東洋ゴム免震偽装事件-偽装に気付いた社員はなぜ内部通報できなかったのか?
本日(6月22日)、東洋ゴム工業さんは免震ゴム性能偽装事件に関する外部調査委員会報告書の全文を公表しました。300頁を超える大部であり、私は前半の「問題行為」についてはもっとも代表的な「G0.39」に関する問題行為の説明部分だけしか読んでおりませんが、240頁以降の「問題行為の発覚状況並びにTR及びCIの対応状況」「原因、背景」「再発防止策」等は精読いたしました。4月27日のエントリー「空白の3カ月に何が起きたのか」で投げかけた私の疑問は、やはり重大なポイントだったようでして、東洋ゴム工業社のトップの不正関与の有無を評価すべき根拠事実は、昨年10月23日から今年1月末までの事実関係から判断されることになります。
ただし、(法律専門職という立場上)東洋ゴム工業さんの役員の方々の不正関与を詳細に論じることは控えさせていただきまして、本日は私にとって関心の高い内部告発・内部通報に関連する事実関係のみ取り上げたいと思います。東芝さんの不適切会計問題が内部告発によって明るみになったことがご承知のとおりですが、私はこの東洋ゴム工業さんの免震偽装事件についても内部告発や内部通報の有無について関心を抱いておりました。ちなみに、このたびの不正事件に先行する2007年の断熱パネルの偽装事件でも、やはり内部告発がきっかけとなって発覚したことがあったそうです。
本日公表された外部調査委員会報告書によりますと、免震性能計算を引き継いだ社員が、前任者の改ざん疑惑に気付いたわけですが、この疑惑については内部通報も内部告発もされなかったそうです。つまり疑惑に気付いた社員は「前任者の計算がどうもおかしい」といった相談を上司に持ちかけ、その上司が調べたところ、やはり偽装疑惑が高まることになるわけですが、(内部通報が窓口に届く、ということはなかったために)最初に社員が気づいてから親会社のトップに疑惑が知らされるまでに1年を要したことになります。また、きちんとした社内調査部隊が構成されなかったことも問題とされています。
東洋ゴム工業さんには内部通報制度があり、それなりに通報の件数も多かったようですが、ではなぜこの疑惑に気付いた社員が通報制度を活用しなかったかというと「乙B(偽装の実行者)が行っていた補正に技術的根拠がないことが明確とはいえなかったため」だそうです(同報告書276頁注参照)。この理由は内部通報制度の活用において非常に重要なポイントであり、ヘルプライン規程等に通報対象事実として「不正事実」とある場合には、通報者はとても悩むわけです。自身が通報したい事実は、果たして「不正事実」に該当するのだろうか、もし該当しない場合は私自身が処分されるのではないだろうか、と逡巡し、最終的には通報をあきらめることがあります。もしヘルプライン規程の文言を「不正、もしくは不正のおそれ」として、できるだけ通報対象事実を広くとらえ、さらに社員研修等で「不正のおそれ」の概念を周知させていれば、上記のような社員の理由で通報を断念するケースは少なくなるものと思われます。本事件でも、仮に疑惑に気付いた社員が内部通報制度を積極的に活用できていたとすれば、親会社のトップが偽装疑惑をもっと速やかに知ることができたのではないでしょうか。
そしてもうひとつ、上記報告書には内部通報制度の活用を阻害するような重要な事実が記載されています。昨年10月23日、つまり東洋ゴム工業さんのトップが出荷済の免震ゴムを回収すべきか悩んでいたときに、「回収もせず、公表もしない場合のデメリット」が取締役間で議論されています。そのデメリットの第一として「公表しないままでいると、内部通報されてしまうデメリット」が挙げられています。同社の取締役らは、これを懸念して内部通報を行うおそれのある関係者リストを作成し、「事前説明」を行うことが提案されました(同報告書260頁参照)。この「事前説明」とはどのようなものか、外部調査委員会は不明としていますが、おそらく通報するおそれのある者を呼んで、もし通報した場合には社員等の身分がどうなるのか、あらかじめ説明をしておく、という意味ではないかと推測されます(これは私自身の推測です)。つまり内部通報・内部告発のリスクを同社は認識したうえで、このリスクをつぶしておこうと考えていたようです。
報告書のこの記述には少々驚きました。取締役が内部通報(内部告発)しそうな社員のリストを作成すること自体、尋常ではありませんが、その対象者に事前説明を行うというのも前代未聞です。会社の経営陣というのは、追い詰められてしまうとこのような対策まで真剣に考えてしまうのだろうか・・・と驚愕いたします。このような事実を知ると「やはり公益通報への不利益処分に対しては、なんらかのペナルティが必要ではないか」との思いを抱かざるをえません。
本事件が経営者関与、組織ぐるみの不正といえるかどうかは、昨年10月23日前後の同社役員の行動の評価次第であり、あまり明確にはされていません。また、監査役監査や内部監査等がなぜ機能しなかったのか、そのあたりも「情報が届かなかったから」で済ませてよいのかどうかは不明であり、このあたりは読む方にとって意見が分かれるかもしれません。ただ、公益通報者保護制度の改正を考えるうえで(なぜ内部通報制度は機能しないのか等)、本事件の事実経過が参考になることは間違いないものと感じました。
