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2015年7月27日 (月)

東芝不適切会計処理事件-世の中の紛争を未然に回避する「重過失」の魅力(その3)

東芝さんの不適切会計処理に関する事件を「粉飾事件」となぜ呼ばないのか?といった議論が盛んに行われています。「粉飾」と「不適切会計処理」との違いはどこにあるのか?といったあたりへの関心からですが、私は粉飾と不適切会計処理は基本的にはA⊂Bの関係にあり、また連続性のある概念で、その境界線はあいまいですから、人によってその境界線は異なっていて当然かと思います。法律用語でも会計用語ありませんし、区別を語ってもあまり意味がないのかもしれません。

財務報告の「虚偽記載」という場合、法的には二つの概念があり、ひとつは会計処理の元となる「会計事実」が存在しないにもかかわらず存在するかのように偽るケースと、もうひとつは会計事実は存在しますが、その会計処理の方法を偽るケースです。したがって、あえて区別するのであれば「粉飾」という概念は、おそらく故意によって、このふたつのどちらかの欺罔を行う場合を指すものと理解すべきです。ただ、実際には経営者が自白するような場合を除き、この故意という主観的要素を立証することはなかなか困難です。そこで、故意に匹敵するほどの重過失がある場合には粉飾であり、軽過失がある場合もしくは過失すら認められない場合には不適切会計処理として表現するしか方法がないのではないかと。

小保方さんのSTAP細胞事件の際、小保方論文は「ねつ造」なのか「(写真の)誤使用」だったのかが最後まで争われましたが、理研の内部ルールの根拠とされた文科省の不正研究ガイドラインになぜ重過失概念がないのだろうかとブログでつぶやいたところ、その3か月後には同ガイドラインが改訂され、新たに重過失概念が導入されました(こちらのエントリーをご参照ください。もちろん私がブログで書いたから改訂された・・・というわけではありませんが)。重過失概念が活用されていれば、もっと早く問題は解決されたはずだと思います。コンプライアンスが「法令遵守」ではなく「社会の要請に適切に対応すること」といわれる時代になると、企業不祥事発覚時の不正リスク対応にも役立つものと思います。たとえば「偽装」ではなく「誤表示だった」と弁解する社長さんも出てきますし(メニュー偽装事件)、「やらせ」ではなく「過剰演出だった」と弁解する社長さんも出てきます(フジテレビほこ×たて事件)。言葉遊びに終始するよりも、経営トップのコンプライアンス軽視の姿勢がどこにあったのか、という点にフォーカスして「重過失」を議論することが有益です。「粉飾」も同じように、意図的な不正の意思があるケースに使われるので、企業側としてはどうしても意図がなかったと否定したくなるものです。コンプライアンス上の問題を解決する場合にも、決着を早くつけるためには、「重過失」概念が役に立つはずです。

会計不正事件を取扱い場合にも、たとえば故意があるものと匹敵するほどの重過失があるケースも「粉飾」と捉えることができるのであれば、とくに「粉飾事件」と表現してもいいのではないでしょうか。このように「いかなる場合に重過失が認められるか」といったことを議論するほうが、事件の真相に迫ることができますし、また他社も東芝事件を教訓にして自社の内部統制システムの構築に役立てることができるものと思います。たとえば今年5月に大阪高裁で出されたセイクレスト損害査定事件判決では、社長の不正を止められなかったセイクレスト社の監査役の過失について、重過失に該当するかどうかが詳細に検討されています。また3年ほど前ですが、管理情報を一気にサーバー上から消失させてしまったファーストサーバ事件でも、管理者のミスが「軽過失」なのか「重過失」なのか、第三者委員会報告書において詳細な分析が行われています。当ブログでも取り上げたNPB統一球問題の外部調査委員会報告書においても、コミッショナーの故意の認定にこの重過失概念が活用されています。

ただこの「重過失」概念も、人によって評価が異なるところであり、いろんな事例を研究することが大切です。たとえば先のファーストサーバ事件では、第三者委員会は「(会社担当者の行為は)比較的程度の重い軽過失」と認定しており、なかなか理解が困難ですね。東芝事件をみて思うところは、裁判で勝つための「重過失」を学ぶことよりも、そもそもそのような重過失や故意を疑われるようなグレーゾーンに立ち入らないためにはどうすべきか、という点を学ぶほうがよっぽど重要ではないでしょうか。

7月 27, 2015 未完成にひとしいエントリー記事 |

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コメント

欧米から見れば、今回の件は不正会計(accounting fraud)であり、日本語で言う粉飾(意図的な会計不正)であるかどうかというのはそれほど重要でなく、明らかにトップが責任を取る事項だと思われるのではないでしょうか。エンロンやワールドコムと同様、関係者は10年とか終身刑に近い懲罰が必要と判断されると思います。日本の報道につられて粉飾(window dressing)みたいな言葉を使っている記事もありましたが、基本的に(海外)メディアの言っていることは同じで東芝は会計不正をし、トップはそれを否定しているけど、トップが関与したことを報道しています。いずれにせよ、辞任して終わりでは日本のガバナンスと市場の健全性が疑われてしまいます。

仮にトップが不正会計に関与していないとして、もしそれにトップが気づいていなかったら、関与しているよりもさらに大きなペナルティがあってもいいという議論もありえると思います。

投稿: 工場労働者 | 2015年7月27日 (月) 08時37分

重過失の考え方として、経営者(取締役)の行為によって達成するべき基準が左右される考え方も必要かと思われます。

すなわち、今回の東芝の件では、チャレンジ、と称して執行部門がプレッシャーをかけた、と認定されています。
それであれば、プレッシャーをかけたことによって、指示を受けた営業部門なりが不正に手を染めるリスクが増大化することは、論理的に、また経験則的に当然に考えられるべきであって、それを踏まえて、統制を強化するべき義務が生じ、求められる取締役の内部統制構築義務も引き上げられる、という考え方は有用であろうかと思います。

同じように、業績連動型に給与体系をシフトした場合について、など、不正を働くための動機づけに関わる仕組みを導入する経営陣には相応の態勢構築義務があるような形で議論されると、単なる不正防止だけでなく、経営全体への議論として有用になると思われます。

投稿: 場末のコンプライアンス | 2015年7月27日 (月) 09時40分

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