取締役が監査役に通報したことで不利益扱いを受ける場合とは?
多くの上場会社さんにとりましては、会社法改正に伴う「内部統制システムの基本方針の一部見直し」もほぼ終わり、いよいよ見直された基本方針に従って社内ルールを策定する時期にきているのではないでしょうか。私も、いくつかの上場会社さんから内部統制システムの見直し、そしてこれに伴う社内ルールの改定に関連する相談を受けておりまして、実務に沿ったご質問も受けています。
そのような中で、ひとつおもしろいご質問がありました。長く企業法務を担当されている方で、会社法についてかなり精通されていらっしゃる方です。
お忙しいところ1点、ご教示いただきたいことがございます。今回の会社法改正により、監査役への通報者に対する不利益取り扱いの禁止を内部統制システムの基本方針として定めている企業が一気に増えましたが、通報者のうち「取締役」への不利益取り扱いの禁止とは、具体的にどういった対応が考えられるのでしょうか。内規により、不利益取り扱いの対象を従業員だけでなく、取締役にまで拡げるのは、やや違和感がございます。
会社法施行規則の改正の中でも、監査役への報告体制の整備・運用についてはどこの会社も工夫を凝らしておられると思いますが、ご質問に関連する条文は以下のとおりです(なお会社法上の大会社であり、監査役会設置会社をモデルとします)。
会社法施行規則100条(業務の適正を確保するための体制)
4 次に掲げる体制その他の当該監査役設置会社の監査役への報告に関する体制
イ 当該監査役設置会社の取締役及び会計参与並びに使用人が当該監査役設置会社の監査役に報告をするための体制
ロ 当該監査役設置会社の子会社の取締役、会計参与、監査役、執行役、業務を執行する社員、法第598条第1項の職務を行うべき者その他これらの者に相当する者及び使用人又はこれらの者から報告を受けた者が当該監査役設置会社の監査役に報告をするための体制5 前号の報告をした者が当該報告をしたことを理由として不利な取扱いを受けないことを確保するための体制
つまり、当該会社や当該会社の子会社の取締役、使用人等が、監査役に対して報告するための体制の整備に関する決議をすることになるのですが、かりに整備するとした場合、当該取締役や使用人から監査役に報告がなされたことをもって、その取締役や使用人が不利な取扱いを受けないことを確保するための体制整備についても決議をすることになります。ここ1カ月の適時開示をみておりますと、ほとんどの上場会社が内部統制システムの見直しとして、このような体制整備を行うことを宣言しています。しかし、いざ社内ルールを作るという段階になりますと「そういえば取締役が監査役に通報することで会社から不利益を受けるというのはどういった状況なのだろうか?そもそもわが社のヘルプライン規約には取締役が通報主体とはされていないし、公益通報者保護法もたしか取締役は(使用人兼務の場合は別として)通報主体とはされていなかったはず。ではどうやって社内ルールに落とし込んだらいいのだろうか」と悩むこともありそうです。おそらくご質問者のお悩みはこのような点ではないかと。
たしかに「不利な取り扱いを受けない」というのは、想定されるのは通報者が会社から解雇処分や配転命令、降格処分など、不利益な人事処分を受けることを禁止することだと思われます。内部通報に関連する裁判でも、トナミ運輸事件やオリンパス事件、そして警察裏金告発事件等をみても「人事上の処分の適法性」が問題となりました。しかし、会社の圧力によって正当な内部通報が委縮してしまうことを防止しようとする本条文の趣旨からすれば、不利な取扱いとは、会社による法律上の権限行使だけでなく、事実上の処分(作為、不作為)によってなされる場合もあります。取締役は雇用契約上の不利益処分を受ける対象ではありませんが、取締役会を通じて業務執行上の役付けを解かれることもありえますし、また事実上経営情報から隔離されてしまい、当該取締役の職務執行が妨害されることも考えられます。したがいまして、取締役が通報を行ったことにより会社から(他の経営幹部から)不利な取扱いを受ける、という状況を禁止することは想定されるものと思われます。つまり、ヘルプライン規約を改正して通報主体に取締役を追加する、ということは可能です。
では、(ご質問者への回答ですが)ヘルプラインの通報主体に取締役を追加せずとも、取締役が不利な取扱いを受けないことを確保する体制というのは構築できるのでしょうか。ここはやや発想の転換が必要かと。たとえば、会社法施行規則100条3項5号が定める体制というのは、監査役への報告を理由とする解雇等不利益な処分を禁止することのほか、当該監査役設置会社またはその子会社の役職員から当該監査役設置会社の監査役への報告が、直接に、または、当該役職員の人事権を有していない仲介者を介して、当該監査役に対してされる体制を定めること等も考えられます(立案担当者解説 旬刊商事法務2060号7頁)、たとえば会社法357条(会社に著しい損害を発生させる事項の存在を知った取締役の監査役に対する報告義務)の要件を満たすほど明確な不正事実ではないが、不正の疑惑のある行為の通報を外部の弁護士事務所の窓口を通じて監査役に通報する、すでに社内で問題とされている不正疑惑の証拠資料を匿名で提出する、といった制度を構築することも、通報した取締役が不利な取扱いを受けないことを確保するための体制になるものと考えられます。
いずれにしても、社内の内部通報制度は、もともと監査役(会)が窓口になっているところは少ないと思いますので、ヘルプラインを改定するか(たとえば重要情報のみ窓口担当者が監査役と共有する等)、別途、監査役への報告体制をシステム化するかは各社の判断に任されています。そのような報告体制の改定の中で、取締役もプレッシャーを感じることなく(会社法357条で報告義務を課されている重要事実以外の)事実を報告できるシステムも併せて検討することが妥当ではないでしょうか。実際、コンプライアンス経営にうるさい管理本部長さんを嫌っていた社長さんが「あいつは1年だけ役員に就任させて、そのあと止めてもらう」とおっしゃっているケースもありますし、また(今後急増する)社外取締役のところへ社内通報が届き、その対処に苦慮するケースも予想されますので、このような体制作りも必要になるものと思います。
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