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2015年7月31日 (金)

東芝の再生を任される社外取締役候補者について

今朝の毎日新聞ニュースではさっそく東芝さんの社外取締役候補者の名前が出ていますね(もちろん「調整に入った」ということで決まったわけではありませんが)。法曹出身者から社外取締役として誰が候補とされるのだろう・・・と注目しておりましたが、検察ご出身の元最高裁判事、古田祐紀氏が候補とされています(毎日新聞ニュースはこちら)。現時点では東芝刷新委員会のアドバイザーもされていますね。

古田氏といえば、2013年に出版しました拙著「法の世界からみた『会計監査』」の第7章「会計基準は法律なのか?-古田裁判官の補足意見はなぜ会計士にウケるのか?」で詳細に取り上げさせていただきました。2012年のこちらのエントリーを受ける形で、長銀事件、日債銀事件における古田判事の補足意見をご紹介して、なぜ会計士や会計学者の中で「古田裁判官が一番会計のことがわかっている」と言わしめたのか、そこを深堀りしております。その検証の中で、私も古田氏はとても金商法上の制度会計について理解が深い方だと認識をいたしました。

私のような会計リテラシーの乏しい者でさえ、古田氏は法曹でありながら会計的知見が高いと考えるのですから、おそらく東芝さんの周囲でも高い評価がなされているものと推察されます。これだけ大きな組織ですから、社外取締役自身が不正を探し出すことは困難かもしれません。しかし、担当者から報告を受けたときに「どこに会計上の問題があるのか」といったことを理解する能力は不可欠だと思います。さすが日本有数のグローバル企業であり、状況にふさわしい方にターゲットを絞っているなぁと感心した次第です。

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改正景品表示法のグレーゾーン-不正競争防止法との境界線(その2)

昨年11月のエントリー「改正景品表示法のグレーゾーン-不正競争防止法との境界線」の続編でございます。すでにご承知の方もいらっしゃるかもしれませんが、外食の木曽路さんが、北新地店など3店舗で松阪牛と偽り別の和牛を使用していた産地偽装問題で、大阪区検は不正競争防止法違反(誤認惹(じゃっ)起(き))罪で、同店元料理長2人と、法人としての同社を大阪簡裁に略式起訴したそうです(産経新聞ニュースはこちらです)。たしか三重県の弁護士の方が「景表法では甘い!松阪牛のブランドを守るためにも厳罰を!」といったことで刑事告発をしていた事件です。

昨年10月、木曽路さんは消費者庁から景表法違反で行政処分を受けていましたが、今度は不正競争防止法で刑事処分を受ける可能性が高まりました。昨年のエントリーでも述べましたが、BtoBではなく、BtoCの取引に不正競争防止法を適用して刑事処分を行う、というのは注目すべき点あり、先日のABCマートさんの労基法違反事件とも併せて、「刑事罰リスク」が偽装事件でも高まっていることに注意が必要かと思われます。とりわけ他社が商品ブランドを上げるために汗を流しているところへ勝手に踏み込むような優良誤認行為については、不正競争防止法による刑事罰リスクのほかに、改正景表法による(改正法施行後の)課徴金処分のリスクも存在するように思われます。不正リスクマネジメントにおいて、重大な信用毀損を招くことの意識を転換することが求められます。

また、労基法違反や景表法違反などが端緒ということになりますと、内部告発リスクも高いと考えられます。労基署や消費者庁、消費者センター等、社員が比較的安心して情報提供できる先が管轄となると、「不正はいずればれる」と思っておいたほうが良いですね。

行政処分では済まされず、法人が刑事処分を科せられるというのは、もはや法人自身による自浄能力の発揮が期待されないからでして、国民に同様の被害を与える法人が出てこないように「みせしめ」制裁による不正予防効果にしか期待がもてないからです。法人に対する規制緩和が進み事後規制社会に移行する中で、行政が国民から「不作為の違法」を問われないためには、この法人に対する刑事処分を活用する以外に良い方法はないわけで、今後も同様の対応が増えるものと予想します。したがって(毎度同じことばかり申し上げて恐縮ですが・・・)企業のリスクマネジメントとしては、平時においては内部統制システムの構築を、そして有事においては自浄能力の発揮を心がける必要があります。なお、今国会で成立した改正不正競争防止法については、こちらのエントリーで述べたような事件もあり、コンプライアンス・プログラムの策定等、内部統制システムの構築は必須でしょうね。

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2015年7月29日 (水)

企業不祥事はいつ社内で「沸点」に達するのか?

さて、ひさしぶりの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズでございます。今朝(7月28日)の日経新聞「迫真ルポ-堕ちた東芝その1(発端は一本の電話)」は、第三者委員会報告書にも記載されていなかったような内部事情が満載で興味深いものでした。金融庁審査の発端となった内部通報(内部告発)→社内で第三者委員会設置を覚悟することになった特別調査委員会への内部通報→組織関与を第三者委員会が認定することになった第三者委員会への内部通報と、企業不祥事が明るみになる経過は、他社も十分に認識しておく必要があると思います。平時の内部通報の存在も大きいのですが、有事の内部通報も、これまた重要であることがわかります(なお、この「迫真ルポ」も面白いのですが、いよいよ毎日新聞で始まった連載記事「東芝が抱えるアキレスけん-ウェスチングハウス」がこれからもっとも事件の核心に迫るのではないかとひそかに期待しております)。

今年3月から東芝さんの事件を取材されていた各紙記者の方々のコメントや、上記「迫真ルポ」を読みますと、東芝社内における経営者の不祥事対応に変化が生じていることがわかりますね。4月ころまでは「いやいや、インフラ部門で工事進行基準の取扱いに凡ミスがあったみたいで。すぐに修正しますから」といった雰囲気です。金融庁からの調査要請が出た際、社外取締役のひとりが「すぐに危機対応をしたほうがいいのでは?専門家に依頼しては?」と進言したにもかかわらず、取締役会では誰もこの意見に耳を貸さなかった、というのも頷けます。

