会計不祥事を乗り切る企業のための参考書籍と内部統制上の課題
6月12日、東芝さんは「自主チェック結果、特別調査委員会の調査概要及び第三者委員会への委嘱事項との関係についてのお知らせ」をリリースされ、現時点における同社の取り組みの経過を公表されました。一部のマスコミから「東芝は第三者委員会の中間報告を経営陣が要請している」と報じられ、同社はこれを直ちに否定しましたが、おそらくこのリリースのことではなかったかと思料いたします。有事に立ち至っている東芝さんが上場廃止にならないためには、自浄能力を発揮したうえで、正確な事実認定と決算確定、原因分析と再発防止策の立案が必要なので、このようなリリースは当然必要になりますね。
ところで、上場会社において会計不祥事が発覚した場合、当該会社の役員の方々も、また会社を取り巻く株主等ステークホルダーの方々も、会社役員の法的責任はどうなるのだろう、決算訂正と会計処理の違法性の関係はどうなるのだろう、株主総会で何を確定すればよいのだろう、どんなことが出てくると上場廃止になるのだろう、と不安になります。せめて平時の知恵として、以下のような有益な参考書が存在することを認識されておかれてはいかがでしょうか。いずれも企業法務に精通した法律事務所さんが監修されています。
1「企業不祥事対応~これだけは知っておきたい法律実務(第2版)」(経団連出版)
西村あさひ法律事務所・危機管理グループが出された本です。今回の東芝さんの対応を理解するには47頁から66頁あたりが参考になります。本書は会計不正事件だけでなく、いろいろな企業不祥事の初動対応にはとても有益であり、私も実務の参考にしています。
2「過年度決算訂正の法務(第2版)」(中央経済社)
森・濱田松本法律事務所の先生方や弥永教授らがまとめた良書。とくに「会計上の誤謬」に焦点をあてて、会計処理問題と法務の問題をきちんと分けて論点を検討されています。このたびの東芝さんの株主総会において、私が問題提起している計算書類の報告・承認と「定時株主総会」との関連性についても触れられています(私の意見とは異なりますが)。
3「会計不祥事対応の実務~過年度決算訂正事例を踏まえて」(商事法務)
長島・大野・常松法律事務所とあずさ監査法人さんによる有益な参考書です。本書も会計不正事件発覚時の有事対応を中心にまとめられていますが、特筆すべき点として過年度決算訂正が内部統制報告制度に及ぼす影響を詳細に検討されている点が挙げられます。
4「金融商品取引法違反への実務対応~虚偽記載・インサイダー取引を中心として」(商事法務)
アンダーソン・毛利・友常法律事務所の先生方による良書。虚偽記載の「重要性」判断について詳細に検討されているところに特徴があります。また題名は「金商法」とありますが、過年度決算訂正が会社法開示に及ぼす影響についての法的な検討もなされており、虚偽記載事案における有事対応にも参考になります。
会計不祥事が発覚した場合の危機対応については、会計学と法律学の隙間、会社法と金商法の狭間にあって、これまであまり研究されてこなかった分野に横たわる論点が多いので、上記のいずれの書籍も引用文献が極めて少なく、会社法・金商法上の論点にわたり、執筆者が一生懸命に考え抜いて書かれていることがわかります。会社役員や会社側担当者だけでなく、会社もしくは役員の責任追及を検討する株主側においても非常に参考になるものばかりです。
そしてもう一冊、お勧めなのが定番「内部統制の知識(第3版)」(町田祥弘著 日経文庫)です。この3月、会社法改正に合わせて改定されています。東芝の社長さんが5月15日の記者会見で「財務報告の内部統制が機能していなかった」と述べておられ、また6月12日の日経ニュースによれば、東芝さんは財務報告内部統制の訂正報告書を提出する予定であることが報じられています。今後は東芝さんの財務報告内部統制の瑕疵に焦点が当たるのではないかと思いますが、今一度、有事対応のための知恵として、内部統制の基礎について各企業とも理解しておく必要があると思います。
「いやいや、もうJ-SOXは理解しているから・・・」という方にも、ぜひとも第3版で追加された「内部統制の課題」とここ数年の内部統制に関する制度の変遷だけでもお読みいただきたいところです。内部統制を取り巻く環境は大きく変わっています。
