともコードへの対応を公表した場合を前提としていますし、反対票を投じる原因となった真意については両社のこれまでの経緯があってのこととは思いますので、今後の両社の動向を予想したものではありません。ただ毎度申し上げますように、コーポレートガバナンス・コードはプリンシプルベースであり、法的拘束力がないので、コードに反する行動それ自体が法令違反というわけではありません。しかしながら株主総会自体が「建設的な対話の場」とされていますので、そこでの質疑応答には(両社とも)十分な配慮が必要かと思います。

「東証さん!、ほれ、あそこの会社は『コンプライしてます』なんて言ってますが、コンプライもエクスプレインもしてませんよ!明らかな上場規則違反なんで早く制裁発動してください!そうでないとマネする会社も出てきますし、なにより海外から市場の信認が得られなくなりますよ!」なんて、会社間紛争の具としてコードが活用されないことを祈ります(^^;

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2015年5月27日 (水)

企業秘密侵害事件にみるコンプライアンス・プログラムの重要性(その2)

4月20日のエントリーで詳細に述べました上新電機元課長によるエディオン営業情報の漏えい事件ですが、法人である上新電機について不起訴(起訴猶予)処分が5月22日に下されたそうです(産経新聞ニュースはこちら)。関係会社に利得、損失が発生した様子がなく、また上新電機の役職員の関与も認められず、さらに同社は再発防止策を構築している、というのが主な理由のようです。

従前のエントリーではコンプライアンス・プログラムの重要性について書きましたが、このたびの報道からしますと情報漏えい事件発生時に、自社の役職員の関与がなかったことを明らかにするためにも、やはりブログラムの運用が有効ではないかと思います(上新電機さんがそのようなプログラムを策定していたかどうかは不明ですが)。毎度申し上げておりますとおり、企業不正リスクをマネジメントするためには、不祥事は起こしてはいけない、という発想ではなく、不祥事は必ず起こる、起きたときにどうするか、という発想が必要です。もし会社が情報漏えい事件に巻き込まれたとしても、犯行に及んだ社員の単独実行であること、会社は何らの利害関係もないことを、どう説得的に説明できるか、内部統制システムの運用によって立証できる態勢を備えておかなければなりません。

なお、地検は「再発防止策もとられているようなので」と不起訴理由を述べているそうですが、再発防止策の実効性確保も重要だと思います。再発防止策が機能するのであれば、基本的に会社犯罪に刑事罰や行政罰が問われることはないと思います。先日、武田薬品工業が旧薬事法違反(虚偽誇大広告)によって業務改善命令を下される予定だと伝えられましたが(たとえばこちらのニュース)、企業の自律的行動による再発防止策が十分に機能しないと思われる場合には、行政や司法による事後規制が待ち構えています。おそらく上新電機のケースでも、再発防止策がしっかりと確認できていなければ、刑事罰適用の可能性はあったのではないでしょうか。

先日ご紹介した「会社法罰則の検証~会社法と刑事法のクロスオーバー」の拙稿でも書いておりますが、これだけ企業の内部統制システム構築の必要性が問われる時代において、企業不正抑止のための刑事罰や行政罰の必要性が(以前と比べれば)乏しいのかもしれませんが、それでも「最後の砦」としての刑事罰の実効性は今もなお求められているものと考えています(もちろん、罪刑法定主義の観点からみれば、両罰規定による規制を超えて、組織の構造的欠陥をダイレクトに指摘できるような刑事罰を規定することは現時点では困難かもしれませんが)。法人自身が刑事罰を適用されることのデメリット(社会的信用毀損)を考えますと、コンプライアンス・プログラムの効用は大きいと思います。

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2015年5月26日 (火)

コーポレートガバナンス・コードを見据えた監査役監査基準の改正

本日(5月25日)の日経朝刊法務インサイドで報じられていますが、日本監査役協会の監査役監査基準が、意見公募を終えていよいよ改定されるようです。7月の理事会で承認された後に確定版となるとのこと。今回の改正は会社法改正に伴う・・・という点もありますが、なんといってもコーポレートガバナンス・コードにおいて求められる監査役の役割と責任という点を監査基準に明確に導入した点が最大の特徴でしょう。(良いか悪いかは別として)私も正直「ここまで変わるとは・・・」と驚きました。日本監査役協会の監査役監査基準には(数々の批判等にさらされながらも信頼され続けてきた)長い伝統があり、近時では(セイクレスト事件、ニイウスコー事件判決等)裁判所でも監査役の善管注意義務のレベルを検討するモノサシとして斟酌されていますが、「ああ、そういえば2015年ころガバナンスなんとか?って、話題になっていたよね(笑)」などと、5年後くらいにガバナンス・コードが語られることがないことを祈っております(^^;

ということで(?)、私は今週、名古屋、大阪、福岡におきまして、日本監査役協会主催の研修会講師をさせていただいております。本日は初日の名古屋(ミッドランドスクウェア)でしたが、3月決算会社の会社法監査が終了した直後とあってか、たくさんの監査役の方にお越しいただき、ホールはほぼ満席でございました(どうもありがとうございます)。とりわけ今回の研修は、監査役監査基準の改正において、「監査役はコーポレートガバナンス・コードの趣旨を十分認識して」監査に臨むことが新たに求められることから、近時監査役さんの周囲で話題になっている諸論点を、ガバナンス・コードへの対応という視点から解説をしています。

私自身もいくつかの上場会社のガバナンス・コード対応のお手伝いをしていますが、①株主との対話、議決権行使、上場規則による制裁、といったコード(指針)の実効性確保のための各制度による整理、②開示規制(15項目)と行為規制(58項目)へのコンプライの区別、③情報開示で求められるものと対話によって求められるものの区別、④コンプライオアエクスプレインかコンプライ&エクスプレインか、⑤会社と機関投資家との間において対話に求めるもののギャップ、といったいろいろな視点から、各企業にふさわしい対応を目指すことは意外とむずかしいと感じています。ガバナンス・コードは監査役だけでなく外部会計監査人も名宛人になっていたりするので、外部会計監査人をコードとの関係では「内側の関係者」として、外部のステークホルダーを意識することも必要です。