いまでこそ、多くのマスコミや有識者が池に落ちた犬を棒で叩くように東芝経営陣に厳しい糾弾の目を向けていますが、この3月、4月ころに「これは重大な問題だ」と東芝の経営者に指摘して、自ら真実を解明することができたかどうかはむずかしいところです。私も5月に初めてこの事件を取り上げた こちらのエントリーは、大きく論点をはずしています。恥ずかしいですが、このように第三者委員会報告が出た後に読み直しますと、事件の見立てというものはむずかしいものだと痛感します。過去の類似事件がバイアスになってしまって、お決まりのパターン思考に陥ってしまったのですね。

本当に東芝さんが再生するためには、今後、早期に有事意識を共有できるかどうかが重要だと思います。今回の東芝さんのケースでは、まったく自浄能力が発揮できなかったからこそ厳しい批判を受けていますが、早期に有事意識を共有できれば少なくとも自浄能力を発揮することは可能だったはずです。しかし周囲が平時にもかかわらず、「今は有事だぞ」と声を上げることに対しては「またアイツおかしなことを言い出した。これだから社外役員というのは役に立たないんだよなぁ。これからはアイツには情報を流すなよ」といった対応が目に浮かびます。たとえ10回のうち、9回までが事なきを得るとしても、これを「狼少年」として嘲笑しない企業風土というものは果たして作れるのでしょうか?人間がやることですから、この「10回中1回くらいは彼のいうことは正しいはずだから彼の忠告を聴こう」という風土がないかぎりは、どこの企業でも東芝さんと同じようなことが起きるのではないでしょうか。いや、ひょっとすると社外役員が増えてくると、そういった「おかしい」といった声に同調する役員があらわれて、沸点が低下するかもしれません。社外役員が複数存在することは、こういった有事意識の共有には役立つのかもしれませんね。

今回の東芝事件では、社内調査委員会にインフラ部門以外から内部通報が届いたことによって、社内では「これはエライことになった・・・(企業不祥事の沸点)」ということになりました。また東洋ゴムさんの免震ゴム偽装事件では、「沸点」に達したのは今年2月、東京の大手法律事務所に相談して「今すぐ公表しなさい!」と指示された時点でした。御社ではどうでしょうか?最初に金融庁の開示検査課から電話が入った時点でしょうか?それとももっと早い時点、たとえば社内のヘルプラインに内部通報が届いた時点でしょうか?それとも監査役さんが「監査報告に問題を指摘する」と明言したときでしょうか?いずれにしても、「原理主義者」と揶揄されても平然としていられるような方が(運よく?)ボードに残っていたか、あるいは経営者がリスク感覚にすぐれており、経理や法務、監査の重要性を認識している場合でなければ、どこの会社も東芝さんと同じように池に落ちたあとに棒で叩かれるような「後だしジャンケンバッシング」に遭うことになるかもしれません。

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2015年7月27日 (月)

東芝不適切会計処理事件-世の中の紛争を未然に回避する「重過失」の魅力(その3)

東芝さんの不適切会計処理に関する事件を「粉飾事件」となぜ呼ばないのか?といった議論が盛んに行われています。「粉飾」と「不適切会計処理」との違いはどこにあるのか?といったあたりへの関心からですが、私は粉飾と不適切会計処理は基本的にはA⊂Bの関係にあり、また連続性のある概念で、その境界線はあいまいですから、人によってその境界線は異なっていて当然かと思います。法律用語でも会計用語ありませんし、区別を語ってもあまり意味がないのかもしれません。

財務報告の「虚偽記載」という場合、法的には二つの概念があり、ひとつは会計処理の元となる「会計事実」が存在しないにもかかわらず存在するかのように偽るケースと、もうひとつは会計事実は存在しますが、その会計処理の方法を偽るケースです。したがって、あえて区別するのであれば「粉飾」という概念は、おそらく故意によって、このふたつのどちらかの欺罔を行う場合を指すものと理解すべきです。ただ、実際には経営者が自白するような場合を除き、この故意という主観的要素を立証することはなかなか困難です。そこで、故意に匹敵するほどの重過失がある場合には粉飾であり、軽過失がある場合もしくは過失すら認められない場合には不適切会計処理として表現するしか方法がないのではないかと。

小保方さんのSTAP細胞事件の際、小保方論文は「ねつ造」なのか「(写真の)誤使用」だったのかが最後まで争われましたが、理研の内部ルールの根拠とされた文科省の不正研究ガイドラインになぜ重過失概念がないのだろうかとブログでつぶやいたところ、その3か月後には同ガイドラインが改訂され、新たに重過失概念が導入されました(こちらのエントリーをご参照ください。もちろん私がブログで書いたから改訂された・・・というわけではありませんが)。重過失概念が活用されていれば、もっと早く問題は解決されたはずだと思います。コンプライアンスが「法令遵守」ではなく「社会の要請に適切に対応すること」といわれる時代になると、企業不祥事発覚時の不正リスク対応にも役立つものと思います。たとえば「偽装」ではなく「誤表示だった」と弁解する社長さんも出てきますし(メニュー偽装事件)、「やらせ」ではなく「過剰演出だった」と弁解する社長さんも出てきます(フジテレビほこ×たて事件)。言葉遊びに終始するよりも、経営トップのコンプライアンス軽視の姿勢がどこにあったのか、という点にフォーカスして「重過失」を議論することが有益です。「粉飾」も同じように、意図的な不正の意思があるケースに使われるので、企業側としてはどうしても意図がなかったと否定したくなるものです。コンプライアンス上の問題を解決する場合にも、決着を早くつけるためには、「重過失」概念が役に立つはずです。

会計不正事件を取扱い場合にも、たとえば故意があるものと匹敵するほどの重過失があるケースも「粉飾」と捉えることができるのであれば、とくに「粉飾事件」と表現してもいいのではないでしょうか。このように「いかなる場合に重過失が認められるか」といったことを議論するほうが、事件の真相に迫ることができますし、また他社も東芝事件を教訓にして自社の内部統制システムの構築に役立てることができるものと思います。たとえば今年5月に大阪高裁で出されたセイクレスト損害査定事件判決では、社長の不正を止められなかったセイクレスト社の監査役の過失について、重過失に該当するかどうかが詳細に検討されています。また3年ほど前ですが、管理情報を一気にサーバー上から消失させてしまったファーストサーバ事件でも、管理者のミスが「軽過失」なのか「重過失」なのか、第三者委員会報告書において詳細な分析が行われています。当ブログでも取り上げたNPB統一球問題の外部調査委員会報告書においても、コミッショナーの故意の認定にこの重過失概念が活用されています。

ただこの「重過失」概念も、人によって評価が異なるところであり、いろんな事例を研究することが大切です。たとえば先のファーストサーバ事件では、第三者委員会は「(会社担当者の行為は)比較的程度の重い軽過失」と認定しており、なかなか理解が困難ですね。東芝事件をみて思うところは、裁判で勝つための「重過失」を学ぶことよりも、そもそもそのような重過失や故意を疑われるようなグレーゾーンに立ち入らないためにはどうすべきか、という点を学ぶほうがよっぽど重要ではないでしょうか。

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2015年7月24日 (金)

経産省の企業統治解釈指針は攻めるため?守るため?