とりわけ訂正内部統制報告書の課題です。当ブログでも何度も繰り返し指摘していますが、内部統制に開示すべき重要な不備があり有効ではない、とする評価結果を最初から提出する企業は激減していますが、不祥事を起こして「やっぱり有効ではなかった」と訂正報告書を提出する企業は著しく増加しています。とりあえず経営者が有効と評価した報告書を提出しておいて、なにか問題があったら「有効ではありませんでした」との訂正報告を出せばよい、といった風潮が蔓延しているのではないでしょうか。町田教授も「このような状況は、当初の内部統制の評価作業が適切なものであったのかどうかという疑問を惹起するものであり、モラル・ハザードのおそれもある、内部統制の評価作業を適切に行っている企業がバカをみる結果になりかねない」と懸念を表明しておられます(本書249頁)。
この町田教授の懸念は私も全く同感です。もし東芝さんがこのたび内部統制の訂正報告書を提出するのであれば、これまでどうして「内部統制は有効」と評価していたのか、このたびはなぜ有効ではなかったと評価結果を変えることになったのか、社内に保存されている評価根拠記録とともに合理的な説明をしていただきたいところです(そのために記録の保存義務が明記されています)。また、監査法人さんも、なぜ「内部統制は有効」と評価した経営者意見について「適正である」と意見形成をしたのか、監査調書をもとに合理的な説明が必要だと思います。そうでなければ町田教授の指摘するように、「ただなんとなく内部統制を評価していた」「最初から内部統制は有効ありき、の評価だった」と推測されてもやむをえないのではないでしょうか。
あまりにガチガチのルールを定めることで上場会社の負担を増やすことは適当ではないということで、このたび内部統制報告制度は簡素化されました。つまり事前規制が緩和されたのですから、市場の健全性確保のためには事後規制にウエイトが移ることは当然かと思います。つまり、訂正報告書提出会社の説明責任厳格化も必要でしょうし、量刑ガイドラインの策定も検討されるでしょうし(粉飾企業において、内部統制が構築されていればペナルティを減免する制度)、重要な不備が認められた会社には評価範囲の絞り込みを一定期間認めない、といった施策を講じることも必要かと思います。東証の特別注意市場銘柄の運用上の工夫も必要かと。最近の「開示すべき重要な不備」に関する調査結果、そして内部統制の運用評価が求められるようになった改正会社法の動向を前提とするならば、内部統制報告制度についても金商法上の虚偽記載責任に関する賠償責任規定が存在する以上、このあたりはとても重要な課題になりつつあると考えます。
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コメント
町田祥弘著「内部統制の知識」の第3版には、もう一つ第2版まではなかった注目すべき記述が見られます。すなわち、会社法と金商法の内部統制制度の統合の必要性を初めて言明されていることです。
「今般会社法が内部統制の運用についても踏み込んだことで、両制度に係る企業実務の効率性を考えても、両者の統合的な対応を考えるべきときに来ているように思われます」
「また、企業側だけではなく、制度としても、いつまでも会社法と金融商品取引法の両制度による別々の規制を課しているのは効率的とはいえません。少なくとも、上場会社である大会社については、統合的な内部統制の制度を検討する必要があると思われます。」
著者の町田青山学院教授は、内部統制報告制度を中心になって作り上げられた八田進二教授に極めて近く、ご自身も審議会の専門委員として基準設定に関わった方だけに、この発言には大きな重みがあります。
実は内部監査部門を中心にした企業実務家は、両制度の統合を早くから主張してきましたが、専門家及び行政からは全く無視されてきた経緯があります。法務省と金融庁の省益と面子を考えると、勿論このまま一気に制度統合が進むとは考えられませんが、二つの制度が並列しているのは日本だけだと言われる中、ようやく効率的かつ実効的な制度再編に向けた動きが出てきたことには大いに注目すべきでしょう。
投稿: いたさん | 2015年6月17日 (水) 01時47分
最近改定版(17版)が出た神田「会社法」も、やはり内部統制報告制度と会社法上の財務報告内部統制とは異なる概念だ、という前提で解説がなされていますね。ただ会社実務家にとってはいまだよくわからないところで、町田先生がご指摘のとおり、概念的に同じものと整理する実益はあるように思います。IFRSの導入とともに会社法会計と金商法会計が整理されて、制度会計が一本化するようになるとこちらの整理も進むように思いますが、おっしゃるとおり管轄の壁は大きいというのが現実ですね。
投稿: toshi | 2015年6月27日 (土) 10時41分