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2015年7月 9日 (木)

ABCマート社はいつ「わが社は有事」と気がついたのか?

日経ビジネスネット版が「ABCマート役員を書類送検した「かとく」の正体~残業代を払っていても“アウト”になる企業が続出か」と題する記事をアップされています。その中で、労基法違反事件捜査の主体となった「かとく」(稼働労働撲滅特別対策班)へのインタビューをとても興味深く読みました。人手不足(雇用の流動化の促進)やSNSの発達が、労基法違反事件の刑事処罰を容易化させることが理解できます。

ところでABCマートさんが刑事捜査の対象とされたのは、昨年4月の同社2店舗における労基法違反(長時間残業)の事実ですが、上記インタビュー記事によりますと、労働局はすでに昨年から捜査に着手されていたそうです。さらに「同社には複数回の是正勧告を行い、本社にも注意をしたが、是正されないために刑事捜査に踏み切った」とのこと。先週のエントリーでも書きましたが、ABCマートさんとしては、何の前触れもなく労基法違反の事実を突き付けられたわけではない、ということのようです。

そうしますと、ABCマートさんは「現在は長時間労働はすべての店舗で解消している」とリリースされていますが、労働局が(昨年に)捜査に着手した後になって「これはたいへんなことになった」と思い、内部統制システムの構築にとりかかった、ということかもしれません。いや、もっと早く、労働局から本部に対して是正勧告がなされたときに着手した可能性もあります。いずれにせよABCマートさんは「いまわが社は有事にある」という認識を、どの時点から持ち始めたのか・・・、これは取締役の善管注意義務の履行という意味でも非常に重要な点でしょうし、私も一番関心を持つところです。

このABCマートさんの「見せしめ」的な書類送検の事実から他社が学ぶべきことは、企業として労基法違反リスクの重大性をどの時点で気付くかということだと思います。労基法の遵守が重要であることはどの企業も当然認識しているところですが、私のように上場会社の内部通報の外部窓口業務を担当していますと、「長時間労働」に関する通報が各社とも多いことがわかります。つまり、どんなに内部統制システムを整備していても100%防止することは困難です。しかし、労務関連の内部通報が取締役会で報告・議論されることは少ないように思います。残業代はきちんと払っているし、社員が進んで深夜まで働いてくれているんだから・・・という意識からか、企業としては違法性の認識はあったとしても重大な法令違反といった認識はあまり持っていないのではないかと。

監督官庁から業務停止処分を受ける、という事態であれば、有事意識が多少遅れたとしてもなんとか(内部統制の整備といった)自律的行動によって処分の減免を受けることができるかもしれません。しかし刑事処分は過去の行為に対する企業または経営陣への司法上の制裁なので、(たとえ不起訴処分となったとしても)有事意識が遅れたことは取り返しのつかない信用毀損(たとえば「ブラック企業」という烙印を押されること)につながってしまいます。上記日経ビジネスの記事で表現されているように、「ブラック企業は健全な自由競争の資格がない企業」という意識が社会的に浸透してきたのであれば、これまで以上に「労基法違反は重大リスク」として、企業の役員が有事意識を持つ必要がありそうです。

またこのたびABCマートさんは「完全に解消している」とリリースされていますが、内部通報や内部告発によって今後また長時間労働に関する情報が明るみになるかもしれません。東芝さんは不適切会計処理事件の中間報告で、「利益のかさ上げが新たに36億円ほど判明した」と公表しましたが、最近の報道では追加で500億~1000億分が判明したとも報じられており、これもやはり第三者委員会が設立された後に多くの社内通報が同委員会に集まったことに起因するものと推測されます(うーん、7月9日早朝の日経ニュースによると東芝さんの件は「不適切会計処理」ではなく「粉飾」のようですね。。しかしこんな詳しい事情を誰がマスコミにしゃべっているのでしょうね)。ABCマートさんとしても、まだまだ有事意識は抱き続けなければならないでしょうね。

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コメント

稼働ではなく過重ですね(笑)

こんな古典的な事でリスクを顕在化させるなんて、内部統制システム以前に、法務部および人事部の機能不全ではないのでしょうか。情報の伝達という意味では全社的内部統制の問題なのでしょうが、業務執行(遂行)能力自体にも焦点をあてるべきと考えます。

投稿: JFK | 2015年7月11日 (土) 13時56分

 嫌なことに正面から向き合うのがいつか・・・・・夫婦喧嘩ですむか、家出されるまで気がつかないか・・・・・という喩えはいかがでしょうか。

投稿: Kazu | 2015年7月13日 (月) 16時44分

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