(7月24日夕方 追記あります)

東芝事件に関する一連の報道の中で、とても気になるニュースが各紙で報じられています。近々に(今週末にでも?)経産省が改正会社法に伴う解釈指針を公表するとのこと。たとえばこちらの産経新聞ニュースによりますと、東芝事件を契機として、上場会社のガバナンス構築が「仏作って魂入れず」にならないように、その実効性を図るための指針を(経産省が)示すと解説されています。まさに「守りのガバナンス」を機能させるための会社法の解釈指針が示されるような書きぶりです(たぶん他の新聞社の論調も、ほぼ上記の産経さんの論調と同様ではないかと記憶しています)。

しかし(私の理解が間違っていたら訂正しますが)、今回の経産省の解釈指針の公表は、むしろROE8%を超える成長戦略を実行するための「攻めのガバナンス」を実現するためのものではないでしょうか。おそらくこちらのコーポレートガバナンス・システムの在り方に関する研究会議事録が参考になると思いますが、この研究会における審議内容からしますと、たとえば社外取締役は「攻めのガバナンス」の一翼を担う者としてどのように活躍すべきか、という点が示されるはずです。また迅速な経営判断が可能となるよう、取締役会の審議事項を絞って、大幅に権限を経営者に委譲しましょう、といった議論もさかんに行われているようです。

この「東芝ショック」と世間が騒ぐタイミングで会社法解釈指針が出るということで当然懸念されることですが、機野さんがコメント欄でおっしゃっているように、いま政府が推進している攻めのガバナンスを実行する先には、今回の東芝事件のような結果が待っている・・・という見方も出てくるのではないでしょうか。いや間違いなく、そのような意見も素直に出てくると思います。東芝事件の第三者委員会は意図的に「短期の利益追及のプレッシャーが要因」という言葉を使い、「中長期の持続的成長を図るためのガバナンス」を目指す攻めのガバナンスとの矛盾が生じないような書きぶりが見て取れましたが、どうもそれだけでは説明がつくものでもないように思えます。現に、本日から始まった経団連の夏季セミナーでは、メーカーの社長さんから(東芝事件を受けて)「これでは社内の数値目標を強調することがむずかしくなってしまう」との声が出たと報じられており(こちらのニュース)、企業の攻めの姿勢に東芝ショックがどれほどの影響を及ぼすのか、その波及が懸念されます。

執行と監督の分離を推進すれば、それは執行から報告が来ない限りは不正を発見できなくなってしまうということになります。社外取締役が経営の重要事項だけに絞って審議に参画すべき、ということになれば、そもそも重大なリスクがどこにあるのか把握することも困難になります。経営のスピードを上げるため、非業務執行役員が経営陣の業績を評価するため、そして投資家が「モノ言う株主」としての活動を容易にするための解釈指針が公表されることを期待しているのですが、今回の東芝事件によって、このあたりの指針公表の趣旨にはブレは生じないのでしょうか。

私自身は、拙著「ビジネス法務の部屋からみた会社法改正のグレーゾーン」の中で一章もうけて、攻めのガバナンスと守りのガバナンスを分けることは適切ではなく、攻めの工夫によって守りも充実しますし、守りの工夫によって攻めに貢献できることを(問題提起として)書かせていただきました。このたびの経産省解釈指針では、(たとえば取締役会の在り方に関しては)リスク管理と企業価値向上への貢献をどのように両立させるべきか、またその両立の工夫をどのように株主に示すべきか、そのあたりが指針の中で分かりやすく解説されていればいいなぁと期待しているところです。

追記:経産省のHPにて本日、 「報告書」としてアップされましたね。ガバナンスに興味のある方はぜひご一読を!

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2015年7月22日 (水)

東芝不適切会計処理事件-トップの関与はやはり「不作為」

昨日に引き続き東芝さんの不適切会計処理事件に関する話題ですが、本日(7月21日)第三者委員会報告書の全文が公開されました。ちょっと忙しかったので、斜め読みしかできませんでしたが、skydogさんがコメント欄で紹介されているように、正規版の事実経過を読みますと、「生々しい」出来事がちりばめられていることがわかりました。また、追ってご紹介したいと思います。

私も本日、全国紙の記者さんや通信社の方からコメントを求められましたが、「経営トップの関与としては不作為が最も問題である」「不作為こそ善管注意義務違反を問われる可能性がある」とコメントさせていただきました。「3日で100億の利益が出るようん工夫しろ」とか「損失計上を遅らせろ」といった目標必達(チャレンジ?)の厳命指示が話題にのぼりますが、「これってどこの社長さんも似たようなこと言ってるんじゃないの?」とも思えます。カンパニー長が「社長に何もいえなかった」としても、それが不適切な会計処理につながった、というストーリーはやや短絡的だと考えられます。「トップにモノが言えない風土だった」ことも原因とされていますが、そもそもモノが言える人がいたとしても、その人は「モノが言える」ということでとっくの昔に飛ばされてしまってることのほうが多いわけでして、トップにモノが言える風土などというものは客観的な土壌というよりも、すべて経営者の人格に依拠しているように思います。