私は制度作りに関与した者ではなく、あまり偉そうに言える立場ではありません。ただ、取締役会議長として、また(任意機関ですが)指名・報酬委員会委員として、さらには社長の外部評価委員会委員として二つの上場会社の実際のガバナンス運営に深くかかわっている当事者なので、ガバナンス・コードは制度会計的視点(対外的PR重視)よりも管理会計的視点(社内目標として中長期の価値向上の社内努力重視)で対処すべきではないか、と考えています。監査役さんの監査環境整備のために、ぜひとも監査役さんにもガバナンス・コードを理解していただきたいですし、改正会社法の主要論点を学ぶことが、実はガバナンス・コードとも深い関わりがあることについても具体例をできるだけ示して解説させていただきます。本日の名古屋の研修会終了後、何名かの監査役さんに感想をお聴きしましたが、かなり自信を持てる内容だと思います。お話する私のほうも3時間半はあっという間でした。

今回の監査役監査基準により、監査役の果たすべき役割も大きく変わろうとしています。あまりにも性急すぎる・・・という意見もあるかもしれませんが、実際に改正される以上は、これをぜひとも自社のリスク管理能力の向上に活かしていただきたいと思います。

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2015年5月21日 (木)

会社法罰則の検証~会社法と刑事法のクロスオーバー

Crossover会社法上の規範が企業活動ルールの遵守にどれほどの効果を持つのか・・・、企業コンプライアンスに携わる実務家としてはとても関心のあるテーマです。このたび、会社法罰則の検証を主たるテーマとして、会社法と刑事法の学者の方々が中心となり、さまざまな視点から会社法罰則の在り方について論じた新刊書が出ました。

会社法罰則の検証-会社法と刑事法のクロスオーバー(日本評論社 山田泰弘・伊東研祐編 5,200円税別)

会社法秩序を取り巻く環境変化、刑事行政における経済犯罪の積極的な刑事事件化の方向性などから、①会社法の規制方法の変容と刑事法によるエンフォース、②会社法の規制対象の変容と刑事法によるエンフォース、③会社法規範のエンフォースの実際、そして④会社の規律方法の重層化と刑事法によるエンフォースという4つの視点で「会社法罰則」を検証するというものです。いずれのテーマも当ブログ開設以来、私個人としても関心の高いものでして、ブログ作成のヒントにも活用させていただいております。

実は私も、このうち「会社の規律方法の重層化と刑事法によるエンフォース」の中の1章を担当させていただいております。企業法務の実務家の視点から・・・ということで、内部統制やコンプライアンス経営が進む企業において、はたして刑事法による規律が必要なのか、必要であるとすればどのような場面か・・・ということについての問題提起をさせていただきました。

Img_0440ちなみに著者の方々は左のとおりでして、格式の高い学術書であることを申し上げておきます(私も担当している、ということでかなり柔らかめ・・・といった誤解を招くといけないと思いまして)。この本を出版するきっかけとなりましたのは、法律雑誌「法律時報」2012年10月号の特集「(会社法改正から)取り残された会社法罰則の検証」が好評だったそうで、その特集を担当された法律学者の皆様が、一冊の本に企画されることになりました。「ひとりくらいはコンプライアンス経営を扱っている実務家を入れてもいいだろう」といったことから、お声がかかった次第であります。正直申しまして、他の第一線の先生方の本格論文とはレベルが違うかと思いますが(笑)、そのあたりは「コラムがひとつ混じっている」程度に大目に見ていただければ幸いです(^^;

ソフトローの効用が本格的に議論され、またプリンシプル規制などが本格的に導入される現在、「なぜ会社法に刑事罰が必要なのか」を問うことは、今後の法改正の本格的な議論にも活かされるものと確信しております。学際を越えた検証がなされた意味は大きいと感じます。ご興味のある方に、ぜひともお読みいただきたい一冊でございます。

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2015年5月19日 (火)

東芝不適切会計事件への雑感(その2)-ガバナンス・コードとの関連で

私が何度も読み返している本に伊丹敬之教授の「経営を見る眼」(2007年 東洋経済新報社)があります。伊丹先生のご著書は「日本型コーポレートガバナンス」「経営戦略の論理」など愛読しているものも多いのですが、とりわけ上記「経営を見る眼」は私のような経営の素人にもたいへんわかりやすく読める好著です。

ところで、同書84頁には「会計測定という写像」について「会計測定という写像の結果は、会計数値として独り歩きを始めることがある。利益が独り歩きを始めて、ROEが企業経営の行動に影響を与えるように、写像が実体を動かすことすらある。本来写像は実体を反映するだけのものであるはずなのに、写像を気にして人間が行動を変えてしまうのである。」と記されています。会計基準の適用に裁量の幅があるとすれば、やはり自社を一番きれいに写す方法を選択するのは当然ですが、あまり気にしすぎると「粉飾」リスクが生まれる、ということでしょうか。

また、同じく226頁には、人間の管理システムのむずかしさが語られています。管理システムの一環として、上司の(部下に対する)情報収集は大切ですが、「そのような管理のための上司による情報収集は、高次の経営判断のためであり、現場の実態を知る必要がある。・・・しかし、どのような目的で情報が収集されるにせよ、情報を集めれば、それに部下は反応してしまう。意図して集めている情報を焦点に行動を変えさせたいと思っていなくても、情報を集めればその情報をお化粧する方向で部下は反応することが多い。」とも述べられています。組織の管理システムは、上司がいかに部下の行動に影響を及ぼすかが大切だそうですが、不可避的に部下の「お化粧インセンティブ」にも影響を及ぼすことがあります。いずれもコンプライアンス経営にとって名言であり、実務上不正防止や不正発見に活かしたい内容です。

しかし、私的にたいへん尊敬する伊丹教授が、このたびの東芝社の社外取締役であり、とりわけ指名委員会等設置会社における監査委員会の委員である、という事実は、なんともショッキングです。ご承知の方も多いと思いますが、会社法上で認められている機関設計のうち、執行と監督の分離が最も進み、コーポレートガバナンスの理想型とみられているのが指名委員会等設置会社です。東芝社の場合、取締役5名(うち社外取締役3名)で構成される監査委員会が設置され、なんと監査委員会専属のスタッフも5名いらっしゃるとか。まさにスピード経営とモニタリングの充実を兼ね備えたガバナンスのお手本ではないかと思います。

そのような理想のガバナンス体制を具備した東芝において、かなり規模の大きな会計不正事件が発生(発覚)した、というのは、ガバナンス・コードの適用を間近に控えた証券市場にとってはかなりショックな出来事ではないでしょうか。今回の件は東芝社固有の事情によるものだと信じたいところですが、第三者委員会報告書の内容次第では、これだけのガバナンス体制を備えた東芝でも起きたのだから、これは東芝社だけの問題ではない深刻な課題と評価せざるをえないのかもしれません。