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コメント
一部分だけですみません。
「内部通報リスク」って何なんでしょうか。外部への「内部告発リスク」なのでしょうか。
そうすると、「事前説明」が「会社でちゃんとするから」という説明なのか「告発したらどうなるかわかっているんだろうな。」という説明なのか、よくわかりません。抜き書きは良くないのですが。
また、「取締役が内部通報(内部告発)しそうな社員のリストを作成すること自体、尋常ではありませんが、その対象者に事前説明を行うというのも前代未聞です。」の下りは同感ですが、会社の常識、というレベルでもありそうです。残念ながら。
投稿: Kazu | 2015年6月23日 (火) 12時36分
東洋ゴムの有報によれば内部監査部門は7名の陣容です。一見多いように見えますが、連結10,849名、単体でも3,056名。よっぽど社内の地位が確立されていなければ、情報すら入手できず何もできません。
まして、今回の問題が発生した非上場子会社に、機能する内部監査部門が設置されていたのでしょうか。
米国と異なり本邦の内部監査部門のほとんどは、代表取締役の指揮下にあるため、監査役や監査等委員と連携することが難しいと思います。
投稿: 内部監査人 | 2015年6月24日 (水) 00時25分
失敗は放っておくと大きくなり、隠せば隠しきれなくなる大きさまで成長する、という法則を地で行くお話でございます。問題行為を直接行った乙Bらの規範遵守意識の著しい鈍磨と、それを醸成させる企業風土に興味があるのですが、ここでは内部通報との関連で少し感想を述べます。
断熱パネルで2007年10月31日に従業員の告白により、防火認定不正取得が明るみに出たのは、その前日にニチアスが軒裏・間仕切り壁建材で同様の不正を行っていたことを公表したのと軌を一にしており、ニチアスの発表に影響を受けた告白であったことが推測されます。この断熱パネルの再発防止策として、内部通報制度では制裁減免制度が起用されていますが、「活用促進策としては十分といえなかった」と今回の調査報告書で評価されています。そして今回の調査報告書では再発防止策の提言の中に、内部通報の義務化が記されています。素人目には義務化がどれほどの効果が期待できるのか、判断がつきません。むしろ心理的リアクタンスにより、かえって抵抗に遭い、実効性を弱めるのではないかと懸念します。
乙Bの後任である乙Aが疑いを持ってから、公表するまで2年間。関係者は自分達にとって都合の良い情報を求めて時間を費やし、経営判断を行うべき経営者たちは、安全性という倫理的な意思決定をすべき場面で、費用対効果(公表による損失と、非公表に伴う費用というか内部通報つぶし)というビジネス上の意思決定をしてしまっています。このような状況で、誰がホイッスルを吹けるでしょうか。「王様は裸だ」とは家来も、町の人々も言えないわけです。どのような内部通報制度であれ、まず王様が詐欺師に騙されない程度には賢くなければなりませんし、今回の事案でいえば個人やグループを孤立させないような環境作りが必須となりましょう。自分の仕事の存在意義やその誇りが実感できなければ、規範遵守も内部通報の動機づけも、絵に描いた餅になるような気が致します。
蛇足ですが、報告書目次の次のページにある定義表で、G0.35の説明文に「SHRB-E4」タイプとありますが、東洋ゴム工業のWEBサイトに掲載されている建築免震ゴムの説明によると、「HRB-G35」シリーズではなかろうかと。
投稿: Jibanyan | 2015年6月24日 (水) 16時57分
山口先生 おはようございます。
今、経済紙のインターネット版で速報の記事がありました。「三菱UFJ、委員会
設置会社に移行 チーフオフィサー制も導入 」とありました。
残念ながら、私は、チーフリスクオフィサーの肩書きの方を見た事がありません。
公益通報者保護法の改正を睨んで、内部だけでなく外部に通報も出来る事を情宣
できる度量のある若手30歳代のチーフ公益通報オフィサーを誕生させてみたら
いかがでしょうか?若手オフィサー本人の人間性や人間力がなければ、
Whistleblowing.jpに通報されてしまいますが?そんな、チーフ公益通報オフィサーに
脚光が浴びることで、同性上司・同性同僚によるマタハラ、上司によるパアハラやモラ
ハラなども守備範囲に入れる事で日本国病が沈静化できるのではないでしょうか?
今は、各企業の人事部クライシスの時期だと思います。人権を扱う最後の砦でもある
労務・人事の扱い方が、危険水域から脱せられていないと感じています。
人権を蹂躙されている現場をほっとく人事部があれば、ヘドロがぷかぷか浮かぶ企業と
見なされれてヘドロ企業と呼ばれてしまい、消費者(顧客)からそっぽを向かれた外食
企業と何らかわりがないのと思うのは私だけでしょうか?20歳前後の若者には、
ブラック企業と呼ばれ、働く主婦からはヘドロ企業と呼ばれてしまう?どちらも、
不名誉なはずです。
以上
投稿: サンダース | 2015年6月25日 (木) 10時47分