むしろ実際にレッドフラッグを目の前にして、これに気付きながら何も言わなかったという「不作為」こそ、もっとも経営トップの不正関与を認定できる根拠事実ではないでしょうか。ということで、午後7時からの第三者委員会委員の方々の記者会見において、委員長が冒頭で、「利益かさ上げや損失先送りを知ったにもかかわらず、経営トップは中止を指示しなかった。組織的に不適切な会計処理をしてきた」と述べた点はとてもナットクがいくところです。もちろん、意図した不適切会計処理か否かの認定には時間軸が必要ですし(貸し借りの形をとっていたとしても、その貸し借りの清算がなされる気配がないこと)、以前JFKさんがコメント欄で述べておられたように、厳命が決算間際の時期になされたことなど、客観的な事実も参考になると思います。ただ、やはり損失計上や引当金積み増しに関する部下の提言を無視したり反対するとなると、これはやはり「会計などなんとでもなる」といった会計軽視の姿勢があったことを否定できないものと思います。

毎度申し上げることですが「粉飾」と「不適切会計」と「適正な会計処理」というのは連続している概念であり、その境界線は人によって異なるはずです。「有能な経理担当者というのは、粉飾スレスレなんだけど、なんとか会計監査人から適正意見をもらえるような処理ができる奴のことだ」といったことを平然と経営者が言ってのける組織では、いつしか会計軽視の企業風土が形成されていき、トップの意向を忖度した部下による会計処理は、いつしか境界線を超えていき、今回のような事件につながっていくのではないでしょうか。「これって粉飾じゃないの?」と疑問を抱いた社員が内部告発を行い、気が付いたら「たしかに世間からみたら粉飾だよね」と自覚する、というストーリーは、ひょっとしたらどこの上場会社でも起こりうるのかもしれません。

ところでこの共同通信のニュースはよくまとまっていると思います。本日の第三者委員会正規版では、本件に関する内部通報は存在しなかったと記載していますから、金融庁にはいきなり内部告発のメールが届いたようです。昨年メールが届いた、とありますので、金融庁が動き出すまでに数か月を要するのですね。

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2015年7月21日 (火)

東芝不適切会計処理事件-第三者委員会報告書(要約版)への雑感

(正規版が公表されましたので、その内容を確認したうえで一部修正をしております ※を付記している部分です)

祝日(7月20日)の午後9時40分、会計不正事件に揺れる東芝さんのHPにおいて第三者委員会調査報告書の要約版が公表されました(正式版は7月21日の午後3時ころに公表されるそうです)。要約版といっても80頁程度の分量なので、読むのはたいへんですね。事件の内容についてコメントするのは正規版が公表された後にしたいので、とりあえず要約版を一読した雑感だけを述べたいと思います。

なんといっても(ほぼ予想どおりですが)これから東芝さんが遭遇する(長くつらい)米国当局とのお付き合いや集団証券訴訟(クラスアクション)に十分に配慮された報告書だなぁ、といった第一印象を持ちました。会計不正に関する第三者委員会報告書のケースでは、通常は日弁連ガイドラインに準拠しました、と明記するのですが、そのような記載はなく、※逆に「本調査は東芝からの委嘱を受けて、東芝のためだけに行われたものである」と明記されています(要約版14頁)。「第三者委員会報告書の英訳はこわいなぁ」と考えていましたが、「たとえ英訳版が作成されたとしても、当委員会は責任を負わない」とも書かれています(同頁)。すなわち、日弁連ガイドラインに準拠した第三者委員会の調査は、会社を取り巻くステークホルダーへ説明責任を尽くすために行われるのですが、この第三者委員会は主に東芝のためだけに仕事をされたのです。

※ 正規版には「東芝が日弁連第三者委員会に準拠した枠組みの第三者委員会設置を決定した」とありますが、第三者委員会がこの調査および結果については日弁連ガイドラインに準拠している、とする文言はないようです

不適切な会計処理が認められ、そこに組織的関与があった、内部統制にも重大な不備があったと認定されるわけですから、内容的にはSEC(証券取引委員会)やDOJ(米国司法省)が証券取引所法違反、FCPA(内部統制構築違反、真正帳簿作成義務違反)に基づく行政罰適用や民事制裁金執行に動く可能性が高いと思われます。また、東芝さんの場合、ノンスポンサーADR(預託証券)が米国の店頭取引(OTC市場)によって流通しているので、いわゆるクラスアクション(集団証券訴訟)が頻発する可能性があります(現に、もういくつかの米国大手法律事務所が米国国内で原告を募っているようですね)。

したがって当然ながらディスカバリー(米国訴訟における証拠開示手続き)への対応が重要になるわけですが、日本の第三者委員会調査というのが、純粋に独立公正な「第三者」だとした場合、この委員会に対する東芝関係者の供述は「弁護士秘匿特権の放棄」とみなされてしまうおそれがあり、米国におけるディスカバリーにおいて供述内容を開示しなければならず、東芝および経営陣は大きなリーガルリスクを負うことになりかねません。したがいまして、「第三者委員会」とはいいながらも、「この委員会は東芝のために活動する」「我々は東芝以外には誰にも責任を負わない」ということをきちんと明言しておかなければならないと思われます。このあたりがADRが流通しているグローバル企業の会計不正事件の苦しいところであり、日本の第三者委員会制度の限界なのかな、というのが私の雑感です。

報告書では、東芝さんが短期的な利益を過度に追及したことが組織的な不正会計関与の原因とされています。では、なぜそこまで短期的な利益至上主義に走ってしまったのか、たとえば繰延税金資産の取り崩しをなにがなんでも回避したかったから、とか、経営トップにおける支配権争いに勝ちたかったから、といった「動機」の部分は明らかにならないかもしれません。また経営トップの法的責任や監査法人の監査上の責任にも言及されないように思いますが、これらはすべて東芝さんからの委嘱の範囲内でのみ、また東芝さんのためだけに第三者委員会が活動しなければならないという「第三者委員会の限界」に起因するところではないでしょうか(そうでないと誰も第三者委員会調査に協力してくれなくなってしまいます)。今後は、課徴金や過怠金処分の要否も含めて、証券取引等監視委員会や東証さんによる調査に委ねられるものと思いますが、最近は同委員会が調査した内容も、(IHI損害賠償請求訴訟のように)文書提出命令によって裁判上で明らかになるかもしれませんので、まだまだ関係者のリーガルリスクは残るように思います。

会計処理、ガバナンス、内部統制等、報告書の核心部分については、また正規版を拝読したうえで追って感想を書きたいと思います。

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2015年7月15日 (水)

わがまま社外取締役に悩む上場会社が急増?\(◎o◎)/!