このたびのガバナンス改革は「攻めのガバナンス」の実現であり、会計不正の未然防止や早期発見を主たる目的とする「守りのガバナンス」の実現とはやや異なります。しかし適切なリスクテイクを図る前提として、機関投資家はリスク管理能力にも関心を向けているはずであり、そこに問題があれば資本コストは上がるはずです。やはり、ガバナンス評価は(これまでのような)組織の仕組みの問題にとどまらず、たとえば社外取締役はどのよう行動によって中長期の企業価値向上に役に立つのか、といった将来のストーリーの問題であり、またこの1年、どのように貢献したのか、という過去の業績評価の問題こそ重要な要素になるものと考えます。

もちろん、昨日のエントリーでも書いたように、どのような経緯で会計不正が発覚したのかはいまだ不明ですが、「攻め」に強い社外取締役さんは「守り」にも強い、というのが私の持論なので、このような工事進行基準の不適切適用に基づく会計不正の発見は、取締役会における報告や議論によって、その予兆は見出せたのではないかと考えています。後だしジャンケンによる想像ではなく、定例の取締役会での議題審議や報告において、なにか違和感のある話が出ていたのではないかと。もし、そのような違和感すら感じられないほどに巧妙な会計不正事件だったとなれば、社外役員の存在は企業不祥事の予防や発見には無力ということになってしまいます。適切なリスクテイクのために社外役員が活用される時代だからこそ、どうすれば守りのガバナンスも機能するようになるのか、そのあたりも今後のガバナンス・コードの実施の中で検討されるべき課題だと思います。

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2015年5月18日 (月)

東芝不適切会計事件への雑感(その1)-第三者委員会調査に求めるもの

すでにご承知のとおり、東芝社の工事進行基準の不適切適用等に伴う会計不正事件について、第三者委員会の設置、およびそのメンバーが決まりました。本件についてはグループ全体における会計処理に関わる事件であり、厳しい時間的制約があるために、どこまで事実が解明できるかは不明ですが、ぜひとも第三者委員会には明らかにしていただきたい点が2点あります。

ひとつはやはり「故意による不正」なのか「ミスによる誤謬」なのか、という点です。粉飾といわれるものなのか、それともミスによる不適切会計処理だったのかということを明確にしていただきたいと思います。もし「故意による不正」だとすれば、これは東芝さん固有の事情に基づくものであり、内部統制の限界事例であり、他部門への影響も限定的です。しかしながら名門企業としての社会的名声には大きな傷がつくことになります。一方、「ミスによるもの」だとすれば、レピュテーションリスクは大きなものとは言えないかもしれませんが、ミスを発見できなかったということで、その監督責任が問われることになります。また、工事進行基準の不適切運用ということになれば、これはインフラ部門だけでなく、ソフト開発部門でも問題になりますので、内部統制の不備は多くの部門で問題とされ、その影響は全社的内部統制にまで及ぶことになります。会社側は第三者委員会の調査結果に委ねる、というところかと思いますが、いずれにしても東芝社のジレンマを感じるところであり、この点は事実を超えて評価になるかもしれませんが、ぜひとも第三者委員会に明らかにしていただきたい点です。

そしてもうひとつは「なぜ経営陣が不正を発見するに至ったのか」という不正発見の端緒です。どうしても世間的には2年前から表面化した東芝社の経営幹部の確執問題と会計不正問題との関連性について関心が向いてしまいます。とりわけ社長会見で「目標が高すぎたのではないか」といった発言が出ますと、支配権争いが原因ではなかったのか、といった憶測が飛ぶのも無理はないと思います。しかし、一方で不正リスク会計基準の適用や、工事進行基準に関する監査対応の厳格化、CPAAOB(公認会計士・監査審査会)による監査法人に対する審査の厳格化といった流れも無視できないように思います。いや、私個人としては世間の推測ということよりも、むしろ監査法人の対応の厳格化(今年初めから、私が強調している「公益の番人」の要素です)といったところが発端となって、東芝社の社内調査委員会設置につながったのではないかと推測しています。このあたり、仮に第三者委員会が日弁連ガイドラインに準拠して調査を行うということであれば、ぜひともステークホルダーへの説明責任を尽くし、また第三者委員会報告書の公共財としての使命を果たしていただきたいと思いますし、本件会計不正の発見端緒を明らかになることを願うところです。

しかし、コーポレートガバナンス・コードが適用される直前の時期に、東芝の社長さんから「内部統制に問題があった」との発言が飛び出し、またシャープの社長さんからは「ガバナンスに問題があった」との釈明が飛び出すというのも、なんとも皮肉なものに聞こえます。東芝社はガバナンスの理想である指名委員会等設置会社です。東芝社のガバナンスと会計不正問題との関係は、また(その2)で雑感を述べたいと思います。

PS 5月15日現在の監査等委員会設置会社移行表明会社(既移行会社)における従前ガバナンス状況を、こちらのエントリーで更新いたしました。いつもながら、迷える会計士さん、どうもありがとうございます<m(__)m>。

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2015年5月15日 (金)

取締役が監査役に通報したことで不利益扱いを受ける場合とは?

多くの上場会社さんにとりましては、会社法改正に伴う「内部統制システムの基本方針の一部見直し」もほぼ終わり、いよいよ見直された基本方針に従って社内ルールを策定する時期にきているのではないでしょうか。私も、いくつかの上場会社さんから内部統制システムの見直し、そしてこれに伴う社内ルールの改定に関連する相談を受けておりまして、実務に沿ったご質問も受けています。

そのような中で、ひとつおもしろいご質問がありました。長く企業法務を担当されている方で、会社法についてかなり精通されていらっしゃる方です。

お忙しいところ1点、ご教示いただきたいことがございます。今回の会社法改正により、監査役への通報者に対する不利益取り扱いの禁止を内部統制システムの基本方針として定めている企業が一気に増えましたが、通報者のうち「取締役」への不利益取り扱いの禁止とは、具体的にどういった対応が考えられるのでしょうか。内規により、不利益取り扱いの対象を従業員だけでなく、取締役にまで拡げるのは、やや違和感がございます。

会社法施行規則の改正の中でも、監査役への報告体制の整備・運用についてはどこの会社も工夫を凝らしておられると思いますが、ご質問に関連する条文は以下のとおりです(なお会社法上の大会社であり、監査役会設置会社をモデルとします)。