閣議決定された日本再興戦略改訂2015では「アベノミクス第二ステージ!さらなるコーポレートガバナンス改革へ」として諸施策が打ち出されるようです。ご承知のとおり、この6月総会では、上場会社を中心に多くの社外取締役が選任されました。

私は自身のHPで「社外役員支援」を業務のひとつとして掲げており、「こんな時代なんだから社外役員の方から相談が増えるといいなぁ・・・」と思っていたところ、(その期待とは裏腹に)7月に入ってから新任社外取締役さんの扱いに悩む常勤監査役さんや総務、法務担当者の皆様方から想像もしていなかった相談が増えております。概要を示しますと・・・・・

「先生、新しい社外取締役がやたら個別取引の相手方選定に口を出してくるのですよ。これって業務執行ではないのですか?」(A社常勤監査役)

「2回目の取締役会で決議をとるときに『俺は審議の内容がわからんから棄権する』と言い出したんですが、棄権というのは会社法上で認められるのですか?定足数要件の取扱いはどうなるのですか?『反対した』と議事録に残していいのですか?」(B社法務担当者)

「1回目の取締役会の決議を取り消してほしい、白紙に戻してもう一回審議しなおすべきだ、少なくとも私の賛成は撤回させてくれ、とか主張されているのですが、どうしましょう」(C社経営企画)

「出席率が開示されるから、といって決議には参加せず、最初の5分だけ参加してすぐに退出したのですが、これって出席扱いになるのでしょうかね?」(D社総務担当者)などなど・・・

「攻めのガバナンス」ということで、各界有識者の方々が社外取締役に就任されたのですが、経営経験のある方は別として、「取締役の多様化(ダイバーシティ)」はいいことづくめ・・・というわけにもいかないようですね。「三顧の礼」でお招きした社外取締役さんなので、社内取締役の皆さんもあまり強く言えないようで(笑)、そのしわ寄せは、多くの会社において経営企画や法務、総務の方々に来てしまい、彼らを大いに悩ませています。良い意味での「わがまま」はガバナンス向上のために大いに結構かとは思いますが、上で書いたような事態が増えるとなりますと、取締役会の審議を円滑にするためにも「取締役会運用規程」をきちんと作りこんでおいたほうがよさそうです。今の時期、「わがまま社外役員対策!取締役会運用ガイドライン作成マニュアル」のような薄い本を(商事法務さんあたりから?)売り出すと結構ヒットするのではないでしょうか(^^;

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2015年7月14日 (火)

東芝事件の第三者委員会調査は社内がひとつになってこそ価値がある

先週金曜日のエントリー「東芝社の不適切会計処理問題の原因分析は慎重にすべきである」にはたくさんのコメントをいただき、どうもありがとうございました。皆様方の東芝事件への関心の高さを改めて認識いたしました。有益なコメントが多いので、ぜひともコメント欄をご覧いただければ幸いです。

さて、7月20日過ぎに東芝社の不適切会計処理問題に関する第三者委員会報告書が公表される(予定?)とのことですが、ここ1週間ほどのマスコミ報道では「経営トップが粉飾を指示した模様」とか「●●は辞任は避けられない」「委員会は経営責任を厳しく追及する見通し」等、すでに報告書の内容が漏れているような記事が目につきます。ただ第三者委員会の委員や委員補佐は弁護士や会計士であり厳格な守秘義務が課されていますので、報告書が公表されるまでは関係者にも草案を開示しないものです。したがって、私は東芝関係者の方からのリークではないかと推測しています。

最近のマスコミ報道の中でももっとも気になりましたのが7月10日付けのこちらの読売新聞ニュースです。記事内容を一部引用をいたしますが、

東芝の不適切会計問題で、過去5年で営業利益(本業のもうけ)を過大計上していた金額が、最終的に計1700億円超に膨らむことが分かった。これまでは1500億円超になるとされてきたが、さらに200億円程度増えることになる。・・・(中略)・・東芝では、第三者委の調査と並行する形で、追加の独自調査をしており、そこで新たな利益のかさ上げが見つかったとみられる。

驚いたのが、第三者委員会の調査と並行して「独自の調査」を東芝さんが行っている、という点です。一般的には不祥事発覚時における第三者委員会調査が開始された際には、会社は全面的にこれに協力するため、独自の社内調査は(第三者委員会から委託される等がないかぎり)行わないはずです。しかしながら東芝さんの場合には並行して独自調査を行っているというのですから、その趣旨がよくわかりません(東芝さんの独自調査というものが、第三者委員会が既に把握している1500億円程度の追加の「利益かさ上げ」の事実を否定しているようでもなさそうです)。

「独自調査」で思い出すのが2011年の九州電力さんの「やらせメール事件」における第三者委員会調査と同社の社内調査です。九電経営陣は、第三者委員会による調査結果に納得ができないとして独自の社内調査を行い、「第三者委員会の認定事実のココが誤り!」と指摘した報告書を経産省に提出していました。ご記憶の方もいらっしゃるかとは思いますが、第三者委員会と九電側とが、認定事実の真偽につき真っ向から対立していました。

九電事件における第三者委員会の委員長のもとには、社内から多くの情報提供があり、この情報提供から、第三者委員会の委員長は証拠隠滅の事実を把握し、また「九電には有能な社員が多い」と認識されたようです(たとえばこちらの委員長のつぶやき)。このたびの東芝事件でも、中間報告の際には会社の独自調査の結果、36億円程度の追加の利益かさあげがみつかったとされていましたが、その後2000億円近い利益のかさ上げが委員会調査によって判明したということなので、第三者委員会の下へ多くの内部通報が届いたものと思われます。しかしながら、この通報事実に基づいた第三者委員会による事実認定とは別に、東芝独自の調査が行われているという点は、いまマスコミで報じられているように社内が一枚岩とは言えない状況を示している可能性があります。

これは第三者委員会としても、報告書を公表する際に、本当に東芝さんの独自調査というものが並行して行われていたのか、もし行われていたとすれば、何の目的のために行われていたのか、といった点について明らかにしていただきたいところです。やはり第三者委員会調査は、当該会社の自浄能力の発揮場面であり、企業としてステークホルダーへ説明責任を尽くす機会なので、認定事実や原因分析、再発防止策については信用性の高いものでなければならないはずです。しかし、調査対象となる組織内に支配権紛争等があり一枚岩になれない事情が認められると、第三者委員会への情報提供合戦となり、そもそも第三者委員会の認定事実の信用性にも疑問が呈されることになりかねません。

仮に課徴金処分の必要性があるために、証券取引等監視委員会の調査が開始されるとしても、やはり調査の端緒となるのは今回の第三者委員会報告だと思われます。第三者委員会報告書の信頼性を担保するためにも、ぜひとも東芝さんの社内抗争等が委員会調査には影響がなかった点を合理的な根拠をもって説明していただきたいと思うところです。

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2015年7月10日 (金)

東芝社の不適切会計処理問題の原因分析は慎重にすべきである

東芝さんの不適切会計処理問題ですが、第三者委員会報告書が7月中旬をめどに公表される予定だそうです。マスコミ各紙では、まるで第三者委員会報告書の内容を先取りしたかのように多くの部門で会計上の不適切な処理が行われていた原因分析が報じられています。要は経営トップによる各部門への(予算達成に向けた)指示命令が非常に厳しかったこと、現場では、そのプレッシャーに耐えきれず「意図的」な不正会計処理が行われていたことが掲げられています(たとえば毎日新聞ニュースはこちらです)。

しかし予算目標の必達が現場のプレッシャーとなり、「意図的に」不正会計に走ってしまった・・・というストーリーはあまりにも短絡的ではないでしょうか?経営トップの各部門への指示命令が厳しい会社はどこにでもありますし、たとえ厳しい指示命令があったとしても不適切な会計処理などとは一切無縁の会社もあります。予算目標の必達に関するプレッシャーが原因で意図的な粉飾に走る、という理屈であれば、それこそ多くの会社で同じような会計不正事件が発生してしまうことになりますが、それでは説得力のある分析にはならないような気がします。

私は経営トップの厳命と現場における会計処理との間に、もう少し詳細な分析が必要だと考えています。そこで検討すべきは、現場担当者が「会計不正に走るための正当性の根拠」です。もちろん経営トップの具体的な粉飾指示があれば現場にとっては「正当性の根拠」となりますが、たとえば数字の上では取引先と貸し借りの関係にあるけれども、その貸し借りは決して解消される関係にはなく、一方的に数字は積み上がり、実質は贈与や譲渡に該当する、といったケースです。現場の会計処理に携わる人たちは「これは将来の精算が前提となっているのだから贈与ではない(粉飾ではない)」といった正当性の根拠となります。また、工事進行基準適用時における原価の付け替えなどについても、「最初の工事には多くの費用を要したけど、二回目の工事は最初の工事の失敗があったからこそ早めにできた。だから二回目の工事に一回目の費用を付け替えても費用と収益とのバランスに問題はない」といった正当性の根拠を考えます。

これらはある程度までは正しい理屈だとしても、最初から負債隠しありき、原価付け替えありき、といった目的で行われるとすれば粉飾です。このような処理が東芝さんの慣習として現場に浸透していたからこそ、現場社員は不適切な会計処理を自ら正当化していたのではないでしょうか。もちろんこれは私の推論による一例ですが、このような正当化根拠が組織の慣習として浸透していることが明確になることで、東芝固有の内部統制上の重要な不備が認められるのであり、だからこそ説得的な再発防止策を検討することができるように思います。今後、第三者委員会報告書が公表されるとしても、何が経営トップの厳命に対するプレッシャーと現場における不適切会計処理の決断との間をきちんと埋めるプロセスだったのかを明確に示していただきたいと願うところです。そこまで慎重な原因分析が行われるとすれば、おそらく他社の会計不正を未然に防止すべき内部統制の構築にも役立つものとなるはずです。

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2015年7月 9日 (木)

ABCマート社はいつ「わが社は有事」と気がついたのか?

日経ビジネスネット版が「ABCマート役員を書類送検した「かとく」の正体~残業代を払っていても“アウト”になる企業が続出か」と題する記事をアップされています。その中で、労基法違反事件捜査の主体となった「かとく」(稼働労働撲滅特別対策班)へのインタビューをとても興味深く読みました。人手不足(雇用の流動化の促進)やSNSの発達が、労基法違反事件の刑事処罰を容易化させることが理解できます。

ところでABCマートさんが刑事捜査の対象とされたのは、昨年4月の同社2店舗における労基法違反(長時間残業)の事実ですが、上記インタビュー記事によりますと、労働局はすでに昨年から捜査に着手されていたそうです。さらに「同社には複数回の是正勧告を行い、本社にも注意をしたが、是正されないために刑事捜査に踏み切った」とのこと。先週のエントリーでも書きましたが、ABCマートさんとしては、何の前触れもなく労基法違反の事実を突き付けられたわけではない、ということのようです。

そうしますと、ABCマートさんは「現在は長時間労働はすべての店舗で解消している」とリリースされていますが、労働局が(昨年に)捜査に着手した後になって「これはたいへんなことになった」と思い、内部統制システムの構築にとりかかった、ということかもしれません。いや、もっと早く、労働局から本部に対して是正勧告がなされたときに着手した可能性もあります。いずれにせよABCマートさんは「いまわが社は有事にある」という認識を、どの時点から持ち始めたのか・・・、これは取締役の善管注意義務の履行という意味でも非常に重要な点でしょうし、私も一番関心を持つところです。

このABCマートさんの「見せしめ」的な書類送検の事実から他社が学ぶべきことは、企業として労基法違反リスクの重大性をどの時点で気付くかということだと思います。労基法の遵守が重要であることはどの企業も当然認識しているところですが、私のように上場会社の内部通報の外部窓口業務を担当していますと、「長時間労働」に関する通報が各社とも多いことがわかります。つまり、どんなに内部統制システムを整備していても100%防止することは困難です。しかし、労務関連の内部通報が取締役会で報告・議論されることは少ないように思います。残業代はきちんと払っているし、社員が進んで深夜まで働いてくれているんだから・・・という意識からか、企業としては違法性の認識はあったとしても重大な法令違反といった認識はあまり持っていないのではないかと。