会社法施行規則100条(業務の適正を確保するための体制)

4 次に掲げる体制その他の当該監査役設置会社の監査役への報告に関する体制
イ 当該監査役設置会社の取締役及び会計参与並びに使用人が当該監査役設置会社の監査役に報告をするための体制
ロ 当該監査役設置会社の子会社の取締役、会計参与、監査役、執行役、業務を執行する社員、法第598条第1項の職務を行うべき者その他これらの者に相当する者及び使用人又はこれらの者から報告を受けた者が当該監査役設置会社の監査役に報告をするための体制

5 前号の報告をした者が当該報告をしたことを理由として不利な取扱いを受けないことを確保するための体制

つまり、当該会社や当該会社の子会社の取締役、使用人等が、監査役に対して報告するための体制の整備に関する決議をすることになるのですが、かりに整備するとした場合、当該取締役や使用人から監査役に報告がなされたことをもって、その取締役や使用人が不利な取扱いを受けないことを確保するための体制整備についても決議をすることになります。ここ1カ月の適時開示をみておりますと、ほとんどの上場会社が内部統制システムの見直しとして、このような体制整備を行うことを宣言しています。しかし、いざ社内ルールを作るという段階になりますと「そういえば取締役が監査役に通報することで会社から不利益を受けるというのはどういった状況なのだろうか?そもそもわが社のヘルプライン規約には取締役が通報主体とはされていないし、公益通報者保護法もたしか取締役は(使用人兼務の場合は別として)通報主体とはされていなかったはず。ではどうやって社内ルールに落とし込んだらいいのだろうか」と悩むこともありそうです。おそらくご質問者のお悩みはこのような点ではないかと。

たしかに「不利な取り扱いを受けない」というのは、想定されるのは通報者が会社から解雇処分や配転命令、降格処分など、不利益な人事処分を受けることを禁止することだと思われます。内部通報に関連する裁判でも、トナミ運輸事件やオリンパス事件、そして警察裏金告発事件等をみても「人事上の処分の適法性」が問題となりました。しかし、会社の圧力によって正当な内部通報が委縮してしまうことを防止しようとする本条文の趣旨からすれば、不利な取扱いとは、会社による法律上の権限行使だけでなく、事実上の処分(作為、不作為)によってなされる場合もあります。取締役は雇用契約上の不利益処分を受ける対象ではありませんが、取締役会を通じて業務執行上の役付けを解かれることもありえますし、また事実上経営情報から隔離されてしまい、当該取締役の職務執行が妨害されることも考えられます。したがいまして、取締役が通報を行ったことにより会社から(他の経営幹部から)不利な取扱いを受ける、という状況を禁止することは想定されるものと思われます。つまり、ヘルプライン規約を改正して通報主体に取締役を追加する、ということは可能です。

では、(ご質問者への回答ですが)ヘルプラインの通報主体に取締役を追加せずとも、取締役が不利な取扱いを受けないことを確保する体制というのは構築できるのでしょうか。ここはやや発想の転換が必要かと。たとえば、会社法施行規則100条3項5号が定める体制というのは、監査役への報告を理由とする解雇等不利益な処分を禁止することのほか、当該監査役設置会社またはその子会社の役職員から当該監査役設置会社の監査役への報告が、直接に、または、当該役職員の人事権を有していない仲介者を介して、当該監査役に対してされる体制を定めること等も考えられます(立案担当者解説 旬刊商事法務2060号7頁)、たとえば会社法357条(会社に著しい損害を発生させる事項の存在を知った取締役の監査役に対する報告義務)の要件を満たすほど明確な不正事実ではないが、不正の疑惑のある行為の通報を外部の弁護士事務所の窓口を通じて監査役に通報する、すでに社内で問題とされている不正疑惑の証拠資料を匿名で提出する、といった制度を構築することも、通報した取締役が不利な取扱いを受けないことを確保するための体制になるものと考えられます。

いずれにしても、社内の内部通報制度は、もともと監査役(会)が窓口になっているところは少ないと思いますので、ヘルプラインを改定するか(たとえば重要情報のみ窓口担当者が監査役と共有する等)、別途、監査役への報告体制をシステム化するかは各社の判断に任されています。そのような報告体制の改定の中で、取締役もプレッシャーを感じることなく(会社法357条で報告義務を課されている重要事実以外の)事実を報告できるシステムも併せて検討することが妥当ではないでしょうか。実際、コンプライアンス経営にうるさい管理本部長さんを嫌っていた社長さんが「あいつは1年だけ役員に就任させて、そのあと止めてもらう」とおっしゃっているケースもありますし、また(今後急増する)社外取締役のところへ社内通報が届き、その対処に苦慮するケースも予想されますので、このような体制作りも必要になるものと思います。

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2015年5月14日 (木)

東証規則に組み込まれたガバナンス・コードに関する素朴な疑問

本日(5月13日)、日本取引所のHPに有価証券上場規程の改正案(6月1日版)が公表されました。ご承知のとおり、有識者会議で策定されたコーポレートガバナンス・コード原案が、原案のままの形で同規程445条の3に組み込まれ、いよいよ正式なコードとなりました。上場会社はすべて同規程445条の3に基づき、CGコードの精神・趣旨の尊重義務を負うことになります(ただし、制裁の対象となる「原則」の範囲については東証1部、2部会社とJDQやマザーズ上場会社との間では異なります)。

CGコード自体の実効性を担保するのは「株主との対話」によるところが大きいことは間違いないと思います。また、開示せよと規則が命じている項目を開示していないとか、コンプライしないにもかかわらず理由を何も開示していないとか、コンプライしているかのような虚偽の理由を開示した、ということであれば、これは東証ルールに違反しているので、東証の制裁措置が発動されることにより実効性が担保されることになります。

では、コードの解釈が原因で、そもそもコードを実施していないのにもかかわらず、会社側はコードを実施していると考えている場合にはどうなるのでしょうか?東証さんは「御社はコードを実施していないにもかかわらず、何も理由を開示していないではないか?東証ルール違反ではないか?」と質問したところ、会社側は「いやいや、うちは規程445条の3に従いコードの精神・趣旨を尊重してコードを解釈している。うちの解釈によれば、コードを実施しているのであるから理由を開示する必要はない」と反論するような場合です。開示規制なら別ですが、行為規制に関するコードについては、会社が本当にコードを実施しているのかどうかはわかりません。とりあえず解釈がグレーであれば、会社としてはコンプライしている「ふり」をして、なにか問題が生じたら「見解の相違である」として言い逃れをする・・・という戦法です。

たとえば原則2-4には女性の活躍促進というコードがありますが、これは開示が要求されているものではありません。しかし「当社は女性の活躍促進はしません」としてエクスプレインする会社もあまりないものと予想します。とりあえずコンプライするのですが、その活躍促進策というのが「これが活躍促進策?」と疑問を抱くようなものであったとしても、会社が「これはコードの趣旨からみて立派な促進策だ」と断固主張するようなケース。また、取締役会の審議の活性化に関する補充原則4-12①は取締役会で配布される資料は会日に十分先立って配布されるようにすることが定められていますが、「うちの会社では2日前でも十分」と考えれば、このコードにはコンプライしていると考えて何も開示しない、ということもありそうです。確信犯的な会社は東証ルールに基づいてペナルティが発動されることは当然としても、このように誠実そうに解釈を誤る・・・という対応へのコードの実効性担保はなかなかむずかしいのではないでしょうか。

スチュワードシップ研究会さんが、パブリック・コメント(10番)として「せっかくガバナンス・コードを作ったのだから、すべての項目についてコンプライしている会社についても、どのようにコンプライしているのか開示させるべきではないか」との意見を述べておられますが、本来はそうすべきではないかと私も思います。もちろん、上場会社の中には、自社HP等ですべてのコンプライの内容まで開示するところも出てくると思いますし、株主との対話において重要項目と考えるものだけでも東証ルールとは別に開示するところも出てくるはずです。しかしガバナンス・コードは基本的に「経営判断には踏み込まない」という原則で作られているようなので、そこは株主との個別の対話の中で明らかにされればよい、ということになるのでしょうね。先の「コードの解釈の相違」というものも、理屈では東証ルールに反するものではあっても、実質的には株主との対話によって実効性が確保される、ということになると思われます。

このように考えてみると、CGコードは上場会社のガバナンスの実効性を担保するだけでなく、スチュワードシップ・コードを遵守するアセットオーナーやアセットマネージャーの方々が、対話を通じて中長期の企業価値向上のために責任を分担してもらうためにも存在する、というところでしょうか。アセットオーナーが中長期的に株式を保有することまで求めるものではありませんが、ガバナンス改革が上場会社の中長期的な企業価値に結び付くものとして、これを促進させるための責任までは求める、というところかと。

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2015年5月13日 (水)

監査等委員会設置会社の補欠取締役選任状況について

またまた監査等委員会設置会社への移行に関する話題ですが(すでに130社ほどの上場会社が移行を表明しておられますが)、3月総会、4月総会の上場会社においては、すでに監査等委員である取締役の方が選任され、5月1日より就任されております。また5月総会の会社では、招集通知の発送もすでに行われています。したがいまして、5月総会までの上場会社において監査等委員会の構成状況について調べてみました(合計9社)。

集計の結果、監査等委員である取締役3名のみ選任(または選任予定)の会社が5社、補欠の監査等委員である取締役を選任された会社が1社、4名構成の監査等委員会設置会社として、そのうち3名を社外取締役としている会社が3社となっています。6月総会会社において、すでに適時開示で補欠取締役の選任予定をリリースされている会社もありますので、今後は監査等委員である補欠取締役さんが株主総会で選任されるところも多いのではないかと推測いたします。

監査等委員会は3名以上の取締役で構成されますので(うち過半数が社外取締役)、補欠を選任せずにきっちり3名のみ選任議案を上程する、というのがもっともシンプルです。しかし、監査等委員としての取締役の職務は相当に労力を要するものと思いますし、執行と監督の分離を促進するモデルと考えた場合、経営執行部と対立する可能性もあります。したがって欠員が生じることも予想されます。監査等委員会の場合、指名委員会等設置会社の監査委員のように取締役会で選定できるものではないので監査等委員会が事実上開催できないリスクがあります。

そこで補欠取締役の選任が考えられます。これは正式に選任された監査等委員の取締役が監督機能を存分に(安心して?)発揮できる体制になるので、社外からみても迅速果断な意思決定が期待されるところです。しかし、補欠といえども、監査役と異なり、監査等委員以外の取締役の指名や報酬の妥当性に関する意見を決定しなければならないという「経営評価l機能」を果たさなければ善管注意義務違反に問われる可能性があるので、会社経営に何ら関与してこなかった人がいきなり妥当性審査や妥当性監査をもって善管注意義務を尽くせるのか、というかなりシビアな問題があります。

ということで、すでにご紹介した上記3社のとおり、監査等委員会を4名体制として、うち社外取締役を3名とするのがベストではないでしょうか。この体制であれば「執行と監督の分離」による迅速果断な意思決定を支える監査体制と外部からも評価されるでしょうし、また監査等委員と経営執行部が対立した場合でも、監査等委員会が機能しなくなるというリスクを低減できます。ただ、監査役会設置会社と異なり、監査等委員会は組織監査が原則なので、4人が2対2に分かれるような意思決定となると監査自体ができなくなってしまうというリスクはあるかもしれません。指名委員会等設置会社の場合には取締役会でコントロールできますが、監査等委員会設置会社の場合には、株主総会での選任・解任となるので、やや問題が残るところです。

6月総会会社のリリースをみておりますと、監査等委員である補欠取締役を一気に2名選任する会社もありますし、「攻めのガバナンス」をどのように機関設計に活かしていくか、各社の工夫が感じられます。

PS リスクモンスター社も監査等委員会設置会社への移行を正式に表明されましたね。たいへん失礼いたしました<m(__)m>。

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2015年5月12日 (火)

ファーマライズHD社の有事に求められる徹底した自律的行動

65歳で勇退されるドン・キホーテHD社の会長さんのインタビュー記事が5月11日の日経ニュースで掲載されました。出店を加速していた時期に、騒音問題で地域住民の猛反発を受けたときにも、法令違反をしていないことを客観的に証明して切り抜けたそうです。「なんとなく住民の理解を得るという曖昧な対応ではなく、法律を守っている、数値を満たしているという客観性が大切だ」とのこと。