監督官庁から業務停止処分を受ける、という事態であれば、有事意識が多少遅れたとしてもなんとか(内部統制の整備といった)自律的行動によって処分の減免を受けることができるかもしれません。しかし刑事処分は過去の行為に対する企業または経営陣への司法上の制裁なので、(たとえ不起訴処分となったとしても)有事意識が遅れたことは取り返しのつかない信用毀損(たとえば「ブラック企業」という烙印を押されること)につながってしまいます。上記日経ビジネスの記事で表現されているように、「ブラック企業は健全な自由競争の資格がない企業」という意識が社会的に浸透してきたのであれば、これまで以上に「労基法違反は重大リスク」として、企業の役員が有事意識を持つ必要がありそうです。

またこのたびABCマートさんは「完全に解消している」とリリースされていますが、内部通報や内部告発によって今後また長時間労働に関する情報が明るみになるかもしれません。東芝さんは不適切会計処理事件の中間報告で、「利益のかさ上げが新たに36億円ほど判明した」と公表しましたが、最近の報道では追加で500億~1000億分が判明したとも報じられており、これもやはり第三者委員会が設立された後に多くの社内通報が同委員会に集まったことに起因するものと推測されます(うーん、7月9日早朝の日経ニュースによると東芝さんの件は「不適切会計処理」ではなく「粉飾」のようですね。。しかしこんな詳しい事情を誰がマスコミにしゃべっているのでしょうね)。ABCマートさんとしても、まだまだ有事意識は抱き続けなければならないでしょうね。

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2015年7月 7日 (火)

社外取締役大増員時代に避けて通れない課題-会社補償制度とD&O保険

7月4日の日経朝刊一面に「役員の賠償、会社も負担-社外から迎えやすく」なる見出しの記事が掲載されています。会社法で明記されていない「会社補償制度(役員の対第三者賠償責任を会社が補てんする制度)」や「役員賠償責任保険」の保険料負担をすべて会社が負担することの是非について政府が解釈指針を示して、おおむね容認する方向にあるそうです。趣旨がほぼ同じような記事は こちらのロイターでも報じられています。社外取締役を迎える企業の環境整備については政府の成長戦略と関連性があることがわかります。

社外取締役の責任軽減のための施策については日本再興戦略改訂2015でも触れられていますが、経産省のコーポレートガバナンスの在り方に関する研究会の昨年12月の配布資料をみますと、すでに昨年12月ころから会社補償制度やD&O保険の実務見直しは検討されていますね。社外取締役が大幅に増員される時代を見据えて、その負担軽減を図ることが要請されているので、社外取締役さんを採用した企業には避けて通れない課題かと思います。いや、会社側は避けて通るかもしれませんが、社外取締役さんにとっては自己防衛の意味で重要ですね。D&O保険を導入している上場会社さんは9割を超えているものといわれていますが、そのほとんどが会社と保険会社との「おつきあい」の一環として導入されているようなので(笑)、社外取締役本人が「どんな場合に保険が下りるのか」きちんと把握しておかないといけません。

ちなみに、D&O保険の改訂や会社補償制度の解釈問題など、今後の改正を理解するにあたっては、まず現状を把握しておくべきですが、旬刊商事法務2032号~34号「D&O保険をめぐる諸論点(上・中・下)-役員就任環境の整備」なる座談会記事が、対第三者責任に関する会社補償制度、D&O保険制度、対会社責任に関するD&O保険制度に分けて問題点を検討されており、非常に参考になります(とくに東大の山下先生の法解釈が有益だと思いました)。ただ少し議論のレベルが高いので、社外取締役の皆様へはこの議論をややわかりやすく解説する「橋渡し」が必要かもしれませんね。

またこれらの論点を関連して、(当ブログでもしばしばとりあげている)「社外役員の職務と業務執行の区別」や「過失と重過失との区別」「社内取締役と社外取締役の間で紛争が発生した場合の保険の取扱い」「社外取締役就任契約」なども、今後は法律家だけではなく、一般の社外取締役就任者にもわかりやすく解説がなされる必要があると思います。社外取締役さんにとっては重大な課題であるにもかかわらず、社外役員を迎える環境整備などは会社側にとってはそれほど喫緊の課題と考えていないかもしれないので、当ブログでも、これから少しずつですが取り上げていきたいと考えています。大陸法系の日本と英米とは法制度が異なることは事実ですが、会社補償制度やD&O保険に配慮しているかどうか・・・、そういった取り組みがなされている企業こそガバナンスの運用が適切だと評価される時代が来るのかもしれません。

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2015年7月 3日 (金)

企業の不正リスク管理に必要な「日本再興戦略2015改訂」の理解

靴販売大手ABCマートさん(東証1部)及び同社役員の方々が、東京労働局より「違法残業」を理由に東京地検に書類送検されたことが報じられています(100時間残業といえばブラック企業として公表されてしまう基準ですね。たとえば読売新聞ニュースはこちら)。本日の同社リリースでは、1年前に同局から指摘を受けて、直ちに外部専門家とともに是正に乗り出し、現在は法令遵守に向けた内部統制システムをすでに構築している、と開示されています。

ABCマートさんの弁明によると、決してコンプライアンス問題を放置していたわけではないようで、本日の一連の報道には大きな不満を持っているそうです。しかし「ブラック企業」と揶揄されてしまう不正リスクが突如顕在化してしまったことは事実ですし、同社が急きょ「続編」リリースを出しておられる様子からしても、この時期の書類送検は予期されていなかったのではないでしょうか。

今年2月、トラック運転手の方々の長時間労働体制を放置していたとして、北海道の中堅運送会社さんが「一発業務停止」となり、業界を震撼させた例がありましたが(たとえばyahooニュースはこちら)、今回のABCマートさんの例も(上記読売新聞ニュースによると)4月に発足された労働局特別対策班による書類送検としては第一号だったようです。ちなみに長時間ドライバーを含め、労働時間の短縮促進の具体的施策は、6月30日に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2015-未来への投資・生産性革命-」でも喫緊のテーマとされています(たとえば「工程表」23頁)。政策が変われば行政の対応もまた変わります。