東芝さんの不適切会計処理に関する事件、そして朝日新聞のスクープとなったファーマライズHD系列の薬局における調剤補助事件(たとえば産経新聞ニュースはこちら)などをみると、「会社として、あってはならないことが起きた」との印象を受ける対応です。とりわけファーマライズさんの謝罪文(HPで公開)を読みますと、薬剤師の監視のもとで薬の調合を事務職が行った場合は法令違反になるのか、ならないと考えているのか、会社としての考え方がよくわかりません。会社側は「あってはならないことなので是正した」としていますが、そもそも薬剤師を補助する行為が調剤行為として法令違反だと考えているのかどうかが最も知りたいところです。

消費者の理解を得るためには、曖昧な対応ではなく、自身が法律を守っているという客観性を説明する必要があります。たとえば無資格者の調剤行為は事前規制でも事後規制でも、厚労省が取締まることは事実上困難です(事務職による薬剤師への支援は当然必要でしょうし、だからといって調剤行為を事務職が行っていたことを事後的に確認することは困難)。したがって、もし疑惑が発覚した場合には、国民から限りなくグレーな印象をもたれてしまうことになるので、「この1,2件以外には同様の行為はなかった」ということを企業自身が消費者に対して客観的に説明しなければなりません。

普段から「当社でも事故や不祥事は起きる」と考えている経営者は、リスク感覚に長けておられる方が多く、そのような方は有事における損失を最小限度に抑える手法を心得ています。しかしながら、名門企業や一次不祥事を発生させること自体が企業の信用を毀損してしまいかねない企業の場合は様相を異にします。そもそも「不祥事は起こしてはならない、事故はあってはならない」という意識が経営者に強いので、誰がみても有事であるにもかかわらず「今が有事だ」という意識が乏しく、不祥事であることを認めたくないので曖昧な事後対応で終始し、公表することにも消極的です。しかしその対応が新たな不祥事(二次不祥事)を招くことになります。

ファーマライズHDさんの場合、いきなり「他の店舗では一切、調剤補助といった事実はありません」と断定されていますが、なぜ断定できたのでしょうか。朝日新聞の一面記事では録音に「うちはこうしないと回らない。ほかでもやっている」と残っているそうですが、これは事実と異なるということでしょうか(ちなみに朝日の記事では大阪版の社会面が最も詳細に報じています)。しかし調剤補助という行為を立証することが困難であればあるほど、逆にその証拠が残っているとされる場合には、証拠の存在を否定することも困難です。たとえば内部通報が存在しなかったことや、問題視する事務職に対するパワハラの疑惑もなかったこと、リスクが存在することを平時から承知していたからこそ行われていた措置などから客観的に説明を行う必要があるのではないでしょうか(そもそも会社側から「そちらの店舗では事務職が調剤行為を補助している、ということはないか」と問われ、「そういえば・・・」と回答が薬剤師さんや事務職から返ってくると考えるほうが非現実的であり、なんら説得力を持ちません)。

外からの規制がむずかしいコンプライアンス違反行為は、企業の自律的行動に期待するしかないので、もし自律的行動が期待できない状況だと行政が判断した場合、当該企業は厳しい営業上のハンデを背負うことになります。このような状況だからこそ、ファーマライズHDさんには徹底した自律的行動が求められるものと思います。

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2015年5月 7日 (木)

監査部門必読!?-JBR社内調査委員会と「攻めのガバナンス」

トラブル解決を本業とするJBRさん(東証・名証1部)が大きなトラブルになってしまいました。同社の連結子会社における会計不正事件といえば、昨年何度も当ブログで取り上げましたが、4月28日に公表されました同社内部調査委員会報告書を拝読してたいへん驚きました。同内部調査委員会は、過去3度の第三者委員会も認定できなかった「親会社の元取締役管理部長」の不正関与(といいますか不正主導)の事実を認定しています。この元取締役管理部長さんは現在でも自身の関与は否定されているそうですが、社外取締役2名、社外監査役1名で構成される内部調査委員会は、明確にこの元取締役の関与根拠事実を証拠をもって認定しています。ちなみにフォレンジック部隊も(メールの復元等で)活躍されています。

これまで実行者として「会計不正の主導者」とされていたA社員(子会社取締役)が、実は親会社のB元取締役管理部長から具体的な指示を受けて先食い(工事進行基準に基づく不適切な売上先行計上)を行っていたということだそうです。A社員が第三者委員会のヒアリングに嘘をついていたのは、B元取締役管理部長から「真実を話せば当社は上場廃止になってしまう。私も困るし、あなたも困るし、すべての社員が困ってしまう」と説得されたことによるものだそうです。A社員はBから「心配するな、俺が必ずおまえを守る」と言われたそうですが、粉飾を指示された社員をなだめる経営幹部の常とう手段ですね。ちなみに、このA社員は(意を決して)内部監査の手が会計不正工作に及ばないように自ら画策しています。

しかし本件でもっとも驚いた事実は、同社の監査役、内部監査室長がこのB元取締役管理部長の指示を受けて監査役らに届いていた「疑惑ccメール」を自身らの手で消去していたことです。本来、会計不正の主導者である経営幹部の不正を勇気をもって糾弾しなければならない立場にある二人が、このB元取締役から「会社を守るためだ」と言われて自身らに届いていた不正を疑わせるメールの消去に走るというのは・・・・・。このB元取締役管理部長は、自ら社内で「上場屋」と名乗り、会計不正を実行した連結子会社の上場を企図していたということなので、相当に親会社では実力者だったものと推測します。

多くの社員が「会社を守れ」というメッセージのもとで疑惑メールを消去し、証拠隠滅に走ったというのですから、やはり組織力学は恐ろしいなぁと感じます。ちなみに疑惑メールを消去しなかった(消去指示を拒否した)社員がひとり登場します。なんと気骨のある社員だなぁと読みながら感じておりましたが、最後まで読みますと「私は当時、子会社の保険会社に出向しており、金融庁が管轄でした。なので、もしメールを消したことがバれたら厳罰になるのでこわかったのです」とあり、ややガッカリします。

さらに「日弁連第三者委員会ガイドラインに準拠しています」としながら、どうして第三者委員会はここまで突っ込んで事実認定をしなかったのか、と第三者委員会への苦言も呈しています。もちろん第三者委員会設置の時点では金融庁の立入検査が行われていない、関係者が協力して真実を話さない、といった問題はあったものの、今後の第三者委員会の在り方にも一石を投じることになるのではないでしょうか(ちなみに、内部調査委員会がここまで書けるのは、ご自身方が事件の後から社外役員に就任されたから、という面もあることを付言しておきます)。そもそも第三者委員会が半年間で3回も(委員を変えて)設置されるということは異例の事態であり、どうして監査法人が第三者委員会の認定に満足できなかったのだろう・・・と疑問に思っておりましたが、監査法人は同社の監査役さんとの連携がうまくいっていなかったことが想像できます。監査役が監査法人に対して「なぜ第三者委員会を設置せよ、などと偉そうにいうのか、そこまで必要ないではないか」と抗議に出向いたことが記載されています。うーーん、たしかに経営者が関与する不正を糾弾するためには監査役と監査法人の連携は不可欠だと思いますが、これでは機能しないかなぁと。

なお、この報告書を読んで感じたことですが、これはなにもJBRが特別な会社だから、ということではなく、一つ間違えばどこの会社でも起きるのではないか、ということです。会計不正の舞台となった子会社はJBR社が成長戦略の一環としてM&Aで取得した会社です。その会社の社長さんにほれ込んで取得したということのように推測されます(これまでの第三者委員会報告書等を総合しての推測です)。また元取締役管理部長氏は、世間で上場のプロと呼ばれていたようで、この子会社を上場させるという使命に燃えていたようです。JBR社からこの連結子会社に多額の融資が短期間のうちに実行されていますが、これも同業他社に後れを取らないように迅速果断な意思決定が必要だったとか。必要があれば書面決議による実行も行われていたようです。まさに上場会社の成長戦略を推進するための「攻めのガバナンス」の象徴のような場面で発生した会計不正事件です。

世間ではコーポレートガバナンス・コードへの関心が高まっており「攻めのガバナンス」が素晴らしいもののように思われる風潮がありますが、監査部門が機能しない等、ひとつボタンをかけまちがえると恐ろしい粉飾地獄が待ち構えており、まじめな社員が多ければ多いほど「会社を守るためにみんなで粉飾に協力する」という結末を迎えることになってしまいます。JBR社の今後のガバナンスの建て直しに大いに期待したいところですし、他社においても「執行と監督の分離」ということをまじめに考えてみてはいかがでしょうか。

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2015年5月 5日 (火)

監査等委員会設置会社移行表明会社のガバナンス(現状)について

(5月5日午後 5月9日午前 5月17日 修正あり)

迷える会計士さんに、本日(5月5日)現在、監査等委員会設置会社に移行することを表明した上場会社(及び既に移行した上場会社)のガバナンスの現状(移行済会社については従前のガバナンス状況)を集計していただきました(なお、その後さらに情報をいただきましたので、5月8日現在の分を追加しました)。そこで、その集計結果を参考に円グラフで示してみました。集計数字を右側に示しましたのでご参考にしてください。なお、迷える会計士さんが集計するにあたっては川井信之先生のブログを参考にされたそうで、川井先生にも御礼申し上げます<m(__)m>ちなみに私も30くらいまでは数えていたのですが、急激に増えたところでしんどくなってカウントをしておりません(笑)

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このようなグラフの分析は人間の主観的な判断がどうしても入ってしまうと思いますが、遠慮がちに申しますと、「やっぱり社外取締役を探すのが億劫なのでとりあえず」といった企業が多いのではないかと。私の勝手な推測にすぎませんが、監査等委員会設置会社の理想である「執行と監督の分離」を目指すというよりも、監査役会設置会社の延長として活用する、といった上場会社が圧倒的に多いように思います(105社中、社外取締役がいない上場会社は70社)。ガバナンス・コード(2名以上の社外取締役の選任を要望)との関係で言えば「9割の移行表明会社がガバナンス・コードの影響を受けている」とも言えそうです。

なお、私のもうひとつの関心事は「監査等委員会設置会社への移行と共に、どれだけの会社が取締役会の権限委譲の定款変更を行うか」という点です。とくにこの「社外取締役0人」のガバナンスの会社の中で、どれほどの割合の会社が定款変更をされるのでしょうか。また興味深いところです。

PS 先日、取材を受けました弁護士ドットコムさんに日弁連社外取締役ガイドラインの記事を掲載いただきました。どうもありがとうございます<m(__)m>新たに社外取締役に就任される経営者や経営者OBの方々、専門職の方々にぜひとも参考にしていただきたいと思っております。解説本の第2版ももうすぐ出ますので、そちらもよろしくお願いします。

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2015年5月 4日 (月)

内部通報制度見直しの参考となる大津市の新条例

5月1日の読売新聞ニュースで知りましたが、大津市が外部委員による委員会を活用した内部通報・内部告発受理制度を新たに設置したそうです。4年ぶりに改訂された「大津市職員等の公正な職務の執行の確保に関する条例」に基づく制度ですが、①職員からの内部通報、市民からの内部告発を外部委員会が受け付ける、②同委員会は、必要がある場合には独自で調査をする、③市民の責務を規定して、不誠実告発を排除する、④内部通報によって職員が不利益取扱いを受けた場合には、同委員会に申出ができる、⑤通報者だけでなく、通報や調査に協力をした者の不利益取扱いの申出も受ける、といった特徴があります。ちなみに外部委員には3名の弁護士が就任されているようです。

5月1日施行の改正会社法施行規則では、内部統制システムの整備に関する決議事項として「監査役に報告したことによって不利益な取り扱いを受けないための体制整備」が規定されています。また、6月1日適用開始予定のコーポレートガバナンス・コードの第2章原則2-5においても、内部通報制度を整備すべきとされています(さらに補充原則2-5①では、社外役員が関与した独立窓口の設置、通報者の不利益取扱いの禁止などが規定されています)。これらのガバナンス改革の流れの中で、今年は上場会社を中心にヘルプラインの見直しが図られるのではないかと思いますが、上記の大津市の新しい試みは上場会社にも参考になるのではないでしょうか。

とりわけ「不利益取り扱いの禁止」条項の実効性を、どのようにヘルプラインで担保するかは課題です。不利益取り扱いにペナルティを課すというところも多いと思いますが、上記大津市の規定では、まず外部委員会に「不利益取扱いがあった」と申立てができるものとなっており、この外部委員会が(法律専門家として)調査を開始するというところが斬新かと。さらに、私も消費者庁のアドバイザーとして、この1年、多くの内部通報者・内部告発者からヒアリングをさせていただきましたが、「内部通報協力者」の存在もいくつかの事例で見受けられました。私自身も通報協力者の秘密が守られ、また協力者自身の不利益取扱いが禁止されなければ、内部通報の実効性は確保されないと考えていますので、調査協力者の保護を規定した大津市の制度はかなり画期的なものではないかと思います。