この改訂2015の本文や工程表を読みますと、企業の不正リスク管理の方策(優先順位の付け方)もなんとなく見えてきますね。不正リスクは「リスクの重大性×リスクの発生可能性」で測定することが一般的ですが、これまでリスクが顕在化したとしても、それほど重大とは受け止められなかったものが、時の政府の政策によって急に重大性が高まるということは十分に留意しておくべきです。まだざっとしか読めていませんが、「なるほど、今後はこのような方面で法令に違反した行動をとってしまうと、これまでは形式的なペナルティで済んでいたものが、重大な行政処分や刑事告発、または株主代表訴訟の端緒につながってしまうのか・・・」と理解できるポイントがいくつかありそうです(たとえば民間企業における情報漏えい対策の懈怠、といった問題はリスクが極めて高くなりそうです)。

もちろん業種・業態によって重大と判断されるリスクは異なりますが、日本再興戦略改定版をチェックして、不正リスクの「重大性」に影響を及ぼす施策を拾い出すことも、企業のリスク管理として必要な作業のように思えてきました。

PS

あっそうそう、不正リスク管理には政策の改訂だけでなく、行政人事の改訂(?)にも配慮が必要かもしれませんね。一昨年に拙著の書評を書いてくださったあの「金融庁のちょい○オヤジ」ことS審議官がこのたび証券取引等監視委員会の事務局長に異動されるようです(時事通信ニュース)。うーーーん、これは(ある意味で)スゴイ。。。ここだけの話ですが、上場会社のガバナンスにとても関心の高い方なので、とりわけ監査役の皆様、監査法人の皆様は要注意かもしれません。アメリカのように会計不正事件が発生した場合には、役員の業績連動報酬を会社に返還させる制度とか導入されることはないのでしょうかね(笑)S審議官のこれからのご活躍に期待しております。

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2015年7月 2日 (木)

投資家からみた内部統制報告制度の存在意義について

本日(7月1日)の日経夕刊「十字路」で、野村総研主席研究員の大崎貞和さんが「内部統制報告制度の存在意義」と題する小稿をお書きになり、とりわけ金商法上の財務報告内部統制に関する運用面における課題について指摘されています。最近の不適切会計事件、とりわけ北越紀州製紙やLIXIL、そして東芝においても、「当社の内部統制は有効」と報告しておきながら、不祥事が発覚した時点で「有効ではありませんでした」と訂正されても「開示情報を信用した投資家は浮かばれない」と厳しいご意見を述べておられます。

本日、大崎さんと、ある会合でこの内部統制報告制度の存在意義について少し意見交換をさせていただきました。会計不正事件が発生している以上、当該企業のどこかに内部統制上の欠陥があるはずであり、もし第三者委員会が設置されるのであればこの「内部統制上の欠陥」について詳細に分析・解明の上で開示すべきである、というのが大崎さんの意見でした。内部統制報告制度の運用は制度監査とも密接に関連しているので、内部統制監査を担う監査法人とは別に第三者委員会がどこまで踏み込めるかは課題がありますが、私も6月15日のエントリーで述べたように、不祥事発覚で企業が内部統制評価を「有効ではなかった」と訂正するに至った経緯を投資家に説明すべきですし、その責任が企業及び監査法人にはあるのではないかと考えています。

「存在意義」ということを真正面から考えるのであれば、(ここは多くの有識者の方と意見が異なるかもしれませんが)金商法上の内部統制報告制度の場合、「財務報告の信頼性が十分確保されている企業ですよ」ということを投資家に開示するところだと思います。たとえば会計不祥事が発生していない会社でも「信頼性にやや問題がありますよ、いまその問題点は鋭意整備して改修しているところです」といったサインを投資家に示すことも大事ですし、逆に会計不祥事が発生してしまった会社でも、「これは内部統制の限界を超えた事件なのです、だから相応の内部統制はできていたので有効と判断していました、その判断には(今も)誤りはないと考えています」といったサインを示すこともありうると思います。金商法上の内部統制はしっかりしていたとしても不祥事は起きることを認めるのか認めないのか、そのあたりは理屈のうえでどう考えるべきなのか、明確にすべきです。

つまり一般に公正妥当と認められる内部統制評価の基準に依拠した場合には、たとえ会計不正事件が発生したとしてもルールに従って評価した以上は内部統制は有効である、という結論もありと(私は)考えています。財務報告は会社の実体を数値で表現するわけですから過年度決算を訂正する必要がありますが、内部統制報告制度は実態を表現するのではなく、あくまでも評価の開示ですから訂正する必要はないと思います。評価結果を変えるということは、会計不祥事という事実が判明したことで変えなければならないものではなく、その不祥事発生の事実がどのような判断基準に影響するから変えた・・・という理屈がなければ容易には変えられないはずです。この点は内部統制報告制度にも金商法上の虚偽記載責任が規定されている以上は「後出しじゃんけん」が許されないと思います。

このあたりの議論がなかなか進んでいないのではないかと思いますがいかがなものでしょうか。内部統制報告制度が、事前規制という意味においては簡素化された現在、ペナルティを含めた事後規制の議論をきっちりと詰めておかないと6月15日のエントリーでご紹介した町田教授が懸念されている「モラル・ハザード」が上場会社に蔓延してしまうのではないかと危惧しています。仮に私の意見がおかしなものであり、「会計不正事件が発生した以上、それはやはりどこか内部統制に問題があったはずだ」という意見が正しいのであるならば、事後規制の一環として、なぜ間違った判断をしていたのか、なぜ間違っていた経営者の判断を(監査法人は)適正と判断していたのか、そのあたりを詳細に説明しなければペナルティの対象となる、とでもしなければ開示規制としての存在意義はほとんどなくなってしまうと思います。

たとえばLIXILさんは「全社的内部統制の整備・運用に不備があった」として内部統制の有効性を訂正していますが、ではなぜこれまでは全社的内部統制は有効と判断していたのか、判断過程のどこに問題があったのかを明確にすべきですし、監査法人もなぜ全社的内部統制を有効とする経営者評価にお墨付きを与えていたのか、どこに間違いがあったのかを明確に説明すべきです。名門企業の内部統制の不備が議論されている今、大崎さんのようなご意見がいよいよ投資家サイドからも出てきたことは、内部統制報告制度の今後の運用において大きな意義があるものと考えます。

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