ヘルプラインの運用でむずかしいのは「不誠実通報への対応」という点ですが、大津市の制度では、調査の必要性の有無を外部委員会の判断にゆだねていますので、通報が増えてきた場合には外部委員の方がけっこうたいへんかもしれません。公益目的通報に関する規定の前に、「不当要求行為」を定義して、市民による不当な要望から職員を守ることとの関連でうまく処理できるのかもしれませんが、運用次第では窓口担当者自身がコンプライアンス違反として糾弾されることがありますので(私の経験では)気苦労が多いところです。

いずれにしましても、この条例の目的は職員の保護ということよりも、職員のコンプライアンス確保(による市政の健全化)を第一に掲げていますので、内部通報と内部告発をいずれも受け付けるというものです。公益通報者保護法との関係では整理しなければならない点も多いかもしれませんが、コンプライアンス経営を実現する、ステークホルダーとしての従業員の地位を確保するということを真摯に考える企業にとっては、参考になるところが多いと思います。私は独立した外部窓口を担当することよりも、最近は「ヘルプライン制度の内製化」のためのコンサルティングのほうが仕事としては増えてきましたが、各企業における理想(あるべきヘルプライン)と現実のギャップを知るためにも、まずはこのような外部委員会制度を活用することをお勧めいたします。

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2015年5月 1日 (金)

改正会社法施行日に考える「監査等委員会設置会社」

本日(5月1日)は平成26年改正会社法の施行日ですね。企業統治や親子会社規律、事業再編等に大きな影響を及ぼすことが予想されます。会社法は小さな会社にも適用がありますので、今後は全国の中小の会社さんにおいて混乱が生じるかもしれません。6月に適用開始となるコーポレートガバナンス・コードとは異なりますので、まずは全国の経営者の方々が「会社法が少し変わったらしいけど、うちは大丈夫?」といったことだけでも「気づき」があればいいですね。

ところで日経ニュースなどでも報じられているように、企業統治改革の目玉である社外取締役制度導入(有価証券報告書提出会社への事実上の強制)に伴い、監査等委員会設置会社へ移行を表明した会社が100社を超えたそうです。正確にはガバナンス・コードによる影響のほうが大きいとは思いますが、スゴイ勢いで監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ機関設計を変更する上場会社が増えています。先週、先々週と、東京や大阪でセミナーを開催させていただきましたが、経営者、担当者とも真剣に移行を検討している会社が非常に多いことに驚きました。今後も益々移行を表明する企業が増えるものと予想します。

もう何度も当ブログでも述べましたので繰り返しになってしまいますが、監査等委員会設置会社はうまく活用すれば事業戦略上有効であり、まさに「稼ぐ力」を推進する役割を果たすと思いますが、その分副作用もあり、誰も経営者の作為、不作為による企業価値の毀損を止められない会社固有のリスクがあります。また取締役固有のリスクとしては、監査等委員である取締役(社外取締役は2名以上)の「経営評価機能」は、これまでの監査役さんの監査機能とも、また普通の社外取締役さんに求められる(取締役会における意思決定を通じての)監督機能とも異なります。たとえば会社法399条の2、3項3号に定める監査等委員会の取締役の指名、報酬に関する意見決定職務(「監査等委員会」の職務とありますが、総会での意見陳述は権利でも、意見決定は委員会を構成する全取締役の意見形成関与義務ですね)が規定されていることからすると、この監査等委員である取締役さんの職責(善管注意義務)は極めて大きなものと考えられます。

また、監査等委員会という新たな「機関」を支える事務局の体制作りも不可欠ですね。内部監査部門が担当するのか、それ以外の部門なのかは会社によって異なりますが、そもそも社長直轄の部門が多い中、監査等委員会という独立した機関の実効的な活動をどう担保するのか、これは監査等委員である取締役さん以上にたいへんな仕事かもしれません(ちなみに監査等委員である取締役は非業務執行役員なので「業務執行」はできません。したがって、監査等委員である取締役さんは、自分たちが関与する妥当性監査や、社長の報酬や次の社長が誰がよいか等の経営評価機能を全うできる体制とはどのようなものかを考えて、その整備を経営陣に要求しなければ善管注意義務を尽くしたとはいえないものと思われます)。内部統制システムの基本方針を新たに改正する必要がありますが、監査等委員会設置会社に移行した会社がどのように内部統制システムを改正するのか、今後注目されるところです。

ところでリスクモンスター社(東証JDQ)は昨年6月の定時株主総会において取締役・監査役の報酬額改定に関する議案を上程されました。上程理由は「今年の会社法改正後に監査等委員会設置会社に移行することを検討しており、社外の人たちに就任を打診するにあたっては、それなりの報酬を支払う必要があるから」というものです。同社は会社法務に精通しておられる著名な方々が社外取締役、社外監査役に就任しておられますし、「外から候補者を見つけてくる」と説明しておられますので本気でガバナンスを充実させて戦略に活かすことを検討されているものと推測します。しかしながら、本日現在、リスクモンスター社は監査等委員会設置会社への移行を表明しておられません。ここからは私の推測にすぎませんが、企業のリスク審査を本業とされる同社が監査等委員会設置会社の社外取締役のリスクを真摯に検討され、その報酬額も検討した場合、なかなか社外からふさわしい方を招へいすることはむずかしい、ということかと想像します。

つまり、それほど監査等委員である社外取締役の職責は重く、またリーガルリスクも高いいうことかと思います。私が監査等委員会設置会社の社外取締役に就任するのであれば、これだけの高い条件を社長さんに同意していただけることが条件です(そんな条件ならもう結構ですと言われるでしょう)・・・と昨年出版した「会社法改正のグレーゾーン」の中で書きましたが、その気持ちは今も変わりませんし、昨日購入した江頭憲治郎先生の「株式会社法(第6版)」を拝読しても、その気持ちは揺らいでおりません。一方で、経営者ご自身が(メリット・デメリットを理解したうえで)監査等委員会設置会社に移行することを中長期の事業成長に結び付ける明確なストーリーを描ける企業にとっては、これほど武器になるガバナンスもないのでは・・・と感じます。(改正会社法の附帯決議とされている)2年後のガバナンス検証に向けて、法務省にとっても、この移行表明企業の増加は「良い傾向」と確信されているのではないでしょうか。

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